柏木 由紀子 坂本 九。 柏木由紀子の娘と現在は?夫の坂本九の収入は?若い頃がかわいい

柏木由紀子(坂本九妻)の娘や孫は?若い頃とサックス姿がヤバイ!

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柏木由紀子のオーラ診断 いつも搭乗している航空会社の飛行機の予約がどうしてもとれない。 泣く泣く別の航空会社の飛行機に乗ることにしたのですが、数時間後、信じられない事故が耳に届きます。 そして、亡旦那が今日伝える愛のメッセージ。 どうぞ、ごゆっくりとご覧くださいませ。 プロフィール 生年月日 1947年12月24日 出生地 東京都世田谷区 本 名 大島由紀子(おおしまゆきこ) 血液型 A型 学 歴 玉川学園短期大学卒業 事務所 坂本九音楽事務所 スピリチュアルチェック 〇 苦手なものなんですか? 「夕方です」 〇 心惹かれる街はありますか? 「プラハです」 〇 今、怯えています。 どこにいますか? 「船の上、海の真ん中です」 〇 常に持ち歩いているものは? 「主人がしていた笠間稲荷のペンダントです」 怯える場所「船の上」 柏木がこの事についてこう言います。 「泳げないのもありますが、水が嫌い。 水辺も嫌で夜はもっと嫌ですね。 明るい所がとっても好きです」 夕方が苦手 柏木がこの事についてこう言います。 「夕方は夕日もあって素敵なんですけど、何か寂しいものを感じてしまいます。 ですので苦手ですね」 この事を聞いた江原がこんな事を言います。 「実は、私も何故か夕方が苦手なんですよ」 霊感 ここで国分が霊感のことについて尋ねます。 すると、柏木が旦那、坂本九の飛行機事故の事を語りだします。 「子供2人と一緒にデパートに出掛けた時のことです。 いつも出掛ける時と全然違っていて、空を見上げこう言いました『今日の飛行機、いやだな~』って。 この事を聞いた江原がこう言います。 「ある種の予感もあるし寿命もあります。 人は誰しも最期があるため、心構えを作っていたのでしょう。 そのことを魂が分かっていました」 オーラの色 柏木のオーラの色は赤(情熱と頑固)と紫(情愛)柏木自身は穏やかな性格の持ち主だが、強さや頑固な性格を持っているため、一度、言い出したら他人の意見は聞かない。 守護霊(補助霊) ここで江原が霊視しこう伝えます。 「守護霊は尼僧です。 補助霊は亡き旦那の坂本九さんです。 」 ここで補助霊の坂本九からのメッセージが届きます。 「昔、貰った宝石箱の中に入る物を買ってもいいよ」 これは、今まで贅沢をしないで過ごしてきた妻の柏木由紀子のために、これからの人生を自由にお洒落を楽しみなさい。 という事だったのです。 そして、この事故でこの世を去った時の事をこう伝えます。 「奥様と子供と離れるのがとっても辛かった。 本当に辛かった。 今まで普通に家族と触れていたことが当たり前だった。 それが、この飛行機墜落事故で一瞬にして無くなってしまった。 」 「本当に辛い。 天国から今でも子供の事をいつも見守っているよ。 君のおかげでここまで子供たちが育ってくれた。 本当に感謝している」 前世 東ヨーロッパの高貴な女性で政治的な問題を抱え逃げていました。 それも川沿いをずーっと旅しながら。 だから水が嫌いなのです。 周りが見えないのが嫌い。 せき立てられるのが苦手。 だから、柏木がチェコのプラハに行くと何故か心が惹かれてしまうのはこのわけからきています。 性格 ここで美輪明宏がこんな事を話し出します。 「由紀子さんの性格は複雑ですね」 この事に柏木はこう返します。 「確かに滅茶苦茶な部分もありますが、デリケートな部分もございます」 これに江原がこう言います 「柏木さんは生まれ変わっている回数が多いです。 色々な経験を積んでおります。 だからその為、人の痛みが分かる方。 これは意識の下で覚えていらっしゃるからです」 魂の年齢 これは魂の年齢と江原は語ります。 そして、こう言います。 「この世での年齢だけではなく、魂にも年齢がございます。 この世で歳をとった人全てが人格者になるわけではありません。 人の痛みが分からない。 それは、その経験が足りていないからになります」 現在 娘2人と家族ユニット「ママエセフィーユ」を結成。 坂本九の楽曲カバーしたのを中心に、坂本九の映像や歌声を使った家族4人(長女・大島花子、次女・舞坂ゆき子)の共演コンサートを全国で活動している。 次は「」.

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柏木由紀子の前世と守護霊をオーラ診断 補助霊があの事故を語る

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1985年(昭60)の日航機墜落事故で亡くなった坂本九さんの妻で女優の柏木由紀子(69)が7日、長女の歌手大島花子(44)と次女の女優舞坂ゆき子(41)と、「坂本九ファミリー クリスマスコンサート」を都内で行った。 12回目を迎える今年は三十三回忌の節目。 6日に発売した坂本さんの遺作「心の瞳」CDでは、3人がコーラスで参加した。 コンサート前に会見をした柏木は、曲が出来上がった当時を懐かしそうに振り返った。 「(坂本さんが)曲ができて、息せき切って帰宅しました。 カセットテープで、『いい曲ができたから聞いて、聞いて』と、すごく喜んで帰ってきたのを思い出します。 『僕たちのことを歌っているような曲だよ』と話していました」。 初のCD化は、多くのファンの後押しがあったから実現した。 「中学生からいただいた手紙に『音楽の教科書の合唱曲でみんなで歌っています』とありました。 中学生たちと一緒に、この『心の瞳』を歌い継いでいきたいと思った」という。 レコーディングは当初、プロの歌い手がコーラスで参加した。 ところが、ディレクターが「どうもしっくりこない」と納得がいかず、柏木ら「坂本ファミリー」に依頼。 3人の歌声に太鼓判を押した。 柏木はレコーディングの時のことを「(坂本さんが)すぐそこにいて一緒に歌っているように感じました」としのんだ。 花子は「父の歌を感じられて感無量です」。 ゆう子も「光栄です」と話した。 12月はファミリーにとって特別な月だ。 8日は夫婦の結婚記念日。 10日は坂本さんの誕生日で24日は柏木の誕生日だ。 今年で古希を迎える柏木は「(坂本さんが)亡くなって32年がたちます。 テレビなどで1度も歌ったことがない『心の瞳』がCDになってよかった。 すごく良い曲です」とアピールした。

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【画像】柏木由紀子の若い頃がかわいい!坂本九とのラブラブ写真も!

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舞阪ゆき子さんブログより コンサートでは、坂本九さんの曲をカバーする際、坂本九さんの映像や歌声を使い、まるで家族全員が共演しているようなパフォーマンスを見ることができるそうです。 ご家族、ファンの心の中には、未だ坂本九さんが生き続けているのですね。 【画像】柏木由紀子の若い頃がかわいい! 柏木由紀子さんは小学5年生の時に劇団若草に入団。 2歳年下の酒井和歌子さんとは同期で仲良くなりました。 その後は、雑誌「女学生の友」で表紙を飾るなどモデルとして活躍。 1964年の高校生の時には映画「明日の夢があふれている 」で映画デビュー後は、 1965年に「若い真珠」で歌手デビューも果たしています。 目がぱっちりしていて、お人形さんのようです。 現代のアイドルにも負けないかわいさですよね。 【画像】柏木由紀子と坂本九の馴れ初めは? そして、1971年に坂本九さんと結婚することになるのですが、二人の馴れ初めは1年越しでした。 出会いは、ドラマ「細うで繁盛記」撮影中。 坂本九さんは柏木由紀子さんに一目ぼれ。 電話番号を書いたメモを渡したそうです。 しかし、柏木由さんは「特に用はないから」という理由で、坂本九さんに電話をかけなかったといいます。 それから 1年後、柏木由紀子さんはお母様の勧めで大阪の劇場でショーをしていた坂本九さんを訪問。 そこで、坂本九さんは再び電話番号を渡したというのです。 その再開をきっかけに坂本さんが 猛アタック。 その誠意が実を結び、1971年12月8日にめでたく結婚することになりました。 好青年と美女。 お似合いのカップルです。 新婚旅行はパリに行かれたそうですよ。 ラブラブですよね。 これほど仲がよかったふたりですから、日航機墜落事故で坂本九さんを亡くした柏木由紀子さんの悲しみは想像を絶するものだったのでしょう。 以前、柏木さんが「徹子の部屋」に出演された、 黒柳徹子さんが「30年経った現在の坂本九さんへの想い」を聞いています。 柏木由紀子さんの答えはこうでした。 「30年経っちゃいましたけど、こうして生きてこれたのも主人が見守ってくれたおかげだと思っています。 感謝しかありません」。 会うことはできなくても、ずっと大切に想い続けている。 素敵な夫婦です。

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