悪魔の手毬唄 映画。 映画【悪魔の手毬唄】の歌詞と、歌になぞらえた殺害方法とは?|おさるの空飛ぶリンゴの見つけ方!

石坂・金田一最高傑作『悪魔の手毬唄』ネタバレ感想

悪魔の手毬唄 映画

ちゃぶ台の前で髭を剃っている磯川警部(若山富三郎)は、金田一(石坂浩二)が発した言葉に激怒し、水を張った洗面器にタオルを投げつける。 「リカさんは、二十年以上も苦しみ続けていたんだ!」 この言葉は、リカ(岸恵子)への恋心を消さずに二十年以上も抱き続けてきた若山富三郎の告白でもある。 人里離れた奥深い山村のひなびた温泉宿「亀の湯」。 その女将が岸恵子だと聞いて不安を覚えない者はいないだろう。 華麗な色香をあたり一面に漂わせた岸恵子が、古い民家が散在するだけで、あとは荒涼とした枯野と枯れ木ばかりが目立つ鬼首村に調和するとはとても思えないからである。 あやうい均衡を辛うじて保っていられるのは、岸恵子への恋心を秘めた若山富三郎の存在があるからだ。 強引に断定してしまうが、『悪魔の手毬唄』は、老年の域に達した男の片想いを水墨画のような筆致で描いた恋愛物語なのである。 もちろん、この映画はミステリー映画だから古めかしい因習に閉ざされた寒村で、インセントタブーから腹違いの姉妹たちが次々と殺され、その犯人を石坂浩二演じる金田一が突きとめるという物語を持ってはいる。 しかし、この作品には推理サスペンスとしての醍醐味は無い。 なぜなら、よほど鈍感な人で無いかぎり岸恵子演じるリカが犯人であることは一目瞭然だからである。 昭和二十七年の鬼首村に似つかわしくない華やかな岸恵子が、沼に入り全身を沈めてみずから命を絶つラストシーンの静謐な美しさ。 たとえば、ニキータ・ミハルコフの『黒い瞳』で、正装したマルチェロ・マストロヤンニが、池に入っていくシーンなどより遥かに美しい。 ここではじめて観る者は納得する。 やはり、リカさんは岸恵子であらねばならないと。 その意味でこの映画は、岸恵子の顔の推移を収めたドキュメンタリー映画ともいえる。 『悪魔の手毬唄』が、金田一シリーズの中で一番の傑作と評価されているのは演出家市川崑の才能と彼を取り巻く演技陣の結集の賜物といってよい。 第一作『犬神家の一族』でみせたケレン味は影をひそめ、ここでの市川崑は地味ながら非常に丁寧な演出をほどこす職人に徹している。 実際、二十七年。 鬼首村というクレジットがスクリーンに浮かび、落葉した林の中で抱き合いキスを交わす北公次と高橋洋子の火照った頬を捉えたファーストシーンから、温泉宿の亀の湯で石坂浩二と若山富三郎が四年ぶりの再会をはたす郷愁的なシーンまでが見事すぎるほど見事にキャメラに収められているのである。 映画における登場人物。 ことにミステリー物の場合は、とかくセリフが先行し映像がそれをなぞる役割を負わせられがちだが、さすがに市川崑は職人のことだけはある。 簡潔でシャープなカット(それはおもに顔のクローズアップなのだが)をたたみ掛けるように挿入するだけで、登場人物たちの心理的な人間関係を人物の顔とともに説明してしまうのである。 また、それによってサスペンスも生まれてくる。 市川崑の際立った才能はほかにもある。 自然描写の巧さである。 古い民家に迫ってくるような山の斜面。 ときおり挿入される落葉した白樺の枝。 室内から戸外を映すときのキャメラ位置。 こうした作品の雰囲気を醸す自然描写というのは誰にでも撮れそうにみえて、実はそうではなく、例えばマーティン・スコセッシなどは、しっかりキャメラを据えて風景を収める技量に欠けている。 『悪魔の手毬唄』が他のシリーズ作品より傑出しているといえるとすれば、この作品がミステリーの形式を借りた重厚な人間ドラマに仕上がっているからだろう。 それにしても、キラ星のように居並ぶ豪華な演技陣には、思わずため息が洩れる。 芝居好きの人間なら、この顔ぶれを見ただけでゾクゾクしてしまう。 新国劇から辰巳柳太郎。 新劇からは円の中村伸郎。 民芸の大滝修治。 青年座の山岡久乃。 文学座の加藤武。 喜劇界からは三木のり平。 そして極め付きは、アングラの女王こと早稲田小劇場の白石加代子。 石坂浩二、若山富三郎、加藤武、辰巳柳太郎、白石加代子が同じ空間で場違いな遭遇をはたすシーンを目撃するだけでも、『悪魔の手毬唄』を観る価値があるといってよい。 市川崑監督が彼ら俳優陣に対して、いかに敬意を払い深い愛情を抱いているか。 それは、登場人物一人ひとりのファーストシーンを観ればよくわかる。 魅力的な顔に収まった登場人物たちが、フィルムの中で艶かしく息づいているのだ。 人物が映画を生きているのである。 市川崑はクローズアップの撮れる映画作家なのだ。 最後に。 つかの間のひと時。 岸恵子と若山富三郎が縁側に腰掛け、ふたりきりの会話を交わす場面でのバストショットから、俯瞰気味のフルショットへの連携が生み出す、郷愁を帯びた美しさは、非常に貴重だとだけ云っておく。

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悪魔の手毬唄(1961) : 作品情報

悪魔の手毬唄 映画

【鬼首村手毬唄】 うちの裏のせんざいに すずめが三匹とまって 一羽のすずめのいうことにゃ おらが在所の陣屋の殿様 狩り好き酒好き女好き わけて好きなが女でござる 女たれがよい枡屋の娘 枡屋器量よしじゃがうわばみ娘 枡ではかって漏斗で飲んで 日がないちにち酒浸り それでも足らぬとて返された 返された 二番目のすずめのいうことにゃ おらが在所の陣屋の殿様 狩り好き酒好き女好き わけて好きなが女でござる 女たれがよい秤屋の娘 秤屋器量よしじゃが爪長娘 大判小判を秤にかけて 日なし勘定に夜も日もくらし 寝るまもないとて返された 返された 三番目のすずめのいうことにゃ おらが在所の陣屋の殿様 狩り好き酒好き女好き わけて好きなが女でござる 女たれがよい錠前屋の娘 錠前屋器量よしじゃが小町でござる 小町娘の錠前が狂うた 錠前狂えば鍵あわぬ 鍵があわぬとて返された 返された ちょっと一貫貸しました 引用:映画【悪魔の手毬唄】より 悪魔の手毬唄の舞台となる鬼首村には、歌に出てくる 秤屋(由良家)・秤屋(仁科家)・鍵屋(別所家) が出てきます。 昔は、 由良家 が村一番の権勢を誇っていました。 しかし、現在では 秤屋の(仁科家) が葡萄酒工場を開いたことにより、由来家は力を失っていきます。 そして、歌に出てくるそれぞれの家系には、年頃の娘が1人ずついます。 その娘さんたちが、【鬼首村手毬唄】の歌そのままに殺されていきます。 唄になぞらえて殺された人物は誰? まず、1人目。 枡屋の娘(由来家)の娘の 泰子。 唄にあるように、滝の途中に置かれた升から水が溢れ出て、口に差し込まれた漏斗に流し込まれるように細工され殺されていました。 死因は、絞殺です。 泰子は、青池 りかの息子の青池 歌名雄と恋人同士でした。 二人目は、秤屋の娘( 仁科家)の 仁礼文子です。 これも唄にあるように、秤の皿に正月飾りの大判小判が置かれた状態で発見されました。 葡萄酒の樽の中で死んでいました。 死因は、こちらも絞殺です。 死体を発見した別所辰蔵 (飲んだくれおやじ)は、びっくり仰天! 私もこんな死体を見つけたら、びっくりします。 葡萄酒も飲めなくなります・・・。 仁札 文子は、青池 歌名雄に恋心を抱いていました。 3人目は、鍵屋の娘である 別所千恵子 が殺されるはずでしたが、殺されたのは、 宿屋を営んでいる女将の青池リカの娘の青池 里子でした。 青池 里子は、半身の赤痣を持つ女性です。 里子の死体の前には鍵が置かれていました。 死因は、頭部の打撲です。 ということで、この3番目の殺人は、犯人のミスだということが分かります。 この時点で、誰が犯人か目星がついてくると思います。 そして、金田一耕助が宿で鏡に映った みかんを見て閃いたことが事件の解決への糸口となります! 最後に 原作者の横溝正史さんの金田一シリーズは、「八墓村」と「犬神家の一族」と「悪魔の手毬唄」を読みましたが、男女間の愛憎のどろどろが非常に多いように思います。 どうやら、横溝正史さん自身複雑な生い立ちが関係しているようです。 横溝さんのご両親は、お互い既婚者で子どもまでいたにも関わらず、不倫関係になりました。 その後、駆け落ちし横溝正史さんら兄弟が生まれたそうです。 そういった生い立ちが、作品に表れていますね。 ここまでお読み頂きありがとうございます。

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悪魔の手毬唄(1961) : 作品情報

悪魔の手毬唄 映画

【鬼首村手毬唄】 うちの裏のせんざいに すずめが三匹とまって 一羽のすずめのいうことにゃ おらが在所の陣屋の殿様 狩り好き酒好き女好き わけて好きなが女でござる 女たれがよい枡屋の娘 枡屋器量よしじゃがうわばみ娘 枡ではかって漏斗で飲んで 日がないちにち酒浸り それでも足らぬとて返された 返された 二番目のすずめのいうことにゃ おらが在所の陣屋の殿様 狩り好き酒好き女好き わけて好きなが女でござる 女たれがよい秤屋の娘 秤屋器量よしじゃが爪長娘 大判小判を秤にかけて 日なし勘定に夜も日もくらし 寝るまもないとて返された 返された 三番目のすずめのいうことにゃ おらが在所の陣屋の殿様 狩り好き酒好き女好き わけて好きなが女でござる 女たれがよい錠前屋の娘 錠前屋器量よしじゃが小町でござる 小町娘の錠前が狂うた 錠前狂えば鍵あわぬ 鍵があわぬとて返された 返された ちょっと一貫貸しました 引用:映画【悪魔の手毬唄】より 悪魔の手毬唄の舞台となる鬼首村には、歌に出てくる 秤屋(由良家)・秤屋(仁科家)・鍵屋(別所家) が出てきます。 昔は、 由良家 が村一番の権勢を誇っていました。 しかし、現在では 秤屋の(仁科家) が葡萄酒工場を開いたことにより、由来家は力を失っていきます。 そして、歌に出てくるそれぞれの家系には、年頃の娘が1人ずついます。 その娘さんたちが、【鬼首村手毬唄】の歌そのままに殺されていきます。 唄になぞらえて殺された人物は誰? まず、1人目。 枡屋の娘(由来家)の娘の 泰子。 唄にあるように、滝の途中に置かれた升から水が溢れ出て、口に差し込まれた漏斗に流し込まれるように細工され殺されていました。 死因は、絞殺です。 泰子は、青池 りかの息子の青池 歌名雄と恋人同士でした。 二人目は、秤屋の娘( 仁科家)の 仁礼文子です。 これも唄にあるように、秤の皿に正月飾りの大判小判が置かれた状態で発見されました。 葡萄酒の樽の中で死んでいました。 死因は、こちらも絞殺です。 死体を発見した別所辰蔵 (飲んだくれおやじ)は、びっくり仰天! 私もこんな死体を見つけたら、びっくりします。 葡萄酒も飲めなくなります・・・。 仁札 文子は、青池 歌名雄に恋心を抱いていました。 3人目は、鍵屋の娘である 別所千恵子 が殺されるはずでしたが、殺されたのは、 宿屋を営んでいる女将の青池リカの娘の青池 里子でした。 青池 里子は、半身の赤痣を持つ女性です。 里子の死体の前には鍵が置かれていました。 死因は、頭部の打撲です。 ということで、この3番目の殺人は、犯人のミスだということが分かります。 この時点で、誰が犯人か目星がついてくると思います。 そして、金田一耕助が宿で鏡に映った みかんを見て閃いたことが事件の解決への糸口となります! 最後に 原作者の横溝正史さんの金田一シリーズは、「八墓村」と「犬神家の一族」と「悪魔の手毬唄」を読みましたが、男女間の愛憎のどろどろが非常に多いように思います。 どうやら、横溝正史さん自身複雑な生い立ちが関係しているようです。 横溝さんのご両親は、お互い既婚者で子どもまでいたにも関わらず、不倫関係になりました。 その後、駆け落ちし横溝正史さんら兄弟が生まれたそうです。 そういった生い立ちが、作品に表れていますね。 ここまでお読み頂きありがとうございます。

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