東 吾妻 町 山野 こずえ。 教職員人事異動 : 茨城県 中学校・義務教育・日立特支 一般教職員 異動・退職等 2019/03/28

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東 吾妻 町 山野 こずえ

日本語学校支援ネットワークという組織が出来ており、その一員「日本アカデミー」の代表として会議に参加した。 一歩街に出れば多くの外国人留学生の姿が、日本人同様に目につく時代になった。 文化の違いもあって各地でトラブルも発生している。 彼らの多くは日本語学校に集まっている。 そこで日本語学校がネットワークを作って留学生を支援することは自然の流れである。 ネットワーク設置要綱の事務局は県警本部に置かれ、その目的には国際テロの未然防止が掲げられている。 オリンピックが近づく中、テロ対策は焦眉の急である。 国際テロ組織が日本語学校を利用することはあり得ると考えねばならない。 日本語学校に協力を求める警備部長の挨拶にも切実さが感じられた。 その一つに感染症の問題がある。 私たち日本人にとって結核は過去のものになっているといえるが、現在外国人が持ち込む結核が増えていると言われる。 私が関係する日本アカデミーには十数カ国から多くの外国人留学生が集まっている。 それぞれの国で衛生状態は異なり、国によって深刻な感染症も存在する。 チェックを受けて入国しても日本入国後に発症するケースもあるという。 東京五輪が近づく中で、感染症対策は思わぬ伏兵になる可能性がある。 先日のネットワークの会議では特に問題にされなかったが、多くの国から多様な留学生が集まる日本語学校に関する重大問題といわねばならない。 政府はインドと協力して23年度にも実現させたいとしている。 目的は月の南極に存在するとされる水の発見である。 月の南極地域は太陽光が届かないため凍った水(氷)が存在するという。 氷が発見されればそれは飲料水に利用できる他、水(H2O)から得られる水素(H)と酸素(O)をロケットの燃料として使うことができるから、月は将来の宇宙開発の拠点となる。 そればかりでなく、月は人類の新たな活動領域となるだろう。 月に居住する時代は夢ではないと思う。 かぐや姫の物語は子どもにとって魅力を失うかも知れないが、新たな壮大な夢が子どもたちの前に展開することになる。 理科教育の役割は大きい。 27日「ふるさと未来塾」の冒頭、私はうきうきと高ぶる気持ちを抑えて語った。 テーマはリンカーン大統領。 民主主義とアメリカの道徳を掲げて南北戦争を戦い抜きアメリカ分断の危機を救った。 初めに紹介した映像は粗末な丸太小屋である。 リンカーンはケンタッキー州のこの丸太小屋で生まれ、正規の学校教育もほとんど受けず第16代の偉大な大統領になり56歳で暗殺された。 ストー夫人の「アンクルトムの小屋」の主な舞台もケンタッキー州から始まった。 「塾」では、南北戦争に大きな影響を与えたということで、この物語も取上げた。 少年の頃、リンカーンはミシシッピー川を下りニューオリンズに行き、そこで黒人奴隷が競売にかけられ物として売買されている現実を見て衝撃を受けた。 北部は工業地帯で良質の労働力を求めて奴隷制に反対し、これに対し南部は綿花、タバコなどの大農国を支える奴隷労働力を必要としていた。 リンカーンは当初奴隷制反対よりも国家が分裂することを最も恐れていた。 リンカーンが大統領に当選すると南部は南部連合国を結成し南北戦争が始まった。 戦局は当初南部有利に展開する。 リンカーン大統領は戦争が進む中で「この戦いはアメリカの道徳が問われている」と強く主張して、遂に奴隷解放宣言を決断した。 今回の「ふるさと未来塾」のクライマックスはゲチスバークの戦いであった。 この最大の激戦で南軍のリー将軍は敗走する。 ゲチスバーグに於ける大統領の演説は簡潔で胸を打つ重要なものであった。 壇上で両手を広げて演説するリンカーンの絵を紹介しながら私は演説のポイントを示した。 「この戦いは民主主義というアメリカの大胆な試みを守りぬくための戦いなのです。 1776年我々の父祖は新しい国家を築きました」。 ここで私は1776年の独立宣言の要旨を説明した。 リンカーンは続けて強調した。 「この戦いはそのような国家が生き残れるかどうかを試す戦いなのです」。 そして最後に、リンカーンは私たちにも深く関わる重要な言葉を述べた。 「この神の国に新たな自由を生み出しましょう。 そして、我々人民の人民による人民のための政治を地上からなくしてはなりません」。 この「人民の・・・」の部分は日本国憲法の前文に結実している。 『ふるさと塾は私が大学で学んだことを社会に還元するためのボランティア活動です。 雨が気になるのは28日予定の「滝行」の実行が雨量にかかっているからである。 岩櫃山の麓にある「不動の滝」に挑戦することになっていた。 浅川修行僧の指導の下、黒人青年アラン君と私が参加する。 地下足袋とふんどしを用意し、毎早朝7杯の水をかぶる練習を重ねて私はその時を待った。 遠足を前にして天気予報に気をもむ小学生のようであった。 幸いなことに、27日台風6号は低気圧に変化したが激しい雨は続いていた。 私は勇躍出発した。 途中、見慣れた吾妻川は濁った激流がいつもより量を増して流れていた。 この流れに不動の滝の水が合流しているに違いないと思った。 県道を進むと吾妻の山々は深い緑に覆われ、重ねた稜線から雨上がりの白い霧が湧き上がっている。 車は原町に入った。 右手に東吾妻町役場が城郭のような姿を現した。 前方の陸橋の手前を左折し陸橋の下をくぐって北上する。 道に沿った小川は普段はチョロチョロと静かなのに、この日は音をたてて流れている。 私は怒った不道明王を連想しながら樹間の道を進んだ。 滝を見下ろす位置に立つといつもの数倍と思える水が落下し滝壺は激しく沸いているようだ。 滝行は出来るのか私は不安になった。 既に何人かのカメラマンが位置を求めて動いていた。 やがて修行僧とアラン君たちが着いた。 堂に手を合わせ「南無、不道明王」を七度唱えた。 私たちは周辺のゴミを拾い、ウォーミングアップに勤めた。 切り立った周囲の岩壁から滝を包むように壮厳な霊気が流れ出しているようだ。 古来、滝が信仰の対象であったことが頷けた。 「やるしかありません」と浅川さんが言った。 アラン君の黒い巨体が光っている。 私は地下足袋、アラン君は草鞋である。 滝に近づくと激しい飛沫が身を打つ。 僧侶、私、アラン君の順に巨竜のわき腹に突き進む。 どーんという衝撃を頭に感じ私は一瞬滝壺に押し込められた。 さすがにアラン君の巨体は耐えていた。 滝に立つ黒い巨体は不道明王に見えた。 滝から出たアラン君は「日本が好き、日本の文化に触れて嬉しい」と語った。 彼は日本アカデミーの留学生。 母国カメルーンで日本文化を活かしたホテルをやるのが夢なのだ。 (読者に感謝) 作戦会議は万場老人の生生塾で開かれた。 正助は、リー女史にも特別に参加をお願いした。 そして、権太とこずえも顔を連ねていた。 「いよいよですね。 万場先生。 私は小学校の校長を宣言し、隊列を組んで進もうと呼びかけました。 湯の沢は人権の大学だとも発言しました。 居ても立ってもいられぬ気持です」 「俺は県議会へ行きました。 牛川知事様にも会いました」 万場老人が言う。 「牛川さんは理想の療養所を作れと請願し、木檜代議士は、国会でこの湯の沢のために熱弁をふるった。 そして、安田内務大臣をこの湯の沢に、そして、こともあろうにこの生生塾にまで案内した。 あれを忘れてもらっては困る」 リー女史が言った。 「あの時、森山先生が私を紹介されました。 そして、私はこの人々をお守り下さいと申し上げました。 そしたら、大臣は、よく分かりました、あなたの国には日露戦争で大変助けられたので、と申されました。 今の状況はイギリスとの関係が悪くなりそうで心配です」 その時、権太が言った。 「俺も人生で二度とねえ大芝居をやった。 正助に言われた通り、火の見に登って半鐘をありったけぶっ叩いたぞ」 「おお、あのジャンジャンはいかにも効果的でありました」 水野高明は権太の顔ににっこりと笑顔を向けて言った。 万場老人はこずえに発言を促す表情を向けて言った。 「こずえ、お前も役割を果たした筈じゃ。 みんなが力を合わせたことを語り合って、今後に繋げることが、今日の会議の重要な点じゃ」 「まあ、私のしたことなど、ちょっとしたことです。 お役に立ったのかしら。 ご隠居様がおっしゃることは、住民集会で私がたすきをかけて字を書いたことでしょうか。 恥ずかしいわ」 「いや、こずえのあのたすき姿は絵になった。 10月1日、人々の不安を煽るように白根山が大爆発を起こした。 ドドーン。 轟音が草津から六合にかけての山野を震わせた。 硫黄採取中の人夫五名が死亡したと伝わる。 湯の沢の人々には、山の神が怒りを現しているように思えた。 また、自分たちの前途に訳の分からぬ不安が横たわっていると感じられて怯えた。 そして更にこの年、12月16日、国立療養所草津栗生園の開所式が行われたのだ。 前年の6月に建築工事が始まったばかりである、諸施設の完成などはまだまだで建設途中の開所式である。 国立療養所の建設を急ぐ国策に基づいて、反対も予想される状況の中、とにかく作るのだという国の強い意志を宣言する意図が窺えた。 内務省予防衛生局長等の関係者が出席。 その中に地元代議士木檜泰山や何人かの県会議員の姿も見られた。 長島愛生園に次ぐ第二の国立ハンセン病療養所の主な目的が湯の沢の患者の収容であることは明らかであった。 それが現実に動き出したのだ。 万場軍兵衛や正助たち、湯の川地区の住人は不安が具体化していくことに戸惑った。 ハンセン病の光はどうなるのか、湯の沢開設以来の歴史はどうなるのか。 国や県の約束は果たして守られるのか。 ある日、明星屋の客、水野高明が正助を訪ねて言った。 「正助君、このまま黙って見ているだけで、事がうまくいくと思うのは甘いのではないかね。 権利とういうものは、闘って勝ち取るものなんだよ。 私は、学生にこのことを教えてきたが、今、現実に囲まれて心配なのです」 「先生、俺も不安です。 国が大変な時なのに、この湯の沢のために、莫大な金を出してくれるのでしょうか。 国の真意は何ですか」 「そこなのです。 うまいことを言って、我々を隔離することを狙っているのではないか。 君から万場先生に話してくれたまえ。 作戦会議を開きましょう」 「分かりました。 早速話します」 正助が水野の意図を伝えると、万場老人も同じ思いでいることが分かった。 私が注目するのは「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」患者の舩後靖彦氏及び重度障害者の木村英子氏である。 国会のこれまでにないバリアフリー化が必要になる。 この2人は採決につきボタンを押すことが難しいという。 また舩後氏は声を出せず目や口の筋肉の動きと文字盤で意志を伝えたり歯で噛むセンサーでパソコンに文字を入力して表現すると言われる。 私は、あの車イスの天才物理学者ホーキング博士を思い出す。 彼は20歳の時、この筋萎縮性側索硬化症に罹った。 ホーキング博士は通常に言葉を発言できない状態で天体物理学の世界で革命的な業績をあげた。 国会は言論の府である。 参議院はその威信をかけて二人の難病者の言論を助けなければならない。 私は、二人のことをまだよく知らない。 殊にALSの舩後氏のことはよく分からない。 この人が国会で質問する姿に多くの国民が特別に注目するに違いない。 難病に苦しむ人々に大きな勇気を与えるだろう。 彼らは初めて自分たちの代表が国会で議席を得て発言することに胸を躍らせるのではないか。 私は国会が質的に変化するきっかけになることを期待する。 前橋で所によって、6時間で26ミリを観測した。 深夜の闇の中、天から滝が落ちているような恐怖を覚えた。 時々響く雷鳴に柴犬の三太が怯えて狂ったように鳴いた。 私は異常気象が遂に身近に迫ったことを実感した。 このような局所的豪雨は、これからどこでも降ることを覚悟しなければならない。 群馬県は大丈夫というのは神話に過ぎないことを知る時が来たと思う。 このような異常豪雨が土砂崩れ危険地域を襲ったなら、何百年と続いてきた断崖絶壁は持ちこたえることは出来ないだろう。 本格的な災害の時代に入ったことを痛感する。 第一原発の6基は廃炉が決定しているが、今度第二原発の4基が廃炉になることが正式に決定され表明された。 これで福島県は県内の原発10基が全て廃炉となる。 しかし大きな問題は未解決で残る。 それは核燃料を最終的に処分する所がないことである。 トイレのない高級マンションと言われるゆえんである。 前回、昭和39年の東京五輪を振り返ると、あれは日本の社会を大きく変えた。 55年が過ぎ、この間世界の情勢は激しく動き日本も大きな変化を遂げた。 このような状況で開かれる今回の東京五輪は日本にとって、また世界にとって極めて大きな意味を有するに違いない。 私は今回の五輪を考える上で重要な視点が二つあると思う。 一つ目は五輪を囲む困難な状況を克服して成功させねばならぬこと。 二つ目はこの五輪がもつ大きな意義である。 両者は密接に関連する。 大きな意義のためにも困難を乗り越えねばならないからである。 夏の酷暑、交通問題など様々あるが、私はテロを最も恐れる。 期間中、一千万人を超える人々が訪れると予想されるが、前回と大きく異なることは国際テロが一層激化している点である。 手段も巧妙化している中で防ぎようがないのではと恐れる。 治安当局は最も神経を使っているに違いない。 平和の祭典は一つのテロ行為によって崩れ去る累卯の危機にある。 宗教、人種、難民、経済等々について対立を激化させ、多くの指導者は自国第一主義を掲げている。 オリンピックは平和の祭典である。 共に汗をかき心を一つにすることで世界の平和に繋げねばならない。 現在の世界情況を考えると日本で五輪が開かれる意義は誠に大きい。 日本が、そして日本国民が試されている。 この祭典が人間尊重、平和主義、国際協調を高く掲げる日本国憲法の下で行われることに歴史的な意味がある。 これに対し原告団長は控訴せずの決断に謝意を述べ「無知こそ差別の始まり、社会の誤った認識を正す啓発と教育に私たちの声を生かしながら国の総力をあげて取り組んで頂きたい」と訴えた。 私は小説「死の川を越えて」の中で、「無知が差別を生み国の誤った政策がそれを助長する」と訴えた。 今回の判決の中で裁判長は文科相の責任を指摘した。 教育界は重く受け止めて対応すべきだ。 草津楽泉園の差別の現場を人権を学ぶ場にしたいとの願いで「人権の碑」の建立が完成に近づいている。 除幕式は11月15日の予定である。 大きな流れが起きている。 「東大駒場講義録」で、副題として「地球・生命・文明の普遍性を宇宙に探る」がついている。 新書版で因みに値段は150円。 この副題に引かれて買うことになった。 この講義録は2005年に東大駒場で、理科系の学生を対象になされたものだ。 東大は2年生までは駒場で教養を学ぶ、そして3年から本郷の専門課題に進む。 この講義のことは話には聞いていたが、古本屋で手にして中味については何かを感ずるまで、心を動かされることはなかった。 私の心動かしたのは、知との遭遇と言えた。 諺に「心そこに在らざれば見れども見えず」という。 目に映ってもそれだけでは心に入ってこないのだ。 副題の「地球・生命・文明の普遍性」に関しては壮大な意味が込められている。 真理について熱い好奇心があれば目を輝かせるのが自然である。 最近の東大生には目に輝きがないと言われる。 本郷へ進み上級になればなる程、学生の目に輝きが感じられない。 講師の松井教授はこの現実を憂えたが駒場の学生にはまだ輝きがあると聞き、それでは講義したいと思った。 これが11回に亘る講義企画の動機である。 「目の輝き」は現代の教育、特に東大がかかえる大きな問題を示唆していると思う。 私は好奇心に目を輝かす思いで読んだ。 先ず、生物学の「普遍性」について教えられた。 生命について普遍性を問題にするなら、生命が地球だけでの存在であってはならない。 他の惑星にも生命があってこそ生命の存在は宇宙で普遍的なものと言える可能性が生まれる。 今必死で科学者が地球外で生命を見つけようとしている意味はここにある。 松井教授はこの地球にも生命の普遍性に通じる証拠があると誠に興味ある話をされた。 例えば何百気圧の海底下の300度の熱水噴出孔のまわり、南極の氷の下、地下深くの高温高圧下でも奇妙な生きものがうようよいる。 このことは他の惑星にも生物が存在する可能性を物語ることだというのだ。 限りない好奇心を駆り立てる材料を教育の世界は活かせないのだろうか。 「はやぶさ」の快挙はこの流れの中にあるのだ。 題は「アンクルトムの小屋」と「リンカーン」。 この話は、私の別の講義「へいわ845」で十数回に亘って行った。 ここで話したことは今日の民主主義及び世界の平和と人権を理解する上で非常に重要である。 聴講者の姿勢に手応えを感じたこともあって塾でやる気になった。 ふるさと塾は私が力を入れる歴史の舞台。 アンクルトムもリンカーンも現代の課題と結びついている。 南北戦争の前夜、小説・アンクルトムの小屋はアメリカの白人社会に大きな衝撃を与えた。 黒人奴隷を競売にかけ物として売る制度が公然として行われていた。 母と子が引き裂かれて売られていく黒人家庭の悲惨さを描いた小説は新聞連載の後出版され、初めて百万部を超えるベストセラーとなった。 リンカーンは、著者ストウ夫人のことを「戦争を巻き起こした小さな夫人」と呼んだ。 小説の舞台はケンタッキー州から始まった。 リンカーンもケンタッキーで生まれた。 奴隷制度をめぐり南部と北部は激しく対立していた。 南部の大綿花地帯を支えるのは奴隷の労働力であった。 リンカーンはアメリカが二つに割れることを何としても避けたいと思っていた。 南北戦争は5年に亘って行われ60万人を超える死者を出した。 最大の激戦地となったゲチスバークの式典でリンカーンは「人民の、人民による、人民のために政治」を説いた。 この言葉は日本国憲法の前文に取り入れられている。 リンカーンは南北戦争の中で奴隷解放宣言を行った。 この宣言はアメリカの民主主義の精神を象徴する歴史的な政治文書である。 リンカーンがトランプと同様共和党出身の大統領であることを知らない人が多い。 私は、トランプ現大統領と比較して話すつもりだ。 アメリカの民主主義の危機が明らかにされる。 南北戦争はアメリカの建国の精神である「神の下における人間の平等」をかけた戦いであった。 結果は予想通りで、与党は大勝したが憲法改正に必要な「三分の二」には届かなかった。 「ふるさと塾」では、日本国憲法の基底にあるアメリカの建国の精神にも触れたいと思う。 浅川修行僧、私、アフリカ、カメルーンのアラン君の3人である。 妻がフンドシを求めたが店にはなかった。 メンズクラシックパンツと呼ぶそうだ。 死者数は20日の段階で34人となった。 京都府警は逮捕状を取る前の段階で容疑者氏名を青葉真司と表した。 さいたま市在住の41歳と報じられている。 容疑者本人が重傷を負っているので動機はよく分からない。 身柄を確保された際「小説を盗んだことに不満があった」と述べていたとされる。 コンビニ強盗の犯罪歴がある。 妄想を膨らませての逆恨みの可能性がある。 近くのガソリンスタンドでガソリン40リットルを購入して犯行に使ったとされる。 大量殺人の手段といえば世界の流行は爆弾であるが、今回は容易に入手できるガソリンが使われた。 携行缶で運ぶ行為は普通の市民の姿である。 そして、その威力は爆弾に劣らない。 私は模倣犯の発生を恐れる。 今回の事件は盲点をつかれた感がある。 治安当局は、この事件を市民社会に対する新たな挑戦と受け止めねばならない。 両選挙とも大きな論点があるので結果が注目される。 参院選では、安倍首相が憲法改正を強く望んでいるためにその条件がクリアできるか否かが焦点になっている。 憲法改正の発議には衆・参それぞれで、総数の三分の二以上の賛成を要するとしているのだ。 今夜の開票はこの点に多くの注目が集まるに違いない。 日本の運命がかかるといっても過言ではないのである。 このところ何回か「観光」がテーマになっており、今回は群馬県観光局長を講師に招き県の方針及び観光を取り巻く情勢を学んだ。 外国人が大挙押し寄せる時代になったが、このような事態はかつて全く予想外であった。 群馬県としてはこの流れをいかに群馬に引き寄せるかに知恵を絞らねばならない。 群馬には豊かな自然・災害が少ないことなど「売り」が多く存在する。 それをいかにアピールするかが一つの課題となっている。 知事が変わることは政策に関しても大きな節目である。 新知事には群馬を変えるために思い切ったことをして欲しいが、観光はその第一である。 この省とは先日、群日中との間で文化やスポーツの交流に関して協定を結んだ。 同省との交流が今後大きく進むに違いない。 読者に感謝 「立憲主義とは何ですか」 「憲法によって、政府の勝手を許さぬ仕組みじゃ。 帝国憲法は議会を定め統治権の乱用を戒めている。 不十分とはいえ三権分立で人道主義を目指している。 この帝国憲法、そして現実の人道主義が物差しだと思う。 今の軍国主義の動きは立憲主義に反し国民を不幸に導いていると思えてならん」 「先生、俺は難しいことは分からねえ。 民主主義も独裁主義も俺たちには当てはまらねえ気がします。 結局、つきつめれば俺たち国民を幸せに出来るかどうかではないですか」 「その通りじゃ。 よくぞ申した。 わしは難しい理屈を言っただけ。 理屈ではない。 政治の目的は国民の幸せを実現すること。 何々主義はこれから時間をかけて勉強するがよい。 今言えることは、現実の独裁政治が国民を不幸にする方向に進めている不安なのじゃ」 社会改革及び政治改革は本来なら平和的手続き、即ち民主的ルールにのっとって行われるべきであるが、非常時の手段として、暴力的手段がとられがちだ。 軍部の独走と並行して、また、軍部の独走を支える思想、ファシズムが台頭していた。 平田知事の時代は、極く短命で終わり、昭和7年の知事は金沢周であった。 金澤知事は、「政友会知事だから政友会のために思い切ってやる」と言って憚(はばか)らなかった。 そこで 、この年の11月議会は政友会、民政党の対立乱闘となり全議案審議未了という前代未聞の事態が発生した。 このような別の次元の政治的混乱の故か、この年県議会では、ハンセン病については目立った動きは見られない。 しかし、湯の沢に関しては重大事が進行しつつあった。 昭和7年6月28日、国立草津栗生園の地鎮祭が執り行われた。 幕を巡らせた中で、白い装束をまとった神官が祝詞をあげ榊を振っている。 湯の沢の人々はそれを遠くから不安に駆られて見守った。 教会の雰囲気も人々の心を厳粛にさせたようだ。 その中で、リー女史の真心が人々に伝わった。 そして、人々は世界で大変な動きがあり、その渦中に、この湯の川地区と共に自分たちが呑み込まれていくことを感じたのだ。 四 遂に草津栗生園開く 昭和6年は慌ただしく去り、日本は昭和7年という逆巻く激浪の中に突き進む。 水野法学士が早くも情報提供した満州国建国はこの年3月に実現し、世界に衝撃を与えた。 世界大恐慌の影響は依然深刻で、特に農村の疲弊はその極みに達した感があった。 このような社会状況を打開するために、個人個人の意見を尊重する議会や民主主義の制度は無力に思われた。 多くの人は、非常時の最も効率のよい政治体制は独裁主義であると考えた。 だから正助は人間の平等と民主主義の素晴らしさを熱く聞かされ混乱した。 正助はいずれが正しいのか苦しんだ。 そして避けてはならない重大問題だと思った。 「先生、民主主義と独裁主義、どちらが正しいのですか。 俺には分からない。 民主主義はきれいごとの理想主義に聞こえます。 かといって独裁主義は時代遅れの野蛮な制度で江戸時代に逆戻りするようにも思えちゃう」 「うむ、お前が迷うのも当然じゃ。 非常に難しい問題で、わしとて一刀両断にこうだとは言えぬ。 じゃがな正助よ、人間を大切にするのが民主主義じゃ。 確かに民主主義は効率が悪い。 非常時に重要なことを即座に決めることが出来ないように見える。 根本のことは、人間を大切にするか目先の利益を重視するかなのじゃ。 民主主義の難しい点は他にもある。 民主だから民が決める。 民が賢くなければ間違った決断をするということじゃ。 今、ドイツでも日本でも1人1人の人間の自由よりも国全体の当面の利益が重視されておかしな方向に向かっている」 「人間を大切にするというのは漠然として大変難しいですね」 「うーむ。 難しい。 絶対の物差しなどない。 現実と離れた理想は物差しにならぬ。 私は午後あることを思い立って吾妻町の嶽山の麓に向かった。 途中渋川のカインズで地下足袋を買う。 不動の滝に打たれるためである。 一人で滝に臨むことを人に話せば反対されるであろう。 十分用心して足を踏み入れようと決意した。 浅川熙信僧侶の呼びかけで参加するもう一人はアフリカ・カメルーンの若者アラン君である。 先日、打合せで会ったが見上げるような体格の日本アカデミーの生徒である。 私はこの巨体がフンドシ一つで滝に打たれる姿を想像した。 落下する水の中で黒い巨体が手を合わせる様は正に不動明王だと思った。 浅川師は両手を合わせ腹のあたりから声をあげ「南無不道明王」と叫ぶことを指導した。 28日、午後一時の滝行はこの僧侶を含め3人が参加する。 私は滝の縁に立った。 先日下見した時より落下の水量は増していた。 滝壺は黒く不気味であるが浅川師の話では胸位の深さとのことだ。 私は衣服を脱ぎ半ズボンと地下足袋をつけた。 腰をかがめ両手で水をすくって顔を洗い、胸に水をあてた。 見上げると黒い岩壁を裂くように水は落下し、頭にしぶきがかかる。 私は恐る恐る探るように足を踏み入れた。 落下する滝の側面から頭を突っ込むように進む。 手を合わせ大声で叫んだ「南無、不道明王」。 滝の中で寒さは感じない。 轟々と響く水だけの世界。 不思議な緊張感が私を包んでいた。 私は短時間の滝行を2回行って水の外に出た。 「やったぞ」、私は滝を見上げて叫んだ。 爽快なものが頭を支配し胸が躍るのを覚えた。 古来の滝行には時代を超えて伝えるべきものがあるに違いない。 アフリカの黒人青年アラン君は日本の伝統文化に接し何を学ぶであろうか。 私が28日に滝行に挑戦すると話すと、彼女たちは興味を示し私は応じて自分のことを語った。 ハンセン病の話になった時、一人の女性が昔の体験を語ったのだ。 村の娘がハンセン病の人を結婚し2人の子を設けたが子どもは学校で「うつる」といじめられた。 母は他県へ子を連れ出し絞殺し、自らも命を絶ったという。 当時大騒ぎになったと女性は語った。 最近熊本地裁で家族訴訟が勝訴になったことを私は説明した。 ハンセン病に関するいじめの根がいかに深いかを私は滝の音を聞きながら噛み締めた。 私はハンセン病に強い関心を抱く者として胸がふくらむ。 今、人権の流れが大河のように勢いを得ている。 2001年に元患者の勝訴判決が熊本地裁で確定した。 当時の小泉首相が決断して控訴が断念されたからだ。 今度はそれを受けた形で判決が下され、やはり首相の英断が示された。 今回は、元患者の家族が原告となったものであり家族の苦しみも筆舌に尽くし難いものであった。 私は草津湯之川から始まるハンセン病患者のドラマを上毛新聞に約1年連載し、それは上下巻として出版された。 「無知が誤解と偏見を生み、国の政策がそれを助長する」。 私はこのことを基底に据えて筆を進めた。 小泉首相、福田官房長官をモデルにした人物にハンセン病の患者たちが必死に働きかけ控訴を断念させる場面は下巻における山場の一つとなっている。 群馬の草津には隔離政策の象徴である重監房があった。 特別病室とは名ばかりの実態は身の毛もよだつ「悪魔の牢獄」である。 ハンセン病の権威と言われた男が先頭に立って隔離政策を押し進めた。 この人物はハンセン病に関する功績で文化勲章を受けた。 安倍首相は、談話の中で「極めて厳しい偏見、差別が存在したことは厳然たる事実」、「政府として改めて深く反省し、心からお詫び申し上げます」と謝罪した。 当然である。 基本的人権の尊重は、普遍の原理であり、憲法を改正して否定しようとしても、それは不可能である。 安倍首相は現在憲法改正を高く掲げて国政及び選挙に臨んでいるが、ハンセン病に関して人権への理解を示せないようでは、憲法改正を口にする資格はないと私は言いたい。 これを取り除くことは容易ではない。 勝訴を勝ち取ったと油断してはならないのだ。 偉大な歴史的成果に違いないが一歩と考えねばならない。 判決の中で文科相の責任が指摘されたが、教育界が果たさねばならぬ使命は極めて大きい。 学校はこれまで、人権教育として十分なことをやってこなかったことを反省すべきである。 この判決を機にハンセンの切り口から人権教育を進めるべきである。 生きた教材とすることによってハンセンの犠牲者も救われるのである。 何度か子を産んだが、子育ての時は犬が近づいたりすると猛然と立ち向かっていった。 このような時、人間の社会では若い母親が子どもを飢えさせて遊び回る事件や虐待が絶えなかった。 「トコの方がずっと偉い母親だ」と言って私はトコの頭を撫でた。 マグロの刺身が好きだった。 その日も、弱って「オーン」と悲しげな声を出していたので私はブツを買ってきた。 それを美味しそうに食べた後、夕方見えなくなった。 食事を囲むトコに魚などを砕いて食べさせているのは私だけだったので、トコは私の左足から見上げ箸の先のエサにシャっと手を伸ばす。 私はふざけながらやるので時々トコの爪が私の腿をかすめる。 今私の身体に爪の跡がいくつも残っている。 私の身体に爪痕を残してトコは去って行った。 寒いような雨の日が続く。 どこかの草の中でじっとうずくまっている姿を想像するのは辛い。 忠犬ハチ公を思わせる程私になついていた。 幾日か出張などで家を離れると、帰った時飛びついて大変だった。 私はいつも冗談に語っていた。 「あの世に行った時まず会いたいのはナナだ」と。 あの世とやらはどんなところか分からないが、ふと気づくと傍らにうずくまっているナナがいる。 「お前は俺を待っていたのか」と言って頭を撫でる。 私はそんな光景を時々想像したのである。 今、あの世で会いたい存在にトコが加わった。 犬と猫は感情の現し方が違う。 トコはどんな顔で私を迎えるのか。 動物は言葉がないだけに、こちらの思いが余計にふくらむとも言える。 可愛かった動物は心の友である。 ペットなどと軽い表現は使いたくない。 書斎の外でサンタが泣いている。 こちらは柴犬で落ち着きがない。 少年の頃好きだったラジオドラマ「三太物語」の三太少年の名である。 三太はいたずら少年で、どこか私と似ていた。 ドラマはいつも「おらあ三太だ、ある日のことだ」で始まった。 美しい花荻先生が登場する。 三太はこの先生が好きだった。 先生はよく気絶した。 先生の机からヘビが出てくることもあった。 三太のいたずらであった。 野生が遠ざかり、ギスギスした社会になった。 動物たちとの接触はせめてもの救いである。 動物虐待が続く。 人間の心から余裕が失われ心が貧しくなっていくことを物語るものだ。 トコよ、もう一度戻ってこい。 「太陽系の歴史のかけらを手にいれた」と44歳のプロジェクトマネージャーは輝く表情で語った。 私は宇宙時代が遂にここもできたと驚き、日本の技術がこれを成し遂げたことに感動した。 2010年(平成22)に初代の「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」に探査機を着陸させた時私は驚愕してそれをブログに綴った。 今回それに劣らず感動したのは、まぐれではない、日本の技術が定着したという思いと、太陽系の真実及び私たちの生命の起源とに迫ったという快挙故である。 「太陽系の歴史のかけら」という表現は私の好奇心をかきたてた。 アポロの月着陸以来、人類の宇宙時代は急速に進んでいる。 しかし、果てしない宇宙の大海原を考えればほんの小さな一歩に過ぎない。 今回の成果はオリンピック後にはやぶさ2が無事帰着した時明らかになる。 それが待ち遠しい。 科学がいくら進歩しても人類は旧態依然である。 この分だと、他の宇宙に存在する生命に遭遇したとしても、その先の関係を築けないまま人類は滅亡してしまうに違いない。 愛猫のトコが姿を消した。 猫は死ぬ時、姿を隠す習性があるという。 天下騒乱の時、たかが猫と思うが、我が家にとってはされどトコなのである。 およそ18年の生であったが様々な思いが結びつき癒しの存在であった。 美しく賢い雌猫で、誰もが誉めた。 目の前に、書斎の私の原稿に手を置くトコの写真がある。 深夜、ほぼ決まった時刻にガリガリと扉をこすった。 最近はすっかり骨と皮ばかりになって、かつての美しい面影はうせ、この夏は越せないだろうと危うんでいた。 前歴は野良であった。 ある冬の日に紛れ込んできた子猫を家内が二階のベランダの隅でかくまって保護していた。 私が猫嫌いだったからだ。 その後、賢いトコは巧みに私にすり寄り、気付いた時は私にとってなくてはならない存在になっていた。 美しい女性に弱いと笑われた。 家内とは特別関係であった。 トコが元気な頃は家内の散歩について行ったが、歳をとると途中で待っているようになった。 家内は毎日泣いている。 ふっと帰ってくるような気がする。 雨の中に消えたトコ。 私は、トーモロコシ畑を捜した。 娘は「お星さまになった」と言うが、私の心はまだそこまでいかない。 トコよ。 (トコとの別れ・その1)読者に感謝 どっと拍手が起きた。 この時、拍手に刺激されたように法学士水野高明が立ち上がった。 涙を拭っている。 「リー先生、有り難う。 感動しました。 私は人間の平等、人権、民主主義を若者に話してきたが、本当の意味が分かっていなかったと、今気づきました。 あなたは、この湯の沢で日本人の本当の姿を知ったのですね。 そして、湯の沢をハンセンの光、喜びの谷と表現された。 差別と偏見で虐げられた中に真実があること、しかも最も悪い状況の中に光があること、それがあなたの神の現われであること、それをあなたは知ったのですね。 私はキリスト教徒ではないが、今の話からハンセンの光、そして喜びの谷の真の意味を知った。 あなたがキリスト教徒だということは知っていたが、なぜ財産を捧げ、生涯を捧げ、こんな山奥で嫌な顔をせず頑張るのか、初めて分かりました」 リー女史は、それに応えて言った。 「このようなことを初めて申し上げましたが、そのように受け止めて下さり、私はとても嬉しいし幸せです。 この集落の人に喜んで頂くことが、神様が下さる最大の報酬なのです」 人々の間にまた拍手が起きた。 水野は大きく頷きながら言った。 「現実に話を戻します。 満州国を作り、中国と全面対決、そしてアメリカと全面対決となれば、日本の未来はありません。 アメリカと戦争になれば、イギリスとも戦争になることでしょう。 そうなれば、リー先生、あなたのことが心配です。 人間の平等とか、民主主義などと言っておれなくなります」 「はい大変心配でございます。 私の父は軍人でした。 私が小さい時に亡くなりましたが、アメリカとイギリスは、兄弟以上で、切っても切れない仲だと申していたそうで、母がそう教えてくれました、歴史を振り返れば、その通りだと思います。 日本はアメリカ、イギリスと戦わないで欲しいと思います。 アメリカとイギリスの歴史の基礎にあるものは、人間の平等と民主主義です。 正助が口を挟んだ。 「満州国が日本のあやつり人形だというのはどういうことかよく分かりません。 水野先生、俺たちに分かるように説明して下さい」 「わかりました。 満州国を知るためには中国の清王朝の歴史を語らねばなりません。 日清戦争を戦った清です。 清の祖先は満州に住む民族でした。 清は滅び、最後の皇帝溥儀(ふぎ)はひっそりと隠れるように暮らしていました。 これをかつぎ出して利用したのが関東軍でした。 溥儀が祖先の地満州に帰り、昔の栄光を取り戻すために国を建てた。 それが満州国だというのです。 勿論、日本が作った筋書きです。 よくも見事な筋書きを思いついたものです。 この満州国を世界は認めないと思います。 特に日本とアメリカとの関係は決定的に悪くなるに違いない。 中国人の反日運動は増々激化する。 下手をすると、アメリカとの全面衝突は避けられないでしょう。 リー先生はイギリスの出身でいらっしゃいます。 日本のこの動きをどうお考えですか」 「私の国も長い歴史の中で中国と関わってきました。 アヘンを売りつけて、中国の人々を苦しめたこともありました。 世界の先進国が中国を苦しめてきたことを私は悲しく思ってきました。 私の国、イギリスは日本国を尊敬し、日本と良い関係を続けて参りました。 私はこの湯の沢に入り、日本人の本当の姿を知りました。 真に平和を愛する国民です。 礼節と信義を重んじて助け合い、小さな喜びを見つけてそれを大切にする習慣に感動しています。 そんな平和で優しい国民なのに、国全体となると恐い国になることが不思議です。 万場先生は、この湯の沢をハンセンの光が出る所と申し、私は喜びの谷と表現しましたが同じことです」 万場老人が深く頷き、正助はそっと手を叩いた。 リー女史は頷いて続けた。 「私の国イギリスが大切にする価値の根源は人間の尊重ということです。 この価値を守るために多くの血が流されました。 それを支える力は、人間は神の前で平等であるというイエス様の教えです。 私はイエス様に導かれてこの湯の沢に来ました。 病をもつ人々が助け合って代表を選び話し合いで集落のことを決めていく姿は、人間の平等を実現するデモクラシー、つまり、民主主義に他なりません。 「先生、俺イギリスのことも知りたいんで、リー先生にも参加してもらったらどうですか」 「うむ。 それは名案じゃ。 御二人にはお前が連絡して進めてくれまいか」 正助がそれぞれと会って日時と話題を調整しているうちに、意外な展開となった。 湯の沢と我々患者の共通の運命に関わることだから、改めて生生塾を開いて取り上げようということになった。 そして、難しい問題だから一工夫して万場老人、水野法学士、リー女史の話し合い形式にし、正助が司会をすることになった。 会場は聖ルカ教会である。 当日、何事かと多くの人が集まった。 正助が前に出て言った。 「皆さん、驚いたでしょうが、今回はこの教会が会場になりました。 私が司会の役目をさせて頂きます。 皆さんに代わって質問を挟むこともあると思います。 不慣れですが宜しくお願い致します。 万場先生から発言を願います」(月火掲載) 万場老人は頷いて口を開いた。 「水野先生、あなたは、人権の歴史などを九州の大学で講義していた専門家です。 癩予防法が出来、国立収容所の建設が始まりました。 わしは最近、朝鮮から手紙を受け取りましたが、満州で大変なことが進んでいるらしいのです。 アメリカとの間で戦争になるのか心配です。 ドイツではヒトラーが台頭しています。 どうなるのでしょうか」 水野高明は、眉間にしわをつくり深刻な表情で言った。 「戦争が近づいています。 既に戦争に入っていると言っても過言ではないと思います。 中国、満州の侵略がこのまま進めば、アメリカと衝突するのは確実です。 実は、私の教え子が関東軍の中で働いているのですが、この男が、最近、日本に帰って驚くべき事実を話してくれました。 この男は、アジアの諸民族の発展のためだと信じて、得意そうに話すのです。 彼によれば、満州国の建国が進んでいて、もう発表する段階に来ているというのです。 それは、形は中国人による中国のための理想の国家の実現です。 教え子はそれを信じているようです。 しかし、私は日本のあやつり人形だと思っています。 いわゆる傀儡(かいらい)国家です。 楫取素彦の映画鑑賞会、中国大使館参事官との会食、日中友好協会総会と続いた。 参事官の講演は好評であった。 映画は法人会女性部の人たち百人以上が観た。 映画・「楫取素彦物語」はヒューストン国際映画祭でグランプリを得た。 私は冒頭の挨拶で楫取が廃娼で金字塔を建てたと言われるゆえん、人権と女性などについて話した。 日本と中国は有史以来の深い関係にあり、またアメリカは運命共同体ともいうべき存在である。 日本は東洋西洋両文明に根を下ろしている。 現在世界の平和にとって必要なことは両文明の補完と調整を図ることであり、それを成し得るのは日本のみという信念を私はもっている。 このことを意識しながら私は日本の役割を話した。 そして、群日中は平成25年3月、日中両国が最悪の状況下で船出したこと、国同志は険悪でも民間の交流がそれを乗り越える上でいかに重要かということを経験に基づいて語った。 民間の交流の重要さについては倪健(ニージェン)参事官の考えと共通するものがあった。 私の挨拶に続いて行われた参事官の講演は符合するかのように人々の胸に届いたに違いない。 参事官は「日中は新しい時代に入った。 民間は意識の改革が必要」と訴え次の点を強調した。 「中国の観光客は東京に集中している。 民間が理解し合うためには観光客を全国に広げるべきだ。 そして、買い物のツアーで終わらせるのでなく、これを利用して交流を図るべきだ」と。 この点は先日、孔中国大使が着任のレセプションで、出来るだけ日本各地を回り、日本を良く知りたいと語っていたことと通じるに違いない。 また、参事官は中国共産党を理解してほしいと語った。 伝統的共産党と違うことも述べた。 私には、世界に飛躍する現在の中国の真実を訴えようとしていると思われた。 私はあの天安門事件の惨状と最近の香港の民主化デモを想像しながら聴いた。 「中国の制度は中国国民が選んだ道です」、「習主席が来年天皇を訪問するのは日本を尊敬することを意味します」という言葉も私の胸に響いた。 実りある会だった。 人口減少社会がそれを不可避にしているのだ。 外国人との共生は日本の社会を本質的に変化させることになるに違いない。 漫然とその流れを許すことは日本の危機に繋がると思う。 私は欧州が直面している移民問題を知ってそれは日本の将来の姿かと思ってぞっとする。 欧州北欧の世論調査では圧倒的多数が移民政策を否定している。 これが極右躍進の背景であることは明らかだ。 安価な移民への依存は始めたら止められない麻薬となっている。 治安の悪化は酷いものである。 しかし、もっと深刻なのは移民受け入れ先の文化や伝統や価値観が崩れていくことだ。 それは享楽に酔い、欲望の流れに身を任せる現状があるからだ。 児童虐待が絶えない。 また、昨日あたりのニュースでは数千人の女子大生を吉原の性風俗店に斡旋した悪質業者の話が報じられた。 かつての大和撫子はもう居ない。 また、キャリア公務員が盗撮で逮捕された。 日本社会の自壊は既に始まっている。 このような状況に欧州の移民問題を重ねると恐ろしい未来図が浮き上がる。 もう打つ手はないのか。 私はまだ諦めるのは早いと思う。 国政でも、地方政治でも最大の課題なのに、そして今、選挙の真っただ中なのに、これを論ずる声は聞こえてこない。 私は楫取・日中両方の会長として臨む。 歴史と人権によって日本人の心の原点を訴えたい。 二つの超大国は覇権を競って対峙する。 日本は中国とは有史以来の深い関係を持ちアメリカとは日米安保条約で結ばれている。 米中の対立の底に二つの文明の対立があることを否定できない。 その調整が世界の平和のために不可欠である。 日本は特殊な立場にあってその調整の役割を担う。 自壊を止める砦は日本国憲法である。 一面は大きく「ハンセン病家族訴訟控訴へ」の文字が躍っている。 元患者が国を相手にした訴訟は元患者の勝訴が一審で確定した。 小泉元総理が控訴断念を決意した為である。 今回勝訴の家族訴訟も同様に控訴は断念されるだろうと思っていた。 つい先日の草津楽泉園に於ける人権の碑の会議でも私たちはそう想像してほとんど疑わなかったのだ。 党首討論会で安倍首相は家族の人権が侵害され大変つらい思いをしたことを述べ、特に「我々としては本当に責任を感じなければならない」と語ったばかりだった。 同じ9日の夕刊で朝日は「誤った記事を掲載したことをお詫びします」と報じた。 安倍首相が9日控訴断念を表明したことに基づく。 詳しい経緯はやがて明らかになるだろう。 ともかく控訴がなされず家族の勝訴が確定することは本当によかった。 多くの家族は実名を隠して訴訟に参加しており、やっと青い空が現われて陽の光が差したと思ったらにわかに黒雲に覆われ、地の底に引き込まれるような心境だったに違いない。 参議院選挙の最中のことなので選挙の影響を考慮したという見方も出ているが、控訴断念は人権尊重の観点からするあるべき本道であるから、選挙を考えたとしても首相の決断は是認されるべきである。 すぐ頭に浮かぶのが遺伝子組み換え食品だが、別の生物の遺伝子を取り組むのでない点で異なる。 科学者は安全性に問題がないとして表示義務も不要だとする。 果たしてそうか。 一般消費者の心理からすれば不安を感じる。 報じられているゲノム編集技術を使ったミニトマト。 1日2個食べれば血圧の上昇が抑えられるという。 これからはこのような食品が次々に増えるのであろうか。 食べ物は直接身体に入り生命や健康の要素になるから信頼性が非常に重要だ。 ゲノム編集食品であることの表示義務も不要という点に疑問を感じる。 食品に対する謙虚さに欠けるのではないか。 東大の研究によれば43%がゲノム編集農作物を食べたくないと思っているという。 こういう状況ではゲノム編集でないことを表示する事業者が出て、その結果として不安と混乱が広がる恐れがある。 私は間もなく、10月30日で満79歳を迎える。 私の人生で東京五輪は2回目である。 人生最後の東京五輪になることは、ほぼ間違いない。 聖火ランナーに当選すれば私のマラソン人生を象徴する快挙になる。 私は群馬マラソン10キロコース出場を長年続け、完走を果たしてきた。 走ることは私にとって生きることである。 毎日の日課となっており、外国に出かけた折も必ず走ってきた。 走ることが私の体力気力を支えているとの思いがある。 「継続は力なり」というが、私は走ることに於いてそれを実践している。 90歳までは走れると思っているが、出来ることなら100歳まで走りたい。 先日、102歳で元気で走っている人の話を聞いて意を強くした。 人生は投げ上げられたボールのように放物線を描いて落下する。 放物線のカーブを少しでも緩やかに着地点を遠くにする力は走ることによって養われると信じている。 聖火ランナー実現は越えるべき一つの峰である。 実現すれば私は勇気を得て次の高峰を目指すだろう。 私は現在使用している車にこの装置を付けること、つまり「後付け」を検討中だった。 高齢ドライバーの事故が増え社会問題になっている。 多くの高齢者は免許返納を意識しているが高齢者にとって車の使用は生きるために不可欠な手段である。 人によって社会活動の状況は様々であるが、私の場合車は身体の一部となっている。 これを奪われることは身体の一部を失うことを意味する。 車は憲法が保障する「幸福追及の権利」の重要な一手段と言っても過言ではない。 車に関する技術の進歩は驚く程で無人自動車の実用化が実現されようとしている時代である。 適当な価格によるブレーキの踏み間違えを防ぐ装置の後付けは困難ではないと思っていた。 後付けが重要なのは、既に実現している新車の購入は容易ではないからだ。 トヨタの場合、後付け装置の価格は5万5,080円と言われる。 私は娘に迫られていたこともあり早速検討することにした。 長距離、そして高速も使わねばならない私にとって「善は急げ」である。 テレビの影響は極めて大きいからお目付け役がチェックしないと誤った方向に社会が動く。 報道の自由との調整に注目したい。 この選挙は参議院の本来の役割からしても、時代の状況からしても極めて重要である。 参院の使命は日本の運命に関わるような重大事を深く追及し議論することだ。 現在の民主政治を衆愚政治と批判する人もいる。 ポピュリズムという言葉がはやっているが、現在の民主政治に対する批判が込められている。 参院を衆院のキャッチコピーにしてはならない。 目先の票をあてにした政治家に日本の将来を託すことはできない。 参議院の役割と使命は議員の資質にかかっている。 現実に於ける全国の候補者を見ると、参院のこの役割を担うに足る人は非常に少ないようだ。 それによれば自民が優勢らしい。 意外なことは20代の若者たちの多くが自民党を支持しているという情勢である。 かつての若者がもっていた改革の気概が失われていることを示すものであろうが、野党に魅力がないことも一因に違いない。 今回の参院選の重要なテーマは憲法改正である。 憲法の如何は国民にとって最重要事であるから参院選挙で大いに問題にしなければならない。 国民は主権者として現憲法の是非や問題点を原点に立って考えるべきである。 日本国憲法の前文の一節「国民の、国民による、国民のための政治」はリンカーンがゲッティスバーグの戦いの後、この地で演説した時の有名な言葉に由来する。 この史実は日本国憲法の本質を知る上で重要である。 リンカーンもトランプも共和党であるが、比べると面白い。 人権、民主主義、アメリカの大義等を念頭に於いて話すつもりだ。 ふるさと未来塾は月一回のペースで20年以上続けてきた。 自分でもよくやってきたと思う。 令和に入って、塾も一つの節目である。 現点に立ち戻る決意で一歩を踏み出すつもりである。 毎週水曜日の「へいわの講義」はアンクルトムを何回か続け、間もなく百回となる。 その先はリンカーンの予定である。 リンカーンはアンクルトムの作者ストウ夫人に「あなたは戦争を巻き起こした小さな婦人ですね」と言ったと言われる。 リンカーンは奴隷解放宣言を出し南北戦争に勝利した。 凶弾に倒れたのは1865年。 日本が黒船の圧力によって日米和親条約を結んだのは1854年、安政元年であった。 歴史のダイナリズムを感じる。 (読者に感謝) 万場老人の熱演ともいえる話を聞きながら、正助は昔、話に聞いたこずえの母の実家の悲劇を思い出していた。 やはり前橋の製糸業であったはず。 そして訊ねた。 「ところで先生、世界大恐慌、そして満州のことを考えると、世界中が激しく動いていることを感じます。 そこでなんですが、前にドイツ人の宣教師のカールさんが草津に来て、生きるに値しない命のことを話していましたね。 俺、あのことが俺たちのことを言われたようで頭にこびりついています。 あの国はどうなっているのか教えて下さい」 「おお、それじゃ。 カールはドイツの宣教師。 今、ドイツで大変なことが起きている。 これからの日本、我々の運命にも影響を及ぼすことと心配しているのじゃ」 「一体どんなことですか、先生」 「カールは、生きるに値しない命と言ったな。 あの考えを政策の基本に据えた政党が生まれ、凄い勢いだという。 ナチス党といって、指導者はヒトラーという人物じゃ。 ドイツ民族の優秀性を強く訴えてな、それを守るために、重度の障害者など治る見込みのない病者は、民族の血を汚すとして排除すべきだと主張している。 もっともヒトラーの思想の本質は民族の優秀性を守るためにユダヤ人を徹底的に排除する方向だという。 経済の不況が重なってこういう人々のために、国が税金をかけるべきでないと強調しているという。 あの時、カールが恐れていたことが国の方針として実現していくとすれば大変なことじゃ。 わしは、今日の日本が似ている方向に走っていると思えてならぬ。 軍部の独走じゃ。 その底にあるのは日本民族の優秀性という思い込みに違いない。 中国人や朝鮮人を下に見て軽蔑する。 日本民族の優秀性を押し通すのが国粋主義だ。 わしは、これはヒトラーの政策と通じるものがあると思う。 我々ハンセンは、この優秀性を汚すから隠せ、閉じ込めよとなる。 これを支える法律が、この度出来た癩予防法じゃ」 「先生、似ている者同志で日本がそのヒトラーと手を結ぶようなことになったらどうしますか。 そんなことはないと思うけど」 「実はな、わしは、秘かに心配しとるのじゃ。 中国で、日本がこのまま軍を押し進めるなら、いずれアメリカと戦わねばならぬ。 ドイツもこのまま進めばヨーロッパを敵に回すことになるだろう。 とすれば、ヒトラーと日本が手を組むことも有り得ぬことではないぞ。 このあたりのことは一度、水野先生の意見を聞いてみたい」 「今日の先生の話はうんと大切ですね。 俺、忘れねえうちに整理します。 帳面に書こうと思います」 「うむ。 それは良い心掛けじゃ。 世界の動きをここの湯の沢の問題と結びつけて考えるがよい。 学問は、一歩一歩の積み重ねであるぞ」 「このことは、しっかり腰を据えて皆に説明する必要があるんじゃないですか」 「そうじゃな。 深刻な、そして難しい問題であるから、どう説明するか考えてみよう。 その前に水野さんから何か教えてもらえるかもしれん。 ここで万場老人は、言葉を切って正助を見据えた。 「この時、ざわざわしていた傍聴席は水を打ったように静かになったというぞ。 よいかな。 佐藤議員は次のように実名をあげて迫った。 勝田豪太郎君は、昭和3年、4年、5年、6年にわたって、市税3834円、県税1030円15銭を滞納している事実がある。 県当局は如何なる手段で執行してきたのかと。 この追及に役人が答弁した。 市税は調べていないから申し上げられませんが、県税は遺憾ながら事実であります。 細かい事は答弁を控えたいと存じますと。 この役人の答えに傍聴人の激しい野次が飛んだのだ。 これは、議事録にない。 わしが聞いたことだ。 傍聴人はこう言ったそうだ。 不公平だぞ、俺など女房を質に入れて税金を納めたんだ。 県会議員ならそういうことが許されるのか。 税金など払わねえぞとな。 面白いことではないか。 傍聴席は笑いと怒りで騒然となった。 静粛にと叫ぶ議長の声もかき消されたという。 佐藤県議は続けた。 この問題は、県会議員が県民代表に値するかという政治道徳上の問題だ。 私とは長い交際がある人なので誠に忍びないが、大義親を滅すの信念から申し上げた。 大きな道義のためには私情は捨てねばならない。 どうか御諒承願いたいと。 これが佐藤議員の発言じゃ。 中々骨がある。 指摘された議員は製糸業を営む実業家である。 問題となった昭和3年から6年といえば、世界大恐慌の中にあって、会社は次々と倒産していた時じゃ。 勝田議員は糸の町前橋の発展に尽くそうとした人で、情熱的事業家と言われた男。 大義のことは痛い程分かる筈。 4日朝のニュースは関東北部にも多くの降雨の可能性を告げていた。 私は10時に家を出て草津の楽泉園に向かった。 「ハンセン・人権の碑」建設・碑文起草委員会は午後1時半から始まった。 この会議も回を重ねて大詰めの段階を迎えていた。 先日の熊本地裁・勝訴判決の高揚が楽泉園の雨の森に届いているように感じられる。 この雰囲気の中で会議は進められた。 藤田三四郎さんは風邪気味ということで欠席。 例によって事務局を担う大川さんが手際よく進行させた。 募金の状況と今後の取組が中心である。 今後の事の主要点は11月15日予定の除幕式に関することである。 全国の療養所、そして国の関係では各省にも案内を出すことなどが提案された。 私は「文科相にも」と発言した。 それは熊本地裁判決で文科相の責任が指摘されたことを意識してのことである。 人権の碑文は小学生も読めるように配慮したし、納骨堂、強制堕胎の碑、そして「人権の碑」の一帯を人権を学ぶ場にしたいという願いが私たちにはある。 今後の教育界の人権教育を考えたなら、国及び県の教育関係者の出席は当然と考えたのである。 会議終了後、私たちは人権の碑建立現場に立った。 碑文の原寸大の紙を広げて完成した姿を想像した。 折から強い雨が振りだし、その雨の中で私はハンセンの厳しい歴史を振り返っていた。 かつて死の川と言われ私の小説の一つの舞台となった湯川の森は直ぐ近くにあった。 この後、私は藤田三四郎さんを楽泉園の一画の病室に訪ねた。 視力を失った藤田さんは碑文の紙を手に持ち舌で触れて確かめておられた。 万感の思いが甦っているに違いない。 私はハンセンのパネル展で藤田さんの句を見た感想をここで伝えた。 「定位置にルーペとペンと春炬燵」である。 「春炬燵(はるごたつ)がいいですね」と言うと嬉しそうであった。 南北戦争を戦いアメリカの分裂を救った男は56歳で凶弾に倒れた。 1865年で和暦では慶応元年のこと。 南北戦争は1861年、奴隷解放宣言は1863年に布告された。 注目すべきことはリンカーンは共和党の大統領で、共和党は奴隷制反対運動の全国組織として結成された。 現代の選挙戦で歴史的な政治家像が雲の上にそびえるのを感じる。 気象庁は極めて異例な緊急記者会見を開き「自らの命を守らなければならない状況が迫っている」と訴えた。 多量の雨が長期間に亘り浸み込み山が岩盤ごと崩れる「深層崩壊」が迫っているという。 九州のこの豪雨は梅雨前線の活発化と停滞の結果であるが、地球温暖化という状況が重なっているに違いない。 気象庁は局地的猛烈な雨を予想し警告する。 「24時間雨量が地域によって平年の一ケ月分を超える」と予測する。 これは九州だけの問題ではない。 「群馬は大丈夫」と安全神話にあぐらをかく私たちへの天の警告と受け止めるべきだ。 山国である群馬には急峻な地形が極めて多い。 崖の上や下に何百年という長い間、崖に守られるように存在を続けてきた生活の場はこの状況下で一変して危険地域となった。 令和はどうやら恐ろしい時代になりそうだ。 それは異常な降雨だけでなく火山や地震も呼応して不気味な動きを示しているからだ。 現代の日本人は享楽に慣れて刹那的になっている。 つかの間の平穏だけを問題にし、満足している。 ここに日本の危機があると考えねばならない。 今、私たちは参議院という制度の意義を原点に立って考えるべきではないか。 昔から参議院の存在意義については議論があった。 無用の長物、衆院のコピーなどと。 単一民族の国で、国民が平等の日本では一院で十分で、二院の必要はないではないかというのだ。 参院の存在意義はその特色になければならない。 衆院が数の政治といわれるのに対し参院は理の政治であるべきだというのは特色を発揮させようとするものだ。 衆院優位の制度などは特色とはいえ、むしろ参院の価値を低めている。 衆院で議決した予算は参院が反対しても一定期間経てば自然成立してしまうなどだ。 私は今こそ参院の重要な特色を活かす時であると思う。 参院は憲法改正、高齢社会、人口減少等国家の存立に関わる問題を深く議論する場であるべきだ。 だとすればそれにふさわしい人物を選ぶ選挙でなければならない。 現実はといえば参院無用論を乗り越えるものになっていない。 また同じような選挙が行われるのか。 地球の反対側に同時に映像でコミュニケーションが出来ることに驚いた。 百回を節目にアンクルトムが終わり、リンカーンに入る。 孔鉉佑氏は夫人と共に会場入り口に立って丁寧に応対した。 私は「群馬県日中友好協会の会長です」と言って名刺を渡し夫妻と並んで写真を撮った。 午後6時、直ちに大使の挨拶となった。 選挙の情勢が緊迫しているためかいつものように国会議員等の姿はこの時点で目につかない。 私はメモ用紙に大使の発言を書き取った。 親日家と言われるだけあって日本語は流暢であった。 次のような点が胸に響いた。 そして新しい時代にふさわしい中日関係を構築することで一致した。 (この点は、孔大使の挨拶の中で一番重要な点だと思いながらメモした。 いずれの世代も、その世代ならではの責任を有し、いずれの世代もその責任を果敢に担わねばならない。 我々の世代にも担わねばならない歴史的責任がある。 私はこの責務を引き受けたことを光栄に思う。 共に新しい歴史的スタートラインに立った。 我々は共に努力し新しい時代にふさわしい中日関係を構築するために悔いのない新たな貢献をしようではないか。 米中の対立を背景にしていることを感じた。 中国はその歴史上初めて世界で覇権を競うと評される立場に立つに至った。 その中で、また、そうであるからこそ、日本としっかりした関係を築くことは極めて重要である。 孔大使の表情にはそれが窺えた。 挨拶の中にあった「歴史的使命」を胸に深く刻んでいるに違いないと思った。 この光景をとらえようとするカメラの砲列にも緊張感が感じられた。 ニホンアカデミーのベトナム人留学生だった。 嬉しかった。 安倍首相は存在感を示すことが出来たようだ。 米中首脳会談が行われ、G20大阪宣言が出された。 私はトランプ大統領と習近平主席との会談はある程度うまくいくと予測していた。 これ以上貿易の対立を激化させることはアメリカとしても無理であったからだ。 中断していた貿易協議の再開、中国に対する制裁関税を当面は引き上げないことなどが決まった。 世界中の多くの人が胸をなでおろしたことだろう。 私もかつてここを訪れ軍事境界線上のテーブルを回り北朝鮮に一歩入った経験をもつ。 トランプ氏は現職米大統領として初めて北に足を踏み入れ「とても特別で歴史的瞬間だ」と語った。 非核化交渉チームを作るという。 日本としては制裁を維持して欲しい。 この点大統領は「維持されるが外すことを楽しみにしている」と語った。 役者ぶりと行動力には驚かされる。 拉致問題の行方が気になる。 創立時の二つのエピソードを紹介し誇りを持てと訴えた。 一つは寄付金及び入学金返還を巡り訴訟となったこと。 この訴訟は東京地裁で和解となった。 裁判長は伊達判決(自衛隊は違憲と判示)で有名な人で、学校側に有利な和解案だった。 伊達氏は本吉氏に「良い学校なのだから頑張って下さい」と言った。 もう一つは学校設立の認可が進まない状況下で当時の清水知事が「こういう学校は必要だ」と言って後押しした事実である。 私は山の学校には教育の原点があると強調した。 白根山中の「ねどぶみの里」に寄ると三人の老婆が話している。 この人たちは菅でゴザや草履を作って売っている。 年齢は85歳くらいの人たちである。 テーブルには漬物が並び温かい空気が漂っていた。 話が弾む中で私が自分のことを話すと、一人の女性が急に瞳を輝かせて言った。 「私は上毛新聞のハンセン病の小説を毎回とても楽しみに読みました」。 私が驚いた顔を向けると「あそこのハンセンのことは少し知っていたので引き込まれて」とも。 私の書斎にはここで買ったゴザが敷かれている。 不思議な縁を感じて私は三人の女性と握手した。 そしてこの「里」がいつまで続くか心配であった。 国の誤った政策が誤解と偏見を助長する。 このことを噛み締めながら私は「死の川を越えて」をおよそ一年間上毛新聞に連載した。 草津湯の川を舞台にしたハンセン病と闘う人々の人間ドラマである。 そのクライマックスは国を追い詰めた訴訟の場面である。 そのモデルとなった史実が2001年の熊本地裁判決である。 湯の川の住人たちが小説の中で必死で控訴断念を訴えた。 人々の切なる願いは実現されたのだ。 その時の首相は小泉純一郎氏、そして官房長官は福田康夫さんだった。 私は原稿を福田さんにも見せながら書いた。 内容は2001年判決の続きともいうべき画期的なもので、私は感慨深く受け止めた。 また控訴が問題となるであろうが控訴はないと思う。 国の誤りは歴然であり判決を支持する世論は大きなうねりになっているからである。 国の隔離政策は過酷な爪痕を日本国民の心に刻んだ。 元患者の家族は元患者と同様の被害者であった。 2001年の判決で感染力は極めて弱いこと、遺伝病ではないことが明確にされたにも拘わらず差別と偏見は変わらなかった。 今回の元患者の家族も多くは匿名で原告となった。 裁判の中では家族の悲惨な体験が明らかにされた。 親のことがバレて離婚された人は妻の実家で土下座して詫びたが妻の親戚から罵声を浴びせられた。 元患者は妊娠すると強制的に堕胎させられた。 草津楽泉園強制堕胎の碑は「命かえして」と訴えている。 今回の家族訴訟の中で明らかにされた事実がある。 元患者の母が妊娠し強制堕胎の手術を受けたが奇跡的に助かった命があった。 小さな命は親類宅で育てられたが差別の中で育った。 買い物に行くと「あんたには売らんよ」と拒否された。 今回の判決は「隔離政策は家族が差別を受ける社会構造を生み、憲法で保障する人格権や婚姻の自由を侵害した」と指摘した。 判決は国の責任を挙げる中で文科相についても「差別除去のための啓発活動や教育を実施する義務を怠った」ことを指摘した。 教育の現場はこの判決を期にハンセン病のことを正しく勇気をもって教えるべきである。 先生の心の目が曇り萎縮しているとすればそれも国の誤った政策の一環である。 教育は今こそ日本国憲法に位置付けてハンセン病の真実を教える時である。 (読者に感謝).

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教職員人事異動 : 福島県 小学校 教員 異動・退職等 2018/03/23

東 吾妻 町 山野 こずえ

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:小樽市(『』など)• : 札幌市 (『』など)• : 小樽市(『』など)• : (『』など)• : (『』など)• あゆかわ華• 杉山志保子• : 三沢市• : (『』など)• : 青森市• : (『』など)• : (『』など)• : むつ市 (『』など)• 谷地恵美子:三沢市• : (『』など)• : (『』など)• (『』など)• : (『』など)• : (旧)• 卯月妙子 :• : 北上市• : 奥州市(旧江刺市)• : (『』など)• : 奥州市(旧)• : 宮古市• : 上閉伊郡大槌町吉里吉里 (『』など)• : 盛岡市• : 奥州市(旧水沢市)• (粉味)• : 盛岡市• : 小鳥谷 (『』など)• まさや佳乃(かな()) :• : 北上市 (『』など)• : 奥州市(旧水沢市)(『』など)• : (『』など)• : 仙台市 (『』など)• : (『』など)• : 仙台市• : (『』など)• 一條マサヒデ(、タマちく. ) :• (『』など)• 今野直樹• : 仙台市• : 迫町 (『』など)• カジワラタケシ• : 仙台市• : 登米市• : 仙台市• (『マンガ日本人と天皇』など)• : (『』など)• : 登米市 (『』など)• : 仙台市• : 仙台市• (『』など)• (『』など)• 滝沢麻耶• にしまきとおる• 緋賀ゆかり• : 仙台市• (『』など)• : 仙台市• (『』など)• 森みずほ : 登米市迫町(『お庭番参る!』など)• : 石巻市• : 仙台市• (『』など)• (『』など)• (『』など)• :由利本荘市(『オニデレ』など)• (原作者) : 秋田市 (『』など)• : 横手市 (『』など)• : (『』など)• (ちみもりを) (『』など)• : 横手市 (『』など)• (『』など)• 安彦麻理絵• 岡田理知 :• 河合単 : 山形市• : 山形市 (『』など)• ごとう和• : (『』など)• : 新庄市• : 新庄市 (『』など)• 村川和宏:• : 米沢市 (『』など)• : (『』など)• (『』など)• (水城葵)• : (『』など)• (『』など)• : (『』など)• : 福島市 (『』など)• (『』など)• : (『』など)• (『』など)• 村野守美• 若林健次• 池谷理香子• (『』など)• : (『』など)• (『』など)• (『』など)• (『』など)• : 土浦市• (『』など)• :日立市• ぷろとん :• : (『』など)• (『』など)• : 日立市• : (『』など)• : (『』など)• (『』など)• : (『』など)• : 宇都宮市• : 宇都宮市• (『』など)• (『』など)• (『』など)• : (『』など)• : (『』など)• : 宇都宮市• : 宇都宮市• : 宇都宮市• : (『』など)• : (『』など)• : (『』など)• (『』など)• : 宇都宮市• : 伊勢崎市 (『』など)• 高橋わたる :• (『』など)• 星野正美• (高柳裕一) : 太田市(旧) (『』など)• 松原千波• (『』など)• : (『』など)• : さいたま市 (『』など)• (『』など)• あまねかずみ : さいたま市• 石塚夢見• (『』など)• : (おおのやすゆき、ヤスマロ・ヲヲノ)• : (『』など)• 坂井玖仁江• : (『』など)• (『』など)• :所沢市• (『』など)• (『』など)• (『』など)• : (『』など)• : 川越市• : (『』など)• : (『』など)• (『』など)• : (『』など)• (『』など)• : 川越市• (『』など)• 原なおこ : 川口市• (『』など)• (『』など)• : さいたま市• : さいたま市 (『』など)• (『』など)• (『』など)• (『』など)• 万里村奈加• (『』など)• : 所沢市• (『』など) も参照のこと。 (『』など)• : (『』など)• 市原剛 :• (『』など)• : (『』など)• (のむら剛) : (『』など)• : (『』など)• (『』など)• (『』など)• (『』など)• 河野やす子• (『』など)• (『』など)• : (『』など)• (『』など)• : 千葉市• : 夷隅郡• 篠原烏童• : (『』など)• : 千葉市• : (『』など)• 立花晶 : 野田市• (『』など)• : 千葉市 (『』など)• 中原千束• (『』など)• : 千葉市• : (『』『』など)• 鳩山郁子• : (『』など)• 林正之• 原のり子 : 船橋市• (『』、『』など)• (『』など)• : 船橋市(『』など)• (『』など)• (『』など)• : 千葉市 (『』など)• 杜真琴• (『』など)• 山辺真由• : 市川市• : 柏市• (『』など)• : (『』など)• 秋本尚美• (『』など)• 石堂まゆ• 市川みさこ• 伊藤愛子• (『』など)• (『』など)• (『』など)• 尾形未紀• 岡本鉄二• (『』など)• 加藤春日• 河内実加• (『』など)• (『』など)• (『』など)• 向後つぐお• 木乃美ひかる• 真崎春望• 高野まさこ• (『』など)• (『』など)• (『』など)• 竹田やよい• たらさわみち• 塚本知子• 鶴岡伸寿• なかの弥生• 七瀬みなみ• 成毛厚子• にしざわみゆき• (『』など)• 葉月玲• (『』など)• 藤臣美弥子• (『』など)• 星合操• (『』など)• 真崎春望• 碧樹里• : (『』など)• : (『』など)• (『』など。 参照)• みを・まこと• : 世田谷区• : 世田谷区• (『』など)• 湯口聖子• (『』など)• : (『』など)• : 横浜市 (『』など)• (『』など)• : 横浜市• (『』など)• : 横浜市• : 横浜市• : 川崎市• : 横浜市• : 横浜市 (『』など)• (『』など)• (『』など)• : 川崎市• (『』など)• : 横須賀市• 神奈幸子 :• : 横浜市• (『』など)• 汐見朝子 : 横浜市• : 横浜市• : 横浜市• (『』など)• : 横浜市 (『』など)• 辻村弘子• (『』など)• : 横浜市 (『』など)• : 横浜市 (『』など)• (『』など)• : 横浜市• : 横浜市 (『』など)• ぬまじりよしみ : 川崎市• のがみけい• 葉月秋子 : 藤沢市• (『』など)• : 川崎市 (『』など)• : 横須賀市 (『』など)• : 川崎市• 牧あけみ• 真木ひいな• : (『』など)• : 横浜市 (『』など)• : 横須賀市• (『』など)• : 横浜市• : 横浜市 (『』など)• (『』など)• : 横浜市 (『』など)• : 藤沢市 (『』など)• : 横浜市(『うてなの結婚』など)• 吉村菜由• :(旧。 も参照)• : 新潟市• 五十嵐幸吉• 井上多美子 : 新潟市• 岩田江里子• : 上越市• 宇田学 : 五泉市• (いろつきさかり) :• : 新潟市(旧。 『』など)• : 長岡市• : 新潟市• (『』など)• 小越なつえ : (旧西蒲原郡)• (土方茂) : 新潟市 (『』『』など)• : 上越市• 克本かさね :• : 新潟市• : 長岡市• 岸裕子 : 新発田市• 工藤郁弥 :• (『』など)• : 長岡市(『』など)• : 新潟市• : (『』など)• : 新潟市 (『』など)• : 新潟市• : 新潟市(旧)• 佐藤純也• : 長岡市• : (『』など)• : (『』など)• : 新潟市(旧)(『』など)• : 新潟市 (『』『』など)• : (『』(『』の原作)など)• 高山裕樹 : 上越市• : 新発田市• 堂上まさ志 :• : 五泉市• : 燕市(旧西蒲原郡吉田町)(『』など)• 猫山宮緒 : 新潟市• : (『』など)• : 上越市• : 新発田市 (『』など)• : 三条市• : 長岡市• : 長岡市• : 新潟市 (『』など)• : 新潟市 (『』など)• : 柏崎市 (『』など)• : 新潟市西蒲区(旧西蒲原郡)(『』など)• : 五泉市 (『』など)• : 新潟市(『』など)• 大和正樹• :糸魚川市• : 新潟市 (『』など)• : 長岡市(旧) (『』『』など)• : (『』など)• : (『』など)• 芹沢由紀子 :• 鳥図明児 :• : (『』など)• : (『』など)• : (『』など)• 藤谷みつる :• : (『』など)• ミムラマキコ• : (『』など)• : 金沢市• : 金沢市• : 金沢市• : 金沢市• : (『』など)• : 七尾市 (『』など)• : 金沢市• (『』など)• : 七尾市 (『』など)• 三山節子 : (旧・羽咋郡)• : 金沢市• 安井雄一 : 金沢市• : 金沢市• (『』など)• : (『』など)• 小道迷子• (『』など)• 東宮千子• 松川祐里子• (『』など)• (『』など)• : (『』など)• 井出知香恵• : (『』など)• : (『』など)• (『』など)• (『』など)• (『』など)• (森高夕次)• (『』など)• : 千曲市• : 小諸市• : 飯田市• ねことむ :• 波間信子• : 千曲市 (『』など)• : 佐久市 (『』など)• : (『』など)• : (『』など)• 山中音和• (『』など)• (『』など)• 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(もこなあぱぱ、CLAMP)• : 亀岡市• : 京都市• : 京田辺市• (元CLAMP)• 天城小百合 :• (『』など)• (いくみみあ) (『』など)• : (『』など)• (『』など)• : (『』など)• :枚方市• (聖りいざ、元CLAMP)• (『』など)• 大川緋芭(大川七瀬、)• (『』など)• : 大阪市• : 堺市• : (『』など)• : 大阪市 (『』など)• 川島雄輝• 北原菜里子• (『』など)• (『』など)• 久寿川なるお• : (『』など)• (『』など)• こやまゆかり• : 堺市 (『』など)• : 大阪市 (『』など)• : 大阪市• : 大阪市• (『』など)• : 吹田市 (『』など)• : 豊中市 (『』など)• : 大阪市• : 四條畷市 (『』など)• 武田京子• : (『』など)• (『』など)• (『』など)• : 枚方市• : 豊中市• : 豊中町(出生地) (「」)• (『』など)• (『』など)• (『』など)• : (『』など)• : 大阪市 (『』など)• : 堺市 (『』など)• ひだのぶこ• : 大阪市• : 大阪市 (『』など)• : 大阪市• : 大阪市 (『』など)• (『』など)• (『』など)• みやうち沙矢• : 大阪市• もとなおこ• : 高槻市• :堺市• : 大阪市 (『』など)• 横谷順子• : (『』など)• (『』など)• : (『』など)• (『』など)• (『』など)• : (『』など)• 安積棍子• : 尼崎市 (『』など)• (『』など)• : 神戸市 (『』など)• : 神戸市• (『』など)• : (『』など)• (『』など)• 笑木田しい• : 神戸市• : 神戸市• 川崎ひろこ : 尼崎市• 川島昌子 : 神戸市 (渚満から改名)• : 西宮市• : 神戸市• : 神戸市• : 神戸市• : 神戸市• : 宝塚市• : 神戸市 (『』など)• : 西宮市• (『』など)• : 神戸市• : 姫路市• つりたくにこ• : 宝塚市(旧川辺郡小浜村)(出身地)• : 神戸市 (『』など)• (『』など)• : 神戸市• : 神戸市 (『』『』など)• : 宝塚市 (『』など)• : 神戸市• : 明石市• : 明石市• : 神戸市• : 神戸市• : 尼崎市• : 神戸市• : 芦屋市 (『』など)• : 姫路市• : 尼崎市 (『』など)• : 尼崎市 (『』など)• : 西宮市 (『』など)• : 西宮市• : 神戸市 (『』など)• : 神戸市• : 神戸市• : (正確には母親の故郷で、幼少時を過ごした)• : (出身地) (『』など)• 富樫じゅん• (『』など)• (出生地)• (『』など)• : 和歌山市 (『』など)• (『』など)• : (『』など)• 伊藤ゆう• 川崎美枝子• 玄太郎• 大地翔 :• : (『』など)• : 米子市• (『』など)• もとやま礼子• : 岡山市• : (『』など)• : 玉野市 (『』など)• : 勝田郡奈義町 (『』など)• : 津山市• : 玉野市• (『』など)• : 倉敷市• 福谷たかし• (『』など)• : 岡山市• 八潮路つとむ• : (の先駆的役割)• (『役立たずの神様』など)• 池田恵 : 広島市• 石田匠(孝文) : 福山市 (『OH! くんのかくれが』など)• (『』など)• : 広島市 (『おれたちのそうしき本』など)• おおのたいじ• 岡本ゆり (『くちびるに恋魔法』など)• : (『DIVA』など)• 甲斐さゆみ• : 福山市• : (『』など)• 川口協治 : 尾道市• : 三原市 (『』など)• 岸香里• : 広島市 (『』など)• 村上佳代 : 広島市 (『くう・ねる・そだつ』など)• : 広島市 (『』など)• : 広島市(『平成COMPLEX』など)• : 呉市 (『』など)• : 三原市 (『』など)• : 尾道市• : 尾道市• : 三原市 (『』など)• (『天使のお仕事』など)• : 尾道市• : (『ミアとアキ』など)• : (『』など)• 瀬戸優菜 : 三原市• 高上優里子 : 広島市 (『ずっと続いてゆくのです』など)• : 福山市• : 呉市• (『』など)• : (『』など)• : 三原市• : 広島市 (『しましま えぶりでい』など)• : 広島市 (『』など)• (『』など)• : 広島市 (『』など)• : (国内唯一の仏教漫画家)• : 呉市 (『魔界都市ハンター』など)• : 広島市 (『彼女の彼』など)• 水穂しゅうし : 大竹市 (『はいすくーる仁義』など)• : 三原市• : 福山市 (『』など)• : 三原市 (『』など)• : 広島市 (『』など)• : 三原市 (『』など)• 百里あきら• もりたじゅん : (『ラッキーウーマン』など)• : 広島市 (『ひみつの花園』など)• : 広島市 (『』など)• 山田清香• : 広島市 (『』など)• : 広島市 (『金魂巻』など)• : (『』など)• ありさか邦 : 下関市• (『』など)• (霧木凡ケン)• : 下関市 (『』など)• : (『ウルトラ金ちゃん』など)• : (『』など)• 遠野一生• : (『』など)• 穂実あゆこ• : 下関市• 宮原ナオ(春風サキ) : 宇部市• : 周南市• : 防府市• : 宇部市 (『』など)• : (『』など)• : 徳島市 (『』など)• : 徳島市• : 徳島市• (『』など)• : (『』など)• 中村博文• (『』など)• (『』など)• : (『』など)• 綾瀬百合子• いでまゆみ : 松山市• : (『』など)• : 四国中央市(『』など)• : 松山市• : 四国中央市• : 四国中央市• : 松山市• : 新居浜市• : 松山市• (『』など)• : 松山市• : 宇和島市• : 松山市• 花岡貴仁 :• 文月今日子• : 松山市• : 松山市• : 四国中央市• : 西予市• : 松山市• : (『』など)• 井上恵美子 :• : 高知市• : (『』など)• 岡本まさあき• : (『』など)• : (『』など)• : 高岡郡• : 高岡郡(『』など)• : 高知市(『』など)• : 高知市• : (『』など)• : 高知市• : 高知市• : 高知市• ハヤトコウジ• : 高知市• まさき輝 : (旧)• 正木秀尚 : 香美市• : (『』など)• : 香美市(『』など)• : 高知市(『』など)• : 高知市• 山本よしこ : 高知市• : (『みんなあげちゃう』など)• : 高知市(『』など)• : (『』など)• (『』など)• : 北九州市• : 北九州市• : 福岡市• (『』など)• : 福岡市 (『』など)• : 福岡市 (『』など)• : 福岡市• : 福岡市• : 福岡市 (『』など)• : 福岡市• 春日光広 : 福岡市• :福岡市• : 福岡市 (『』など)• : (『』など)• : 福岡市 (『』など)• : 福岡市• : 福岡市• : 福岡市 (『』など)• : 北九州市• : (旧) (『』など)• : 大牟田市 (『』など)• : (『』など)• : 福岡市 (『』など)• : 北九州市• : 大牟田市• 篠崎まこと : 福岡市• : (『』など)• : 大牟田市• : 福岡市• : 福岡市• : 北九州市 (『』など)• 末松正博 : 北九州市• : 北九州市• (『』など)• : 北九州市 (『』など)• : 北九州市• : 北九州市 (『』など)• : 福岡市• たかまつ()• : 北九州市• : (『』など)• : 北九州市• : 福岡市• : 福岡県生まれ(愛知県出身と表記されることもある)• : 福岡市 (『』など)• : 北九州市• (『』など)• : 北九州市• : 大牟田市 (『』など)• はしもとてつじ :• : 福岡市 (『』など)• : 佐賀県生まれ、福岡市育ち (『』など)• : 福岡市 (『』など)• : 北九州市 (『』など)• : 東京都生まれ、福岡県育ち• : 大牟田市• : 大牟田市• : 大牟田市• : 北九州市• 文月今日子• (『』など)• : 北九州市• : 北九州市 (『』など)• : 北九州市 (『』など)• : 北九州市(『』など)• (松本あきら) : 久留米市(出生地)、北九州市 (『』など)• (『』など)• (『』など)• : 北九州市• (『』など)• : 北九州市 (『』など)• : 福岡市• : 北九州市• : 北九州市 (『』など)• : 北九州市• : 佐賀市• (『』など)• : 唐津市• : (出生地) (『』など)• : 佐賀市• 姫木薫理• : 唐津市• : 唐津市• 愛田真由美• イケスミチエコ :• : 長崎市• : 長崎市• ケン・月影 : 佐世保市• : 長崎市(『』など)• : 佐世保市• : 佐世保市• : 松浦市• : 佐世保市• : 西彼杵郡• : 諫早市• : 五島市• : (『』、『』など)• 宇土まんぶ :• : 水俣市 (『』など)• : 熊本市(旧)(『』など)• : 熊本市 (『』など)• (『』など)• : 熊本市• : 熊本市• : 熊本市• : 熊本市• : 熊本市• (『』など)• (『』など)• (『』など)• : 熊本市 (『』など)• : 熊本市 (『』など)• 夢野まこと• (『』など)• 若月千寿• : 西臼杵郡• : 大分市• (『』など)• : (『』など)• : 大分市 (『』など)• : (『』など)• : (『』など)• : 佐伯市(出身地)• 中田友貴 : 別府市• : 大分市• : 別府市• : 佐伯市 (『』など)• (『』など)• : (『』など)•

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教職員人事異動 : 東京都 小学校 主幹教諭・指導教諭・主任教諭 異動 2014/04/01

東 吾妻 町 山野 こずえ

保護区では、オオヨシキリやカイツブリの元気な囀りが暑さを忘れさせ、 萌え上がる植物や爆発的に増える昆虫の勢いに、生命の息吹を直に感じてください。 新浜でバードウォッチング/新浜探鳥会 行徳 主催• 集合: 10:00 東京メトロ東西線行徳駅前• 解散: 行徳野鳥観察舎・13:30または15:30• 持ち物: 弁当・飲み物・雨具・あれば観察道具(無くても可)• 備考: 小雨決行・雨天中止 コースが次の2つあるため、どちらに参加するかで解散時刻が変わります。 行徳駅から歩いて保護区へ行き、保護区内をゆっくりまわるコース。 昼食後、午後1時半頃に行徳野鳥観察舎で解散となります。 行徳駅からバスを使い、江戸川放水路の鳥も観察するコース。 昼食後、保護区をまわり午後3時半頃解散となります。 東京都.

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