総武 快速 線 運行 状況。 横須賀・総武快速線

JR総武線 運転見合わせに関するリアルタイム情報|ナウティス

総武 快速 線 運行 状況

JR総武線快速の混雑状況を時間帯および区間ごとに調査してみた。 朝と夕方・夜の通勤ラッシュ時のいつ頃がピークを迎えるのはいつ頃なのか。 混み具合の実態を観察した。 千葉方面へ向かう鉄道としては一番利用者数が多い路線であるためかなり混雑が激しいのは間違いない。 中距離電車で遠距離ユーザーが多く使うため、ピークの時間帯は朝の7時台後半だ。 首都圏の中でも特に混雑が激しいのは、小田急や中央線、そして東京メトロ東西線などが有名であるが、総武線快速もまた混雑率は数値が高い。 国土交通省によると混雑率は180~190%で毎年推移している。 都心と千葉方面を結ぶ鉄道路線は京成本線、JR京葉線、東京メトロ東西線、都営新宿線などがある。 どれも都心と郊外を結ぶ重要な交通手段だ。 その中で一番所要時間が短くて速い路線は総武線の快速だ。 運行本数も多いため、乗客にとってはかなり便利な存在に君臨している。 各段階ごとの混雑率の目安 5:150%以上(乗客同士が押し合う、スマホ操作不可) 4:120%(ドア付近で荷物が他人に接する) 3:100%(車内奥まで満員、リュック背負い不可) 2:80%(ドア付近を中心に立ち客あり) 1:50%(全員着席可能) 総武線快速が全体的に混雑する区間は津田沼~東京の部分といえる。 早朝の6時台からすでに混雑が始まる。 この時間帯であっても始発駅の千葉駅の時点で座席は完全に満席になる。 次の稲毛駅から乗れば確実に座れないだろう。 津田沼駅始発もあるが、ここでも津田沼の時点で座席はすべて埋まって満席に。 次の船橋駅では座れない。 7時台に入るといよいよ朝ラッシュの時間帯に突入する。 そして、7:30を過ぎると本格的にピークの超満員電車の時が来る。 9時台に入るとよいやく通勤ラッシュの激しさは緩やかになってくる。 それでも、まだまだ混雑した車内は続き、10時台になってから空いてくるという感じだ。 混雑率=180%は8時頃 国土交通省が行った「東京圏における主要区間の混雑率」の調査では、総武線快速の最大の混雑率は181%(2017年)という結果だった。 区間は新小岩~錦糸町の区間だ。 8時頃にピークに達する。 7:30~8:30に錦糸町駅に到着する電車も全体的にはほとんどこれくらいの混み具合に達する。 どれくらい激しいのかというと、乗客同士が車内で少し接するくらいのレベルである。 電車の中でスマホの操作ができるかどうかでは、ほぼ「できない」に該当する。 錦糸町駅では新宿・秋葉原方面へ行く中央総武緩行線へ乗り換える人が多く降りる乗客が多数いるということで、東京駅側はそれほど混まない。 参照: しかし、新小岩駅や市川駅は乗り換え路線がないため、新小岩~錦糸町の区間が一番混雑度が高い結果となっている。 並行する京成本線やJR京葉線の方が混雑度は緩やかといえる。 また、始発駅である千葉駅から座るのも難しいかもしれない。 11・15両編成ということで列車は長いものの、それ以上に乗客が殺到するため、結局は座れない可能性が大きい。 総武本線からの直通列車となれば、朝のラッシュ時はほぼ座れないという覚悟で乗るしかないのもまた事実だ。 区間ごとの混雑状況 総武線快速の区間ごとの混雑状況を見ると、上り・下りともに錦糸町~津田沼が最も混雑するエリアである。 千葉駅に近づくほど電車が空いている。 一方の東京~錦糸町も都心部の地域を走るとはいえ、他の代替路線があることもあってまだ乗客が集中する部分にはならない。 朝ラッシュの時間帯における区間ごとの混み具合を上り・下りそれぞれ見てみた。 区間ごとの混み具合では、津田沼駅辺りまでは比較的空いている。 通勤快速も一部あるが、ほとんどは「快速」であるため、種別ごとの違いはほとんどない。 ただし、房総エリアの各路線からの直通列車は千葉駅でもすでに満員状態になっている。 千葉駅にて大量の乗客が降りていくものの、そのまま東京方面へ向かう人もかなりの割合になる。 千葉駅始発ならそれよりは余裕が見られる。 津田沼駅を出発すると本格的に満員電車になる。 ドア付近になっているとやや圧迫感が出てくる。 平常ダイヤなら車内奥はまだ余裕があり、車両のどこに立っていてもスマホの操作はできるレベルである。 船橋駅からは地獄のスタートだ。 ドア付近に立っているとほかの乗客と体が接するほどのレベルになることも少なくない。 津田沼駅始発の電車でさえ、すでに船橋駅の時点で窮屈感がある。 船橋~錦糸町の区間はドア付近では完全に他の乗客と体の一部が触れ合うほど。 スマホの操作は困難。 車内奥でも荷物は他の乗客に接するくらいにはなる。 スマホの操作は不可能ではないが非常にやりにくい。 とはいえ、船橋駅までは下りでも座れずに立っている乗客も多い。 中でも成田空港行は快速でも混雑が他より目立つ。 東京駅の時点では座席がすべて埋まって、立っている乗客が少しいる程度になる。 上りの満員電車とは光景が異なる。 錦糸町駅からは中央総武線各駅停車からの乗り換え客が殺到するため、ここでやや混雑した車内になる。 それでも他の乗客と接するようなレベルにはならない。 リュックも背負ったまま乗れる混雑率に収まる便が多い。 船橋駅から先の下り列車は空いている。 朝でもガラガラの状態に近い。 津田沼駅止まりは最も空いている。 途中駅でみんな降りない 総武線快速ならではの特徴もある。 それは、途中駅であまり降りる人がいないという点だ。 上りの場合、大勢の人が降車するのは錦糸町駅と東京駅くらいだ。 快速ということで停車駅がかなり限られているため、どうしても近距離しか電車に乗らない人よりも長い区間を移動する人が多く乗る。 しかも、千葉方面へ行く各線の中では一番所要時間が早いこともあって、特に遠方から都心へ向かう人が殺到する。 これにより、途中駅で降りず東京都心まで乗り続ける人がほとんどとなっている。 下り電車についても、津田沼駅くらいまではまとまった人数が降りる駅がないため、長時間座れない状況が続く。 しかも、千葉駅より先の総武本線・成田線へ向かう例もかなりの数がいる。 遠距離ユーザーで混雑するのが総武線快速ならではの独特の特徴といえるのではないだろうか。 総武本線・外房線からの直通列車が混む! さらに、朝ラッシュの時間帯であれば総武本線や外房線からの直通列車が最も混雑している。 千葉駅や津田沼駅を始発とする列車は、たとえ快速であるとはいえ乗ってくる乗客の数が少ない。 総武本線や成田線、外房線、内房線から乗り入れてくる列車はより多いところからすでに乗っている乗客がいるということで、混雑率はより高い。 夕方は逆に津田沼止まりや千葉止まりの快速が比較的空いている。 近距離を使って途中駅で降りるという人が多く使うこともあって、たとえ東京駅や錦糸町駅辺りでは満員であったとしても途中駅で着席していた人が降りることで座れる可能性が高い。 逆に総武本線や外房線、内房線直通の快速となると遠距離ユーザーが集中してくるため、途中駅に到着しても降りる人が相対的に少ない。 座席を確保する難易度はその分高くなる。 他の路線の混雑状況 接続駅 路線 <直通> 東京 、、、() 、、、 、、(大手町駅) 新日本橋 、 馬喰町 (東日本橋)、(馬喰横山) 錦糸町 、半蔵門線 船橋 、 津田沼 千葉 、、、京成千葉線 <、、直通> >>.

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JR総武線 混雑に関するリアルタイム情報|ナウティス

総武 快速 線 運行 状況

横須賀・総武快速線で使用されるE217系電車。 「横 須賀線-総 武線」の表示がある 基本情報 国 所在地 、、、() 区間 - 駅数 28駅 経由路線 (久里浜駅 - 間) (大船駅 - - - 間) (東京駅 - 間 ) (以下は直通路線) ( - 間) (千葉駅 - 間) (佐倉駅 - ・間) (香取駅 - 間) スカセ、ソムホセ 路線記号 JO 開業 1889年6月16日(横須賀線 - 間) 総武線快速運行開始 1972年7月15日 相互直通運転開始 1980年10月1日 所有者 (JR東日本) 運営者 東日本旅客鉄道(JR東日本) 使用車両 路線諸元 路線距離 112. 正式路線名称は久里浜駅 - 間が、大船駅 - 東京駅間が 、東京駅 - 千葉駅間がである。 で使われる路線記号は JO。 一部の列車は千葉駅から総武本線、、、、まで乗り入れている。 本稿では、と総称された混雑緩和プロジェクトの一環として、1972年(昭和47年)7月15日に完成した総武本線の - 間(正式には - 津田沼駅間)の複々線化前後及び(昭和55年)10月1日に開始した通称 SM分離( MS分離とも呼ぶ )または SF直結 (以下本稿では前者の〝SM分離〟と表記)と呼ばれる横須賀線と総武快速線の相互直通運転開始以降に一体となって運用された列車や車両、運行形態などを記述する。 概要 [ ] 横須賀・総武快速線は、東京地区の()の運転系統の一つであり、久里浜駅 - 東京駅間を横須賀線、東京駅 - 千葉駅間を総武快速線と呼ぶ。 JRの前身である(国鉄)が運営していた時代、「」の一環として、(昭和47年)に総武本線東京駅 - 錦糸町駅間の新線および錦糸町駅 - 津田沼駅間の複々線化の完成と同時に運転を開始、その後(昭和51年)の延伸を経て1980年(昭和55年)から横須賀線 との相互直通運転を開始した。 それ以降は、一体的な運転系統となっていることから、これらを合わせて 横須賀・総武快速線または 横須賀・総武線と呼ばれることがある。 (昭和56年)7月の複々線区間の千葉駅延伸、同年10月の停車開始によって現在の運行形態が築かれた。 使用される列車の先頭部には「横 須賀線-総 武線」と表示される (詳細は)。 なお、運営は(昭和62年)4月1日のによりJR東日本に継承されている。 横浜駅 - 鶴見駅間では京浜東北線、品川駅 - 東京駅間では山手線・京浜東北線、錦糸町駅 - 千葉駅間では中央・総武緩行線が並行しており、これらの区間において横須賀・総武快速線は一部の駅のみに停車する。 横須賀・総武快速線が停車しない駅では、横須賀・総武快速線の走行する線路上にホームは設けられていない。 全区間が電車特定区間内であるが、編成の一部にやを備えたの電車が用いられ、も2両組み込まれている。 歴史 [ ] 本節では、横須賀線と総武快速線の直通運転開始前後からの歴史・沿革について記述する。 なお、複線化完成前までの総武快速線についてはを、SM分離以前などの横須賀線についてはをそれぞれ参照。 (節全体の出典: ) 通勤五方面作戦 [ ] を迎えたころ、同じ線路(東海道本線旅客線)を共用して運行していた東京駅 - 大船駅間 のの小田原・熱海方面の列車()と、横須賀線の逗子・横須賀方面と直通する電車は、による混雑が日を追うごとに深刻化し、増発を繰り返した結果、輸送力が限界に達していた。 一方総武本線も朝のを中心に他の東京近郊の主要路線同様、混雑をきわめていた。 そんな中で国鉄千葉鉄道管理局(現・)では様々な計画案が立案されていた。 一例として1962年(昭和37年)に発表された段階案 では、• 旧型車両8輌編成を10輌編成に置き換え、2割の輸送力増強を図る。 新宿駅でのと同様に、(案)に島式ホームを増設し交互発着を行うことで運転間隔を20秒短縮、さらに2割の輸送力増強を図る。 (昭和40年) - (昭和45年)の間に - 、市川駅 - 津田沼駅、津田沼駅 - 千葉駅の3区間に分けて複々線化。 急行線では1962年(昭和37年)より25分の時間短縮を図る。 停車駅は市川駅、、津田沼駅、千葉駅を予定。 ただし、東京都内は未定とした。 さらに貨物列車も分離し輸送力を2倍とする。 このほかにも、当時最高混雑区間であった - 新小岩駅を先行して複々線化する案などがあった。 1965年(昭和40年)になると、(国鉄)は、混雑緩和と輸送力の増大を図るため、における通勤路線の輸送量増大プロジェクト「」策定した。 これは国鉄が、1961年(昭和36年)度からの第2次5ヵ年計画を1964年(昭和39年)に打ち切り、1965年(昭和40年)度を初年度とする1971年(昭和46年)度までの7年間におよぶ第3次長期計画を策定、都市間旅客輸送、長距離貨物輸送とならび、大都市の通勤輸送増強が計画的に遂行されるようにしたもので、そのうちの都市近郊(東海道、中央、総武、常磐、東北)各線輸送力増強計画の一環として、総武本線では快速線と緩行線を分ける化を、横須賀線では、東京駅 - 間の線路増設と東京駅 - 大船駅間における東海道本線(湘南電車)と横須賀線の別線化による、系統別の路線分離を計画した。 詳細は「」を参照 総武快速線新設(複々線化) [ ] 総武快速線新設に関する主な計画は以下のとおりである。 (横須賀線品川駅 - )東京駅 - 錦糸町駅を地下で新設。 東京駅 - 錦糸町駅間に・を設置する。 両国駅 - 津田沼駅間は在来線併設の形で、線路別の複々線とし、前述の東京駅 - 錦糸町駅間とあわせ、快速列車などを運行する。 快速の停車駅は、1. の区間内の駅と新小岩駅・市川駅・船橋駅・津田沼駅として、快速線にそれぞれホームを設置する。 小岩駅 - 西船橋駅間及び船橋駅付近を高架化、さらにその他区間の踏切を単独立体交差をさせて、全体で56ヶ所の踏切を除去する。 総武快速線および房総ローカル線運用の113系、房総特急の183系、房総急行の165系を収容する幕張電車区(現・)を津田沼駅 - 間に新設。 地下駅である東京駅の電留線機能を錦糸町駅構内の客車操車場跡に設置。 総武快速線は、別途計画の東海道本線増線(品川駅 - 東京駅間の地下区間)と東京駅で相互に直通する。 津田沼駅 - 千葉駅間の複々線は1971年(昭和46年)以降の完成とする。 東京駅 - 両国駅間の建設ルート案は、1. 在来線に腹付線増する(工費約380億円)、2. 上に高架線を建設してに入る(工費約320億円)、3. 地下線を建設し東京駅に直通する(工費約210億円・金額は計画当時の予定額)が出され、建設費用が最少で運行距離が最短の3. の地下線案に決定した。 なお、東京駅への乗り入れには、従来から東京駅方面への乗換駅であったの混雑を緩和する目的もあった。 1965年(昭和40年)4月から着工を開始、軟弱地盤を通過することから大半がによって建設され、との交差部はケーソン9基を両岸に仮設した築島から沈下させ、水中で次々に水平方向に押し進めることでケーソンを接続するがとられた。 同トンネルから複々線へのアプローチが設けられたのは構内だが、連続する急勾配のためホーム設置は見送られた。 この区間は信号見通し距離の確保が困難であったため、保安装置として国鉄在来線で初となる方式の(ATC)が導入された。 長大トンネル のため、乗り入れ車両は対応車両のみとされ、新製車両はつとめてA-A基準対応とすることが定められた。 このため、A-A基準に準拠して新製されたとが投入された。 なお、両国駅および発着の房総急行で使用していたについては、保安装置が対応していないため地下区間への乗り入れは行わないことにした。 このトンネルは、 総武トンネル(東京駅-品川駅間は 東京トンネル)と呼ばれ、国鉄初の都市内トンネルとなった。 複々線化にあたり線路別とした理由は、両国駅や錦糸町駅付近で大規模な立体交差が生じること、計画段階で貨物取扱駅を新小岩操駅 、西船橋駅山側に集約することになり、その場合上り貨物列車が貨物駅の出入りのために下り線を横断する立体交差が必要になること 、線路別にすることで、快速に乗客が集中することを防ぎ、各駅停車との乗車率の均衡を図ることができること、津田沼駅 - 幕張駅間に新設する幕張電車区が線路別であれば、複々線の千葉延長時に上下快速線間に抱き込み配線で設置できること、があげられる。 両国駅 - 錦糸町駅間は、開業以来デッキガーダーによる高架線となっていたが、地盤沈下と老朽化のため、新規に高架線を建設し、亀戸駅 - 新小岩駅間には、亀戸駅から南下し方面へ向かう貨物線に接続する単線(路盤は複線に対応)の線路を別途建設した。 優等列車待避はと錦糸町駅で可能としたが、錦糸町駅には当面全列車が停車することから通過線は敷設せず、駅構内の客車操車場跡に電留線を設置した。 錦糸町駅は、東京方面と御茶ノ水方面の分岐駅となった。 また、のホーム設置は見送られた。 1972年(昭和47年)7月15日に総武快速線は開業した。 しかし津田沼駅までの複々線化であったので、津田沼駅 - 千葉駅間は、各駅停車と快速・特急などが同じ線路を利用し、快速は津田沼駅 - 千葉駅間はノンストップであった。 同線開業により、それまで10両編成で運転されていた快速電車は、全て新造車の113系電車に置き換わり、11両編成となった。 同時に幕張電車区が開設され、車両は同電車区所属となった。 これは、将来の横須賀線との直通運転が決定していたため、緩行線とは違う113系に置き換える必要があったことによる。 また、成田駅や房総方面への直通運転も開始され、成田駅には8往復、内房線木更津駅・君津駅には11往復、外房線上総一ノ宮駅・には8往復がそれぞれ運転された。 一方、両国駅や中央本線より運転されていた既存のは、房総方面の列車をに格上げして、特急「」・「」を新設 、急行列車は、急行「なぎさ」(内房線回り)、急行「みさき」(外房線回り)が房総半島を一周する優等列車として運行された。 総武本線・成田線の急行列車には、特に動きはなかったが、(昭和50年)3月10日のダイヤ改正で、エル特急「」・「」が運行を開始し、急行列車は、房総半島一周急行を廃止、房総方面を含め全てを電車化(・165系)してそれぞれの特急列車の補完的な列車となった。 なお、この改正で、特急は全て東京駅地下ホームから発着するようになった。 (昭和51年)10月1日に東京駅の地下中央通路の混雑が問題となり、その緩和のため、1973年(昭和48年)6月に完成していた東京駅 - 品川駅間の別線(地下線)が開業(横須賀線の乗り入れが遅れたため、先の開業となった。 詳細は)、朝夕のラッシュ時に品川駅乗り入れを開始、後に朝夕ラッシュ時以外にも乗り入れ時間帯が拡大し、平日46往復、休日36往復が乗り入れた。 SM分離 [ ] 品川駅より南、大崎駅周辺の路線図。 右上から左下へ伸びる路線が「品鶴線」で、品川からそのまま大井町へ進むルートが従来の東海道線である。 SM分離に関する主な計画は以下のとおりである。 東京駅 - 品川駅間の別線(地下線)を線増する。 品川駅 - 鶴見駅間は、品鶴貨物線を転用する。 その内、 - 鶴見駅間は東側に併設線増して、在来貨物線を取り付ける。 新鶴見操車場構内に、を新設する。 鶴見駅 - 大船駅間は、鶴見駅 - に貨物列車専用の別線を新設、同区間の在来貨物線は旅客用に転用、東戸塚駅 - 大船駅間に貨物専用線を在来線に併設線増する。 の貨物設備や旅客ホームは、在来貨物線上に新設する。 先に着工していた東京駅 - 両国駅間を繋げる形で、1968年(昭和43年)3月に東京駅 - 品川駅間の地下線は着工開始、前者区間同様に大半がシールド工法によって建設されが、新橋駅及び品川駅構内の一部は地上からの開削工法とした。 後者区間は重要構造物との交差・近接が多く(有楽町のビル街や地下鉄路線など)、トンネルを深い位置に掘らねばならず、さらに、後者区間の地質が悪く 工事が難航、圧縮・凍結・薬液注入工法等多くの新技術を導入して、トンネル建設を施工した。 この工事は1973年(昭和48年)6月28日に完成している。 一方地上の貨物線の建設は、まずは品鶴貨物線を転用するにあたり、と(現・廃止) - - 塩浜操車場(現・) - 鶴見駅間に湾岸貨物線を建設して、そこに貨物列車を転移させた。 ところが、1966年(昭和41年)4月に東海道本線東京駅 - 小田原駅間線路増設工事を国鉄理事会で決定、同年5月に工事実施計画の認可が下り、貨物新線建設の計画を発表したが、恩恵を直接受けない沿線住民の激しい反対運動に遭遇し、建設が遅れてしまった(詳細は)。 また、1977年(昭和52年)9月には、国鉄が地元から長年要望されていた保土ケ谷駅 - 戸塚駅間に新駅(東戸塚駅)の設置を決定した。 紆余曲折を経てようやく、1979年(昭和54年)10月1日に新貨物線は開業、東京駅 - 小田原駅間は左図のほか線路増による完全客貨分離が完成、そのうち東京駅 - 大船駅間は(55年)10月1日から、東海道本線(湘南電車)と横須賀線電車の別線化による、系統別の路線分離を開始した。 これは、「SM分離」と呼ばれ、横須賀線の列車番号がSと付けられS電と、東海道本線の湘南電車がM電と呼ばれたことからの呼称である。 また、総武快速線の列車番号はFのため、「SF直結」とも呼ばれた。 その際、新川崎駅及び東戸塚駅が開業した。 分離された区間で、東京 - 品川駅間は、1976年(昭和51年)10月1日に開業した総武快速線の地下区間に接続させた形となり、品川駅 - 鶴見駅間は、(昭和4年)8月21日に開業した貨物専用線の通称品鶴線を転用、鶴見駅 - 大船駅間は、(昭和3年)3月20日までに平塚まで開業していた貨物線の転用、よって現在の同区間の横須賀線の走行線路は、地下区間を除き、それぞれ既存貨物線の転用によるものである。 SM分離後の直通運転から民営化直前まで [ ] 「横須賀線」は「東海道線」とは独立した別の線路がある(横浜駅の横須賀線ホーム) 横須賀線と総武快速線は直通運転を開始、同時に幕張電車区所属の総武快速線運用車は横須賀線と編成を合わせるため2両を連結、編成も最大15両編成となった。 品川駅 - 横浜駅間は品鶴線に迂回するため、東海道本線より2. 9 km長く、所要時間も東海道本線より5分延び、さらに東京駅地下ホームから地上へ上がるまで3分〜5分かかるため、合計8分〜10分の差が生じてしまった。 また、両線が直通運転をしたため、東京駅で着席できないなどの問題も生じた。 さらに、この改正から横須賀駅 - 久里浜駅間の区間運転が逗子駅まで拡大、車両も付属の4両編成 での運転となった。 1981年(昭和56年)7月6日に津田沼駅 - 千葉駅間の複々線化が完成、同年10月1日ダイヤ改正より横須賀線のスピードアップ及び停車時分の短縮を図り、品川駅 - 横浜駅間の所要時間差を1分30秒縮め、データイムには1時間に1本久里浜駅直通運転に改め、総武線快速電車は稲毛駅に停車、同年12月20日には千葉駅構内東京方(付近)の総武本線・成田線ルートと外房線・内房線ルートとの立体交差化が完成した。 1984年(昭和59年)7月23日から東京駅 - 津田沼駅間で「ホームライナー津田沼」の運行を開始した(詳細は)。 1987年(昭和62年)11月15日のダイヤ改正では、両国駅及び新宿駅発着の急行列車を全て特急列車に格上げ、その中から両国駅 - 銚子駅(成田線回り)間運転の特急「すいごう」が新設された(この改正前及びその後の特急・急行列車の歴史については、「」、「」、「」、「」をそれぞれ参照)。 1986年(昭和61年)4月2日にが開業、その後、国鉄は(昭和62年)4月1日の分割民営化により東日本旅客鉄道に継承された。 成田空港への連絡輸送 [ ] 総武本線の複々線化の目的は、通勤輸送と並び成田空港(新東京国際空港)への連絡輸送であった。 (昭和47年)7月15日の総武快速線開業時から、成田駅への直通運転は8往復運行されていた。 1973年には開港の見込みが立った事から、アクセス列車用として総武快速にグリーン車(を新製)を組み込んだ編成を用意して開港に備えたが、反対運動の激化により開港の目処が立たず、サロ113は横須賀線に貸出された他は幕張電車区等で留置を余儀なくされた。 (昭和53年)になって漸く開業の目処が立ち、3月1日には空港輸送関連に伴い、1日9往復の千葉駅発着の快速を成田駅まで延長、これにより以前の8往復と合わせ毎時1本が成田駅まで運転されるようになった。 空港の開港は、地元の強力な建設反対運動に伴い、大幅に遅れ同年5月20日となった。 しかし、成田空港までは成田駅からバスで約25分かかり、空港輸送は「」 か、東京空港交通リムジンバスの利用が中心だった。 その後、成田新幹線が計画されるが、沿線で建設反対運動が起こり、1983年(昭和58年)には工事が凍結、1987年(昭和62年)4月1日の分割民営化により計画が失効した。 ただし、成田線との交差部分(成田市土屋)と成田空港までの路盤と空港直下の地下駅及び東京駅地下ホームへの連絡通路の一部 は、成田新幹線用として建設され完成していた。 同年、当時の運輸大臣であるが、完成していた施設を利用してJR成田線及び京成電鉄の成田空港への延長を指示、1991年(平成3年)3月19日に成田線(空港支線)成田駅 - 成田空港駅間開業、「成田エクスプレス」の運転を開始、成田空港へは「成田エクスプレス」(1時間に1 - 2本)と快速(1時間に1本)が乗り入れるようになった。 これに伴い特急「さざなみ」「わかしお」は、前年に東京駅まで乗り入れるようになった経由になり、臨時列車を除き総武快速線を走行しなくなった。 この開業により、横須賀・総武快速線は成田空港への空港連絡鉄道としての使命を持つようになり、同年5月1日から成田空港駅発着の快速は「」の愛称が付与された。 また、1992年(平成4年)12月3日にはが開業した。 さらに、1991年(平成3年)4月26日から1992年(平成4年)11月29日までの間、特急「成田エクスプレス」を補完する目的で、として特別快速「エアポート成田」が(大船駅 - )東京駅 - 成田空港駅間で運行された。 なお、2018年(平成30年)3月17日のダイヤ改正で快速「エアポート成田」の愛称は使用を取り止めた。 また、この改正から、東京駅 - 成田駅(一部は成田空港駅)間に平日のみ朝上り1本、夜下り1本の通勤快速が運行開始した(詳細は)。 これにより、東京駅 - 千葉駅間の所要時間が平均2 - 3分短縮され、最速で38分になった。 なお、113系は同年11月23日に「さよなら快速113系号」が津田沼駅 - 横須賀駅間往復の団体列車として運転された。 2001年(平成13年)12月1日より湘南新宿ラインの運行が開始され、横須賀線からはデータイム(新宿駅基準で10時〜17時)に新宿駅 - 逗子駅・横須賀駅まで毎時1本運転された。 使用車両はとE217系であった。 2004年(平成16年)2月29日にATCの設備老朽化に伴い、東京トンネル(品川駅 - 錦糸町駅間)内の保安装置がからへの変更により 、閉塞方式をからへそれぞれ変更した。 これで、すでに東京トンネルを挟む横須賀線や総武快速線の区間ではATS-Pが導入されていたことから、保安装置の一本化が実現した。 2015年(平成27年)3月14日のダイヤ改正から、特別快速が東京駅 - 内房線館山駅間で平日のみ1往復運行されたが、2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正をもって、登場からわずか約2年で廃止された。 年表 [ ]• (47年):総武快速線東京駅 - (両国駅 - )錦糸町駅間地下トンネル及び(両国駅 - )錦糸町駅 - 津田沼駅間複々線化完成、東京地下駅開業伴い総武快速線運行開始。 特急「さざなみ」「わかしお」運行開始。 (昭和48年):東海道本線東京駅 - 品川駅間別線(地下線)が完成。 (昭和50年):同日実施のにより、特急「しおさい」「あやめ」運行開始。 (昭和51年):東京駅地下中央通路の混雑緩和のため、東京駅 - 品川駅間の別線(地下線)開業。 総武快速線が品川駅まで乗り入れ。 (昭和53年):成田空港(当時:新東京国際空港、現・)開港 に伴い、千葉駅着の快速9往復を成田駅まで延長。 また一部の総武快速を13両編成化。 (昭和54年):東海道貨物線鶴見駅 - - 戸塚駅間開業。 (昭和55年)10月1日:東海道本線及び横須賀線、別線化による系統別の路線分離を開始。 横須賀線及び総武快速線相互直通運転開始。 新川崎駅、東戸塚駅開業。 保土ケ谷駅が横須賀線のみ停車。 (昭和56年)• :津田沼駅 - 千葉駅間の複々線化工事が終了。 複々線化以前は快速通過駅であったにホームを建設。 10月1日:ダイヤ改正より稲毛駅に快速が停車。 :千葉駅構内東京方の快速線において、総武本線・成田線ルートと外房線・内房線ルートとの立体交差化完成。 (昭和59年)• 千葉駅成田線ホーム増設。 :東京駅 - 津田沼駅間で「ホームライナー津田沼」の運行を開始。 下り2本の設定。 車両は特急「しおさい」などで使用されていた183系。 (昭和60年)• :「ホームライナー津田沼」を下り4本に増発。 うち1本は新宿駅発とする。 特急「すいごう」の東京駅乗り入れ開始。 10月1日:朝ラッシュ時に上り「ホームライナー津田沼」を1本設定。 (昭和61年):が開業。 (昭和62年)• :により東日本旅客鉄道に継承。 :「ホームライナー津田沼」東京発下り列車を1本増発し、合計下り5本・上り1本の体制となる。 (昭和63年):「ホームライナー津田沼」のうち新宿発の1本を千葉駅まで延長し、「ホームライナー千葉」とする(平日のみ)。 (元年):東京発の「ホームライナー千葉」を1本増発(平日・土曜)。 (平成2年):朝のライナーを「おはようライナー津田沼」に改称。 東京発「ホームライナー千葉」を1本増発。 下り列車は合計で7本となる。 「おはようライナー逗子」「ホームライナー逗子」運行開始。 (平成3年)• :成田空港乗入れ関連のダイヤ改正で、「ホームライナー津田沼」を2本削減、「おはようライナー津田沼」を廃止。 「ホームライナー千葉」は平日のみ運行で下り3本体制となる。 特急「わかしお」「さざなみ」は京葉線経由となる。 :成田線(空港支線)成田駅 - 成田空港駅間開業、特急「 成田エクスプレス」と快速「 エアポート成田」運転開始。 :「エアポート成田」運転開始。 :成田空港駅発着の快速に「エアポート成田」の愛称設定。 (平成4年)• :特別快速を廃止。 :空港第2ビル駅の開業により、同駅を停車駅に追加。 (平成5年):「エアポート成田」に鹿島線鹿島神宮駅行き列車を連結開始。 (平成6年):「ホームライナー津田沼」1本を廃止。 特急「ホームタウン佐倉」を新設。 (平成7年):特急「ホームタウン佐倉」が「ホームタウン成田」に改称される。 (平成11年)• :横須賀線開通111年を記念した「横須賀線メモリアル号」が大船駅 - 横須賀駅間往復で運転。 :14日両日に渡り、「横須賀線113系メモリアル号」が東京駅 - 横須賀駅間往復で運転。 東京駅では地上ホーム(10番線)に発着、東京駅 - 横浜駅間は東海道本線を走行した。 :113系電車による「さよなら快速113系号」が津田沼駅 - 横須賀駅間往復の団体列車として運転。 :ホームライナー千葉の列車号数の整理が行われる。 (平成12年)• :東京駅 - 津田沼駅間で ATOS の供用を開始する。 :「ホームライナー津田沼」1本を千葉行きに延長し「ホームライナー千葉」に変更。 (平成13年):「エアポート成田」の停車駅にを追加。 (平成14年)12月1日:成田空港駅 発の列車には「エアポート成田」の名称を使用しないこととなり、「エアポート成田」は成田空港駅 行きの列車のみとなる。 (平成16年)• :ATCの設備老朽化に伴いこの日より東京トンネル(品川駅 - 錦糸町駅間)内の保安装置がATCからATS-P形に変更されたことにより 、閉塞方式を車内信号閉塞式から複線自動閉塞式へそれぞれ変更。 :「エアポート成田」の停車駅にを追加。 また、鹿島線鹿島神宮駅行編成連結列車を減便。 特急「すいごう」「ホームタウン成田」が「あやめ」に統合される。 (平成17年):ホームライナー使用車両を183系8両編成から255系に変更。 全車化。 255系が検査入場などで運用につけない場合はに使用されていた183系C編成(9両編成)が代走。 (平成20年):ダイヤ改正により以下のように変更。 品川駅の横須賀線ホームを増設。 平日朝を中心に東京駅発着の総武快速線列車の一部が品川駅まで延長される。 土曜・休日に1本のみ走行していた「ホームライナー津田沼」を廃止(最終運行日は)。 ホームライナー千葉1号・5号を183系C編成所定(9両編成)に変更。 ただし183系C編成は1本のみ配置のため、検査時などは255系が代走。 (平成21年)3月14日:ダイヤ改正によりホームライナー千葉1・5号を255系、3・7号をE257系500番台所定に変更。 代走も255系またはE257系500番台が行なうことになったため、183系C編成は離脱。 「エアポート成田」に総武本線成東駅行編成連結列車を新設。 (平成22年):開業。 (平成26年)4月1日:これまで現金のみで購入可能であったライナー券が、および相互利用可能のでも購入できるようになる。 (平成27年)• 3月14日:19時台の「ホームライナー千葉」を1本設定し5本に増発。 使用車両をE257系500番台に統一。 「おはようライナー逗子」・「ホームライナー逗子」廃止。 特別快速が東京駅 - 内房線館山駅間で平日のみ1往復運行。 特急「あやめ」廃止。 (平成28年):「ホームライナー千葉」全列車がに停車。 (平成29年):ダイヤ改正により東京駅 - 内房線館山駅間の特別快速が廃止。 (平成30年)• :「エアポート成田」の愛称が廃止され、愛称なしの快速列車(横須賀線内は普通)として運転。 :のの使用開始。 当運転系統および付き列車では初のホームドア使用となる。 (平成31年・元年)• :「ホームライナー千葉」が廃止。 :(台風19号)による大雨の影響で、武蔵小杉駅横須賀線構内が浸水する被害を受ける。 運行形態 [ ] (節全体の出典… ) 一般列車 [ ] 概要 [ ] 久里浜駅 - 千葉駅の全区間で運行される。 全区間を通して運行されるほか、横須賀駅・逗子駅・大船駅・品川駅・東京駅・津田沼駅発着の設定がある。 横須賀線と総武快速線の直通が主であるが、各線内のみの区間運行もある。 一部の列車は千葉駅から外房線上総一ノ宮駅、内房線君津駅、総武本線(千葉以東)成東駅、成田線成田空港駅・鹿島線鹿島神宮駅までへ直通運転を行っている。 総武快速線に「通勤快速」が少数設定されているほかは、すべて横須賀線「普通」・総武線「快速」である。 久里浜駅 - 逗子駅間の区間列車を除き、電車11両編成または15両編成で運行される。 千葉方の11両が基本編成(1 - 11号車)、久里浜方の4両が付属編成(増1 - 増4号車)であり、基本編成の4・5号車にを連結している。 逗子駅を境にホームが異なるため、千葉駅 - 逗子駅間において15両編成で横須賀駅・久里浜駅へ直通する列車は、逗子駅で付属編成のを行う。 2012年3月17日のダイヤ改正まで、基本編成が逗子止まりで、付属編成が横須賀駅・久里浜駅へ直通する列車もあった。 久里浜駅 - 逗子駅間の区間列車は日中のみの運行で、E217系電車4両編成が使用される。 なお、車両の表示は、運行区間にかかわらず「 横 須賀線- 総 武線」である。 横須賀・総武快速線区間のダイヤ設定上はいわゆる電車ダイヤであり、運転上の主要駅以外では採時を行わない。 は3桁もしくは4桁 で、末尾には総武快速線内ではF、横須賀線内ではSが付されている。 ただし、逗子駅 - 久里浜駅間のみ設定されている4両単独運用列車では末尾にHが付されている。 日中時間帯は1時間に総武快速線区間で5 - 6本、横須賀線区間が4本(土休日は5本の時間帯もある)で運行されている。 ただし、逗子駅 - 久里浜駅間では区間列車2本とあわせて20分間隔となる。 総武線「快速」は市川駅・津田沼駅・千葉駅で特急列車の待避を行う場合があるほか、下りのみ市川駅で「通勤快速」を待避する場合がある。 輸送障害時は両線の直通運転が中止され、東京駅発着に変更されることがある。 通常ダイヤ・直通運転中止時のどちらにおいても、東京駅での折り返し列車同士の接続は取られる場合が多い。 年末年始の終夜運転としては、品川駅 - 逗子駅・横須賀駅間の横須賀線電車が60分間隔程度で運転される。 総武快速線のは基本的に行われない(および成田線は行われる)。 通勤快速 [ ] 1994年(平成6年)12月3日改正より、総武快速線の平日朝夜の通勤時間帯に運行されている。 東京駅 - 錦糸町駅間では各駅に停車、錦糸町駅 - 千葉駅間では船橋駅のみに停車、千葉駅 - 成田駅間では東千葉駅・物井駅を通過する。 上りは朝に成田線成田発横須賀線大船行きが1本・成田線成田空港発横須賀線逗子行きが1本と、下りは夜に東京発成田行き2本が運転されている。 上り列車は先行列車を追い越さないため通常の快速と所要時間がほぼ同じである。 下り列車は先行の快速千葉行きを市川駅で通過追い越しするため、快速よりも所要時間が短い。 平日朝久里浜方面行き2本のみ東京駅で種別変更して横須賀線に直通する列車がある。 列車番号は上1桁に2が付くが、下3桁とアルファベットの変化は他の列車と同様 である。 千葉以東・以南の直通 [ ] 千葉以東・以南でのは、総武快速線内の列車番号に3000を足したものである(末尾の英字はFのままである)。 ・ 東千葉駅以外の各駅に停車する。 までは総武本線を経由し、ほとんどはから空港支線に入りまで運行されている。 成田空港駅発着列車は(平成3年)3月改正より運行されており 、成田空港発の列車には2002年11月30日まで、成田空港行きの列車には2018年3月16日まで「 エアポート成田」という愛称がついていた。 1時間に1本以上(25往復)あるが、停車駅はほかの快速と同じである。 朝夕ラッシュ時には成田駅発着の列車も設定されており、平日には通勤快速(前述)が運転されている。 鹿島線発着列車が、朝上り1本、夜下り1本設定されている。 佐倉駅で11両編成の連結・切り離しを行い、佐倉駅 - 鹿島神宮駅間は付属4両編成で 普通として運行されている。 2004年(平成16年)10月16日の改正で下り列車のみの設定となっていたが、2015年3月14日改正で上り列車が再度設定された。 成田線と同じく、佐倉駅までは東千葉駅以外の各駅に停車する(通勤快速は物井駅も通過)。 佐倉駅までは前記の成田線直通列車に加え、朝夕には折り返し列車も運転されているが、佐倉駅以東との直通列車は発着の朝の上り1本と夜間の1往復のみである。 このうち、朝の上り成東発は成東駅 - 佐倉駅間で途中日向駅・榎戸駅・南酒々井駅を通過しのみに停車して11両編成で運行されているが 、夜の1往復は佐倉駅で成田空港駅発着の11両編成の作業を行い、佐倉駅 - 成東駅間は付属4両編成で各駅に停車する「普通」列車扱いとして運行される。 1999年12月4日のダイヤ改正までは手前の八街駅までの乗り入れで、かつ付属4両編成のみで運転されていた。 巌根駅以外の各駅に停車する。 成田線に次いで直通運転が多く、一部時間帯をのぞき1時間に1本程度(20往復)ある。 木更津駅発が1本あるほかは発着である。 2007年3月16日までは発着の列車も設定されていた。 「房総夏ダイヤ」実施時は快速「青い海」として発着で運転された列車もあった。 2015年3月14日改正から前述の特別快速が運転されていたが、2017年3月4日改正で廃止された。 朝夕を中心に10往復が運行されている。 千葉駅 - 蘇我駅間は前記の内房線直通の列車も加わる。 千葉駅 - 間は各駅に停車するが、大網駅 - 間では途中永田駅・本納駅・新茂原駅・八積駅を通過し、のみに停車する。 以前は(1998年12月6日まで)・(2004年10月15日まで)発着の列車も設定されていた。 「房総夏ダイヤ」実施時は快速「白い砂」として発着で運転された列車もあった。 特急列車 [ ] 成田エクスプレス [ ] 詳細は「」および「」を参照 西大井駅・武蔵小杉駅 - 戸塚駅(東海道線系統は大船駅では東海道線ホームに発着)・逗子駅間でと線路を共用しており、横須賀線系統は線路上にある駅すべてに停車する普通列車、東海道線系統は西大井駅・新川崎駅・保土ケ谷駅・東戸塚駅を通過する快速または特別快速である。 日中は1時間に4本(横須賀線系統と東海道線系統がそれぞれ2本)が運行される。 横須賀線内完結列車を含め、ダイヤ設定上はいわゆる列車ダイヤであり、すべての停車駅で採時を行う。 加えて、2019年11月30日からは、直通列車()が西大井駅 - 武蔵小杉駅間で線路を共用している。 西大井駅 - 逗子駅間において、湘南新宿ライン宇都宮線直通列車を含めると1時間に6本(7本)、西大井駅 - 武蔵小杉駅間で相鉄線直通列車(相鉄・JR直通線)を含めると8本(9本)、武蔵小杉駅 - 大船駅間で湘南新宿ライン高崎線 - 東海道線直通列車を含めると8本(9本)となる。 年末年始の終夜運転としては、宇都宮駅・小山駅・大宮駅 - 新宿駅 - 西大井駅 - 大船駅・逗子駅間の湘南新宿ライン宇都宮線直通列車が60分間隔程度で運転される。 その他の旅客列車 [ ] 定期列車• 特急「」「」 (錦糸町駅 - 千葉駅間)• 「」(武蔵小杉駅 - 品川駅・東京駅間)• 「おはようライナー新宿」「ホームライナー小田原」(武蔵小杉駅 - 西大井駅間) 臨時列車• 特急「」(錦糸町駅 - 千葉駅間)• 特急「」(錦糸町駅 - 千葉駅間)• 特急「」(大船駅 - 西大井駅間、錦糸町駅 - 千葉駅間)• 特急「」(大船駅 - 品川駅間)• 快速「」(鎌倉駅 - 戸塚駅間) 詳細は、各列車の記事を参照。 貨物列車 [ ] 逗子駅 - 大船駅間、 - 西大井駅間、 - 千葉駅間では、(JR貨物)によるも運行されている。 過去の運行列車 [ ] 本節では、東京駅総武地下ホームに発着した列車について記述する。 ただし、新宿駅発の「ホームライナー津田沼」「ホームライナー千葉」についても便宜上ここで記述する。 なお、1972年7月15日以降に総武快速線の線路を共用した急行列車などについてはの記事を参照。 エアポート成田 [ ] エアポート成田 エアポート成田() 概要 ・ 現況 名称廃止 地域 神奈川県・東京都・千葉県 運行開始 3月19日(を参照) 運行終了 3月16日 (JR東日本) 路線 起点 終点 使用路線 ・総武快速線・・ 技術 () 1,067 1,500 エアポート成田とは、(JR東日本)が総武線快速電車のうち、行きの快速に与えていた名称である。 なお、横須賀線では普通列車の扱いなので、発車案内においては単に「エアポート成田」または「普通 エアポート成田」と案内されていた。 2018年3月17日のダイヤ改正でこの愛称が廃止され、他の横須賀線・総武線快速電車と同じ扱いとなっている(停車駅に変更なし)。 運行概況 基本的には総武線快速電車の一部であり、夕方時間帯を除き、毎時1 - 2本運転されていた。 以前は完全に毎時1本であったが成田発着の各駅停車を成田空港発着のエアポート成田に置き換えたため毎時1 - 2本運転となった。 これにより唯一千葉以東で快速が通過する東千葉駅が若干の減便となった(平日のみ運転の通勤快速は東千葉駅とを通過する)。 成田空港駅発東京・久里浜方面行きの列車はこの名称を使用せず単に「快速」(または「普通」、「通勤快速」(平日朝のみ))を名乗る。 以前は成田空港始発の列車も「エアポート成田」を名乗っていたが冊子の時刻表に明記されている程度であった。 運行路線のいずれかで異常事態が発生した場合、直通運転を中止して線内折り返し運転になることがあるが、その場合でも「エアポート成田」の愛称のまま横須賀線の東京行きなどになることがある。 成田線から鹿島線乗り入れの鹿島神宮駅行きの列車を併結している列車や総武本線成東駅行きの列車を併結している列車も1日1本ずつ存在した(ともに佐倉駅で編成を分割する)。 鹿島神宮行きについては以前は成田駅でも編成を分割していたが、大幅な削減により佐倉駅でのみの分割となった。 ほとんどの快速「エアポート成田」が、市川駅・津田沼駅・千葉駅・佐倉駅・成田駅のいずれかで、特急「成田エクスプレス」の通過待ちを行う。 通過待ちを行わないのは、成田空港行きでは、久里浜始発が4本(うち1本、土休日は逗子始発)、逗子始発が1本(うち1本、土休日は大船始発)、東京始発が1本の計6本ある。 一方の成田空港始発では、久里浜行きが3本(うち1本、土休日は大船行き)、東京行きが1本の計4本あった。 113系を使用していた時期から、側面に青文字(LEDでは赤文字)で「エアポート成田」と併記されている。 通過駅はのみで、同線区の「快速」と同一。 - - - - - - - () - - 種別・方向幕(E217系・更新前) 特別快速「エアポート成田」 [ ] 1991年4月26日 から1992年11月29日までの間、特急「成田エクスプレス」を補完する目的で、として特別快速「エアポート成田」が(大船駅 - )東京駅 - 成田空港駅間を運行していた。 東京駅始発・終着のほか、1991年は日曜に横須賀線経由で大船駅まで延長されることもあった。 停車駅は横須賀線内各駅と、東京駅・錦糸町駅・船橋駅・津田沼駅・千葉駅・成田駅・成田空港駅だった。 快速と違い、横須賀線内も含め全区間で特別快速扱いだった。 使用された車両は他の横須賀線・総武快速線列車と同じ113系11両編成(1992年は15両編成 )で、『特快エアポート成田』と書かれたを掲出した時期もあった。 1991年7月20日から9月1日までは毎日運転であったが、それ以降は土曜・休日のみの運転となった。 また1991年秋頃にはダイヤは同じであるものの、愛称なしで運転されていたとのことである。 方向幕では快速(普通)「エアポート成田」が青色であるのに対し、特別快速「エアポート成田」は赤色であった。 また、現在使用されているE217系の方向幕にも、「特別快速エアポート成田・成田空港」「同・東京」「同・大船」が存在する。 横須賀線ではS、総武・成田線ではFを列車番号の末尾に付けるのが原則だが、この列車はMを列車番号の末尾に付けていた。 また後に設定されるも、登場当初はMを列車番号の末尾に付けていた。 1992年のダイヤでは、特別快速「エアポート成田」は特急「ウィング(「ウィングエクスプレス」から改称)」(成田空港行き3号、成田空港始発2号)に、特急「ウィングエクスプレス」(成田空港行き1号、成田空港始発2号)は特別快速「エアポート成田」にそれぞれ置き換えられたのと同時に、特別快速「エアポート成田」の横須賀線への直通が休止された。 特別快速「カシマスタジアム」 [ ] 2002年6月2日から同年6月8日まで、で行われるの試合のため、同会場へのアクセスを目的として設定されていた。 停車駅は、東京・新日本橋・馬喰町・錦糸町・新小岩・市川・船橋・津田沼・稲毛・千葉・四街道・佐倉・成田・佐原・潮来・鹿島神宮だった。 試合の開始・終了時刻に合わせているため、運転日によってダイヤが異なっていた。 一部列車は横須賀線の久里浜駅まで直通していたが、同線内は各駅に停車した。 またこの他、千葉駅や成田駅発着の列車も存在した。 特別快速(東京駅 - 館山駅間) [ ] 2015年3月14日のダイヤ改正から、特別快速が東京駅 - 内房線館山駅間で平日のみ1往復運行された。 過去にも臨時列車として前述のような特別快速が運行された実績はあるが、定期列車として運行されたのは初めてのことであった。 東京駅 - 館山駅間の途中停車駅は錦糸町駅・船橋駅・津田沼駅・千葉駅・蘇我駅・五井駅・木更津駅・君津駅・佐貫町駅・浜金谷駅・保田駅・岩井駅・富浦駅。 横須賀線との直通は行わなかった。 下りは東京駅で横須賀線久里浜始発津田沼行き快速、錦糸町駅で先行の東京始発千葉行きの接続を受け、市川駅でこの快速を追い抜き、船橋駅で接続していた。 一方上りは市川駅での追い抜きはなく、千葉駅・津田沼駅で成田空港発久里浜行き快速に連絡し、東京駅で成田空港発大船・池袋行き特急「成田エクスプレス44号」と横須賀線東京始発逗子行き普通に連絡していた。 2017年3月4日のダイヤ改正をもって、登場からわずか約2年で廃止された。 快速「青い海」「白い砂」 [ ] 113系「白い砂」 錦糸町駅、1978年撮影 1972年から1989年の房総夏季ダイヤで運行されていた臨時快速列車。 定期の内房線直通快速と外房線直通快速を安房鴨川駅まで延長運転したもので、内房線経由には「青い海」、外房線経由には「白い砂」の愛称が付けられていた。 定期区間の停車駅は他の快速と同じであったが、延長区間の停車駅は列車によって異なっていた。 基本的には東京駅発着であったが、時期によっては、品川駅や両国駅発着であったり、横須賀線の久里浜駅や中央本線の新宿駅発着となる列車もあった。 また、前面にはヘッドマークが掲げられていたが、横須賀線とのスルー運転や当時の労務事情などによって、ヘッドマーク取付は廃止され、さらに海水浴客の減少に伴い運転本数も削減されていった。 1990年以降の房総夏季ダイヤでは、内房線経由は「シーサイドライン内房」「ホリデー快速シーサイドライン内房」「ホリデー快速内房」「ホリデー快速青い海」、外房線経由は「シーサイドライン外房」「ホリデー快速シーサイドライン外房」「ホリデー快速外房」「ホリデー快速白い砂」などといった臨時快速列車が運行された。 朝の上りは1990年3月10日に「おはようライナー津田沼」に改称したが 、その後「わかしお」・「さざなみ」が総武本線から京葉線に経路変更される際に廃止された。 1988年7月6日に下り1本の運行区間が千葉駅まで延伸されて現在の名称「ホームライナー千葉」となった。 その後、「ホームライナー津田沼」は1991年3月10日に2本削減、1994年12月3日に1本削減、最後に残った1本も2000年12月2日のダイヤ改正で、千葉駅まで延長され「ホームライナー津田沼」は廃止となった。 2018年改正のダイヤでは、東京・新宿発千葉行きで平日のみ夜19時以降に東京駅・新宿駅方面から津田沼駅・千葉駅へ向かう下り列車が1日5本設定されており、上り列車の設定はなかった。 2019年3月16日のダイヤ改正で総武快速線のライナーは全列車が廃止された。 東京駅・新宿駅・に設置されているライナー券でライナー券を購入し、指定された号車の乗車口から乗車する制度となっていた。 東京発の列車は総武快速線のみを走行するが、新宿発の場合はまず手前までと同じ線路(中央快速線)を走行し、そこからを通ってへ移り、さらに手前の渡り線を通って総武快速線に移動するルートである。 車両はすべて配置のが使用されていた。 2005年12月9日までと2008年3月15日から2009年3月13日までの一部列車では(幕張電車区所属)が、2005年12月10日から2015年3月13日までも使用されていた。 なお、255系はが連結されているが、当列車では扱いであり、で着席可能とされていた。 停車駅 1・3・7・9号• 東京駅 - - - - 千葉駅 5号• 新宿駅 - 秋葉原駅 - 船橋駅 - 津田沼駅 - 稲毛駅 - 千葉駅 船橋駅は(平成28年)3月26日より停車駅に加わり、東京駅・秋葉原駅 - 船橋駅間は途中無停車である。 おはようライナー逗子、ホームライナー逗子 1990年3月10日に東京駅 - 逗子駅間で主に通勤客向けに運転される座席定員制のライナー列車として、上り「おはようライナー逗子」、下り「ホームライナー逗子」が1本ずつ運行が開始された。 登場時以来、運行時刻の若干の変更などがあったものの、1往復体制のまま運行が継続されていた。 特急形車両が使用され、当初は183系で 、廃止時はE257系500番台で運転されていた。 上りで乗車できた駅• 逗子駅 - 鎌倉駅 - 大船駅 下りで乗車できた駅• 東京駅 - 新橋駅 - 品川駅 2014年3月15日のダイヤ改正以後は、大船駅 - 逗子駅間では種別が「快速」となり、ライナー券不要で乗車可能となっていた。 2015年3月14日のダイヤ改正で廃止された。 特急列車 [ ] 2004年10月まで「すいごう」が、2015年3月までは「あやめ」が運行されていた。 また、現在京葉線経由で運行されている「わかしお」及び「さざなみ」は、1991年まで総武快速線経由で運行されていた。 上記の列車の詳細は、「」「」「」「」を参照。 使用車両 [ ] 本節では、横須賀・総武快速線で使用されている車両について記述する。 ただし、他線から横須賀・総武快速線の線路に乗入れ、一部区間で線路を共用する車両については割愛する。 なお、以下に示す車両はすべてである。 また、1972年7月15日の総武快速線開業及び外房線・内房線全線電化以降、総武快速線の線路を共用した急行列車などについてはの記事を参照。 現在の使用車両 [ ] 本節では、(旧・大船電車区)所属で当線全線で運用されている車両は「運用車両」に、それ以外の定期運用車両は「その他(特急)」の項目に分けて記述する。 E217系 運用車両 [ ] (鎌倉車両センター所属、-)• (平成7年)度から運用。 多くの列車が基本編成11両と付属編成4両の15両編成で運行されているが、日中時間帯を中心に11両編成で運転する列車も多数運行される。 また、逗子駅 - 久里浜駅間では4両編成単独での運用も存在する。 基本編成4・5号車に2階建てが連結されている。 先頭車正面右側に設置されている路線名・列車種別表示器には、通常黒地に白文字で「 横 須賀線- 総 武線」と表示される。 ただし、通勤快速での運転時は黒地に赤文字で「通勤快速」と表示される。 かつて運転されていた快速エアポート成田では、黒地に青文字で「エアポート成田」と表示されていた。 この色は113系から継承されている。 久里浜方から付属編成4両(増1 - 増4号車)・基本編成11両(1 - 11号車)の構成となっており、基本編成の4・5号車が2階建てグリーン車、それ以外が普通車である。 普通車は4扉、が基本であるが、基本編成の千葉寄りの3両(9・10・11号車)のみ。 なお、このような基本・付属編成の構成となった経緯についてはを参照。 数字は号車番号を表す。 4・5号車はグリーン車• ・・・・・・ その他(特急) [ ] (幕張車両センター所属)• 特急「しおさい」で運用されている。 (幕張車両センター所属)• 特急「しおさい」で運用されている。 (鎌倉車両センター所属)• 特急「成田エクスプレス」で運用されている。 また、普通列車のグリーン車としてはと各座席へのコンセント設置が初めて導入される。 過去の使用車両 [ ] 本節では、旧・大船電車区及び旧・幕張電車区(現・)で横須賀・総武快速線運用の同区所属車だった車両は「運用されていた車両」に、それ以外は「その他(特急など)」に分けて記述する。 113系 運用されていた車両 [ ] (大船電車区・幕張電車区)• (55年)10月1日の直通運転開始時から(平成11年)まで。 15両(一部11両)編成で、基本編成4・5号車にグリーン車を連結していた。 による行先表示を実施し、運用を廃止した。 その他(特急など) [ ] 特急列車・ホームライナー(「しおさい」、「あやめ」、「さざなみ」、「わかしお」、「すいごう」、「ホームライナー津田沼」など)として(1972年7月15日-2009年3月13日、但し特急運用は2005年12月9日まで)が、特急「成田エクスプレス」として(1991年3月19日-2010年6月30日)が、前者は幕張電車区所属、後者が大船電車区所属で運用された。 路線概況と沿革 [ ] 本節では、横須賀・総武快速線が通称SM分離後の直通運転開始からの路線概況と沿革を、「総武快速線区間」と「横須賀線区間」の小節に分けて記述する。 なお、本節の記述区間順は、交通新聞社発行『マイライン 東京時刻表』やJTBパブリッシング発行『JTB時刻表』の当運転系統の最初の表記に倣い、千葉駅 - 東京駅 - 大船駅 - 久里浜駅の順とする。 総武快速線区間 [ ] 停車場・施設・接続路線• 地下鉄線は経路表記を省略し、記号を接続駅に記載• 快速線(複々線)開通は1972年7月15日、 都電の錦糸町駅接続路線は同年11月12日全廃。 千葉駅 - 東京駅間における、路線概況と沿革を区間別に下記に示す。 (本節全体の出典: ) 千葉駅 - 津田沼駅間 [ ] 開業当時の千葉駅の位置は、現在地よりも北東の東千葉駅付近にあり、東京方面から房総方面へ行く列車は、千葉駅でスイッチバックする配線であった。 現在地へ移転したのは1963年4月28日で、東京方面から総武・房総方面へ直通運転可能な配線となったが、千葉駅構内西千葉駅側で緩行線ホームと房総方面ホームと成田線ホームとの線路の平面交差が生じてしまった。 また、1972年7月15日に総武本線津田沼駅 - 錦糸町駅間は複々線化したが、千葉駅- 津田沼間は複線のままだったので、同区間に快速と各駅停車などが集中するようになった。 また、幕張駅と津田沼駅にも緩行線と快速線と幕張電車区に入庫する線路との平面交差が生じ、これらは輸送上のネックとなった。 1981年7月6日に千葉駅 - 津田沼駅間の複々線化が完成、これらの平面交差も解消され、同年12月20日には千葉駅の成田線と総武快速線との立体交差化が完成した。 さらに、1984年2月1日に千葉駅に成田線ホームが増設された。 千葉駅を出ると、海側に緩行線、山側に快速線が並列して線路別の複々線となっている。 西千葉駅と稲毛駅間にがある。 この信号場は前述の千葉駅 - 津田沼駅間の複々線化の際に、1975年3月10日に閉区していたの敷地を信号場として設置したもので、上下本線+中線(待避線)の「複線待避型」の信号場であり、長大編成の電車や貨物列車が往来するため、比較的長い構内(有効長約300 m)となっている。 この信号所は貨物列車等の待避の他、千葉駅発着の列車折り返しにも使用されている。 黒砂信号場を過ぎると稲毛駅へ入り、同駅は1981年10月1日ダイヤ改正より、快速停車駅に昇格し、総武快速線の中で一番新しい停車駅である。 千葉駅と幕張車両センターの狭間にあるため、房総ローカルとして使用されるの回送列車が頻繁に通過する。 稲毛駅を出ると、幕張駅付近から快速線の上下線が広がり、千葉駅 - 東京駅間で唯一の踏切であるを乗り越し、そこから、緩行線幕張本郷駅を経て津田沼駅千葉方約2. 5 kmの地点まで幕張車両センターが快速線の上下線に抱き込まれるような形で設置されている。 同センターは、1972年7月5日に幕張電車区として発足、同月15日に津田沼駅 - 錦糸町駅間複々線化と同時に使用開始された。 構内全長が2. 5 km、最大幅120 m、敷地面積が約22万m 2の大きな車両基地で、同センターへの出入区は津田沼駅と幕張駅から行う。 2004年10月16日に幕張電車区は現名称へ改称している。 次の津田沼駅は、島式ホーム3面6線の配線で、快速線と緩行線双方とも3線で上下本線に中待避線が設置された駅である。 複々線化前は中待避線がある2面3線のホームで、貨物設備が併設され、錦糸町駅方で津田沼電車区(現・)への通路線が分岐していた。 複々線化の際に、現状の形となり、津田沼電車区は緩行線に接続、また、快速線の中待避線は単線で、千葉方約2. 5 kmの地点までの通路線として幕張車両センターに繋がっている。 津田沼駅 - 錦糸町駅間 [ ] 津田沼駅を過ぎると、この区間が1972年7月15日に完成した総武本線最初の複々線区間で、快速線の次のホーム設置駅は船橋駅で、同駅は1面2線の島式ホームを有する。 船橋駅を過ぎると緩行線に西船橋駅、下総中山駅、本八幡駅があるが、快速線はいずれもホームはなく通過する。 次の市川駅は快速線にもホームがある駅で、ここには外側に通過線が設置され、当駅で快速が特急などの待避をする。 市川駅を過ぎると、すぐにを橋梁で渡り、東京都に入る。 小岩駅を過ぎると、山側に新小岩信号場(旧・新小岩操車場)が現れ、快速線の下り線はそこで同信号場へ分岐する線路と立体交差している。 同信号場の北側には、常磐線金町駅からの通称「新金線」と呼ばれる貨物線が接続している。 なお、この貨物線は総武本線の別線扱いである。 次の新小岩駅は船橋駅と同様の1面2線の島式ホームを有する快速停車駅で、構内北側には方面へ向かう単線の貨物線が通っている。 新小岩駅を過ぎると、前述の貨物線を加え5線区間となっているが、これは、亀戸駅で分岐していた小名木川・越中島両貨物駅へ向かう貨物線を、複々線化工事の一環として、新小岩駅 - 亀戸駅間に単線の線路を現在線に併設して線増したものである。 さらに、亀戸駅の千葉方で乗越橋を設置して本線と立体交差している。 次の錦糸町駅は、緩行線と快速線の分岐駅となった駅で、快速の他「成田エクスプレス」以外の特急列車の停車駅にもなっている。 以前の錦糸町駅は、旅客ホームが1面2線であり、北側に貨物駅と客貨車区が併設されていた。 複々線化工事の際に、貨物駅は工事の支障をきたすことになるので、両国駅と亀戸駅とともにこれらの3駅の貨物扱い分を小名木川・越中島両貨物駅の改良増強してそこに集約した。 また、客貨車区も線路工事に支障するため、施設は佐倉駅に移転した。 複々線化後の同駅は、快速線と緩行線それぞれに島式ホームが設置され、2面4線となった。 駅構内北側には高架式の電留線が6線設置され、快速電車に使用される車両が留置される。 錦糸町駅 - 東京駅間 [ ] 錦糸町駅を出ると、緩行線と快速線を結ぶ渡り線が設置されており、新宿方面へ向かう列車や同方面からの列車などはこの渡り線を利用して転線する。 そこを過ぎると、また同様の渡り線があるが、これは両国駅3番線ホームから下り線へ転線するための渡り線で、両国駅手前でそのホームへの線路が分岐する。 そこから、山側にとを見ながら勾配を下ると、国鉄初の都市内トンネルとなった総武トンネル(東京駅 - 品川駅間は東京トンネル)と呼ばれる地下トンネルへと突入する。 次の馬喰町駅は、JR線の駅の中で一番深い位置にある旅客駅(海抜-30. 58 m )で、次の新日本橋駅とともに、1972年7月15日に開業した駅である。 次の東京駅は、東京駅丸の内駅前広場の地下に建設、この地下駅は地下5階に2面4線のホームを有し、線路は同駅以南の横須賀線と繋がっている。 総武本線の起点駅は、地下トンネルが開業した日にここ東京駅に変更になった。 横須賀線区間 [ ] 停車場・施設・接続路線• 地下鉄線・路面電車・新交通システムは経路表記を省略• トンネルは主要トンネルのみ表記• キロ程の上段は東京からの、下段は大船からの営業キロ 東京トンネルを走行する横須賀線列車(2017年7月2日 新橋駅) 横須賀線は東京駅の地下ホームから発着するが、このホームは1972年7月15日に東京 - 両国駅間の線路増及び両国駅 - 津田沼駅間の複々線が完成したと同時に開業したホームで、線路は同駅以北の総武快速線と繋がっている。 品川駅付近を除き全区間地下線で、1976年10月1日に東海道本線の線路増として品川駅まで開業、総武快速線が同駅まで乗り入れていた。 1980年10月1日に横須賀線が東海道本線と線路が分離されたことに伴い、直通運転を開始した。 東京トンネルの地下線は、地上の東海道本線・・に沿う形で南へ向かい、途中トンネル内には新橋駅がある。 東海道線とに挟まれる形で地上に出ると品川駅である。 なお、ホーム上の案内は「横須賀線」であるが、正式には東海道本線である。 品川駅 - 横浜駅間 [ ] (2007年11月撮影) 品川駅を出るとをくぐり、東海道新幹線と並行しながら東海道線と京浜東北線を跨いで南西に進路をとると、従来の旅客線と離れた新鶴見操車場(現・新鶴見信号場)を経由する通称に入る。 1980年10月1日に横須賀線と東海道本線との線路分離の際、を旅客線に転用して、横須賀線を同線ルート経由にした。 品川駅 - 西大井駅間の旧ではが分岐し、山手線とともに右側方向へ離れていく。 続いて湘南新宿ラインやが経由する山手貨物線と、を跨ぎ、旧蛇窪信号場で大崎支線と合流する。 旧目黒川信号場および蛇窪信号場は現在はいずれも構内扱いであるが、運賃計算上では同駅を経由しないものとして取り扱う。 逆に湘南新宿ラインは大崎から品川経由で西大井方面の運賃を計算する。 また合流地点付近でをくぐる。 ここからは東海道新幹線の真下を走り、まもなく西大井駅に至る。 同駅は、1986年4月2日に設置された駅 で、民営化後の2001年12月1日には湘南新宿ラインが経由するようになり、同駅がこのルートの最初の停車駅(宇都宮線と横須賀線直通系統の列車のみ)である。 住宅街の中を進み()をくぐると東海道新幹線が横須賀線の右側に移り、並行して掘割や高架を進む。 をくぐりを跨ぐと、を渡って東海道新幹線とともにを越え、からに入り武蔵小杉駅に至る。 同駅は2010年3月13日に開業、との交差地点に設置され、特急「成田エクスプレス」が同駅を停車駅に追加した。 さらに同駅に近接する・とも接続する。 同駅を過ぎると東海道新幹線と別れ、南武線と500 mほど離れて並行する形で南南東方向に進路を変える。 まもなく貨物線(相鉄・JR直通線)が右側に分岐し、その貨物線に(武蔵野南線・貨物線)が合流する。 ここから鶴見駅までは品鶴線と武蔵野線の重複区間であり、複々線区間でもある。 の一部はこの貨物線のルートを経由するほか、2019年11月30日に開業した相鉄・JR直通線も同ルートを経由する。 この先横須賀線線路上には新川崎駅があり、右側の貨物線上には新鶴見信号場(新鶴見操車場跡)が広がる。 同駅も、1980年10月1日にルート上の新鶴見操車場に隣接したとして設置した。 同信号場から分岐する南武線貨物支線(尻手短絡線)を高架で跨ぎ、しばらく横須賀線と貨物線との複々線で進み国道1号をくぐるとまもなく貨物線を跨ぐ。 ここで品川駅以来となる東海道本線の本線区間に戻り、東海道線・京浜東北線との並行(三複線)区間に入る。 ここから大船駅までは横須賀線・湘南新宿ライン列車と東海道線・上野東京ライン列車との並走が見られることも多い。 を渡るとこの先京浜東北線の鶴見駅を左に見ながら通過する。 なお、貨物線はここでからの東海道貨物線と合流し、同駅で東高島方面と、横浜羽沢方面へと分岐する。 同駅から、・を通過して住宅街を進み、国道1号(第二京浜)をくぐると横浜駅へ至る。 なお、鶴見駅 - 戸塚駅間は、内陸側に横須賀線、海側に東海道本線旅客線ので建設された。 新川崎方面から鶴見・新子安・東神奈川の3駅(および・方面)への運賃は鶴見駅・東神奈川駅接続で計算される。 なお、新川崎方面から横浜駅まで乗車し、同駅から京浜東北線大宮方面行・横浜線八王子方面行に乗車しても重複乗車とはならない(の特例)。 横浜駅 - 大船駅間 [ ] 横浜駅から終点の久里浜駅までは各駅に停車する。 当区間では当運転系統および湘南新宿ライン宇都宮線 - 横須賀線系統が各駅停車、東海道線および湘南新宿ライン高崎線 - 東海道線系統が途中戸塚駅のみに停車する。 横浜駅は地上のJR各線・京急本線・、地下の東急東横線・・の全国最多となる合計6社局が乗り入れる。 東海道線と並行するため、一部の駅で駅舎の工事を行い、横浜駅では駅ビルと東急東横線の駅を移設するなどしてホームの幅員を増やした。 京急本線、および京浜東北線に繋がったが横浜駅で左にカーブして離れ、右側に併走する相鉄本線が同社付近まで並行。 同線が離れると東海道線との複々線で住宅街を走る。 左側に国道1号()が並行すると、へ至る。 同駅ではそれまで横須賀線電車のみ停車していた東海道本線のホームを廃止して、旧貨物線上に横須賀線ホームを設置した。 保土ケ谷駅を過ぎると右にカーブ。 ここからとに挟まれた谷間を進み、をくぐると東海道線と少し離れて新清水谷戸トンネルに入る。 トンネルを出ると右側から現れたが並行し、離れていた東海道線が近づき3複線となると横須賀線電車のみが停車するに至る。 同駅は、国鉄が地元からの長年の要望を受けて1980年10月1日に新設した駅である。 東戸塚駅を過ぎるとトンネル緩いS字カーブを描きながら工場群の中を進むと、下り線が戸塚駅の北側で横須賀線の下り線が東海道本線旅客線をオーバークロスして海側に回り、となると、地下鉄ブルーラインが接続するに至る。 同駅では、旧貨物線上に横須賀線・東海道線上りホームを設置し、旧東海道線・横須賀線上下ホームは東海道線・横須賀線下りホームとして、東海道本線列車と横須賀線電車の同一ホームでの対面乗り換えを可能にした。 戸塚駅を過ぎ、沿いに南下すると大船駅の北側で横須賀線上り線がオーバークロスするところまで方向別複々線が続き、上り線が東海道線を乗り越え、左側から根岸線が現れると大船駅に至る。 大船駅では再び路線別のホームとなる。 大船駅では旧貨物線上に東海道線上りホームを設置し、旧東海道線上りホームは東海道線下りホームとなった。 また従来の東海道線下り列車は横須賀線上りホーム(副本線)と下りホーム(本線)のいずれかから発車していたが、東海道線下り線の移設により下りホームは横須賀線のみが発着するようになった。 現在でも横須賀線ホームは東海道線の藤沢方面と線路が繋がっている。 また、同駅は横浜市とに敷地が跨っており、東海道本線・根岸線とのジャンクションであるほか、も発着している。 大船駅 - 久里浜駅間 [ ] 現状の詳細については、を参照。 大船駅を出ると根岸線からの連絡線が合流し、への引込線が分かれる。 湘南モノレールをくぐると、2006年(平成18年)に廃止されたJR東日本のである鎌倉総合車両センター()への出入場線が分かれていた。 1973年4月9日の根岸線洋光台駅 - 大船駅間延伸開業する以前の大船駅は、旅客ホームが3面6線(現在は、根岸線ホームを含め5面10線)で、東海道本線と横須賀線方向別に配置され、貨物線は本線2線、待避線2線で貨物設備が設けられていた。 藤沢方に、前述の車両基地への引込線が分かれ、その付近で横須賀線上り線が東海道本線下り線と引込線の上を跨いで立体交差している。 この立体交差は現在でも残っているが、以前は旧・大船工場への出入場線付近から、東海道貨物線へ行くルートが分岐、このルートは東海道本線上り線と平面交差しており、輸送上のネックポイントとなっていた。 しかも、この平面交差は鈍角に交わっていたため、ここを通過する列車の衝撃も大きかった。 この平面交差は、前述の根岸線の延伸により、根岸線と東海道貨物線を連絡する立体交差が大船駅東京方に設置された時に廃止された。 これにより、東海道貨物線対横須賀線の貨物列車のルートは、新設の立体交差を通り、一旦根岸線に入り、そこでスイッチバックして根岸線から横須賀線へ向かうという複雑なルートとなった。 北鎌倉駅を過ぎると、次は最寄り駅の鎌倉駅で、も接続している。 次の逗子駅は横須賀線の運行拠点のひとつとなっている。 横須賀線電車は15両編成の場合基本編成11両と付属編成4両を併結して運転、ここで基本編成11両と付属編成4両に分割併合される。 久里浜駅方面へは11両編成、もしくは4両編成 となる。 そのため、逗子駅には電留線が設けられている。 この電留線は同駅の久里浜方の南側にあり、1951年3月26日に完成、1968年12月1日に駅改良工事に伴い、構内が改良 された。 駅改良工事の際、ホームは2面3線で変わりはないが、従来の下り本線であった2番線が中線となり、3番線が下り本線となった。 また、同駅から京浜急行本線沿線にある(旧)からの車両輸送用のが同駅から分岐、さらに、駅から1 kmほど南西にがある。 逗子駅を過ぎると東逗子駅と続き、同駅と次の田浦駅間は海岸近くまで山が迫る地形のためトンネルが連続する。 そのトンネルの合間にある田浦駅は、一度1984年2月1日に逗子駅 - 横須賀駅間貨物営業廃止に伴い同駅の貨物営業も廃止したが、1987年4月1日の国鉄分割民営化により、日本貨物鉄道が大船駅 - 田浦駅間の第二種鉄道事業者となり、逗子駅 - 田浦駅間の貨物営業再開、その後2006年5月1日の逗子駅 - 田浦駅間のJR貨物の第二種鉄道事業廃止まで、貨物取扱駅であった。 田浦駅を過ぎると、海上自衛隊基地沿いを通ってへ至る。 横須賀駅は1面2線であるが、海側の1線が行き止まりであり、横須賀発着の列車はここに停車する。 なお、逗子駅・横須賀駅の貨物設備は1984年2月1日にそれぞれ廃止された。 ここから終点の久里浜駅までは区間である。 横須賀駅を過ぎると南方向へ進路を変え、横須賀線最長2,089 mの横須賀トンネルによって衣笠駅へ至り、終点のへと至る。 同駅は旅客ホームこそ1面2線であるが、構内はホームに隣接した電留線(久里浜駅電留線)が設置されている。 また、1974年9月30日までは貨物設備もあり、1970年までは国府津機関区久里浜機関支区があった。 その後、機関支区跡地には1998年にJR東日本横浜総合訓練センターが開設された。 久里浜駅ホームから南も引き込み線が延びており、11両編成の電車が入線する際には道中にある踏切が遮断されたままとなってしまう。 データ [ ] 本節では、横須賀・総武快速線のデータと駅を「路線データ」と「駅一覧」の小節に分けて記述する。 なお、本節の記述区間順は、前節同様に千葉駅 - 東京駅 - 大船駅 - 久里浜駅の順とする。 路線データ [ ]• 路線距離():全長112. 5 km• 千葉駅 - 東京駅間(総武本線):39. 2 km• 東京駅 - 大船駅間(東海道本線(経由)):49. 4 km• 大船駅 - 久里浜駅間(横須賀線):23. 9 km• 管轄(事業種別):東日本旅客鉄道()• :1,067 mm• 駅数:28(ホームのある駅のみ)• 信号場数:2• 複線区間:千葉駅 - 横須賀駅間(104. 5 km)• 電化区間:全線(1,500 V)• :自動閉塞式• 保安装置:• :東京総合指令室• 運転取扱駅(駅が信号を制御):千葉駅• 準運転取扱駅(異常時、入換時は駅が信号を制御):幕張駅・津田沼駅・新小岩信号場・東京駅・品川駅・横浜駅・保土ケ谷駅・大船駅・鎌倉駅・逗子駅・久里浜駅• : ATOS• :(大船駅) 千葉駅 - 錦糸町駅間が、馬喰町駅 - 西大井駅間が、武蔵小杉駅 - 久里浜駅間がの管轄であり、錦糸町駅 - 馬喰町駅間 および西大井駅 - 武蔵小杉駅間 にがある。 利用状況 [ ]• その後も微増傾向にあり、2018年度現在はJRの全路線で最も混雑率が高い路線である。 近年の輸送実績を下表に記す。 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。 駅ナンバリングの付番順に従って久里浜駅から千葉駅に向かって記載する。 制度適用範囲の駅 : 浜=横浜市内、 山=、 区=東京都区内• 営業キロ : 鶴見駅 - 品川駅間はに指定されており、旅客がこの区間を挟んで乗車する場合は、新川崎駅・武蔵小杉駅・西大井駅経由よりも2. 9 km短い東海道線・京浜東北線・経由の営業キロで運賃を計算する。 停車駅• 横須賀・総武快速線• 普通:下表の久里浜駅 - 東京駅間の全旅客駅に停車• 快速:下表の東京駅 - 千葉駅間の全旅客駅に停車• ・相鉄線直通():各運転系統記事参照• ライナー()・特急(・・・・・など):各列車記事参照• 接続路線 : 東日本旅客鉄道と東京急行電鉄の路線名は運転系統上の名称(正式路線名とは異なる)。 久里浜駅 - 横須賀駅間は単線区間。 久里浜駅・衣笠駅では列車交換可能、横須賀駅では久里浜発着列車同士の不可• 信号設備上は、西大井駅 - 品川駅間で(および)、馬喰町駅 - 錦糸町駅間でを経由しているものの、運賃計算上では両駅を経由していないものとして扱われる。 総武線(各駅停車)との重複区間の錦糸町駅 - 千葉駅間は線路別複々線となっている。 正式路線名 走行線路 駅番号 駅名 駅間営業キロ 累計 営業キロ 通勤快速 接続路線・備考 所在地 JO 01 - 東京 から 品鶴線 経由 73. 3 大船 から 23. 6 68. 7 19. 3 JO 03 3. 4 65. 3 15. 1 63. 2 13. 8 JO 05 3. 4 59. 8 10. 4 JO 06 2. 0 57. 8 8. 9 53. 9 4. 5 : EN15 JO 08 2. 2 51. 7 2. 3 JO 09 2. 3 49. 4 0. 5 JO 10 浜 5. 6 43. 8 40. 9 東日本旅客鉄道: 東海道線 JT 06 : (1号線) B06 JO 11 浜 4. 2 39. 6 36. 7 JO 12 浜 4. 9 34. 7 31. 8 JO 13 浜 3. 0 31. 7 28. 8 東日本旅客鉄道: 東海道線 JT 05 ・ JK 12 ・ JK 12 ・ JK 12 : TY21 : MM01 京浜急行電鉄: 本線 KK37 : SO01 横浜市営地下鉄: ブルーライン(3号線) B20 () 7. 1 24. 6 21. 7 (横須賀線電車は停車せず、ホームも存在しないが、路線の分岐点として扱われている) JO 14 5. 1 19. 5 JO 15 2. 7 16. 8 東日本旅客鉄道: JN 07 ・ JS 15 ・ () JS 15 東急電鉄: 東横線 TY11 ・ MG11 JO 16 区 6. 4 10. 4 東日本旅客鉄道: 湘南新宿ライン JS 16 ・ 直通(相鉄・JR直通線) JS 16 JO 17 山 区 3. 6 6. 8 東日本旅客鉄道: 東海道線 JT 03 ・ JY 25 ・ 京浜東北線 JK 20 : 京浜急行電鉄: 本線 KK01 地下線 JO 18 山 区 4. 9 1. 9 東日本旅客鉄道: 東海道線 JT 02 ・ 山手線 JY 29 ・ 京浜東北線 JK 24 : G-08 : A-10 : U-01 JO 19 山 区 1. 9 0. 2 1. 1 2. 5 4. 2 10. 0 | 東日本旅客鉄道: 総武線(各駅停車) JB 25 - 10. 5 | 東日本旅客鉄道:貨物支線(・) () - 12. 8 | (上記の貨物支線の起点。 旅客ホームは緩行線のみ) JO 24 5. 4 15. 4 | 東日本旅客鉄道: 総武線(各駅停車) JB 27 JO 25 7. 8 23. 5 26. 2 35. 9 | 東日本旅客鉄道: 総武線(各駅停車) JB 37 - 36. 9 | JO 28 3. 3 39. 横浜 - 鶴見 - 新川崎 - 武蔵小杉 - 羽沢横浜国大には区間外乗車の特例が設定されており、鶴見 - 横浜 - 新川崎 - 武蔵小杉の重複乗車が認められる。 品川 - 西大井 - 大崎には区間外乗車の特例がないため、通常の乗車券では品川方面から新宿方面に乗り換えることはできない(品川 - 西大井が重複乗車となる)。 エピソード [ ] 本節では、両線が直通運転する時に呼ばれたSM分離の由来などのエピソードを記述する。 SM分離の名称の由来 [ ] SM分離の「S」・「M」とは、それぞれ横須賀線電車と東海道本線の熱海方面の普通列車()を示す。 日本国有鉄道における電車列車のは「XXXXM」と、4桁までの数字にM(MotorのM)を付けて表すことが多いが、この線区では東海道本線と横須賀線の双方が運行されることもあり、横須賀線電車についてはMに代えて横須賀線(通称、スカ線)を意味するSを付けて区別されていた。 なお現在は熱海以東の東海道線列車のうち東京以北へ直通するとして運行される列車は「XXXXE」、新宿方面へ直通するとして運行される列車は「XXXXY」となり、「XXXXM」の列車は以前と比べると激減している。 直通運転後 [ ] (本節の出典: )• 直通運転開始直後、品鶴線経由に変更された横須賀線列車が武蔵小杉駅の「裏側」を通り、多摩川鉄橋で東急東横線と併走したため、乗りなれない乗客が「この電車はどこへ行くのか」と騒いだというエピソードがある。 上りの横須賀線の行き先が、東京駅から津田沼駅、千葉駅、成田駅、木更津駅、君津駅、上総一ノ宮駅、大原駅行きとなったため、「田舎に連れて行かれるようで馴染めない」との声も聞かれた。 直通運転開始から、データイムの逗子駅 - 久里浜駅間は、付属編成4両の折り返し運転となったため、「昼間は横須賀線ではなく逗子線になった」とも言われた。 約半年後の1981年3月1日付け交通新聞では、両線の状況を下記のように伝えた記事がある。 「東海道本線の混雑率がそれほど解消されていない理由は、横須賀線が5分余計にかかり、東京駅で地下ホームから八重洲口までさらに5分以上かかることが理由」• 「分離運転のメリットは薄いように見えるが、戸塚、横浜駅では通勤客に悲壮感はなくゆとりができてた」 輸送障害 [ ] に発生した車両故障は大規模な運行トラブルを引き起こした。 この日の朝6時50分頃、横浜駅 - 新川崎駅間を走行中の久里浜発津田沼行電車(総武快速線直通)で非常ブレーキ回路が断線してブレーキがかかったままになる車両故障が発生し、鶴見駅付近で立ち往生した。 この電車のほか、駅間で停車した3本の列車に2時間半にわたり乗客が閉じ込められるなど、対応が後手に回った。 このトラブルの影響で横須賀線の全線と京浜東北線などの一部の区間で一時運転を見合わせるなど、合計110本の列車が運休した。 未明、東京トンネルの新橋駅 - 東京駅間で、地下水をくみ上げる設備が故障し、線路がした。 地下水をくみ上げる設備に泥が詰まったことが原因。 この影響で横須賀線は始発から17時30分頃まで12時間以上品川駅 - 東京駅間の上下線で運転を見合わせ、総武快速線との直通運転を中止した。 その他 [ ] (平成19年)に船橋市議会において、千葉県や沿線市町村が総武快速線の西船橋駅停車を要望していると、市の企画部長が答弁した。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• このうち鶴見駅 - 品川駅間は、通称:と呼ばれる経由の貨物線を、品川駅 - 東京駅間は、東京トンネル呼ばれる地下別線をそれぞれ経由するが、いずれの路線も正式には東海道本線。 一部は、千葉駅以東の・まで直通する• 当系統の列車が経由する鶴見駅(通過) - 品川駅間(通称:品鶴線)及び品川駅 - 東京駅間の地下別線も東海道本線の一部(支線)• 書籍(鉄道ピクトリアルなど )では〝MS分離〟の表記が多い。 一般的に日本の鉄道では当該路線の起点駅から離れていく列車を「下り」、その逆を「上り」としているが、正式路線名としての横須賀線の起点駅は大船駅であり、大船駅 - 東京駅間の正式な路線名は東海道本線で起点駅は東京駅である。 従って、横須賀線の場合は東京駅(正式路線名の起点駅は大船駅)から久里浜駅方面へ行く列車が「下り」、その逆が「上り」となる• 正式な路線名は東京駅から大船駅までは東海道本線である。 相互直通運転を行わない列車(多数設定)や、総武線と横須賀線のどちらとも走行しない列車(2019年3月現在では千葉発木更津行快速3633F)についてもこの表示となっている。 その内、東京駅 - 間は、複々線で客貨分離していた。 地上装置がATC-1C型、車上装置が。 なお、ATCでは上下線で搬送周波数が異なるため、内房線・外房線を一周すると車両の向きが逆になって列車運行ができないため、房総半島を一周する特急・快速列車の運行は不可能になった• 運輸省通達「 電車の火災事故対策の通達の取扱いについて(鉄運第82号)」では、「長いずい道」とは「市街地の地下に設けられるもので延長1. 5 kmを越えるもの、山岳地帯に設けられるもので延長2 kmを超えるもの、延長がそれぞれ前記以下でトンネル内の駅間が1 kmを越えるもののいずれかに該当するトンネル」と規定されている。 総武快速線の地下区間は、鉄運82号における「車両定規と建築定規の間隔が、側部において400ミリメートル末満のもの」には該当しないため、運輸省通達「 電車の火災事故対策について(鉄運第81号)」の第二項の規定に該当する路線である。 「計画当初は房総地区での特急の設定は考慮されておらず、165系による急行列車の東京駅乗り入れと房総地区での循環運転および千葉駅での分割併合を予定していた• これに伴い、貨物取扱駅を小名木川駅・越中島駅(現在の)・新小岩操駅・に集約し、両国駅・錦糸町駅・亀戸駅・平井駅・小岩駅・市川駅・下総中山駅・船橋駅・津田沼駅の貨物取扱業務を廃止した。 当時、すでには西船橋駅に達していたが、・・は未開業であった。 基本的には東京駅地下ホームからの発着であるが、両者とも一部は新宿駅発着であった。 ただし、成田線香取駅 - 松岸駅間はこの時点では特急列車は走行しておらず、急行「水郷」がこの区間の唯一の優等列車であった。 計画段階当時、東戸塚駅の新設の予定はなかった。 東京駅 - 新橋駅間は粘質性のない砂で、非常に崩れやすく、浜松町駅付近は非常に軟らかい地盤で沈下が起こりやすく、田町駅 - 品川駅間は堅い粘土及び砂利層で湧水が多い。 この運行形態は現在も続いている。 こちらも成田空港駅(現・)から空港ターミナル間はバス連絡。 これらのルートは、いずれも都心から2時間前後かかり「遠くて不便な成田空港」と言われた。 現在の京葉線東京駅 - 潮見駅間のトンネルは成田新幹線の建設予定ルートと一致するが、京葉線の新規の建設によるものである。 成田新幹線の建設ではこの区間の着工はされず、後に京葉線に転用した訳ではない。 前日まで保安装置切替のため全列車が錦糸町駅で運転停車を行なっていたが、東京発の列車については錦糸町駅での運転停車を取り止め(新宿発はポイント切替等の関係で運転停車を実施)。 実際の開港は同年5月20日。 ただし、や側面行先表示器に「エアポート成田」と表記されるまで数か月程度の時差があり、「エアポート成田」の愛称は、『JTB時刻表1991年3月号』では併記されておらず、『JTB時刻表1991年6月号』では併記されていることが確認できる。 なお、においては従前よりクレジットカードでの購入は可能であった。 なお、東京駅等JR東日本以外のみどりの窓口がある駅においてもライナー券の発売は東日本のみどりの窓口のみの取扱である。 上1桁及び2桁が始発駅の出発時刻、下2桁が運用番号を示している。 土休日は快速で運行。 東京駅 - 千葉駅間の所要時間上り39分、下り33分。 佐倉駅で付属4両編成を連結して15両編成になる。 また、平日は東京行き、休日は久里浜行きである。 河口湖方面のみ• 逗子駅 - 大船駅間の貨物列車は、付近にある横浜事業所(旧・東急車輛製造)に関する甲種輸送に限られる。 成田空港駅から東京・久里浜方面へ向かう列車は快速のみの表記であり「エアポート成田」の名称は使用していないが、以前は成田空港駅発の快速列車にもこの名称を使用していた。 直前に運転計画が決定したため、市販の時刻表には掲載されなかったとのこと。 成田駅は停車駅に含まれていない他、「大船09時30分/東京10時30分/成田空港11時42分と成田空港12時25分/東京13時39分/大船14時30分」と若干ではあるが1991年7月ダイヤとは異なる。 ただし、1975年に限り定期列車として扱われた。 2017年5月1日・2日に限り、「快速『青い海』」の列車名で、錦糸町駅以東で前述の特別快速と同じ停車駅の列車が1往復臨時列車として復活した。 ただし、発着駅は東京駅ではなく、であった。 また、使用車両は(所属)であった。 直通先でも、佐倉駅 - 鹿島神宮駅間・佐倉駅 - 成東駅間で4両単独での運行がある。 これは東京方面発着の快速から切り離された付属編成が別列車扱いで引き続き運転されるもの。 旅客営業駅以外を含めると、日本一最深部にある駅は、青函トンネル竜飛斜坑線の体験坑道駅(旧・竜飛海底駅)で海抜-149. 5 mの位置にある。 また、地下にある駅で最も深いのが、都営大江戸線の六本木駅の大門・両国方面行きホームで、地表面から-42. 3 mの位置にある• 逗子駅 - 久里浜駅間の区間運転のみ• 馬喰町駅との間の、東京方の地下区間(総武トンネル)の入口の手前に東京支社との境界がある。 武蔵小杉駅との間で都県境を跨ぐの横浜側堤防上に、横浜支社との境界がある。 但し、武蔵小杉駅付近〜蛇窪信号所で走行区間を共有しているの列車は、羽沢横浜国大〜新宿では全て「XXXM」となっている。 出典 [ ]• 143• 『鉄道ピクトリアル』1969年9月号「113系1000番台」電気車研究会• 『鉄道ピクトリアル』1975年2月号「183系」、電気車研究会• 「房総東・西線の電化と輸送改善計画決まる」『鉄道ファン』1970年10月号 p16-17• 交通新聞社 : p. 2004年3月8日• ジェー・アール・アール編「鎌倉車両センター 横クラ」『JR電車編成表』2018冬、交通新聞社、2017年11月15日、86頁。 神奈川県 2019年4月3日. 2019年4月8日閲覧。 『鉄道ダイヤ情報第88号(1991年8月号)』、124頁。 遠藤仁「POST」『鉄道ファン 特集:JR車両 fail91』第31巻8号(通巻364号)、交友社、1991年8月、 156頁。 『鉄道ジャーナル第298号(1991年8月号)』、112頁• 鉄道ファン・raif. 交友社 2017年5月3日. 2018年5月9日閲覧。 慶應義塾大学鉄道研究会 慶大鉄研三田会(OB会)「特集:2001年鉄道なんでも日本一」『鉄道ファン』第41巻1号(通巻477号)、交友社、2001年1月、 45頁。 伊藤博康「特集:鉄道なんでも日本一 2017」『鉄道ファン』第57巻8号(通巻676号)、交友社、2017年8月、 29頁。 - JR東日本 東京電気システム開発工事事務所• 国土交通省. 1 2019年7月18日. 2019年7月20日閲覧。 「都市交通年報」各年度版• - 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横須賀・総武快速線

総武 快速 線 運行 状況

JR総武線快速の混雑状況を時間帯および区間ごとに調査してみた。 朝と夕方・夜の通勤ラッシュ時のいつ頃がピークを迎えるのはいつ頃なのか。 混み具合の実態を観察した。 千葉方面へ向かう鉄道としては一番利用者数が多い路線であるためかなり混雑が激しいのは間違いない。 中距離電車で遠距離ユーザーが多く使うため、ピークの時間帯は朝の7時台後半だ。 首都圏の中でも特に混雑が激しいのは、小田急や中央線、そして東京メトロ東西線などが有名であるが、総武線快速もまた混雑率は数値が高い。 国土交通省によると混雑率は180~190%で毎年推移している。 都心と千葉方面を結ぶ鉄道路線は京成本線、JR京葉線、東京メトロ東西線、都営新宿線などがある。 どれも都心と郊外を結ぶ重要な交通手段だ。 その中で一番所要時間が短くて速い路線は総武線の快速だ。 運行本数も多いため、乗客にとってはかなり便利な存在に君臨している。 各段階ごとの混雑率の目安 5:150%以上(乗客同士が押し合う、スマホ操作不可) 4:120%(ドア付近で荷物が他人に接する) 3:100%(車内奥まで満員、リュック背負い不可) 2:80%(ドア付近を中心に立ち客あり) 1:50%(全員着席可能) 総武線快速が全体的に混雑する区間は津田沼~東京の部分といえる。 早朝の6時台からすでに混雑が始まる。 この時間帯であっても始発駅の千葉駅の時点で座席は完全に満席になる。 次の稲毛駅から乗れば確実に座れないだろう。 津田沼駅始発もあるが、ここでも津田沼の時点で座席はすべて埋まって満席に。 次の船橋駅では座れない。 7時台に入るといよいよ朝ラッシュの時間帯に突入する。 そして、7:30を過ぎると本格的にピークの超満員電車の時が来る。 9時台に入るとよいやく通勤ラッシュの激しさは緩やかになってくる。 それでも、まだまだ混雑した車内は続き、10時台になってから空いてくるという感じだ。 混雑率=180%は8時頃 国土交通省が行った「東京圏における主要区間の混雑率」の調査では、総武線快速の最大の混雑率は181%(2017年)という結果だった。 区間は新小岩~錦糸町の区間だ。 8時頃にピークに達する。 7:30~8:30に錦糸町駅に到着する電車も全体的にはほとんどこれくらいの混み具合に達する。 どれくらい激しいのかというと、乗客同士が車内で少し接するくらいのレベルである。 電車の中でスマホの操作ができるかどうかでは、ほぼ「できない」に該当する。 錦糸町駅では新宿・秋葉原方面へ行く中央総武緩行線へ乗り換える人が多く降りる乗客が多数いるということで、東京駅側はそれほど混まない。 参照: しかし、新小岩駅や市川駅は乗り換え路線がないため、新小岩~錦糸町の区間が一番混雑度が高い結果となっている。 並行する京成本線やJR京葉線の方が混雑度は緩やかといえる。 また、始発駅である千葉駅から座るのも難しいかもしれない。 11・15両編成ということで列車は長いものの、それ以上に乗客が殺到するため、結局は座れない可能性が大きい。 総武本線からの直通列車となれば、朝のラッシュ時はほぼ座れないという覚悟で乗るしかないのもまた事実だ。 区間ごとの混雑状況 総武線快速の区間ごとの混雑状況を見ると、上り・下りともに錦糸町~津田沼が最も混雑するエリアである。 千葉駅に近づくほど電車が空いている。 一方の東京~錦糸町も都心部の地域を走るとはいえ、他の代替路線があることもあってまだ乗客が集中する部分にはならない。 朝ラッシュの時間帯における区間ごとの混み具合を上り・下りそれぞれ見てみた。 区間ごとの混み具合では、津田沼駅辺りまでは比較的空いている。 通勤快速も一部あるが、ほとんどは「快速」であるため、種別ごとの違いはほとんどない。 ただし、房総エリアの各路線からの直通列車は千葉駅でもすでに満員状態になっている。 千葉駅にて大量の乗客が降りていくものの、そのまま東京方面へ向かう人もかなりの割合になる。 千葉駅始発ならそれよりは余裕が見られる。 津田沼駅を出発すると本格的に満員電車になる。 ドア付近になっているとやや圧迫感が出てくる。 平常ダイヤなら車内奥はまだ余裕があり、車両のどこに立っていてもスマホの操作はできるレベルである。 船橋駅からは地獄のスタートだ。 ドア付近に立っているとほかの乗客と体が接するほどのレベルになることも少なくない。 津田沼駅始発の電車でさえ、すでに船橋駅の時点で窮屈感がある。 船橋~錦糸町の区間はドア付近では完全に他の乗客と体の一部が触れ合うほど。 スマホの操作は困難。 車内奥でも荷物は他の乗客に接するくらいにはなる。 スマホの操作は不可能ではないが非常にやりにくい。 とはいえ、船橋駅までは下りでも座れずに立っている乗客も多い。 中でも成田空港行は快速でも混雑が他より目立つ。 東京駅の時点では座席がすべて埋まって、立っている乗客が少しいる程度になる。 上りの満員電車とは光景が異なる。 錦糸町駅からは中央総武線各駅停車からの乗り換え客が殺到するため、ここでやや混雑した車内になる。 それでも他の乗客と接するようなレベルにはならない。 リュックも背負ったまま乗れる混雑率に収まる便が多い。 船橋駅から先の下り列車は空いている。 朝でもガラガラの状態に近い。 津田沼駅止まりは最も空いている。 途中駅でみんな降りない 総武線快速ならではの特徴もある。 それは、途中駅であまり降りる人がいないという点だ。 上りの場合、大勢の人が降車するのは錦糸町駅と東京駅くらいだ。 快速ということで停車駅がかなり限られているため、どうしても近距離しか電車に乗らない人よりも長い区間を移動する人が多く乗る。 しかも、千葉方面へ行く各線の中では一番所要時間が早いこともあって、特に遠方から都心へ向かう人が殺到する。 これにより、途中駅で降りず東京都心まで乗り続ける人がほとんどとなっている。 下り電車についても、津田沼駅くらいまではまとまった人数が降りる駅がないため、長時間座れない状況が続く。 しかも、千葉駅より先の総武本線・成田線へ向かう例もかなりの数がいる。 遠距離ユーザーで混雑するのが総武線快速ならではの独特の特徴といえるのではないだろうか。 総武本線・外房線からの直通列車が混む! さらに、朝ラッシュの時間帯であれば総武本線や外房線からの直通列車が最も混雑している。 千葉駅や津田沼駅を始発とする列車は、たとえ快速であるとはいえ乗ってくる乗客の数が少ない。 総武本線や成田線、外房線、内房線から乗り入れてくる列車はより多いところからすでに乗っている乗客がいるということで、混雑率はより高い。 夕方は逆に津田沼止まりや千葉止まりの快速が比較的空いている。 近距離を使って途中駅で降りるという人が多く使うこともあって、たとえ東京駅や錦糸町駅辺りでは満員であったとしても途中駅で着席していた人が降りることで座れる可能性が高い。 逆に総武本線や外房線、内房線直通の快速となると遠距離ユーザーが集中してくるため、途中駅に到着しても降りる人が相対的に少ない。 座席を確保する難易度はその分高くなる。 他の路線の混雑状況 接続駅 路線 <直通> 東京 、、、() 、、、 、、(大手町駅) 新日本橋 、 馬喰町 (東日本橋)、(馬喰横山) 錦糸町 、半蔵門線 船橋 、 津田沼 千葉 、、、京成千葉線 <、、直通> >>.

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