最後 の 晩餐 ユダ の 位置。 だいたい分かる!キロランケ【ゴールデンカムイ】

最後の晩餐 レオナルド・ダ・ビンチ ユダはどれユダの位置と場所 表現の違い|美の巨人たち

最後 の 晩餐 ユダ の 位置

マタイによる福音書26章17-29節 「最後の晩餐」 並行箇所;マルコ14:12-25 ルカ22:7-30 ヨハネ13:1-17:26 1. 種なしパンの祭り 26:17 さて、種なしパンの祝いの第一日に、弟子たちがイエスのところに来て言った。 「過越の食事をなさるのに、私たちはどこで用意をしましょうか。 」 本日の聖書箇所は「最後の晩餐」の場面です。 それは旧約聖書で定められた過越の食事でした。 過越の祭りの規定では、ユダヤ暦の1月14日の夕方に子羊をほふり、その血を家の鴨居と門柱に塗り、日没後、過越の食事をします。 その時に「パン種の入らないパンを食べよ」と命じられています。 この過越の食事から七日間、パン種の入らないパンをイスラエル選民は食べます。 これが種なしパンの祭りです。 マタイはここで「過越の祭り」と記さず、「種なしパンの祝い」と記しているのは、このあとに続く出来事がパン種を取り除くことに関連しているからです。 そのため、イスラエルでは現在でも過越の祭りの前に必ず大掃除をするそうです。 イーストだけでなく発酵食品すべて取り除くという事ですからユダヤ人の徹底ぶりもすごいものです。 発酵する食品をハメッツと呼び、小麦や大麦を使ったパスタ、ピザ、シリアル、ビールもハメッツとなります。 味噌や醤油、米、豆腐、納豆もハメッツとなるので日本食はほぼ全滅です。 イスラエルのほとんどの家庭では、ハメッツをすべて処分するために過越になる前に食べきるか、焼却するかします。 最後の手段として外国人にあげたり、箱やカバンに詰め込んで、見えないところにしまいこむそうです。 しかし、厳格なユダヤ教徒にとっては、それは明らかな律法違反となっています。 なぜパン種を除けと命じられているのでしょうか? ・・聖書の中でパン種は常に罪を象徴するものだからです。 その理由は、人間の罪の性質ととても似ているからです。 パン種はパンを発酵させて膨らませます。 それは実質的にはパンが腐敗して、大きく膨らんでいる状態だからです。 しかし、人間にとって有用な場合に限って「発酵」と呼びます。 同じように、私たちの心に罪の種が入りこむと、私たち心は悪い思いに溢れ、どんどん腐ってしまいます。 そして外見や体裁だけをよくしますが、中身は罪で満ちてしまいます。 そのため、パン種が罪の象徴として語られており、聖書は「あなたがたの中からパン種を取り除け」と命じています。 また、イエス様は間違った教義についても「パン種」という言葉を用いておられます。 マタイ16:6 イエスは彼らに言われた。 「パリサイ人やサドカイ人たちのパン種には注意して気をつけなさい。 」 もちろん、パン種自体は悪いものではありません。 その証拠に種なしパンの祭りのとき以外はパン種の入ったふっくらしたパンを食べて全く問題ありません。 ハメッツ食品はすべて食べて良いのです。 ただし、この祭りの時には 霊的な意味を示すためにパン種を除けと命じられているのです。 種なしパンの祭りが教えているのは、「小羊の血によって神のさばきから救われたのだから、あなたがたの中から罪を取り除きなさい」という神様のメッセージなのです。 「都に入って、これこれの人のところに行って、『先生が「わたしの時が近づいた。 わたしの弟子たちといっしょに、あなたのところで過越を守ろう」と言っておられる』と言いなさい。 」 26:19 そこで、弟子たちはイエスに言いつけられたとおりにして、過越の食事の用意をした。 26:20 さて、夕方になって、イエスは十二弟子といっしょに食卓に着かれた。 過越の食事の準備のために遣わされた弟子は、ペテロとヨハネでした。 (ルカ22:8参照) 大切な点は、すべて主イエスが言われたとおりに過越の準備が進められていったことです。 父なる神様のご計画にしたがって、すべてが準備されていきました。 しかし、ヨハネによる福音書では13章から17章にわたって、最後の晩餐で語られた主イエスの言葉を記しています。 その内容を要約すると次の通りです。 13章;弟子たちの足を洗ってご自身の愛を示された。 14章;天の住まいを用意するために天に帰られること。 そして、助け主を遣わす事。 15章;キリストにとどまって実を結びなさい。 16章;迫害されるが勇敢でありなさい。 17章;大祭司の祈りとして、彼らが守られるように。 これらは教会時代についての教えです。 私たちクリスチャンにとってはとても重要な教えです。 しかしマタイは「イスラエルの王として来られたキリスト」という主題を離れないために、これらの教会に対するイエス様の教えを記していません。 イスラエルに命じられた過越と種なしパンの祭りにこだわり、パン種を取り除かなければならないことに注目しています。 そしてそれは、まず12弟子たちに目が向けられることになります。 26:21 みなが食事をしているとき、イエスは言われた。 「まことに、あなたがたに告げます。 あなたがたのうちひとりが、わたしを裏切ります。 」 26:22 すると、弟子たちは非常に悲しんで、「主よ。 まさか私のことではないでしょう」とかわるがわるイエスに言った。 26:23 イエスは答えて言われた。 「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。 26:24 確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。 しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。 そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。 」 26:25 すると、イエスを裏切ろうとしていたユダが答えて言った。 「先生。 まさか私のことではないでしょう。 」イエスは彼に、「いや、そうだ」と言われた。 最後の晩餐の最初の出来事として、マタイはイスカリオテ・ユダの裏切りを取り上げています。 ヨハネによる福音書では、ユダはパンきれを受け取るとすぐに出て行ったと記されていますので、ユダは結局、過越の食事を食べなかったことになります。 つまり、イエス様は弟子たちの中からパン種を取り除かれ、パン種の入らない過越の食事を11人の弟子たちと持たれたことになります。 イエス様を裏切るユダに対するイエス様の言葉はとてもきびしい言葉です。 26:24 確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。 しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。 そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。 」 「生まれなかったほうがよかった」・・イスカリオテ・ユダの全生涯を否定する言葉です。 私たちは聖書を通して神様が愛なる方だと知っています。 人を形造り、息を与えられ、愛をもって導かれる神様です。 すべての人間を神様は愛しておられると信じています。 しかし、「生まれなかったほうがよかった」とは何とむごい言葉でしょう。 しかし、それが現実なのです。 イスカリオテ・ユダをイエス・キリストは愛されました。 ユダを12使徒の一人として任命し、共に歩まれました。 最後の晩餐の席において、ユダの汚れた足をもイエス様は洗われ、彼を愛されていることを示されました。 しかし、ユダはそのイエス・キリストを裏切りました。 隠れて祭司長たちのところへ行き、イエスを売る見返りとして銀貨30枚を受け取りました。 彼の懐にはその銀貨が入っていたはずです。 ユダはキリストが与えてくださった愛と福音を拒み、自分の欲に負けてキリストを裏切ってしまったのです。 ユダにくだる神様のさばきは恐ろしく激しいさばきです。 イエス様はそれを知っておられて、「ユダは生まれてこなければ、さばきを受けることがなかったのに」と悲しんでおられるのだと思います。 神様に愛され罪赦された皆さんは、どうかユダのようにならないでください。 自分の肉の欲に負けて、キリストを裏切らないでください。 また、キリストが愛されている教会を裏切らないでください。 キリストが愛されている兄弟姉妹を裏切らないでください。 たといあなたが裏切られたとしても、あなたは裏切らないことを決心してください。 裏切る人の心はさらに荒んでいきます。 彼は隠れて行動しなければなりません。 嘘ばかり、秘密ばかりで、心が闇で支配されてしまいます。 箴言11:1-3 欺きのはかりは【主】に忌みきらわれる。 正しいおもりは主に喜ばれる。 高ぶりが来れば、恥もまた来る。 知恵はへりくだる者とともにある。 直ぐな人の誠実は、その人を導き、裏切り者のよこしまは、その人を破滅させる。 裏表がなく、正直に生きる人は、神様に喜ばれます。 嘘偽りを捨てて、正しい生き方をしていきましょう。 「取って食べなさい。 これはわたしのからだです。 」 26:27 また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。 「みな、この杯から飲みなさい。 26:28 これは、わたしの契約の血です。 罪を赦すために多くの人のために流されるものです。 26:29 ただ、言っておきます。 わたしの父の御国で、あなたがたと新しく飲むその日までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。 」 過越の食事では、子羊の肉、種なしパン、苦菜が必ず食されますが、ぶどう酒も必ず飲まれます。 過越の食事はエジプト時代に受けた先祖の苦しみを思い返し、そしてその苦しみからイスラエルを救い出された全能の神様のみわざを誉め称える記念の食事です。 イエス様の最後の晩餐でもパンとぶどう酒が出されました。 しかし、イエス様はエジプトでのことに言及されず、新しい意味を示しながらパンとぶどう酒を与えられました。 イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。 「取って食べなさい。 これはわたしのからだです。 」 パンは、ご自身のからだの象徴であると言われます。 これには三つの意味があります。 ・パン種が入っていないパンは、罪がないお方であるという事。 ・裂いて渡すのは子羊がほふられたように、キリストの身体が十字架に釘づけされ、槍で刺し通されることをあらわします。 ・そのパンを食べる事は、キリストを心の中に受け入れることをあらわします。 杯については、もっと深い意味が込められています。 杯を取り、感謝をささげて後「みな、この杯から飲みなさい。 これは、わたしの契約の血です。 罪を赦すために多くの人のために流されるものです。 ・赤い葡萄酒は十字架で流されるイエス・キリストの血をあらわします。 ・神の裁きから救われることをあらわします。 キリストの血は罪の赦しのために流されるものだと説明されています。 キリストの血によって罪を赦され、神のさばきから救われることを象徴しています。 過越の祭りで家の鴨居と門柱に子羊の血を塗った人々は神の裁きに遭わずに済んだことと重ねられています。 ・この盃から飲む事はパンと同様、キリストを信じ受け入れることをあらわしています。 ・新しい契約です。 「わたしの契約の血」と言われました。 旧約時代には、大切な契約を交わす時には必ず動物の血が必要でした。 (創世記15:17、エレミヤ34:18参照) 神様が律法を与えられた時も血が流されました。 血が流されることによって正式に契約が結ばれたのです。 この契約を破る者は同じように血を流さなければならないことが啓示されています。 出24:8 そこで、モーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った。 「見よ。 これは、これらすべてのことばに関して、【主】があなたがたと結ばれる契約の血である。 」 キリストは最後の晩餐で、新しい契約を結ぼうとされています。 「キリストを信じ受け入れる人は神の裁きから救われる」という契約です。 ただし、契約はこの時には完了していません。 なぜなら、まだ血が流されていないからです。 キリストはその夜の内に捕らえられ、翌朝裁判を受けた後、十字架に架けられます。 その十字架において契約が結ばれたのです。 イエス様は息を引き取られる前に「完了した」と叫ばれました。 それは新しい契約が完了したことを含んでいます。 何と深い神の救いのご計画でしょう! 1コリント11章で使徒パウロは主の晩餐について規定しています。 そのため、世界中の教会において主の晩餐(聖餐式)が行なわれています。 主の晩餐はイエス・キリストの裂かれたからだと、流された血潮を覚え、記念として行うものです。 同時に、主が再臨されるまで、福音を伝えていこうという決心の時でもあります。 主の晩餐を持つときの注意事項が書かれています。 したがって、もし、ふさわしくないままでパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。 ですから、ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。 みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、その飲み食いが自分をさばくことになります。 そのために、あなたがたの中に、弱い者や病人が多くなり、死んだ者が大ぜいいます。 しかし、もし私たちが自分をさばくなら、さばかれることはありません。 しかし、私たちがさばかれるのは、主によって懲らしめられるのであって、それは、私たちが、この世とともに罪に定められることのないためです。 「ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。 」・・あなたの心からパン種を取り除きなさいという事です。 コリントの教会は問題ばかりの混乱した教会でした。 分裂があり、指導者を陰で非難しました。 教会ではまじめでも、家に帰ると不品行を行っている人たちがおり、偶像礼拝をしている人たちがいました。 パンとぶどう酒だけを求めて教会へ来て、我先にとパンを食べ、ぶどう酒を飲んで酔っ払っている人たちもいました。 熱心な教会員は自分が聖霊に満たされたクリスチャンだと自慢したいがために、異言のしるしばかり求めました。 そのため集会では誰が何をしゃべっているのか分からないような状態でした。 パウロはコリントの教会のこれらの罪を責め、正しい秩序ある教会生活を送るべきであることを教えています。 あなたがユダやコリントの教会の人のように隠れて悪いことをしているのなら、主の晩餐にあずかってはいけません。 もし罪を犯したままで主の晩餐にあずかるなら、神様はその人を懲らしめられます。 救いを失うことはありませんが、時にそれは病気であったり、死に至ることもあるとパウロは教えています。 みじめなクリスチャンとして歩むことになりますから、よく自分を吟味して主の晩餐にあずからなければなりません。 あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。 新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。 あなたがたはパン種のないものだからです。 私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。 ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、パン種の入らない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか。 どうか、あなたの心の中から、悪意と不正のパン種を取り除いてください。 神様の大きな愛を受けて、純粋で真実な心をもって神様を礼拝し、御言葉を学び、主の晩餐にあずかり、交わりを保つなら、どんなにか神様は私たちと教会を祝福してくださるでしょう。

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最後の晩餐に隠されたユダの謎|場所・キリスト・ナイフ

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しかし、彼の仕事実績を見てみると、他の2人(ミケランジェロ・ラファエロ)よりだいぶ劣るのが現実です。 ミケランジェロはヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の装飾を任され、またラファエロもヴァチカン宮殿のラファエロの間に自身の作品を納めるなど、当時強大な力を持ったローマ教皇というパトロンから仕事を受注しています。 今の日本で例えるならば、天皇や政府から仕事を受注していたようなものです。 一方、ダヴィンチはローマ教皇から仕事を受注したことは一度もありません。 街の教会などからの受注によるものが一般的でした。 (今の日本でいえば市中のお寺や企業と言ったところでしょうか。 )その受注さえも発注者の注文通りに描かなかったり、完成させずに放りだしてしまったり。 現代のアーティストであればそういうイメージと若干親和性があるかもしれませんが、当時の画家はアーティストというより職人。 今でいうと、大工や内装工事業者に類するものです。 そんな人たちが、手付金を払ったにもかかわらず、途中で投げ出してしまったり依頼通りにしてくれなければ困ってしまいますよね。 彼は絵がものすごく上手だったため依頼をする教会などがあったのは事実ですが、そのような性格が災いしたのか、有力なパトロンに気に入られることは少なかったようです。 でも、そんな現代のアーティストの先駆けとも言えるようなところに、多くの人が引かれているのも事実だと思います。 ダヴィンチが考えた技法 もちろん、ダヴィンチがルネッサンス三大画家に数えられるのは彼のアーティスティックなキャラクターだけではありません。 彼は絵画における様々な技法を考え、また発展させ、それをルネッサンスの完成系であるラファエロへ継承させました。 この功績こそが、彼が三大画家に数えられる理由です。 ここでは彼が完成させた技法を紹介します。 遠近法 遠近法は、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法であり、それをダヴィンチが理論化しました。 なお、遠近法には2つの種類があります。 線的遠近法(一点透視図法):画面のどこかに設けた消失点(一点)から線を外に放射状に広げることで奥行きを表現する技法• 空気遠近法:手前のものははっきりと、遠くのものは薄くぼかして描くことで奥行きを演出する技法 陰影法 陰影法も、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法をダヴィンチが理論化しました。 陰影法とは、色の濃淡によるグラデーションで立体感を出す技法です。 スフマート スフマートというのは、レオナルドが発明したぼかし技法です。 油絵具を何重にも重ねることによって、輪郭線が分からないほどなめらかなグラデーションを再現する技法です。 一番ダヴィンチのスフマート技術が分かりやすいのは「モナ・リザ」と言われています。 三角構図 ダヴィンチが作り、そしてラファエロが完成させたルネッサンスを代表する構図が三角構図です。 ラファエロがダヴィンチを尊敬し、技術を引き継いだことも大きな要因でしたが、とにかくこれらの絵画技法は後世まで圧倒的な影響力を持ちました。 そのためダヴィンチはルネサンス3大画家の1人に数えられているのです。 最後の晩餐とは聖書のどんなシーンか? さて。 それでは本題の「最後の晩餐」のシーンに話を移します。 最後の晩餐とは、聖書の以下のページに記述されたエピソードです。 マタイによる福音書 26章 19-25• マルコによる福音書 14章 17-21• ルカによる福音書 22章 21-23• ヨハネによる福音書 13章 21-30 イエスが処刑される前日、弟子の中でも最も大事にしていた12人とともに最後に食事をするシーンです。 その中でイエスは、この12人の中の誰かひとりがイエスを裏切るだろう、と予言をします。 そして弟子たちは、「まさか、わたしのことでは」と動揺するのです。 結局、ユダがキリストを裏切ります。 もちろん、この時は他の弟子はその事実を知る由もありませんが。 ユダは、ユダヤ教のファリサイ派の教師やサドカイ派の僧侶達にイエスの居場所についての情報を銀30枚でもって売ったのです。 (ちなみに、現代に直すと100万円前後だとか。 )その結果、キリストは裁判にかけられ死刑を執行されてしまいます。 最後の晩餐が飾られる場所は? 最後の晩餐は、食事のシーンを描いたものです。 ですので一般的に、教会の食堂や貴族の食卓用などに描かれることが多かったようです。 実際、ダヴィンチによる『最後の晩餐』も、ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画として描かれたものです。 他の画家はどのように最後の晩餐を描いているのか? 「最後の晩餐」のシーンはキリスト教の教えを伝える上でとても大事なシーンなので、様々な画家が各教会からの発注を受けて描いています。 これは、レオナルド・ダ・ヴィンチが『最後の晩餐』を描く約10年前、1481年にロッセリーニという画家がヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に描いた最後の晩餐の絵です。 これは当時の一般的な最後の晩餐の構図です。 裏切り者のユダがひとり手前に置かれ、それ以外の弟子が彼と向かい合う構図となっています。 キリスト教絵画では、その時代・その時代で、「このシーンはこう描くのが定番!」という決まりがあります。 文字の分からない民衆にキリスト教の教えを学ばせる目的で描かれているので、分かりやすい構図や説明しやすい構図が求められたからです。 …でも、ダヴィンチはこの構図が、ちょっとおかしいと思ったんでしょうね。 だって、最後の晩餐をしている時点では、裏切る人はユダだと分かっていたわけではありませんから。 こんな構図では、ユダ以外の弟子もユダが裏切りを行う奴だと気付いてしまいますよね(笑)。 実際は、「誰だ!お前か!ふざけんな!」と、弟子同士が入り乱れて騒いだはずです。 ダヴィンチの『最後の晩餐』を解説 さて。 それではダヴィンチの『最後の晩餐』を見てみましょう。 まずは一般的な解説です。 ちなみに、ダヴィンチの『最後の晩餐』は、彼の作品の中でも数少ない最後まで完成させた作品です。 テンペラ画 この時代、普通であれば壁画を描くときにはフレスコ技法で描くのが一般的です。 フレスコ技法とは、壁に漆喰を塗り込み、それが乾くまでの間に色を付けるという技法です。 この技法では、後から塗り直したり修正したりすることができません。 一方、ダヴィンチは、油絵で何度も上から塗り直すスフマートの技法を得意としたので、フレスコ画は苦手でした。 そこで、『最後の晩餐』はテンペラ技法という、卵で絵具を溶く技法で描くことにしました。 しかし、テンペラ画は湿気が多い食堂には向いておらず、絵具が定着せず、すぐ剥がれる結果になってしまいました。 大規模修復後でも薄い絵しか残っていないのには、このような理由があるのです。 消失点 この作品は、イエスの額のあたりに消失点と言われる1点があり、この点を中心に糸で線を引き、構図を取ったことが分かっています。 実際に、この壁のイエスの額部分には、穴が空いているんだそうです。 消失点を利用した遠近法は、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法をダヴィンチが理論化したものであり、この作品はまさにそうしたダヴィンチのすごさを現世に伝えるものであるといえます。 ユダの位置 ダヴィンチの描いた『最後の晩餐』は、それまで描かれてきた最後の晩餐と、ユダの位置が違います。 先ほど紹介したように、それまでの最後の晩餐では、ユダだけが手前に置かれ、区別されています。 また、ユダは黒い服(罪人の印)を着て、キリストを売ることで得た銀貨30枚の入った袋を持っていることが一般的です。 しかし、ダヴィンチの『最後の晩餐』では、弟子は以下のように並んでいます。 バルトロマイ、小ヤコブ、アンデレ、ペテロ、 ユダ、ヨハネ、 イエス、大ヤコブ、トマス、ピリポ、マタイ、タダイ、シモン この絵画では、当時の常識では考えられない位置にユダが置かれているのです。 他の弟子とともに一列に並んでいることも衝撃的ですが、ユダの両脇にいるペテロとヨハネは、イエスの腹心中の腹心であることも同じくらい注目に値することです。 通常の絵画であれば、ペテロはイエスが一番信頼した弟子としてイエスの左に、ヨハネはキリストが一番愛した弟子としてイエスの右に描かれるのが一般的なのですが、そのような形は取られていないのです。 この絵ではペテロとヨハネの間にユダが入るという構図になっています。 これは当時の通常の配置としては考えられないことです。 ではなぜダヴィンチはこのような構図を考えたのでしょうか? 裏切ったのはユダだけなのか?というダヴィンチの問い 一般的な話としては、ユダだけが裏切り者で、そのせいでイエスは十字架に架けられたことになっています。 しかし、本当にそうだろうか、とダヴィンチは絵を見る人に問うたのだ、という考え方ができます。 ペテロは生前のイエスから、「鶏が鳴く前に私を三回知らないと言うだろう」と予言されます。 そして実際、キリストが捕えられ尋問を受けている間に、キリストの仲間であることを疑われたペテロは、「神に誓って自分はイエスの仲間ではない、彼のことは知らない」と3回に渡り否定をしてしまうのです。 のちに初代教皇となり一番の弟子だったペテロでさえ、イエスのことを裏切った。 そう考えると、裏切ったユダだけを罪人として手前に置くのではなく、みな人は罪人なのだ、というイエスの教えを真に表した絵であるとも言えるのです。 そのようなダヴィンチなりの意見を絵画に投影させたところが、アーティストの先駆けとしてのダヴィンチの魅力だと、私は思います。 以上で私なりの『最後の晩餐』徹底解説を終わります。 楽しんでいただけましたでしょうか?以下は、おすすめ図書です!.

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レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に隠された5つの謎とは!

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子供の質問 クリスマスが近づく頃、荒川教会のホームページをご覧になったという女性から、一通のメールをいただきました。 小さな息子さんと、「クリスマスっていうのはネ、イエス様のお誕生日なんだよ」というお話をしていましたら、「イエス様って、どういう人なの」と質問されたのだそうです。 その方は、クリスチャンではなかったのですが、一般常識として知っていたおぼろげな知識を引っ張り出して、息子さんに一生懸命にイエス様の話をしてあげたというのです。 そして、「イエス様は正しい人だったけど、悪い人たちによって十字架につけられて殺されてしまったんだよ」というような話をしますと、「イエス様のお誕生日がクリスマスなら、死んだ日はいつなの」と問い返されてしまったというのです。 はたと困りまして、とっさに「十三日の金曜日だよ」と答えたんだそうです。 しかし、本当にそれでいいのか、十三日の金曜日というのは何月のことなのか、その辺を教えてください、ということでした。 私は、なんだかとてもうれしくなりました。 クリスチャンでもなんでもない親子が、クリスマスにイエス様のお話ししている、それを知っただけでも大きな喜びが、私の胸にあふれてきました。 しかも、十字架の話をしていたというのです。 そして、小さな幼子が、イエス様が十字架で亡くなられた日がクリスマスと同じぐらいに記念されるべき大事な日だと思ったのでありましょう。 それはいつかと尋ねたというのです。 答えに窮した母親は、とっさに「十三日の金曜日」と答えたものの、もっとしっかりと教えてやりたいと思って、教会に問い合わせをしてきたのでした。 この母親の姿勢も偉いなあと思うのです。 さて、イエス様が十字架で亡くなられた日は何月何日かというお話でありますけれども、みなさんはこの幼な子の問いに、きちんとお答えになることができますでしょうか。 教会生活も長く、聖書をよく読まれている方は、どうもユダヤ教の過越祭と関係があるらしいということぐらいはおわかりになるかもしれません。 また、毎年、イースターが三月から四月にかけてのいずれかの日曜日なりますから、どうやらその頃だろうということも想像がつくかもしれません。 ただそれ以上のことはなかなかわからないという方も多いのではないでしょうか。 今日から、イエス様のご生涯の学びも、最後の晩餐といういよいよ差し迫ったお話に入っていくわけですが、その前に、みなさんもいつ、誰に聞かれるか分かりませんので、イエス様の十字架にかけられた日はいつかということを、整理してお話しておきたいと思うのです。 まず、「十三日の金曜日」ではないということだけは、知っておいてほしいと思います。 日本では「四」という数字が「死」を連想させることから嫌われるということがありますけれども、西洋では「十三」という数字を不吉な数字だとする迷信があります。 どうして「十三」が不吉なのか、最後の晩餐に集まっていた人の数が、イエス様と十二弟子で13人になるからだとそうです。 この13人の中には、裏切り者のユダがいます。 そして、この裏切り者によって、イエス様と弟子たちの食事は最後の晩餐となってしまうのです。 そんなところから、「十三」という数字には、その中に裏切りとか、破滅とか、死とか、そのような身を滅ぼすものを含んだ数字と考えられたようなのです。 もちろん、キリストの教えとはまったく関係のない迷信です。 さらに、これは日付ではないのです。 イエス様が十字架にかけられたのは十三日ではありません。 では、「金曜日」の方はどうかと言いますと、これは確かにイエス様が十字架につけられた曜日を示しています。 つまり、「十三」という不吉な数字の迷信と、イエス様が十字架におかかりになった金曜日が結びついて、「十三日の金曜日」というのは、縁起の悪い日ということになったのでありましょう。 それならば、イエス様はいったい何日に十字架につけられたのでしょうか。 それは十四日か、十五日に間違いありません。 聖書に、イエス様が十字架にかけられたのは過越祭の時であったと言われているからです。 過越の小羊を屠る日 過越祭というのは、春にユダヤ人が出エジプトという歴史的な出来事を記念して守った祭りで、ユダヤ歴のアビブの月(西暦では3〜4月)の14日の夕暮れに傷のない一歳の小羊を屠り、その血を家の門柱と鴨居に塗りました。 旧約聖書の『出エジプト記』を読みますと、その過越祭の始まった詳しい経緯が書かれています。 その頃、ユダヤ人はエジプトにいて奴隷の民として苦しめられていたのですが、モーセが神に選ばれ、エジプトの王(ファラオ)のもとに遣わされました。 そして、「ユダヤ人は、あなたの民ではなく主の民なのだから、解放して自由にしなさい」と言うのです。 ところが、ファラオは「おまえの言う主とは何者か」と馬鹿にして、なかなかこれを承知しません。 そこで、主はモーセを通じて、様々な災いを起こし、主の恐ろしい力をファラオに見せつけます。 それでも、ファラオの心はかたくなで、どうしてもユダヤ人をエジプトからさらせようとしないものですから、ついに最後の災いとして、エジプト中の初子が一晩のうちに死んでしまうという災いが起こされることになるのです。 一方、モーセはエジプトに住むユダヤ人たちに言いました。 「今月の14日の夕暮れ、それぞれ家族で小羊を屠り、それを食べなさい。 そして、小羊の血を門柱と鴨居に塗りなさい。 その夜、主はエジプト中を巡り、人であれ、家畜であれ、国中のすべての初子を殺し、エジプトに裁きをおこなう。 しかし、小羊の血の塗られた家の中にいる者に対しては、主は過ぎ越され、あなたがたは裁きから救われるであろう」と。 実際にこのような恐ろしい裁きが行われまして、ついにファラオも主をおそれ、ユダヤ人を解放したのであります。 このように過越祭の「過ぎ越し」には、裁きの主が私たちを過ぎ越され、私たちの死ぬべき命を救われるという意味があるわけです。 そして、その時に重要な意味をもってくるのが、屠られる小羊であり、その血でありました。 私たちが死ぬ代わりに、小羊が殺される。 そして、その犠牲の小羊の血が、私たちの救いのしるしとなる。 それが過越祭であります。 そして、聖書は、その過越祭の時に、小羊ならぬイエス様が十字架にかかり、神の小羊として屠られたのだと告げているのであります。 そうしますと、イエス様は過越祭の14日に十字架にかかったと言ってもよいと思うのですが、その辺について聖書の記述に少し混乱があります。 『ヨハネによる福音書』によれば、イエス様と弟子たちの最後の晩餐は、「過越祭の前」と書かれており、翌日の過越祭の時に、まさしくイエス様が過越の小羊として十字架につけられたということになるのです。 ところが、ほかの福音書は皆、マタイも、マルコも、ルカも、最後の晩餐こそ過越の食事であったと書いています。 その中で、イエス様が弟子たちに「わたしの肉はあなたがたの真の食べ物となり、わたしの血はあなたがたの真の飲み物となる」ということを教えられまして、翌日、十字架にかかられたというのです。 つまり、15日に十字架にかかったということになります。 また、14日にしろ、15日にしろ、イエス様が金曜日に十字架にかかったということは共通しています。 そして、三日目の日曜日に復活されたと書かれているのです。 もっとも、この14日とか15日というのは、ユダヤ暦の話です。 ユダヤ暦というのは太陰暦でありまして、過越祭は春分の日の後の最初の満月の日でもありました。 ですから、イエス様が十字架におかかりになったのは、西暦で考えると、春分の日の直後の満月の日であるという言い方もできるわけです。 そして、その次に来る日曜日が復活日ということになります。 実際、復活祭の日はそのように決められているのです。 過越の準備 さて、日付の話はこのぐらいにしておきましょう。 木曜日、過越祭の日が来ますと、イエス様と弟子たちは次のように過越の食事の準備をしたということが言われています。 『マルコによる福音書』14章12-16節 「除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日、弟子たちがイエスに、『過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか』と言った。 そこで、イエスは次のように言って、二人の弟子を使いに出された。 『都へ行きなさい。 すると、水がめを運んでいる男に出会う。 その人について行きなさい。 その人が入って行く家の主人にはこう言いなさい。 「先生が、『弟子たちと一緒に過越の食事をするわたしの部屋はどこか』と言っています。 」すると、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれるから、そこにわたしたちのために準備をしておきなさい。 』弟子たちは出かけて都に行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。 」 過越の食事をするのは14日の夕暮れですが、ユダヤでは夕暮れから日付が変わりますので、実は14日の夕暮れは、15日ということになります。 それで、その日は過越の祭りの次に来る除酵祭の第一日ということが言われているわけです。 また、過越の小羊というのは、当時はエルサレム神殿の庭で、祭司だけが屠ることができることになっていました。 過越の祭りを祝う人々は、祭司から小羊を受け取って、それを自分の家に持ち帰って、晩餐の用意をしたのだそうです。 では、エルサレムに自分の家がない人々、つまり過越祭を祝うためにエルサレムにきた巡礼者たちは、どこで過越の食事をするのか。 エルサレムの人々は、そういう人たちが、過越の食事をする場所がほしいと言った場合には、空いている部屋があるかぎり、必ず場所を提供するのがならわしであったそうなのです。 そこで、イエス様の弟子たちは、「今日は過越祭ですが、どこに食事の場所を用意したらよいでしょうか」と聞いたのです。 すると、イエス様は、二人の弟子をエルサレムに遣いに出し、「水瓶を運んでいる人に出会うから、その人に私の名を告げてお願いしなさい」と、お命じになったというわけです。 遣わされた弟子たちは、ちょっと不安を感じながらエルサレムに行ったのではないかと思います。 エルサレムと言っても広いわけですから、どこに行けば、その人に出会うことができるのだろうか。 本当にその人は協力してくれるのだろうか。 ちゃんと話はつけてあるのだろうか。 もし人違いをしたらどうしようか。 私たちも、イエス様のお言葉に従う時には、同じような不安を抱くのではないでしょうか。 しかし、「案ずるより産むが易し」と言いますが、弟子たちが行ってみると、「イエスが言われる通りだった」というのであります。 水瓶を運んでいる人というのは、おそらくエルサレムにおける主の弟子の一人だったと思いますが、弟子たちはうまいことその人に出会って、その人が用意してくれた二回の広間に、過越の準備をしたというのであります。 「弟子たちは出かけて都に行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。 」 「イエスが言われた通りだった」と、聖書が告げることには二つの大切な意味があると思うのです。 一つは、今も申しましたように、弟子たちがイエス様の御言葉に従うときには、少々不安がありました。 御言葉に対する疑いがありました。 しかし、そのような疑いを持ちつつも、イエス様の御言葉に従うと、イエス様の御言葉の正しさが分かったということなのです。 もう一つ、「イエスが言われた通りだった」という言葉の中に、大切な意味があると思います。 それは、「はじめに言葉ありき」ということです。 実際に過越の食事を用意したのは、弟子たちや水瓶を運んでいた人であったかもしれません。 しかし、そのような弟子たちは働きに先立って、イエス様の御言葉があり、この過越の食事を備えておられたのだということです。 それだけではありません。 イエス様は、もう一つの過越の食事、イエス様がご自分を神の小羊として捧げられた十字架についても、あらかじめこのように語っておられます。 「イエスはこれらの言葉をすべて語り終えると、弟子たちに言われた。 『あなたがたも知っているとおり、二日後は過越祭である。 人の子は、十字架につけられるために引き渡される。 』そのころ、祭司長たちや民の長老たちは、カイアファという大祭司の屋敷に集まり、計略を用いてイエスを捕らえ、殺そうと相談した。 しかし彼らは、『民衆の中に騒ぎが起こるといけないから、祭りの間はやめておこう』と言っていた。 」(『マタイによる福音書』26章1-5節) これは、今日お話ししている木曜日の前日、つまり水曜日の出来事でありますが、エルサレムで祭司長たち、民の長老たちが、イエス様を殺すための計略を練っていたということが書かれています。 さらにその後にユダの裏切りということが続くのですが、実は、それよりも前に、イエス様は、ご自分で「二日後の過越祭に、わたしは十字架につけられるために引き渡されるだろう」と、弟子たちに語っておられたということなのです。 ここでも「はじめに言葉ありき」ということがいえるのです。 祭司長たちの謀略、ユダの裏切り、そういうことは確かにありました。 けれども、祭司長たちは、過越祭が終わってから事を為そうと話し合っていたようです。 またユダは裏切りながらも、まさかイエス様が殺されるとまでは予想しておらず、後悔の念にかられて自殺したと、聖書に告げられています。 そのように結末というものを考えますと、十字架もまたイエス様の御言葉が成就したのであり、決して祭司長やユダの裏切りが成就したのではなかったのです。 最後の晩餐 さて、過越祭の食事は14日の日没とともに始まります。 イエス様と弟子たちは、エルサレムのある人の家の二階広間に整えられた過越祭の食卓を囲み、席につかれました。 「時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった。 イエスは言われた。 『苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。 』」(『ルカによる福音書』22章14-15節) これがいわゆる最後の晩餐でありますけれども、イエス様が特別な思いをもって、この食事を準備され、臨んでおられるということが、この御言葉からもお分かりいただけることと思います。 その特別な思いとは何か。 『ヨハネによる福音書』13章1節にこう記されています。 「イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。 」 世にいる弟子たちを愛された、というのは分かります。 しかし、「この上なく愛し抜かれた」とはどういうことでありましょうか。 「愛し抜く」という言葉の背景には、愛することが非常に難しくなるような状況があったということも想像できます。 しかし、それにもかかわらず、主の弟子たちに対する愛は変わることがなかったということなのです。 「夕食のときであった。 既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。 イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。 それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。 」 2-5節 今日のお話の最初に、「十三」という数字を不吉に思う西洋の迷信があるというお話をしました。 その迷信は、最後の晩餐の食卓についていたのが13人であり、しかもその中に裏切り者が含まれていたという聖書のお話がもとになっていると申しました。 確かに聖書にも、真っ先にこの食事の席に悪魔が入り込んだ裏切り者のユダが一緒にいたということが告げられているのです。 しかし、ユダも含め、そのすべてをイエス様は愛され、愛し抜かれたのだ。 それが最後の晩餐であったのだと、言われているのです。 そうしますと、「13」という数字は、不吉どころか、私たちの祝福の確信となるべき数字ではありませんでしょうか。 今、私たちは共にこの礼拝に集っておりますけれども、私たちの主に対する思いは必ずしも一つではないかもしれません。 それはまことに悲しいことでありますけれども、人間という弱き者である限り、避けられない現実なのです。 けれども、イエス様は、今この時、このような私たちすべてを愛し、愛し抜いてくださるお方なのです。 この愛なくして、どうして私たちはイエス様の前に集うことができましょうか。 まして、聖餐の席につくことができましょうか。 私たちは、さらにイエス様が腰に手ぬぐいをまとい、身をかがめて弟子たちの足を洗われたという出来事をみます。 このことについて、次回、ご一緒に学びましょう。

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