クラムボン は 死ん だ よ。 やまなし教科書本文

クラムボンは死んだよ。

クラムボン は 死ん だ よ

仏教と農民生活に主軸を置いて創作活動にはげんだ• 宗派の違いで父親と対立• 理想郷・イーハトーブを創造• 妹のトシと仲が良かった 宮沢賢治は熱心な仏教徒で、さらに農業に従事した人物です。 宗派の違いで父親と対立し、なかなか和解には至りませんでした。 故郷の岩手県をモデルにした理想郷・イーハトーブを想像で創り上げ作品に登場させました。 妹のトシは賢治の良き理解者で、トシが亡くなったときのことを書いた『永訣(えいけつ)の朝』は有名です。 賢治は、コスモポリタニズム(理性を持っている人間はみな平等という思想)の持ち主であるため、作品にもその色が出ています。 生前はほとんど注目されず、死後に作品が評価されました。 『やまなし』のあらすじ 蟹の兄弟が、川底でクラムボンについて話をしています。 そんなとき、天井を泳いでいた魚が、突然飛び込んできた何者かに食べられてしまいました。 蟹の兄弟は、恐ろしさに震えます。 上流からは、白樺の花が流れてきました。 そこへ、兄弟の父親がやってきます。 登場人物紹介 蟹の兄弟 人間の子供のように、小さな争いをしながら川の底で暮らしている。 かわせみ ときおり水の中に飛び込んできて、魚を捕食する。 『やまなし』の内容 美しい日常のワンシーン 5月 蟹の兄弟は、「クラムボンが笑ってたよ」「クラムボンはわらったよ」「クラムボンはかぷかぷわらったよ」「クラムボンは跳ねて笑ったよ」「クラムボンはかぷかぷわらったよ」と話しています。 2匹が天井をを眺めていると、とつぜん泡が立って鉄砲玉のようなものが水中に飛び込んできました。 次の瞬間、魚は跡形もなく消えてしまいました。 2匹は恐怖のあまり、ぶるぶる震えます。 父親に聞くと、「そいつは かわせみ って言うんだ」と言いました。 すると、上流から話白樺の白い花びらが流れてきて、川底の砂の上に影を落としました。 12月 蟹の兄弟は大きくなりました。 川底はとても静かで、遠くから水面が波立つ音が聞こえます。 いつものように兄弟が泡の大きさを比べ合っていると、突然トブンと黒いものが水中に飛び込んできました。 兄弟は「かわせみだ」と怖がりますが、父親は「やまなしだ」と言います。 やまなしはいい匂いをふりまいて流れ、木に引っかかって止まりました。 「2日くらい経つと、やまなしは落ちてきて美味しい酒ができる」と父親は言います。 そして、父親に導かれるままに、兄弟は家に帰るのでした。 『やまなし』の解説 クラムボンの正体 「クラムボン」とは、眩(くら)む(まぶしい)とぼんぼ(ぼんやりまるい)という言葉が組み合わさってできた造語で、「鈍い円形のまぶしいもの」だとする説があります。 つまり、「クラムボン」の正体は川底から見える太陽なのです。 そして、クラムボンが殺されるときは太陽が雲で隠れるときです。 「やまなし」と関連のある「おきなぐさ」でも、雲に隠れる太陽が描かれます。 また、流れてきた金色のやまなしは、クラムボンである太陽のイメージと結びつきます。 日置 俊次「宮澤賢治「やまなし」再論 (大上正美教授退任記念号)」(『青山語文』2013年3月) 『やまなし』の感想 擬音 私は賢治が使う擬音語が好きなのですが、『やまなし』には特に面白い擬音語がつかわれていると思います。 「クラムボンはかぷかぷわらったよ」「泡はつぶつぶ流れました」「ぼかぼか流れていくやまなし」「虹がもかもか集まりました」など、思わずくすっと笑えるものばかりです。 ぼかぼか流れるというのが、何だかかわいくて特にお気に入りです。 小学生のころ、音読をしながら「どうやったら、かぷかぷ笑えるんだろう」と考えた記憶があります。 ちなみに、やまなしは梨ではありません。 「ズミ」という小さいさくらんぼのようなものだという説が一番支持されていますが、「あまりにも小さいので違うだろう」という学者もいます。 りんごであるという説もあり、山梨の正体についてはまだ謎です。 『やまなし』の朗読音声 『やまなし』の朗読音声は、YouTubeで聴くことができます。

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【宮沢賢治】『やまなし』のあらすじ・内容解説・感想|朗読音声付き|純文学のすゝめ

クラムボン は 死ん だ よ

いきなり結論。 宮沢賢治の初期作品のひとつ「やまなし」には、クラムボンという謎の存在が登場する。 クラムボンとは何か、どうやら数十年も議論が続いているらしい。 曰く、「母蟹」、曰く、「光」、曰く「人間」、曰く「コロポックル」、、、 ここで、あえて断言しよう。 そのどれもが誤りであると。 そして、今日、この場で積年の議論に結論を出すと。 しかし聞いてしまえば、その結論は、甚だつまらぬものでしかない。 隠し立てするほどのものではない故、まずは種明かしからしてしまおう。 クラムボンとは、成虫として空中に飛び立つまで水中に住む、小さな虫「トビケラの幼虫」だ。 なぜ、このような結論になるのか。 そして、宮沢賢治は何をつたえようとしているのか。 興味を持たれた方は、しばし私の思索の旅にお付き合いいただきたい。 まずは、「やまなし」を紐解いてみよう。 短編ゆえ全文を青空文庫より前半を転載する。 なお、すでに著作権の期間は過ぎている。 「やまなし」宮沢賢治(前半全文掲載) 小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。 一、五月 二疋の蟹かにの子供らが青じろい水の底で話していました。 『クラムボンはわらったよ。 』 『クラムボンはかぷかぷわらったよ。 』 『クラムボンは跳はねてわらったよ。 』 『クラムボンはかぷかぷわらったよ。 』 上の方や横の方は、青くくらく鋼のように見えます。 そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。 『クラムボンはわらっていたよ。 』 『クラムボンはかぷかぷわらったよ。 』 『それならなぜクラムボンはわらったの。 』 『知らない。 』 つぶつぶ泡が流れて行きます。 蟹の子供らもぽっぽっぽっとつづけて五六粒泡を吐はきました。 それはゆれながら水銀のように光って斜ななめに上の方へのぼって行きました。 つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。 『クラムボンは死んだよ。 』 『クラムボンは殺されたよ。 』 『クラムボンは死んでしまったよ………。 』 『殺されたよ。 』 『それならなぜ殺された。 』兄さんの蟹は、その右側の四本の脚の中の二本を、弟の平べったい頭にのせながら云いいました。 『わからない。 』 魚がまたツウと戻って下流のほうへ行きました。 『クラムボンはわらったよ。 』 『わらった。 』 にわかにパッと明るくなり、日光の黄金きんは夢ゆめのように水の中に降って来ました。 波から来る光の網が、底の白い磐の上で美しくゆらゆらのびたりちぢんだりしました。 泡や小さなごみからはまっすぐな影の棒が、斜めに水の中に並んで立ちました。 魚がこんどはそこら中の黄金の光をまるっきりくちゃくちゃにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、又また上流の方へのぼりました。 『お魚はなぜああ行ったり来たりするの。 』 弟の蟹がまぶしそうに眼めを動かしながらたずねました。 『何か悪いことをしてるんだよとってるんだよ。 』 『とってるの。 』 『うん。 』 そのお魚がまた上流から戻って来ました。 今度はゆっくり落ちついて、ひれも尾も動かさずただ水にだけ流されながらお口を環のように円くしてやって来ました。 その影は黒くしずかに底の光の網の上をすべりました。 『お魚は……。 』 その時です。 俄に天井に白い泡がたって、青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾のようなものが、いきなり飛込んで来ました。 兄さんの蟹ははっきりとその青いもののさきがコンパスのように黒く尖とがっているのも見ました。 と思ううちに、魚の白い腹がぎらっと光って一ぺんひるがえり、上の方へのぼったようでしたが、それっきりもう青いものも魚のかたちも見えず光の黄金きんの網はゆらゆらゆれ、泡はつぶつぶ流れました。 二疋はまるで声も出ず居すくまってしまいました。 お父さんの蟹が出て来ました。 『どうしたい。 ぶるぶるふるえているじゃないか。 』 『お父さん、いまおかしなものが来たよ。 』 『どんなもんだ。 』 『青くてね、光るんだよ。 はじがこんなに黒く尖ってるの。 それが来たらお魚が上へのぼって行ったよ。 』 『そいつの眼が赤かったかい。 』 『わからない。 』 『ふうん。 しかし、そいつは鳥だよ。 かわせみと云うんだ。 大丈夫だ、安心しろ。 おれたちはかまわないんだから。 』 『お父さん、お魚はどこへ行ったの。 』 『魚かい。 魚はこわい所へ行った』 『こわいよ、お父さん。 』 『いいいい、大丈夫だ。 心配するな。 そら、樺の花が流れて来た。 ごらん、きれいだろう。 』 泡と一緒いっしょに、白い樺の花びらが天井をたくさんすべって来ました。 『こわいよ、お父さん。 』弟の蟹も云いました。 光の網はゆらゆら、のびたりちぢんだり、花びらの影はしずかに砂をすべりました。 クラムボンはなぜ「トビケラの幼虫」なのか いかがだろうか。 クラムボンはいかようにも解釈ができるというか、あまりにも ヒントがなさすぎるというのが感想ではないだろうか。 しかし注意深く読めば、ヒントになる箇所をいくつか見つけることができる。 まず、 最初のヒントは、その情景描写にある。 蟹の言うところの天井、すなわち水面には泡がいくつか流れている。 この 泡の正体こそがクラムボンなのだ。 ただし、この泡は単なる空気の泡ではない。 川には確かに水流によって泡がたつこともあるだろう。 しかし、実際には水面に立った泡が流れていくことはほとんどなく、瞬く間に消え去ってしまう。 では、消えない泡などあるのだろうか。 実はそれこそがトビケラなのだ。 より正確に言えばトビケラの蛹だ。 「トビケラ」の幼虫は、ヤゴと同じように水中で育ち、成虫になる直前に蛹になる。 そして蛹の状態で、水面に浮かんでいき、水面に浮かんだところで脱皮を果たし、成虫となる。 この時、 蛹は、たっぷりの空気を体に纏い、キラキラと光らせながら水面に向かう。 水面を流れる泡とは、この蛹であると考えるのが自然であろう。 トビケラではないが、同じように水面羽化をするカゲロウの動画を参考までにあげておこう。 nicovideo. 「跳ねて」というのは、もちろん、 脱皮し成長として飛び立つさまであろう。 では「笑う」のはなぜか。 蟹の子たちの行動がヒントをくれる。 蟹たちが泡を吐き出すと、そこに急に魚が登場する。 魚が追っているのは、泡だ。 泡を追う魚が登場すると、途端に蟹の兄弟は「クラムボンは死んだ」「クラムボンは殺された」と話し出し、そして、魚が落ち着くと「クラムボンは笑った」となる。 蟹たちはまた、この魚の行動に対して「何かわるいことをしている」と語る。 要するに、 クラムボンから見て魚は捕食者なのである。 魚は、蟹が吐いた泡をクラムボンと間違えて追う。 もちろん、本物のクラムボンであれば、それを食べてしまう。 魚に捕食されなければ、クラムボンは成長として飛び立つことが出来るので「笑う」わけだ。 逆に、捕食されてしまえば、「死んだ」「殺された」となるのは言うまでもないだろう。 ところで、この「笑う」のは人間しかないのでクラムボンとは人間だという説があるらしい。 もっともであるが、この物語の中においては、「蟹」がしゃべり、怖がり、酒を楽しみにする。 「笑う」のが人間だけとは限らない。 『やまなし』の世界観 最後に、 クラムボンをトビケラと解釈することで理解できる『やまなし』の世界観に触れておきたい。 魚は「青くて先端が黒く光るなにか」に持ち上げられてしまう。 蟹の父は、これをカワセミと言った。 魚にとって、カワセミは捕食者だ。 蟹の目を通して描かれる、牧歌的で神秘的でキラキラと光るこの美しい世界において、 クラムボンを捕食する魚もまた、捕食される立場である。 そうして 命が連鎖していく様が『やまなし』に描かれていたのだ。 そこには、賢治の自然に対する慈しみと深い洞察を見て取ることが出来るはずだ。 いかがだろうか。 解釈は人それぞれ。 この解釈が、読者諸兄のひと時の回想に資すれば幸いである。

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ついに解明?!「クラムボン」の正体|todomadogiwa|note

クラムボン は 死ん だ よ

作者の宮沢賢治は、1896年、岩手県生まれ。 現在では作家、詩人として有名ですが、生前はほとんど無名。 死後に作品が広く知られ、国民的作家となりました。 生前に出版されたものは、詩集『春と修羅』と、童話集『注文の多い料理店』だけです。 原稿料で稼いだお金は、僅か5円だったといわれています。 子供の頃は鉱物採集や、昆虫の標本作り、星座などに熱中。 理系の子供だったわけですが、盛岡高等農林学校在学中から、詩や散文の習作を始めます。 農林学校を卒業後は家業の古着屋を手伝っていましたが、これを嫌って家出をしたりしました。 やがて、農学校の教師となります。 妹のトシを溺愛しており、彼女が病死したときに、押し入れに頭を入れて号泣した話は有名です。 そんな彼は30歳の時に教師を辞めて、農業の生活を始めます。 「羅須地人協会(らすちじんきょうかい)」として、農学校の卒業生や近在の農家を集めて、農業や肥料の講習、レコードコンサートや、音楽楽団の練習を始めるのです。 「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」という農民芸術の主張をしており、農業の理想郷のようなものを目指していたようです。 農家のために肥料相談や稲作指導をおこない、後には安価な合成肥料の販売などに奔走していました。 しかし、無理が祟ったのか病に倒れ、実家での療養生活に入ります。 有名な『雨ニモマケズ』を書いたのが、この頃です。 そして完治することなく、その後、37歳という若さで亡くなってしまいました。 『やまなし』の謎1:タイトル「やまなし」の意味とは? この言葉を聞いて、みなさんは何を連想するでしょうか。 大体の人は、都道府県の山梨県でしょう。 しかし、ここでいう「やまなし」は、それではありません。 では一体、何を表しているのでしょうか。 本作での「やまなし」というのは、日本で栽培される梨の元になった、野生種です。 原種ですから、実も小さく、果肉が薄く、あまり美味しくはありません。 なぜ梨や、その他の果物にしなかったのでしょうか。 もしかしたら品種改良された、大きくて、味も洗練された栽培種よりも、素朴な野生種の方が好ましいという、作者独特の美意識や、自然観が反映されているのかもしれません。 単純に、山奥の話だという感じを出すためだったという可能性もありますが、あなたはどう思うでしょうか? 『やまなし』の謎2:「クラムボン」とは一体何だったのか?なぜ「かぷかぷわらった」? さて、この作品最大の謎が、この「クラムボン」の正体です。 最初に言っておきたいことは、タイトルの意味と同じく、正解はない、ということ。 しかもこちらは作者も意図して、何かわからないように描いています。 逆説的ですが「これが正解だ」と断言することは、間違いだということになるでしょう。 それを知ったうえで、さまざまな解釈を楽しんでください。 作中に「クラムボン」を直接描写する文章はなく、ただ蟹の兄弟の会話に現われるだけです。 それによれば「クラムボンはかぷかぷわらう」、そして「跳ねてわらう」のです。 兄弟の一方が、なぜ笑ったのかと問うても、相手は「知らない」としか応えません。 やがて大事件が起こります。 「クラムボンは死んだよ」という台詞。 「クラムボン」が殺されてしまったのです。 弟の蟹が、なぜ殺されたのかと問うても、兄はやはり「知らない」としか応えません。 やがて「クラムボン」は、また笑います。 殺された「クラムボン」が生き返ったのか、別のものなのかはわかりません。 これが「クラムボン」について語られた全てです。 そんな謎の多さゆえ、その正体に関する説は実にさまざまなものがあります。 今回はそのなかから、いくつかご紹介。 アメンボ説……もともと「クラムボン」は「クラムポン」と表記されていたため、「cramp」「clamp」から「かすがい(木材同士を繋ぎ合わせるための、コの字型の釘)」と解釈されて、それとアメンボの形が似ていたことから、この説が誕生したといわれています。 コロボックル説……「クラムボン」という言葉を分解すると、アイヌ語で「人」「低い」「子」という3つの単語に分けることができます。 これが小人=コロボックルだという説です。 プランクトン説……魚が来ると死んで、いなくなると笑うことから、魚が食べるものとして、この説があります。 その他にも、魚の行き来によって笑ったり、死んだりなどの変化を起こすことから泡説・光説、母親がまったく登場しないことから母蟹説、さらに作者・宮沢賢治の妹・トシ説など、実にさまざまな説が存在するのです。 蟹の言語であるから不明とするもの、蟹の兄弟の造語だったとするものもあります。 きっとまだまだ、いろいろな解釈ができるはずです。 本作を読むうえで、それを考えてみるのも楽しみの1つでしょう。 ちなみに、2018年現在の教科書では「作者が作った言葉。 意味はよくわからない」とされています。 読者の心に残る印象としては、第1に「透明に揺らめく水中世界の幻想性」があるでしょう。 「小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。 」 (『やまなし』より引用) という冒頭の1行からも、それが重要な主題の1つであることがうかがわれます。 第2には、水、泡、蟹、魚などの水中世界に突如侵入してくる、カワセミとやまなしが強い印象を残します。 それぞれ何を象徴しているのでしょうか。 晩春の5月、陽に輝く水の中に鉄砲玉のように飛び込んでくる青いカワセミは、はっとするほど美しく、生命の盛んな季節の瑞々しい活動性を感じさせます。 しかし魚を獲って食べてしまうことで、生物、食物連鎖の美しさと厳しさを同時に表わしているようにも感じれらます。 一方、初冬の12月、光もひんやりとした月夜にドブンと落ちてきたやまなしは、過ぎた秋の豊かさを表わすのでしょうか。 よい匂いを振り撒いて水に浮き、やがて酒になるというのですから、自然の恵みの象徴に思われます。 そして、読者の心に残る3つ目は、クラムボンの謎です。 こうして作品を見通すと、谷川の底という小さな世界の、全体像のようなものが見えてきます。 水中世界の幻想性、5月の生命の盛んさと残酷さ、12月の冷え冷えとした静けさと自然の恵み、そのなかに異物のように入り込んだクラムボンの謎。 こんな小さな世界にも、美しさと、多様さと、神秘があります。 そういった自然の美しさや残酷な現実、また謎が多いところを、賢治は伝えたかったのではないでしょうか。 農業に携わり、自然を愛した彼らしい物語といえるでしょう。 『やまなし』の結末をネタバレ解説!ラストはどうなる?.

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