楽譜 ノクターン。 ノクターン(夜想曲)/Nocturnes

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楽譜 ノクターン

《3つのノクターン》作品15 この3曲のノクターンのうち、第1番と第2番は1831年又は32年に、第3番は1833年に作曲された。 楽譜は、パリ(M. この曲を献呈されたドイツ人0005ピアニスト兼作曲家フェルディナント・ヒラー(1811-1885)は、ショパンの信頼する数少ない音楽家で親友の一人で、演奏会で共演もしている。 あまり知られていないが、ショパンの《練習曲》作品10のイギリス初版表紙の献辞には、リストとならんでヒラーの名前が記載されており、1830年代のショパンの取り巻きのなかでは特に重要な人物である。 Nocturne Op. 15 No. 譜例1 第5~8小節、 aの後半 続く8小節の推移部では、溜息のような装飾を伴う半音階的な和声進行を経て、並行調である嬰ニ短調のドミナントに落ち着くが、すぐ主調のドミナントに戻り、Doppio movimento(倍の速さで)と指示された中間部Bが開始される。 ここでは、右手の5連符のアラベスクの中に、オクターヴのメロディーの上声・下声、それと装飾の3つの声部がわざわざ書き分けられている。 譜例2 第25~28小節(B冒頭) このようなリズムの記譜は、当時としては極めて珍しく、ショパンは音域の異なる音のまとまりを、異なる音色、強弱で引き分けていたということを暗示している。 同じことをショパンは《24の前奏曲》作品28の第1番でも試みている。 最初の8小節では低音に、V度の主音であるcisが保持されている。 33小節からは、長三度上のイ長調に転調し同じパターンが繰り返されるが、音域が上がるだけでなく、今度はV7の7度音であるDが保持されるため緊張感はいっそう高まる。 演奏からは聞き取りにくいが、ここからは右手のリズムパターンが5連符の連続から付点16分音符+32分音符+三連符の連続に変化している(譜例3)。 こうした記譜の複雑さからは、自身の演奏の微妙なアゴーギグを可能な限り正確に書きとめよとする強い意志が感じ取られる。 だが、紙に図形として写すことのできる情報は極めて限られているのであり、実際のショパンの演奏は、単に楽譜を音にする以上に多様なニュアンス、音色に富んでいたであろう。 さて、39小節目で、イ長調の並行調であり、かつ主調の嬰ヘ長調の同主調でもある嬰へ短調のV度が響くと、右手は下降を続け、音楽が落ち着きを取り戻し再現部に入る。 これが終わると、主和音のみで構成される5小節のコーダで曲は閉じられる。 (林川 崇) 第5番 Op. 15-2 Fis-Dur 大きな手の人であればそこまで技術的には難しくないノクターンですが、何しろ音楽面では最も難しいグループに入るであろうと思われるノクターンです。 ショパンを多く弾いてきた経験というよりは、ロマン派の音楽を知り尽くしている方向けです。 多大なる歌の要素が入っていて、必要な場所で時間を取りつつ流れを止めない工夫が必要になります。 このノクターンのテンポに関しては、プロのピアニスト、経験豊富な講師陣の間でも意見が相当分かれます。 一応、Larghettoとは書いてありますが、2拍子でもあります。 筆者がこれを演奏する時、割と遅めのテンポで演奏します。 その理由は流れを止めたくないという一言に尽きます。 なぜ遅いテンポだと流れを止めなくて済むかというと、このノクターンの随所に見られる数多くの細かい音符です。 これらの音符を自然の流れで演奏するには、速いテンポの場合、極端にその場所だけを遅くしなければならなく、あるいは逆に、細かい音符を機械的に耳にも止まらぬ速さで演奏するといういずれかの方法しかありません。 どちらに転んでも不自然になるからです。 例えば、11小節目。 この小節は右手に多くの音符がありますね。 そしてleggieroのマーキングがあります。 この小節を、決して忙しくなく、遅すぎもなく、弾いてみてください。 それから、今度は60-61小節間を同じ条件で弾いてみましょう。 60-61の方がより確かなテンポを得られるかもしれません。 それが基本のテンポだとお考えください。 そのテンポでスタートすれば良いでしょう。 そうすることにより、多くの小節は決して急ぐことなく、また極端にテンポを落とすことなく、自然の流れの中で進むことができます(多くの奏者は59小節目、1拍目、裏拍にある左手の3連符がトラブルになります。 ここは練習しなければならない場所ですが、この小節を無理なく進むテンポに設定してみてください)。 さて、それでは冒頭から見ていきましょう。 sostenutoのマーキング通り、たっぷりと時間をとって入ります。 1小節目、この小節の和音はCis Eis Gis H で構成されています。 よって、1拍目、右手のAisのみが非和声音になります。 ここからは主観的な話になりますが、筆者はこのAisがペダルで残ることがあまり好ましくないと感じています。 そこで、左手bassのCisを小指で伸ばし続け、右手が次の16部音符のGisを弾いた時にペダルを変えます。 そうすることにより、バスも失わなくて済みますし、Aisの濁りも避けることができます。 1つ目のフレーズは2小節目の2拍目表拍までですね。 この2小節目の1拍目のCisがゴールの音になるのですが、その後の32分音符の処理が重要です。 この音符はできる限り軽くさらっと弾きます。 解釈として、本当の重要な歌はCisで終わっていて、その後で重要ではない言葉を軽く付け足す感じです。 あまり日本語に置き換えたくはないのですが、置き換えるとしたら「ですよね?」「でしたね?」「そう感じませんか?」のようなとても軽い言葉とお考えください。 3-4小節間は2つ目のフレーズですが、今度は5連符がどちらの小節にも入ってきます。 これは、1-2小節間と全く同じ意味の言葉を話しているのですが、話し方が異なると考えます。 もっとコケティッシュな話し方です。 3つ目のフレーズは、5-8小節間と長くなります。 5小節目、すでに1小節目の和音とは性格が異なりますので、テンションをあげます。 そしてゴールの音は、6小節目のFisになります。 このFIsに飛び込まないこと。 ゆっくりと時間をかけてFisに到達してください。 Fisに到達したら、ここから徐々に、8小節目に向かって衰退していきます。 7-8小節間は、単にFis-durのスケールを辿りながら下行しているだけに過ぎません。 H Ais Gis Fis Eis Dis Cis の順番です。 しかしながら、この7小節目、ショパンが本来持っているのポリフォニーの力を発揮している小節です。 1拍目、裏拍は一時的に4声帯になります。 右手、Hは経過音を経てGisに下がりますので、Gisは弱く、アクセントはつけません。 これは簡単ですね。 左手上声部のDisは次にhis、そしてCisという具合にディミニュエンドしていきます。 左手中声部のFisは、2拍目裏拍のEisに解決します。 バスのCisはそのまま伸ばしてください。 この1拍目裏拍の和音は、2拍目裏拍で解決されるとお考えください。 そしてブレスを取り(右手32分休符)、8小節目に入りますが、8小節目の1拍目、表拍はViの和音(Dis Fis Ais 、裏拍は借用和音の減7が来ます、そしてそれは、2拍目で解決されます。 これはただの分析に過ぎませんが、この7-8小節間を音楽的に考えた時、とても悩ましい、そして強い感情の表れであることが、これら多くの非和声音や和音の進行から読み取ることができます。 さらっとは弾いてはいけません。 ショパンの気持ちを敏感に感じながら演奏してください。 8小節目の2拍目裏拍より再び1小節目のメロディーに戻りますが、楽譜をご覧ください!なんと豪華でリッチで温かみと喜びに満ち溢れていることでしょうか。 1小節目とは全く異なります。 この「嬉しい」気持ち、「安定した気持ち」「贅沢な気持ち」を十分に表現します。 この小節も、非和声音aisが気なる方は、先ほど紹介しましたテクニックでaisを避けてください。 10-11小節目、不安と落ち着きのない精神状態の描写です。 しかし決して急がないように。 この11小節目の最後の音であるGisと、12小節目の最初の音であるGisを決して続けざまに弾かないように。 11小節目の終わりでブレスをとって12小節目に入ってください。 14小節目、このセクションの中で最もピークに達するところですが、ここも先ほどの6小節目のFisと同様、あるいはそれ以上に時間をとって、ゆっくりと到達してください。 この14小節目の左手をご覧ください。 これまでに出てこなかったパターンです。 今までは2拍目の裏拍で、左手の伴奏形は下行しています。 この14小節目の左手だけは上行していく一方です。 つまりは、ペダルを踏み続け、幻想の世界に入るという意味です。 さて16小節目からAセクションの中のBセクションに入ります(個人によって分析は異なります、ここはBセクションのAとしても構いません、いずれにせよ新たなセクションとお考えください)。 個人的な考えですが、ここは少しテンポを前向きにしてもよいと思います。 若干速いテンポで良いのではないでしょうか?17小節目、右手の下行形はさながらグリスアンドのように降りてきます。 マルカートにしないように。 22ー24小節間、非常に悩ましく、ドラマティックな部分です。 これらの22-24で、それぞれ1拍目、右手の最初の音は強拍位置に来る非和声音です。 強い表現が欲しいところです。 25小節目から、典型的に起こりうる誤りは、5連符のリズムが狂うことです。 右手は32小節目までずっと5連符で、33小節目以降リズムが変わります。 この25小節目から始まるBセクションの、Doppio movement は、「倍の速度で」という意味です。 恐らくこの部分がこのノクターンで最も技術的に困難な場所だと思います。 最終的にはtopの音のみをはっきり聞かせるようにして、あとはpppで演奏してください。 31小節目から徐々にクレシェンドをかけ、40小節目を目指してください。 以降、冒頭のAセクションとほぼ同じ注意が繰り返されますが、個人的には57小節目1拍目裏拍はインパクトの強い和音です。 フォルテにして然るべきと思います。 59小節目1拍目裏拍左手の3連はできるかぎりleggieroで、しかし音が抜けないように。

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「ノクターン第2番」の楽譜一覧

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「ピアノ協奏曲第2番」は同年(1830年)に作曲された作品で、ピアニストであるショパンが初めて作曲した協奏曲です。 ピアノ学習者にとっては中級者が学習する曲としてもお馴染みです。 ポップス好きの方は、平原綾香の17枚目のシングル「ノクターン」で聞き覚えのある曲かもしれません。 また映画「戦場のピアニスト」で使用されたことでも知られています。 ソプラノ歌手に"片想い"をしていたショパン この頃のショパンは初恋の真っ最中でした。 相手はポーランドの若手ソプラノ歌手、コンスタンツヤ・グワトコフスカです。 彼女と1829年に出会ったショパンは、すぐに恋に落ちたと言われています。 ショパンは、まだ学生でもあった彼女のピアノ伴奏をしてあげたそうです。 また自身の曲を聞かせたり、彼女に歌ってもらうために歌曲も作曲しました。 "告白"せずに、恋は終わる 彼女は優れた歌手でしたが、王宮の役人の娘という身分の高い女性でした。 1830年7月にワルシャワ国立歌劇場にデビューしますが、すぐに第1線の歌手活動から退き1831年に貴族と結婚をしました。 ショパンは彼女に思いを打ち明けることはなく、ショパンの初恋は終わりました。 「夜想曲第20番 遺作 」は、その"片想い"の頃に作られた作品です。 ショパン「夜想曲 ノクターン 第20番」 遺作 の演奏.

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ショパン珠玉のピアノ名曲13選【楽譜無料ダウンロード可】

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ショパンのノクターンは、現在『ノクターン集』の形でまとめて出版され、広く普及している。 しかしながら、これらの作品の作曲年代、出版年、出版地、さらには献呈は、様々である。 第1~3番のようにセットで出版されたものもあれば、第20番のように、一つの作品が単独で出版されたものもある(第20番は、死後出版)。 番号 作品番号 カタログ番号( CT ) 調 作曲年 出版地:出版年 献呈 第 1 番 Op. 9-1 CT 108 b 1830-32 ライプツィヒ: 1832 、パリ、ロンドン: 1833 マリー・プレイエル 第 2 番 Op. 9-2 CT 109 Es 第 3 番 Op. 9-3 CT 110 H 第 4 番 Op. 15-1 CT 111 F 1830-32 ライプツィヒ: 1833 、パリ、ロンドン: 1834 フェルディナンド・ヒラー 第 5 番 Op. 15-2 CT 112 Fis 第 6 番 Op. 27-1 CT 114 cis 1835 ライプツィヒ、パリ、ロンドン: 1836 テレーズ・ダポニー伯爵夫人 第 8 番 Op. 27-2 CT 115 Des 1835 第 9 番 Op. 32-1 CT 116 H 1835 ベルリン、パリ、ロンドン: 1837 カミーユ・ド・ビルリング男爵夫人 第 10 番 Op. 32-2 CT 117 As 1837 第 11 番 Op. 37-1 CT 118 g 1838 ライプツィヒ、パリ、ロンドン: 1840 第 12 番 Op. 37-2 CT 119 G 1839 第 13 番 Op. 48-1 CT 120 c 1841 パリ: 1841 、ライプツィヒ、ロンドン: 1842 ロール・デュプレ 第 14 番 Op. 48-2 CT 121 fis 第 15 番 Op. 55-1 CT 122 F 1842-44 ライプツィヒ、パリ: 1844 、ロンドン(広告): 1845 ジェーン・スターリング 第 16 番 Op. 55-2 CT 123 Es 第 17 番 Op. 62-1 CT 124 H 1846 ライプツィヒ、パリ、ロンドン: 1846 R. フォン・ハイゲンドルフ=ケンネリッツ 第 18 番 Op. 62-2 CT 125 E 第 19 番 Op. 72-1 CT 126 e c1829 ベルリン: 1855 、パリ: 1856 第 20 番 KK. 成立年代は諸説あるが、1830年からショパンがパリに到着する31年にかけて作曲されたとする見解が大勢を占める。 楽譜は、パリ(M. Schlesinger, 1833)、ライプツィヒ(Kistner, 1833)、ロンドン(Wessel, 1833)の3都市で初めて出版された。 楽器製造社カミーユ・プレイエルの妻で著名なピアニストだったカミーユ・モーク(マリー・モーク, 1811-1875)に献呈。 Nocturne Op. 9 No. 1 ショパンが折に触れて作曲し続けたノクターンの中で、最初に出版された曲集の第1曲を飾る作品。 拡大された中間部を持つ三部形式で書かれている。 最初の18小節で、情緒豊かで起伏に富んだ旋律が右手で歌われるが、ここで、ショパンは強弱やニュアンスの指示を事細かに書いている。 例えば、3小節目では、右手が速い装飾的パッセージを弾くにも関わらず、スタッカートのある音とない音が書き分けられている(譜例1)。 31-2等に先例が見られる)。 ここに入って32小節間は、延々右手がオクターヴでメロディーを弾くが、そこにはpppやsotto voceといった静けさを求める指示と、オクターヴによる前打音(第30小節)のような御し難いテクニックが同居しているため、美しく歌わせるためには、高度なコントロール能力が必要である。 このような遠隔調への転調は、当時の即興実践を反映した幻想曲や即興曲のようなジャンルで見られるものである。 譜例3に示すような和声の動きは、理論というよりは、むしろ偶然的な手の動きの産物であろう。 概して、このような鍵盤を這うような手の動きがショパンに独自の和声語法の源泉となっている。 完全5度の連続による伴奏は、ミュゼット(バグパイプ)を想起させる。 さらに、その上で、フルートに似つかわしい旋律が演奏される。 譜例4 第51~54小節 2小節のブリッジを経て、もう1度同じテーマが少し形を変えて現れるが、フルート風の旋律は、今度はホルンの音型を模した二つの声部となって現れる(実際、ここにホルン五度を聴くことができる)。 譜例5 第61~64小節 フルート、ホルンは、いずれも田園風景を描く際に象徴的に使用される楽器であり、ミュゼットの和音は田舎の土俗的な雰囲気を出すためによく用いられる。 つまり、この16小節は、束の間のパストラールをとみなすことができるのである。 田園風景過ぎ去ると、音楽は変ト長調に向かうように聴こえるが、第67小節から、伴奏型だけが繰り返される中で転調が生じ、主調である変ロ短調に戻り、最初のテーマの短縮された形での再現となる。 79小節目後半のモチーフを何度も繰り返し、最後は突然感情が爆発したかのように、高いes-gesから始まる、強烈な不協和音(主音上に置かれた第5音下方変位の属九)による下降音型を経て、変ロ長調の和音連打で静かに終わるが、最後から2番目の音には倚音のgesがあるといった具合に、最後まで、どこか煮え切らないままである。 譜例6 最後の4小節。 最初の小節でb・ces・aが衝突し強烈な響きを作っている。 (林川 崇) Nocturne Op. 9 No. 2 言うまでもなく、ショパンのノクターンの中で最も知られたもので、ショパンの死後、ヴァイオリン、チェロ、声楽用などの編曲が盛んに作られた。 曲のフレーズは最後の2小節を除けばすべて4小節のフレーズから成っており、以下のように図式化される。 全体を通じて、左手が一貫して同じ伴奏型を続け、その上で右手の旋律が歌われる。 変ロ長調のBの部分は2回ともほぼ同じ形で表れるが、AおよびCの部分は出てくるたびに違った装飾が施されている。 このような旋律の装飾法は、当時のオペラ・アリアの演奏習慣に由来するもので、声楽を愛したショパンはこれを積極的にピアノ演奏に取り入れた。 この装飾は、ショパン自身、毎回違うように弾いたらしく、そうした出版譜と違った変奏が、あるものはショパン自身の演奏を書き取ったものとして、またあるものはショパンが弟子の楽譜に書きこんだものとして、多数残されている(こうした資料が多く残っているケースは、ショパン作品にあっては珍しい。 中には、右手が最高音域から3度の半音階で下降するというものもある)。 ドラクロワをはじめとするショパンの取り巻きたちは、この即興性や演奏のたびに音色を自在に変化させる能力にショパンの才能を認めている。 こうした彼の演奏習慣は、「楽譜通り」の演奏を基本とする演奏美学と大きく異なる点である。 平明なAに対し、Bの部分では、1小節目で、変ロ長調のVの第一転回形に行ったかと思うと、次の小節で、バスが半音下がって変ホ長調のIV-Iと進行(譜例1, 第10小節)し、また、バスが半音上がって変ロ長調に戻り、安定したかと思うとAに戻る直前で唐突に半音階的和声(譜例2)が現れるなど、何か彷徨うような和声がコントラストを成している。 ショパン作品全般を特徴づける「彷徨う和声」もやはり、ある程度はショパンの即興的なセンスから導きだされたものであろう。 9 No. 3 ショパンのノクターンの中で唯一、Allegrettoという快速なテンポが指示された曲であり、また小節数は彼のノクターンの中で最も多い(158小節)。 aの出だしは、歌うというよりは飛び跳ねるような軽快な主題であり、「おどけて」Scherzandoという楽想用語が用いられている。 aの13小節目で、それまで飛び跳ねていた所に、突如espressivoと指示された嬰ヘ長調の歌が入ってくるが、すぐにロ長調に戻って落ち着く。 このbの最後の8小節は、aのそれがそのまま使われている。 bもまた、装飾を増やして繰り返される。 そして、感情が頂点まで高まり、ロ短調のドッペルドミナントに終止すると、我に帰ったかのように、Aの最後の2小節が現れる(譜例3)。 譜例3 第129~133小節 Bの末尾とAの回帰 ここでは、前述の上昇音型の最後の音は、dの異名同音のcisisだが、その時点では音楽はまだ短調のため、暗い展開が続くかの印象が与えられる(譜例3、3小節目)。 しかし、そのcisisを経過音として、明るい主部に戻り、aの部分が再現される。 譜例1、譜例2に示した上昇音型のモチーフは、第150小節において11連符に拡大され、1オクターヴ上まで衝動的に駆け上がり(譜例4)、激しさを増したところで、短いコーダに入る。 《3つのノクターン》作品15 この3曲のノクターンのうち、第1番と第2番は1831年又は32年に、第3番は1833年に作曲された。 楽譜は、パリ(M. この曲を献呈されたドイツ人0005ピアニスト兼作曲家フェルディナント・ヒラー(1811-1885)は、ショパンの信頼する数少ない 音楽家で親友の一人で、演奏会で共演もしている。 あまり知られていないが、ショパンの《練習曲》作品10のイギリス初版表紙の献辞には、リストとならんでヒラーの名前が記載されており、1830年代のショパンの取り巻きのなかでは特に重要な人物である。 Nocturne Op. 15 No. このような厳格なシンメトリー構造は、ショパンのノクターンでは他に見られない。 Aでは、左手の三連符の伴奏に乗って、起伏の少ない淡白なメロディーが歌われる。 速度表示にAndante cantabileとありながら、表情にsemplice e tranquilloとあるのは、恐らく、歌うといっても、本当に歌うような大きな抑揚は付けずに演奏されることを意味するのだと思われる。 こうした楽想指示には、マイアベーアのグランド・オペラで歌われるような、大仰な歌い回しを好まなかったショパンの演奏美学を垣間見ることもできよう。 22小節目で、フレーズが収束すると思った所でそこから、冒頭の主題が再び出て歌い始めるが、3小節で歌は「消え行くように」smorzandという指示とともに力尽き、中断される 譜例1。 それまで強弱指定はpしか用いられず、淡々と歌が進行していたのに対し、Bはfで開始され、左手の主要モチーフにはクレッシェンド記号とアクセント記号が置かれるなど、主部とは極端な程のコントラストが作られている。 ショパンのノクターンにおいて、これほど様式的なコントラストが生み出される曲は他に見当たらない。 ショパン自身、簡略化した音型を弟子のJ. スターリング(作品55の解説参照)の楽譜に書き込んでいる。 ここには、1回目にはなかったppが見られるが、それにもかかわらず、diminuendo、rallentando、smorzandoの3つの指示が念を押すように書かれている。 曲尾は、テンポ、音量ともに落ちていき、2つの分散和音で、殆ど消え入るように曲は終わる。 (林川 崇) Nocturne Op. 15 No. 譜例1 第5~8小節、 aの後半 続く8小節の推移部では、溜息のような装飾を伴う半音階的な和声進行を経て、並行調である嬰ニ短調のドミナントに落ち着くが、すぐ主調のドミナントに戻り、Doppio movimento(倍の速さで)と指示された中間部Bが開始される。 ここでは、右手の5連符のアラベスクの中に、オクターヴのメロディーの上声・下声、それと装飾の3つの声部がわざわざ書き分けられている。 譜例2 第25~28小節(B冒頭) このようなリズムの記譜は、当時としては極めて珍しく、ショパンは音域の異なる音のまとまりを、異なる音色、強弱で引き分けていたということを暗示している。 同じことをショパンは《24の前奏曲》作品28の第1番でも試みている。 最初の8小節では低音に、V度の主音であるcisが保持されている。 33小節からは、長三度上のイ長調に転調し同じパターンが繰り返されるが、音域が上がるだけでなく、今度はV7の7度音であるDが保持されるため緊張感はいっそう高まる。 演奏からは聞き取りにくいが、ここからは右手のリズムパターンが5連符の連続から付点16分音符+32分音符+三連符の連続に変化している(譜例3)。 こうした記譜の複雑さからは、自身の演奏の微妙なアゴーギグを可能な限り正確に書きとめよとする強い意志が感じ取られる。 だが、紙に図形として写すことのできる情報は極めて限られているのであり、実際のショパンの演奏は、単に楽譜を音にする以上に多様なニュアンス、音色に富んでいたであろう。 さて、39小節目で、イ長調の並行調であり、かつ主調の嬰ヘ長調の同主調でもある嬰へ短調のV度が響くと、右手は下降を続け、音楽が落ち着きを取り戻し再現部に入る。 これが終わると、主和音のみで構成される5小節のコーダで曲は閉じられる。 (林川 崇) Nocturne Op. 15 No. 3 ショパンのノクターンの中でも異色の1曲で、歌唱的な部分(第1~88小節, 以下A)-コラール風の部分(第89~120小節, 以下B)-マズルカ風の部分(第121~152小節, 以下C)の3セクションからなる。 Aでは旋律が常にト短調で提示され冒頭に提示される12小節の旋律が、リズム、伴奏の和声を微妙に変化させながら4回現れる。 譜例1 冒頭8小節 こうした執拗な反復は、どこかショパンと同年生まれのシューマンを想起させる。 事実、シューマンは、この曲を気に入り、これに基づく変奏曲を作ろうとした(但し、第3変奏の途中までしか完成されなかった)。 第77小節でクライマックスに達すると半音階的和声の連続と冒頭動機が交替しながら音域を一気に下げ、低音のCisに至り、これが単音で連打される。 譜例2 Cisの反復とコラールの出だし このCisは、主音のGと増4度の関係にある。 西洋芸術音楽の文脈において、増4度は古くから悪魔の音程として忌み嫌われてきた。 Cis音は、すでに63小節からバスのペダル音として何度も打ち鳴らされ強調されている。 cisを導く転調のセクションは、視覚的にもとげとげしい。 こうした視覚効果はバッハ、ヘンデルからハイドンに至るまで、ショパン以前の宗教曲などで用いられた一種の音画tone paintingという手法だが、ショパンはこれら「大作曲家」の作品にみられる伝統的な作曲技法を熟知していたのではないだろうか? 譜例3 Bに先立つ転調域の一節(第63小節目よりCisのペダル音が始まる) コラールが終わると、突然、世俗の舞踊であるマズルカを想起させる部分に移行する(譜例4)。 譜例4 マズルカ風のセクション 天上から地上へと移行するこのセクションでは、両手のユニゾンとそれを取り巻く刻みの掛け合いが印象的である。 テクニック的には、内声を指で押さえたまま(左手は親指だが、右手は中指または薬指で!)、刻みの和音をスタッカートで弾かなければならず、演奏は容易ではない(無論、当時のピアノにソステヌート・ペダルは装備されていなかった)。 同じ形を繰り返しながら次第に音に気を下げ、ニ短調に落ち着くかと思わせておいたところで、曲は唐突にト短調のコラールになり、直ちに曲は閉じられる。 この短いノクターンには、何か壮大なドラマが秘められているようである。 Deux nocturnes op. 27 この2曲のノクターンは1835年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1836)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1836)、ロンドン(Wessel, 1836)で出版された。 オーストリア駐仏公使夫人であったダッポニィ伯爵夫人に献呈。 身分の高い彼女の捧げたことから、「貴婦人の夜想曲」と呼ばれることもある。 また、1組の作品としてまとめられているが、これら2曲の曲想は互いを引き立たせるかのように、著しい対照をなしている。 こうした広範囲な音域間のスムーズな動きは、ダンパー・ペダル(長音ペダル)の改良によって可能になった。 冒頭、第3音(e)を含まない空虚5度(cis, gis)という特徴的な響きの前奏に続いて、右手に方向性の定まらない半音階的な主題が提示される。 初期の作品9-2(第2番)や作品15-2(第5番)に見られる主題反復時の華麗な装飾は、この曲では全く見られない。 そのかわり、主題が反復される際には右手の旋律に二つの声部が加わり、「独唱」から「二重唱」へと変化している。 旋律は他のノクターンに比べ、非常に簡素で起伏が少ないが、ダンパー・ペダルの使用によって伴奏音型と見事に溶け合う。 第29小節からは、雰囲気が一転しドラマチックな中間部B(第29~83小節)にはいる。 2小節単位の短いフレーズとせき立てるような同音連打、そして20小節間にわたる左手の符点二分音符の上行音階と半音によるトレモロによって、音域もダイナミックスも一気に押し広げられ、第46小節で一度頂点に達する。 再び第53小節から半音階的進行が現れ、中間部の一つの情景が収束する。 第67小節目には作品15-3(第6番)と同様、マズルカが登場するが、踊りは長続きせず半音階的な転調ではぐらかされ、第81小節の強烈な和音連打で遮られる。 30年代のノクターンにおけるこうしたマズルカの使用は、30年に勃発した11月蜂起によって掻き立てられた民族的感情の表れとも解釈できる。 主題回帰の直前、長いフェルマータの中で、左手がレチタティーヴォ性の強いパッセージをオクターヴで奏する。 音量も速度も緩みながらAdagioへと向かい、嬰ハ長調のまま曲を閉じる。 Aの甘美な旋律と全体の優美な曲想ゆえに、作品9-2(2番)や作品15-2(5番)と並んで、演奏される機会の多い曲である。 第2番も第1番同様に、左手には曲全体を通して、フィールドが好んで用いた、大きな跳躍を含む分散和音の伴奏型が用いられている。 このように、回数を重ねるごとに装飾の使用程度は高くなり、それに比例して高音のきらめきが際立つ。 これらの装飾音は、ダンパー・ペダルを踏みっぱなしにしても高音部は濁ることなく、むしろ透明で輝きのある音響が得られた当時の楽器の特性を十分に考慮して作曲されている。 Bでは、Aの単旋律の主題に対し、3度や6度といった重音からなるもう1つの主題が現れる。 第10小節に始まるBでは、転調による気分の高揚に合わせて音量が増すと、その音程はオクターヴにまで拡大される(第18小節)。 主題Aのこの再現法は、作品32-2(10番)にも見られる。 そして、このノクターンで特に注目したいのは、異名同音の使用である。 また第34小節では、前の小節の右手のdesをcisと読み替え、変イ長調からイ長調への瞬時の遠隔転調を可能にしている。 こうした移ろいゆく調性は、鍵盤上で即興的に手を動かす過程で見出されたものであろう。 Deux nocturnes op. 32 この2曲のノクターンは1837年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1837)、ベルリン(A. Schlesinger, 1838)、ロンドン(Wessel, 1837)で出版された。 1 ロ長調 このノクターンは他の多くのノクターンとは違って、三部形式をとっておらず、全体の図式は以下のよう示される。 ショパンが2部形式、3部形式、ロンド形式以外で作曲したのは、このノクターンが初めてである。 主題Aは6小節目終わりのフェルマータの挿入によって、考え込むような一瞬の休止が生み出される。 フェルマータの前後に配置されたgis(第6小節の右手)とg(第7小節左手)は、和声学においては回避されるべきとされる対斜関係をなしているが、ショパンは旋律の中断を際立たせるためにあえてこのような和声進行を選んでいる。 この休止はCにも現れ、何度も繰り返されるので、この曲を強く印象づけるのに一役買っている(譜例1)。 譜例1 第5~7小節 Bでは旋律が右手、左手(音符の旗が上付きに成っている声部)に追加され3声部のポリフォニーを形成する。 第62小節からは、曲想が一変し、不気味な低音連打とレチタティーヴォ風の音型に特徴づけられる劇的なコーダにはいる。 ショパンのノクターンにおいて、短調の曲が同主長調で終わるという手法はよく用いられるが、このノクターンのように、長調(ロ長調)の曲が同主短調(ロ短調)で終わるという逆のパターンは珍しい。 レントの速度指示があるものの、ショパンのノクターン中、とりわけ明るく軽快、かつ感傷的な作品である。 Aの主題は、夕暮れ時、ギターやマンドリンなどを片手に窓辺で歌われるセレナードの雰囲気をまとっている。 実際、素朴な歌をささえる伴奏は軽快なギターのつまびきを思わせる。 主題は、A中で何度も繰り返されるが、その音域や音型は、ソプラノ歌手のためのオペラ・アリアに非常によく似ている。 中間部Bの主題はAの主題から派生しているが、Aとはきわめて対照的な曲想である。 第35小節からは音の層と動きが増し、右手の半音階的進行とあいまって情熱的な高まりを見せる。 第39小節からは第27~38小節を半音上の嬰へ短調で繰り返し、この半音上への転調によって、中間部Bはより一層激しさを増しffに達するが、その後もクレッシェンドを続ける。 そして、終結部へと向かう第71小節からの非和声音を含む5連符の揺れによって、ようやく激しさが緩和され、静かに曲を閉じる。 Duex nocturnes op. 37 この2曲のノクターンは1838年から39年にかけて作曲され、初版はパリ(Troupenas, 1840)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1840)、ロンドン(Wessel, 1840)で出版された。 献呈者の記載はない。 この2曲は、当時人気女流作家であり、ショパンと恋仲にあったジョルジュ・サンドと共に行ったマヨルカ島への船旅の前後に作曲されたと考えられている。 この経験と本作との関連は不確かであるものの、第2番には舟歌風のセクションが現れる。 絶えず緩やかなマーチ風のリズムで歩みを進める左手の伴奏音型にのって、声楽のベル・カント様式を想起させる装飾が施され、物憂げな主題(mm. 1-8)が右手で奏でられる。 この主題はAで3回現れるが、反復ごとに前打音やフィオリトゥオーラが加えられたり(m. 18, 19やm. 36 etc. )強弱に変化が付けられたりする(1回目p-f、2回目f-ff、3回目p)。 ここにはショパンの初期ノクターン以来意識して行っていた「同語反復」回避の旋律書法が顕著に認められる。 Aで注目すべきは、6小節目に見られる3-3-3-3という指使いである。 連続する複数の音符に対して同じ指を連続的に使用することは一般的ではないが、ここでは三連符と4分音符の各音が、均質というよりは幾分粗野な仕方で際立たたせられることが示唆されている。 変ホ長調のBでは終始一貫して、温かく豊かな響きの4声体コラールが奏される。 ノクターンへのコラールの導入は既に第6番(1833)に見られるもので、旋律的なAと好対照をなし、宗教的な厳粛さをいっそう強めている。 後半には印象的なフェルマータが4度挿入され、これによってコラールの終結が予示される。 曲の結尾はト短調の同主調であるト長調のIV(c-e-gの和音)による変格終止に続くト長調の主和音で終わる。 ショパンのノクターンにあってはこのようにピカルディ終止や変格終止、またはその両方を用いる曲は典型的である。 但し、全体を通して、転調が極めて頻繁に行われ主調のト長調がほとんど現れないのが特徴的である。 例えば、Aでは、mm. 1-3、mm. 6-7とmm. 21-22にかけて一瞬ト長調が現れるのみである。 Aでは大きい跳躍音程を含む左手の分散和音の伴奏音型にのって奏でられる、3度や6度といった重音からなる右手の主題が特徴的である。 主題がこのように冒頭から重音で提示されるノクターンは、21曲中このノクターンだけである。 これら3度や6度の急速な連続は煌びやかな音響効果をもたらすと同時に、この曲にエチュード的な側面も付与している。 対照的にBでは、符点2分音符の左手に支えられ、飾り気のない素朴なバルカロール風の主題が奏でられる。 主題のアウトラインはパターン化されているが、A同様、次々と自由に転調を繰り返し、ここではA以上にト長調の響きは聞こえてこない。 その転調経過をたどってみると、ハ長調(m. 28-)、ホ長調(m. 36-)、嬰ハ長調(瞬間的だがm. 45)、嬰へ短調(m. 46-)、変イ短調(m. 48-)、ヘ長調(m. 51-)、変ロ長調(m. 53-)、ニ長調(m. 60-)、そしてようやくト長調(m. 66-)に到達する。 ハ長調からホ長調、変ロ長調からニ長調へという長3度上の調への3度近親転調は、ショパンが好んで用いた転調である。 81-85)。 91-97)や嬰イ短調(m. 98-102)というト長調からかなり遠い調も含まれている。 132のフェルマータの後のコーダにおいて、Bでは主題として一度も現れることのなかったト長調でBの主題の一部が奏でられた後、最後にト長調のV- I の和声進行をpppで響かせ、曲を終える。 Deux Nocturnes Op. 48 この二曲のノクターンの作曲時期は研究者によって見解が異なるが、1840年か41年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1841)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1842)、ロンドン(Wessel & Stapleton, 1842)で出版された。 弟子のロール・デュペレ嬢に献呈。 自筆譜は見つかっていない。 二作ともオペラの影響を色濃く反映した傑作である。 第13番 ハ短調 本作は、劇場のオーケストラを思わせるシンフォニックな書法を導入し、オペラ的効果を狙っている点で他のノクターンとは異なっている。 最初の主題は、大きく跳躍する左手の和音によって、バスと中声部の和音を豊かに響かせている。 この伴奏音型は、後の作品55-1(15番)、作品62-2にも見られる後期ノクターンに特有の書法であり、ショパンは交響的な効果をピアノで追究している。 これには、豊か低音が得られるようになった当時の楽器の特性とも関係があるだろう。 A部の音域はほぼソプラノの音域と一致しており、A部の終わり(第21小節)で歌はクライマックスを迎えC音に達する。 ハ長調のBでは静かなコラールとダイナミックなオクターヴの連続が対照的である。 この種の和音連打はしばしばオーケストラのトレモロによる弦楽伴奏をピアノで表現するときによく用いられた書法である。 ここでも、他のノクターンとは違って、右手の「歌」は決してc音を越えることはない。 つまり、右手の旋律は、一貫してソプラノ歌手をイメージして書かれていると考えられるのだ。 書法、ドラマ性という点から見て、このノクターンは、3つの情景からなるピアノのためのオペラとみなすこともできよう。 嬰ヘ長調、嬰ヘ短調、嬰ハ長調ともつかぬ短い導入のあと、ギターの爪弾きを連想させる左手の音型にのってセレナード風の旋律が奏でられる。 主題は例によって繰り返され、その際にオクターヴや装飾が加えられて変奏される。 セレナードが終わると「モルト・ピウ・レント」と記された変イ長調のBに入る。 ここで5連符と6連符によって表現されるレチタティーヴォ風の音型が導入される。 このような扱いは、ショパンのノクターンにおいて他に例を見ない。 「レチタティーヴォ」担うのは、音域的にテノールであろう。 ショパンは実際、彼のお気に入りの弟子で友人だったA. グートマンにレッスンをつけているとき、この中間部を「レチタティーヴォのように弾きなさい」と述べ、さらに「暴君が命令を下し(これが最初にある二つの和音の意味であった)、相手はお慈悲を乞うているのです」 と言ったという。 これはグートマンの証言である。 そうかと思うと、最後の2小節で最高音のaisまで一気に駆け上り、嬰へ長調で曲を閉じる。 Chopin vu par ses eleves, 3rd edition, Neuchatel, 1988 、米谷治郎、中島弘二訳、東京:音楽之友社、2005年。 Deux Nocturnes Op. 55 この二曲のノクターンは1843年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1844)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1844)、ロンドン(Wessel, 1859)で出版された。 献呈を受けたJ. スターリング(1804-1859)はショパン弟子で、師を熱烈に信奉し、また恋愛感情を抱いていた。 スコットランドの裕福な家系に生まれた彼女は、パリでショパンに出会ってから亡くなるまでの間、ショパンを様々な面で助けた。 彼女の過剰な親切心はしばしばショパンを悩ませたが、善良なこの女性に対し礼節を保ってふるまった。 彼女が集めたショパンの遺品やショパンについての記録文書、ショパン研究において重要な資料となっている。 本作は二人が出会ったころの作とみられている。 これらのノクターンには、同時代のオペラ・アリアにおける歌唱様式ばかりでなく、バロック様式、とくに対位法的書法への関心が色濃く表れている。 ショパンが対位法を厳格に自作に適用することは、習作として書いた二声のフーガを除けば殆どなかったが、この二曲には対位法への憧れが露呈されている。 それでも、彼はポーランド時代から対位法をよく勉強しており、パリ時代も1841年にパリ音楽院院長で対位法の権威ケルビーニによる教則本『対位法とフーガの技法』を手に再び勉強している。 1 ヘ短調 前作のノクターン作品48-1に引き続き、この曲でも左手の伴奏はバスと中声部を補填する諸声部を、右手は歌唱的な旋律をになう。 このノクターンの特徴は、一見しただけでは気づかないが、バロック的書法の影響を色濃く反映している点にある。 Aは48小節からなるが、左手のバスに着目すると、この間使用される音はわずかに5つ、すなわちc-e fes -f-g-asに過ぎない。 そして、e-f-g-asというバスの音型が8回も繰り返される。 これは、一定のバスの上で変奏をするシャコンヌやパッサカリアというバロック時代のジャンルを想起させる。 第48小節に始まるBは、劇的な低音のユニゾンに続いて歌唱的な旋律が現れる(第57小節)。 この旋律は、作品48-2(第14番)と同じ伴奏音型によっているが、ここでは右手のポリフォニックな扱いに注意を払うべきである。 そこでは、中声部に対旋律が置かれ、繋留音が最上声部に対して六度ないし三度をなして解決するという、すぐれて対位法的な扱いが見られる(第58、62小節)。 ここにもやはりバロックのスタイルが顔をのぞかせているのである。 作品9(第1~9番)のような初期ノクターンにおいて、曲尾にはきまって技巧的・装飾的なカデンツアが置かれたが、後期作品に向かうにつれ、曲の終わり方は和声的および曲のドラマチックな展開という点からみて、いっそう入念に仕上げられるようになっている。 この曲のストレッタはとくにその長さ、主題の静けさとはかけ離れたスタイルという点で、21曲中特異な終わり方の身振りを示すものである。 このストレッタで調性はヘ短調からヘ長調へと移り、そのまま終止する。 同主調による終止は前作のノクターン作品48-2(第14番)と同じである。 (上田 泰史) no. 2 変ホ長調 第2曲は以下の三つの部分に分けられる。 調性の異なる二つの主題を提示する点はソナタ形式を意識しているようであり、これがこのノクターンのもっとも特徴的な点である。 また、第1番同様、対位法的な右手の扱いにも注目すべきである。 Aは、ショパンの多くの作品がそうであるように、属音(この曲では変ロ音)で開始される。 だが、左手の開始和音は主和音ではなく、属和音であり、第2小節目で直ちに主和音に解決する。 この曲が、突然に、あたかも途中から始まったように聞こえるのはそのためである。 このノクターンには、主部に二つの楽想が用意されている。 一つは第1~12小節(以下a)に、もうひとつは第13~26小節(以下b)にあたる部分である。 aの第1主題旋律は二回繰り返される。 ノクターンにおいて、ショパンは旋律を反復する際に必ず変奏するが、通常の方法は旋律の装飾である。 ところが、彼はここで新しい変奏方法を用いている。 曲冒頭、右手は単旋律だが、第9小節目に始まる反復の際には新しい声部を内声に加え、に変化を与えているのである。 同じことは下属長の変イ長調で提示される第2主題bにもいえる。 bは、曲の後半Bでも再現され、二度反復されるが、いずれの場合も、単なる反復ではなく常に新しい対旋律付けがなされている(第39~第55小節)。 しばしば半音階的に動くこれらの対旋律のおかげで、縦の響きは聞き手にかなり交錯した印象を与える。 コーダはそれに比べ再びテクスチュアが簡素化されすんだ分散和音とカデンツのなかで曲は閉じられる。 Deux Nocturnes Op. 彼の弟子と思われるR. フォン・ハイゲンドルフ=ケンネリッツ嬢に献呈。 ショパンが生前に出版したノクターンとしては最後のものである。 作品55の二曲に比べ、書法はますますポリフォニクになり、半音階によるうねりは消えて響きは透明度を増す。 ここに至って、彼は常に憧れを抱き続けてきたポリフォニックな書法と歌唱的な様式の折り合いをつけ、自分なりの答えを見出したようである。 作品55-2(第16番)と同様、唐突なカデンツかで開始される。 この一見奇妙な出だしは、当時よく行われていた「プレリュード」と呼ばれる習慣に由来するものであろう。 「プレリュード」は作品を演奏する前に聞き手の注意を演奏者に向けさせたり、タッチを確かめたりするために行われる短い即興的な前奏で、20世紀初期までは普通に行われていた。 バックハウスやヨーゼフ・ホフマンのライヴ録音にはこうした「プレリュード」を聴くことができる。 しかし、なぜショパンはわざわざそれを記譜したのだろうか。 これはよく検討する価値のある問題であるが、個々での議論はよすとしよう。 「プレリュード」に続く主題は声部数が不定の擬似的なポリフォニーである。 この曲の冒頭部分は、バロックのフーガにしばしば見られるように拍節が一定ではない。 参照説目の第3拍目に出る主題は、7小節目で再び現れるとき、第1拍目にきている。 この主題の下行音型は、第11~14小節目にかけて、右手の内声で利用される。 こうしたモチーフによる一貫性の確保はバッハに代表されるフーガ書法の主要な特徴であるが、ショパンはおそらくそれを強く意識している。 第14~21小節右手が常に2声となり、8分音符で動く。 テクニックの点からみて、こうした多声の動きはクレメンティやクラーマーといった19世紀初期に活躍した先人が用い始めた比較的古いピアノ書法である。 続く経過的な第21~25小節目には、Bで使用されるシンコペーションのリズム・オスティナートが現れている。 その後に再び主題が回帰し、変イ長調の中間部Bに入る。 トリルの中に旋律を織り込むこの技法は、30年代末から40年代にデーラーのようなヴィルトゥオーゾ・ピアニスト兼作曲家によってしばしば用いられたいわば流行のテクニックであった。 ショパンは古い技法だけでなく最新の流行も積極的に取り込んでいるのである。 第75小節で主題が遠隔調のト長調の属七に落ち着くと、再びロ長調に戻るために4小節間の巧みな経過部が続く(第76~80小節)。 ここでは、4声部がとりわけ対位法的に扱われており、入念に書かれた部分である。 第81小節に始まるコーダでは再び左手のシンコペーションによるリズム・オスティナートが回帰し、その上で右手が増二度を含むいくぶん「エギゾチック」な音階が漂い夢想的な雰囲気のうちに曲は閉じられる。 2 ホ長調 第2番の伴奏音型は、以前に作品55-1、作品48-1で使用されたものと同じで、バスと中声部を埋める和音からなる。 これによって豊かな幅広い音響が実現されている。 形式は他のノクターンと同じく3部形式による。 このノクターンは二つの特徴的な和声進行によって枠づけられている。 冒頭小節における二拍目の経過的な和音はVI度(e-gis -cis)であり、それは直ちに三拍目でI度([e]-h-gis)に解決する。 この二拍目の和音が冒頭、しかもLentoという遅いテンポで用いられると、フランス近代の響きを想起させる。 この冒頭の進行は、最後の小節のカデンツにも聴くことができ、意図的に使用されているように思われる。 第32小節まで続く主題部(以下A)は、第1番のようなポリフォニーは見られないが、第25小節目で主題が反復されるときに見られる右手の華麗な装飾音型は、第1番との共通点である。 続く中間部(第32~57小節)の開始は、右手が波打つような音型で始まる。 こうした左手の扱いは、《12の練習曲》作品10-12やカルクブレンナーの練習曲にみられるように、30年代前後から先駆的なピアニストたちによって用いられた左手訓練のための書法である。 むろん、ショパンはこうしたテクニックを左手の訓練というよりは、Aにおいて確立された雰囲気に変化をもたらし、ドラマ性を生み出すために使用しいているのである。 中間部の最も重要な特徴は続く40小節に始まるセクションに見られる声部間の模倣である。 それは第42、49、51小節に現れる。 いずれの小節でも最上声部におかれた第1、2拍目のモチーフがバス声部の第2、3拍目で模倣される。 主題は57小節で回帰し、一度だけ姿を見せたのち、第32~57小節に見られた左手の音型が現れ、コーダが導かれる。 曲尾の三小節のカデンツの最上声のモチーフは、第40小節第1拍目から展開される動機の変形である。

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