家 について 行っ て も いい です か。 家、ついて行ってイイですか?

家、ついて行ってイイですか?(テレビ東京)の番組情報ページ

家 について 行っ て も いい です か

室内の取材には邪魔したくなかったので同行せず。 近くのコンビニで待機。 1時間くらいで上野Dと井水ADが出てきました。 ウィークリーマンションだったのが難しかったですね。 そもそも部屋にモノが少なくて。 いろいろ聞きましたが、上京物語や新社会人になるにあたってのご両親への思いなど、その人の生き様を表すモノを見つけられませんでした」 せっかく家に入れても、そこはタレントとは違う市井の人々。 みながみな、しゃべり上手なわけではありません。 いきなりカメラの前で自分のことを赤裸々に語ってもらう。 そりゃ、なかなかハードルが高い。 これまで上野Dは2年間で2千人以上には声をかけたそうで、うち家まで入れたのは30人ほど。 さらにオンエアされたのは15人くらいだとか。 それでも約40人いるディレクター陣の中では好成績だそうです。 その40人のディレクターが、各々でロケに出かけ、月に200班ほど出動しているんだとか。 7割は空振りで、断られ続けて朝を迎えそうです。 家までついて行ける打率は3割ほど。 足使ってるなあーと実感しました。 上野D「じゃ次、行きますか!!」 (……マジで!?帰らないの??) 高橋弘樹プロデューサー 最後に「家、ついて行ってイイですか?」の演出を担当するテレビ東京・高橋弘樹プロデューサー(34)に聞きました。 NHKスペシャルのようにアマゾンの秘境とかに行けたらいいんですけど、テレビ東京にはちょっと無理…。 そこで、身の回りで秘境のように見た事ないものがないかなーと考えていたらあったのです。 いきなり訪れる、赤裸々な他人の家の中です。 たまたま人妻のすっぴんを見たときです。 僕は独身アラサー男子なので、普段、すっぴんの女性を目にすることはありません。 だから、見たこともないようなものを見たような新鮮さでした。 それで、最初は「人の家に行って人妻(すっぴん)を見る」という企画だったのですが、それだと興味の対象が興味本位でしかない。 せっかく他人の家に入るのだから、家の中にあるモノから、その人の人生を探れるんじゃないかと。 家にあるモノって生き様が凝縮されているじゃないですか。 某お台場のテレビ局で若い男女がオシャレな家で共同生活をしながら恋愛する番組がありますよね。 複数のイケメンと美人がキラキラした生活する番組。 あれって日常を最大限にショーアップした番組ですよね。 「家、ついて行って」はその対極にある番組です。 平凡で地味なフツーの人の生活を見る。 その100%リアリティにこだわろうと。 「家、ついて行って」は、ほかのテレビ番組と真逆のつくり方を目指しました。 台本なし、アポなし、ナレーションなし、効果音なし、音楽もほとんどなし。 だから、感情の誘導もできないし、ストーリーの補強もできない。 画面にリアリティしかない。 これまで約150人ほどの人生譚(たん)を放送してきました。 僕は「家、ついて行って」を100年後の人たちが見たとき「ああ、平成ってこんな時代だったのか」と感じられる作品として残したいです。 柳田国男の「遠野物語」のように。 座敷わらしが出てくることで有名な「遠野物語」は、岩手の遠野地方の民話を、脚色なく丁寧に聞き書きしました。 あの本のおかげで僕たちは100年前の農村のフツーの人たちの生活や風習、考えていたことを知ることができます。 だからこそ、「家、ついて行って」で記録していきたいですね。 「まじで声かけてるんだ!? うけるー」。 テンション高めな女子2人組み=写真はいずれも佐々木洋輔撮影 「帰りまーす」「バイバーイ」 「スナック行ってきました。 嫁に内緒なので勘弁してください」と話す男性 蒲田駅西口にあるモニュメント。 渋谷でいうところのハチ公のような存在でしょうか 「旦那が夜勤なので友だちと飲みに来ました」と話す女性(左) 取材する上野健ディレクターと井水奈奈アシスタントディレクター(左) 「最近気になったニュースは競泳・北島選手の引退です。 紹介しましょうか?」という話す女性(左から2人目)。 右上の呼び込みのお兄さんとは仲良くなりました 「あっちの方が人いるよ」と教えてくれた呼び込みのお兄さん 上野健ディレクターと井水奈奈アシスタントディレクター 上野健ディレクターと井水奈奈アシスタントディレクター 帰路につく上野健ディレクターと井水奈奈アシスタントディレクター おすすめ記事(PR)•

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家ついて行っていいですか?お爺さんちにあった戦後期の珍カメラ

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テレビ東京系バラエティー『家、ついて行ってイイですか?』。 あす8日の放送は『〜家のTVでお花見を楽しもう!ワケあってOAしなかった…1年前の「日本のお花見」』と題した2時間スペシャル(後9:00〜10:54)。 番組内で紹介される「桜」にまつわるエピソードは、1年半〜半年前にロケをしたが、ワケあって昨年OAされなった、あるいはどうしてもこの春OAしたかった計6本。 すべて初公開エピソードとなっている。 出演は、、()、アナウンサー(テレビ東京)。 ゲストは、、()。 家の中でもカラフル。 トイレで「トイレの神様」ごっこ…。 風呂で「ウォーキングデッド」ごっこ…。 一体なぜ、そんなに明るいの? そこには涙の理由が…。 (2)「あだ名はトトロ!栃木・トンカツ一族の花見」【栃木・八幡山公園桜まつり】(取材日:2019年4月3日) 60歳を過ぎて、東京から栃木へ移住した「トトロ」と呼ばれるおじさん。 彼は一族でトンカツ店を営む、トンカツ一族の社長の兄なのだが…。 実は40年以上、東京でうなぎ料理店で働いていた。 60歳を過ぎて、栃木へ帰ってきた訳とは? そこには、ひたすら明るい妻の支えがあった。 (3)「40年の茨城で!最先端だったデザイナーズ農家ハウス」【茨城・きらくやま桜まつり】(取材日:2019年4月2日) 「新元号は令和」…ちょうど1年前、新元号が発表された翌日の4月2日に茨城のお花見で出会った75歳・農家のお嫁さん。 いまは、みるからに古民家だが、じつは「当時は最先端だった」。 姑との同居、厳しかった農業、いまとは違いすぎる「昭和の日本」を生き抜いた老夫婦が、1年前、平成が終わる直前に語った「これからの夢」…それは1年後のいま胸に刺さる一言だった。 趣味はリコーダー…。 自室にバーカウンターを作り、カウンターにバイキンマンを座らせて…。 部屋には大好きなイチゴのお菓子だらけ。 この「少し変わった人」の正体は、東京大学医学部卒、ハーバード大学へ留学。 国立感染症研究所でインフルエンザの万能ワクチンを開発したすごすぎる人だった。 息子は慶応大学・医学部卒…専攻は父と同じく感染症!エリートすぎる一家かと思いきや…夫婦ゲンカ勃発寸前。 そして子が仲裁。 感染症専門医一家の、感染症とは関係なさすぎる、衝撃の日常。 (2)「狂い咲いてくれた…亡き夫が植えた庭の1本桜」【岡山・井原鬼祭り】(取材日:2018年10月28日) 秋祭りで出会った69歳の美容室営んでいた女性。 美容室をたたんで、故郷へ戻り…1年前に建てた家の庭に行くと、そこには桜の木が。 「足腰が衰えても、大好きだった桜を楽しめるように、夫が植えてくれた…」。 亡き夫が植えたその桜は…なんと、ロケ日(10月)に2輪だけ、狂い咲き。 一体なぜ? 夫の死後に起こった、いくつもの奇跡とは? (3)「桜の咲く頃…もう一度会いたい女子大生」【深夜の亀戸駅】(取材日:2019年9月21日) マスコミ業界目指す22歳の法政大生。 「実は、『家、ついて行ってイイですか?』の制作会社に内定しています!」。 でも、今 悩み始めていて…。 『家、ついて』を作りたいけど…他の選択肢もあるのかな…。 果たして、今年4月から新社会人になる彼女が選んだ会社とは!?

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家、ついて行ってイイですか?~同窓会帰り…駅で泣いてた男&懲役夫待つ75歳女

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たまたま知り合ったお爺さんの家について行ったら、貴重なピストル型カメラが眠っていて、しかも「持っといてもしょうがないけんあげる」と言われて、一瞬気持ちが揺らいでしまった事の顛末をお話しします。 取材のこぼれ話です。 先日の記事の取材で、開店待ちの長蛇の列に並んでいた時の事。 ただぼーっと並んでいるだけでは芸がないので、近くに並んでいる人たちにお蕎麦の事なんかを聞いていたわけです。 すると、あるお爺さんが 「ええカメラ持ってるな」と話しかけて来ました。 お名前は伏せますが、御年88歳のお爺ちゃま。 僕の持っているCanonの一眼レフに興味深々の様子。 「実はお蕎麦の取材に来てまして」 と、名刺を差し出す僕。 「取材やったらな、うちに100年前のピストルの形をしたカメラがあるんじゃけどな」 聞けば、ドイツ語の先生をなさっていたお父さんのものだったらしいのですが、当時は当たり前ですがカメラなんて一部の御大尽かごく限られた写真を撮る職業の人しか持っていなかったはず。 しかも、ピストルの形をしているといういささか信じられない話に興味を覚えて、ついお願いしてしまいました。 「もしよかったらでいいんですが、お蕎麦食べた後、お宅にお邪魔してもいいですか?」 まるで某テレビ番組のようなノリですが、お爺さんも快くOK。 お蕎麦の取材を終えて、隣のお店でたこ焼きを買っているお爺さんを見つけて、さらにお婆さんが産直で買い物したいと言うので「まだ買うんかいっ!」と勝手なツッコミを入れつつ待つこと数分、ようやくツーシーターの車で帰路についた老夫婦の後をついて行ったのでした。 尚、家バレするとまずいのでモザイクを入れさせていただきます。 また、助手席から撮影している事もついでに書き添えておきます。 「綾川そば」の会場から車を走らせること数キロ、のどかな景色を眺めつつお爺さんの家に到着しました。 お爺さんのお家は、ごくありふれた普通の民家という佇まい。 まさかこの何の変哲もないお宅にお宝が眠っていようとは、この時はまだ半信半疑だったのです。 そして、家の奥から無造作に持って来られたそのピストル型のカメラというのがこちら! まじピストルやん!! ちゃんと拳銃ホルダーのようなケースも残っています。 「そこを空けたらな、フイルムを入れるところがあるけん」 と、言われるまま恐る恐るカバーを空けると、確かにそれらしき空間?があります。 どうやって使うのかさえ分からない変わりダネのこのカメラ。 銃口の部分がどうやらレンズのようで、まさにピストルを構えるように撮影するのだろうと想像できます。 引き金がシャッターでしょうか? お爺さんも実際に使った記憶が曖昧で、あれこれいじりながら拝見していたところ… 「これ、やばいっす!」 と、同行した弊誌広報スタッフが突然叫びだす。 何事かと思って聞いてみると、スマホで検索した画面をかざし、 「これ、なんでも鑑定団で紹介されてます!」と。 さらに調べると、 マミヤという日本のカメラメーカーが1954年に警察向けに250台のみ生産し、一般には販売されなかったとても貴重な代物である事が分かりました。 (お爺さんの言った「100年前のカメラ」は、多分何かの勘違いかと…) ここに現存している事自体、夢のような話です。 それを聞いた途端、持つ手が震える… そこへやってきたお婆さんが、 「あげまい、あげまい」と。 元関西人の僕は、いまだにお年寄りが話される讃岐弁に不案内なところがあって、玄関先にいる僕たちに「家の中に入ってもらいなさい」と言われたのかと思って 「いえいえ、どうぞお構いなく、ここで大丈夫ですから」と答える大ボケ。 お爺さんが 「そうやの。 持っとっても使わんけん持って帰り」と言われ、大慌てとなったのでした。 ほれほれ! と差し出すお爺さんに、一瞬耳元で悪魔が囁きましたが、「いや、きっとお爺さんはこんな貴重なものだとは知らないはず」と思い直し、恐縮しつつも丁重に辞退させていただきました。 さらに、「いいもの見させてもらったよね~」なんて言いながら帰路につこうとすると、またもやお爺さんが車までやってきて、 「婆さんがどうしても持って帰ってもらえって言うもんやから」とさらに差し出すとか、どんだけ心を揺すぶるねん! このままだと寝覚めが悪いので、お爺さんにはきちんとこのカメラの価値を説明して、出来れば大切に保管するか、息子さんにでも貰ってもらうようお願いした次第です。 広報スタッフと「もしかして惜しい事した?」なんて未練タラタラで帰路につきましたが、取材をしているとこういう面白いエピソードも出て来るもんやねと泣き笑いなオチとなりました。 おしまい。

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