楽に死ぬためには。 いかにして楽に生きるか。楽するための戦略まとめ

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楽に死ぬためには

深夜に死ぬ方法を調べている。 眠れないわけじゃない。 ただなんとなくそんな気分だった。 でも、ネット上にある方法なんて一年くらい前に大方読んじゃってあるから、新しく知ったのはサルコだけだったな。 かっこよくて笑っちゃった。 でもサルコを使うのはかなり現実的じゃないな。 首吊りも簡単じゃないよ。 わたしがろくに調べずにやったのも悪いと思うけど、少なくとも10回は失敗してる。 「今回はいける」と思ったときも、首と延長コードの触れている部分が痛いだけで足がついてしまって上手くいかなかった。 その上、首に赤い跡が残ってしばらく消えなかった。 親に気づかれて、怒られはしなかったけど延長コードは気づいたら没収されてた。 それに、もしちゃんと調べてやったとしても、圧迫する部分をピンポイントで締められないとかなり苦しいと思うよ。 わたしはもうかなりの数自殺未遂してる。 自殺未遂してた頃のわたしは、毎日苦しくて、なにもしたくなくて、死にたくて、こんなに幸せなはずなのになんでだろうって思って申し訳なくなってた。 でも今は違う。 毎日がすごく楽しい。 大学もバイトもすごく楽しいはずなのにね、死にたくなるの。 以前ならまだ救いようがあった。 希死念慮を抑える薬はないけど、不安を軽減する薬を飲んだりとかしてた。 何ヶ月かして、よくなった。 でも今は違う。 完全なるストレスフリー。 わたしがそう勘違いしてるだけなのかもしれないけど、わたしの実感としてはストレスなんてひとつもない。 気力もある。 なのになんで死にたいんだろうね。 だから対処法がない あるなら教えてください。 付き合ってる人に振られたとか、友達と上手くいかないとか、親が毒すぎるとか、そういう理由があるならいくら死にたくても死ななくていいよ。 年単位かもしれないけど、すぐに時間なりなんなりが解決してくれる。 得体の知れない苦しみで死にたくなってる人も、病院行って治療が上手くいけば楽になれる。 病院に行く時間や金がないとなるとまた困っちゃうけどね。 わたしはどうしても死にたくなったら、「明日死のう」と思うことにしてる。 まだ死ななくていいっていう安心感もあるけど、とりあえず今日は寝て、明日具体的な方法を考えようと思うと少し心に余裕ができる。 そして、だいたいの場合明日になれば少しは気が変わってる。 生きていなきゃとはそんなに思ってないけど、やっぱり死ぬには手間がかかるから。

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楽に死ぬためには

はい鈴木です。 だからあんたも自殺するな」系も、イラッとします…笑 だってそんなの勝者の論理じゃんね…。 この2つを妨げる方法達の中で、苦痛を感じるものをふるいにかけて除いていくと、取りあえず「楽に死ねる方法」達だけが最後に残ります。 この中で、資格がないと扱えない薬品を使う方法などは除外し、誰でも購入できる材料のプランを選択すれば良いという訳です。 ただし、多くの方は理科室で理科の実験をしたことがあるかと思いますが、結構面倒でしたよね? 学校や教室に行ってなかった方は想像でお付き合い下さい~ 材料とか器具を準備して、 手順通りに設置して、 グラムを測ったりして、 実験に失敗したらやり直して… なので、確かに体は「楽に」死ねるんですけど、ちと手順が面倒ではあります。 材料費もいくらかはかかりますし。 死にたい程せっぱ詰まっている時に悠長にこんなの計算できないかも知れないね… ……… また、この世には「サルコ」という便利な道具もありますが鈴木は外国語が堪能ではないですしも持っていないので私の選択肢には今のとこらろは入っていません。 しかしこれを考案した医師は本当に人の心を思いやる精神に満ちていると思います。 死ぬのが怖くてたまらない人とか、死にたくなくてたまらない人とか、生き続けたくてたまらない人などは、 死んだ方がマシなほど苦しんでいる人の気持ちなど考えずただ狂ったように激怒するので、なかなかこういった活動をなさるのは大変なはずです。 サルコはかわいい名前ですが以外に大きく 人が入れるサイズ 、普通にググればどんなものなのか出てきます。 かっこいいです。 ちなみにを使ってます。 ……… 窒素は、私達が吸ったり吐いたりしていりこの空気中に沢山あります。 沢山吸ってても無害な気体です。 ただし酸素をガス交換で得られないと人は死ぬので、窒素のみを高い純度で吸ったり吐いたりしていれば、中毒にならないので苦しくないのですが、酸素が脳に運ばれないので、死にます。 また自分自身の肺活量も測定し、必要なガスの量を計算しておく必要があります。 ガス交換を何回か出来るガスの量を考えておかないとなりません。 また吐いた息の中に残っている酸素やをもう一度高い割合で吸うとなれば純度がかなり下がりますし、それは失敗の元です。 脳が酸欠の状態になって時間がたつと障害が残るらしい。 嫌だ…生きるのがさらに大変になるのは御免だ。 だから準備の時には、そもそもの容積とかガスの流れとかを調整する必要がある。 この辺が頭を使わないとならないから、この苦しくない方法は流行らない…。 それで多くの人は苦しんで死ぬ羽目になる。 悲しい。 ちなみに、保健所で犬や猫が殺処分される時は、まったくと言える方法ではなく、中毒でじわじわ苦しめられて殺されます。 いくら犬や猫が人間でないと言え、非人道的だよね…やめて欲しい。 こういうの聞くと人間の罪深さに鬱が加速するよね… ……… 話しを戻しまして、とにかくこれが、一般人でも独りでできる、苦しくない死に方です。 また、窒素以外の気体でも、中毒などの「なんとか中毒」にならない系の気体なら、普通の気圧の中でなら苦しくないのでいけます。 気圧によっては酸素でさえも高濃度だと人は死ぬという豆知識… ただ、自殺にはうまくやらないと「後遺症が残ってさらに不愉快な思いをする」という後続イベントが引き起こされる為、事前調査はとにかく入念にする必要があります。 この、やりたいことに没頭している没入感は、あなたが「死んだ方がましだ」と思うほどの苦痛からあなたを逃してくれます。 なんか、人間関係の悩みなど含む精神的な問題で死にたいって思う人って、心が優しい人が多いと思うから…。 その優しさがこの世から毎日毎日何十人もなくなっていくのはもったいないっていうのもあります。 あと、「苦しみたくない」っていう、「自分を自分が苦しませたくない」っていう姿勢を大切にして欲しいです。 自分という人間を苦しませられる人は、 他人という人間も苦しませる事が出来てしまうから。 だから、 苦しみたくない・自分を苦しませたくない・人間を苦しませたくない っていう考えはとても大切なんです。 大切っていうか普通に素晴らしい感覚だよね人として…。 そりゃ、短期的には成長のために人を苦しめることもあるよ、例えばスポーツのコーチとかね。 ハードな練習は苦しいよね。 でもそういう中でも「他者の尊厳を傷つけて苦しめるのはダメ」っていうルールがある。 人の権利を侵害する形で人をわざと苦しめるのは、ダメだよね。 ……… 私は輪廻転生は無いとは思えないので 例えば空気って見えないのに、いろんな種類の気体が混ざっている。 見えないのに確かに何かがあるわけで… 、 次回、何かの生命に生まれ変わっちまった時のことを考えると、出来れば地球上には優しい人たちに沢山生きてて欲しいよ。 次の生命が始まったときもまた嫌な思いするの嫌だから… なので、取りあえず、苦しくなく死ねる方法は ちと面倒だが あるよ!って伝えたかったです。 安心して欲しかったから。 死ぬときまで苦しかったり怖かったりするの嫌じゃないですか? もうすでに生きてるだけで苦しみや不安でパニック状態なのに。 だから設置は面倒だけど上手に頑張れば苦しくなく死ねる方法はこの世にあるから、まずは0. 2ミリくらいは安心して下さい。 そして、 死にたい理由が借金の人は自己破産出来ないかとか、合法的に返済をのばす抜け道など探したり、 人間関係のしがらみで仕事辞めれなくて死にたい人は、日本から戸籍を抜いて、組織や親戚の追跡から逃げ切って遠い土地で人生やり直す計画を描いてみたり、 親から愛されなかった恐怖と絶望で生きてるだけで混乱している人は、や虐待の勉強をちゃんとしている、相性のあうカウンセラーを探して欲しい。 とにかくこの世で誰かがネットにヒントを書いて置いといてくれれば超ラッキー!てなもんです。 その人を心の中で味方にして、自分はこの世で独りきりで悩んでいると思い込まないのがコツです。 誰かが、はじめは戦争のためだったけど、インターネットを作ってくれたおかげでこうして私達はすれ違える。 私の知人は「この世で独りきりで悩んでいる、この世で一番不幸だ」と思っていて、とうとう死んでしまった。 その頃の鈴木には今のような記事を書ける力はなかった。 その子にとって私は味方になりえなかった。 私と通話して互いに「またね」と言った翌日、その子は練習していた首吊りに成功した。 …二年ぐらいは、自分の無能さに蓋をしたかった。 認めたくなかったようでもある、自分がその子を助けられなかった つまり殺した からな気がしてとにかく恐ろしかった。 いつもみたいに「ODして入院してました」ってひょっこり帰ってくるのを五年ぐらい待ってた。 でもそんな事は起こらなかった。 その子に何もしてやれなかった分、こうしておせっかいなブログを建てた。 ここは墓だ。 争いごとが嫌いな、優しい子だった。 そして私はいつもいつも、試行錯誤を繰り返している。 実際のところ、人生ってのは常に理科の実験みたいなものなんだろう。 もし良かったら… 実験を続けないか? nodyhate.

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楽に死ぬ方法|黒木髪音|note

楽に死ぬためには

生活や仕事の質を上げるテクニックが「ライフハック」なら、本書は、安らかに死ねるためのテクニックを集めた 「デスハック」である。 QOL(Quality Of Life)ならぬQOD(Quality Of Death)を向上させるノウハウ集やな。 なまじ延命治療技術が発達してしまったため、病院のベッドに何か月も縛り付けられたまま拷問のような状態で死に至る人が大勢いるらしい。 WHOによると、「健康寿命」の定義は、「医療や介護に依存せず、自力で生活ができる期間」になる。 日本人の平均寿命(2016)と並べると、こうなる。 健康寿命/平均寿命 男 71歳 / 80歳 女 74歳 / 87歳 つまり、死ぬ前に、男は10年、女は12年程度、医療や介護のお世話になる期間があることが見込まれる。 そして、他人のお世話にならないと生きていけない10年をどうとらえるかが、死に方・死に時を考える入口となる。 その10年は、誰かにオムツを替えてもらう10年か、恍惚の人となり家族に見放される10年か、ベッドに縛り付けられて「やめてくれ」と意思表示もままならない10年か、あるいはその全てか、さまざまな可能性に満ちている。 現役の高齢者になると、ピンコロを願うという。 ピンコロとは、直前までピンピンしており、ある日、苦しむことなくコロリと死ぬ「ピンピンコロリ」の略である。 「ぽっくり逝く」の現代版みたいだが、節子、それ突然死や。 お別れも未練もなく断ち切られる人生である。 良し悪しともかく、そういう死に方ができる人は5%だという。 「できる限りのことをしてください」 本書によると、自然死というのは、一種の餓死になる。 老衰や病気で身体機能が落ちてくると、人は自然とものを食べなくなり、枯れるように死んでいく。 理想的な死の一つだが、病院ではなかなかそうさせてくれない。 なぜか? まず、病院側の事情がある。 病院に担ぎ込まれたのであれば、治療せねばならぬ。 自力で飲食できなくても、チューブにつながれ、無理やりにでも水分や栄養分を補給する必要がある。 そして、家族が「できるだけのことをしてあげてください」と言うならば、できる限りの治療を施すことになる。 そして、人工呼吸や胃ろうなど、延命治療を始めたならば、それをやめるのは難しい。 訴訟リスクがあるからだ。 本人が、文字通り「必死に」なって、家に帰る、死なせてくれと訴えても、家族や周りの人が、最後まで頑張って、可能な限りの治療をと言うならば、医師は後者に従ってしまう。 家で死にたい親と、家で死なせたくない家族。 この状態になると、いつ死ぬかは分からない。 延命技術は日々進展しており、「死なせないため」なら、本人の意思はともかく、寝たきりの状態をできるだけ長く続けることができるから。 結果、死亡前1年間にかかる1人あたり医療費は膨れ上がり、平均でも300万円弱かかっているという。 手厚い延命治療を施した場合、1,100万円になる。 「終末医療をカネで測るのは筋悪」という議論があるが、事実だけは確認したい。 300万の出典は、(本書によると)以下の通り。 『高齢者の医療の~』を参照してみよう。 『高齢者の医療の確保に関する法律の解説』土佐和男・法研2008年 「終末医療の動向」日本医師会雑誌113巻12号 「東京都老人医療センターにおける終末医療費の解析」 1,100万は、で見かけた。 出典を確かめてみよう。 「良い死」とは ではどうすれば「良い死」を迎えられるか? これは、多くの人の死を見てきた医師に聞くのが手っ取り早い。 つまり、「自分なら」どんな終末期医療を望むか、と医師に尋ねるのである。 でも考察したが、「良い死」として医者がすすめる死に方は、当の医者が患者に施している方法と、全く異なる。 つまり、医者は、自分にしてほしくない医療を、患者に対して行っているのだ。 ほぼ全員が事前指示書を所持• 大多数の医者は、心肺蘇生、透析、大手術、胃ろうを希望しなかった• 全員が鎮痛薬、麻酔薬を希望 この技は、自分や家族について医師と相談する際にも使える。 ある治療や処置を施すかどうかについて、医師から判断を求められたとき、 「先生ご自身がこうなられたら、どういう処置を望みますか」と聞くのだ(家族の場合なら「先生のお母さまが~」と置き換えればよい)。 また、事前指示書については、たとえば東京駅の近くの京橋公証役場で、が作成できる(1万1千円とのこと)。 証書を作るだけでなく、延命措置を打ち切る医師のリスクを下げる方法について聞いてみよう(この情報、週刊ポストで知ったのだが、時代だな……)。 あるいは、本書によると、少なからずの医師が、「死ぬなら癌がいい」と公言しているという。 理由としては、余命宣告されてから死ぬまでに動ける時間があること、残務整理やお世話になった人へのお礼の言葉を伝えられることが挙げられる。 しかし、これは表向きで、一番は「確実に死ねる」ことにある。 これを書いた丸山医師は、自分で胃がんを診断してから「治療はしない」と決断し、9か月後に亡くなったという。 63歳だった。 死に方について、医療関係者や宗教関係者によって書かれる本は多い。 だが、本書はどちらの立場でもない。 認知症になった親の介護に苦労して、金も時間も使い果たした末に掴んだ介護保険や介護施設の裏事情が書いてある。 生々しい話や、壮絶なものもある。 「お金はないが、楽な死に方としての凍死」も提案されている。 カネがあれば幸せな死が迎えられるかというと、そうでもない。 社会が変わるのに時間がかかる。 その前に、わたしの死がやってくるだろう。 願わくば安らかな最期だが、願うだけでなく、できる準備はしておく。 最後は……どうか、幸せな記憶を。

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