釜 炒り 茶。 お茶・釜炒り茶(単品)|高千穂 直販 [高千穂地区農業協同組合 農産部 直販販売課]

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釜 炒り 茶

1 はじめに 釜炒り茶は九州を中心として近畿・中国・四国地方で作られており、熊本は釜炒り茶の主要な産地の一つとして知られている。 全国お茶まつりに併せて釜炒り茶産地の視察依頼があったりしたが、10月に釜炒り茶は生産されていない。 それどころか、釜炒り茶の多くは一番茶期に生産され、二番茶以降に生産されるものは少ないという状況にある。 釜炒り茶の生産量は統計がないので正確に把握できないが、釜炒り茶の工場数でみると旧蘇陽町と旧矢部町に集中しており(図1)、現在の山都町が熊本における釜炒り茶の一大産地になる。 図1 市町村別釜炒り茶工場の分布 ちなみに、釜炒り茶の生産量は県内の荒茶生産量の1割にも満たない100トン弱程度と考えられる。 前佐賀県茶業試験場長の田中信之氏によると、釜炒り茶の生産量は宮崎が290トン、佐賀が50トン、大分が20トンとし、全国では470トン程度と報告(註1)している。 これは全国における荒茶生産量の0. 5%程度である。 2 認識の違い 釜炒り茶について2つの事例を紹介する。 一つは、農家が生産技術の向上を目的に品評会に取り組んでいるが、品評会で上位に入賞する出品茶が「釜炒り茶ではない」と評価されることがある。 出品茶は釜炒り茶のイメージから離れた茶になってしまっているというのが発言の理由のようだが、その一言で農家はどんな釜炒り茶を作っていいのか迷ってしまうという。 もう一つは、2005年に世界緑茶協会の機関誌『緑茶通信』に釜炒り茶について執筆の機会をいただいたことである。 「番茶の歴史を訪ねて」というテーマで、京番茶や阿波番茶という地方の茶の特集が組まれており、番茶の一つとして釜炒り茶を紹介したいという依頼だった。 釜炒り茶は番茶なのか、私としても釈然としなかったが、何よりも釜炒り茶について広く紹介できる機会と捉えて執筆させていただいた。 この二つの事例から、釜炒り茶についての認識が熊本のような釜炒り茶の産地と、静岡のような産地でないところとでは異なっていることに気付くのである。 熊本などの産地では釜炒り茶を緑茶の一種として捉え、煎茶や蒸し製玉緑茶と釜炒り茶とを同格に位置づけている。 しかし産地でないところでは、緑茶イコール煎茶と認識されているようである。 蒸し製玉緑茶や釜炒り茶の存在感が無いというか、あまり知られていないと思われる節がある。 例えば全国茶品評会の表彰式でも、蒸し製玉緑茶を「むしせいぎょくりょくちゃ」と呼ばれたりすることがある。 また茶の専門家であっても、蒸し製玉緑茶と釜炒り茶を混同されている方も見受けられる。 これは蒸し製玉緑茶や釜炒り茶の生産が九州に集中していること、そして茶生産量に占める玉緑茶の割合が約4%と生産量そのものが少ないこともその一因だろう。 しかし、それ以外にも理由があると思われる。 3 歴史にみる釜炒り茶 釜炒り茶がどのように捉えられていたか、それは江戸時代まで遡ることができる。 国学者で『雨月物語』の作者としても知られる上田秋成の『清風瑣言』(1794)の一節に、「茶に蒸し、焙じの製あり、鐺炒り、日曬の製あり。 焙茶は上品、炒茶之に次ぎ、日晒は下品也」とあり、茶に蒸し製、釜炒り製、日干し製のあることを示し、釜炒り茶は蒸し製に次ぐものと位置づけている(註2)。 この蒸し製とは永谷宗円が創製した「青製」、つまり今日の煎茶のことであるが、江戸時代において既に煎茶、釜炒り茶とランク付けされていたということである。 時代は30年くらい新しくなるが、1823〜1828年に来日したシーボルトが茶のサンプルを持ち帰っている。 その茶は煎茶が8種に対して釜炒り茶が9種とほぼ同数であり、19世紀の前半には煎茶と釜炒り茶の生産が同じようにあった(註3)ことが伺える。 その釜炒り茶がどうして九州をはじめとした一部の地域だけに生産される茶となったのか、それは幕末から明治時代における茶の輸出と関係していると考えられる。 茶が産業として発展したのは、1859年に横浜港が開港されて181トンの茶が輸出されたことに始まる。 明治前期、茶は生糸と並び重要な輸出品であり日本の近代化と発展を支えてきた。 明治政府は茶業振興に力を注ぎ、明治元年(1868年)における茶の輸出量は6,069トンと、輸出が始まってからわずかに10年で驚異的に伸びている。 明治時代前半は国内で生産された茶の約80%が輸出に向けられ、しかもその大半がアメリカであった(図2)。 図2 明治の茶の生産と輸出 4 釜炒り茶イコール番茶 茶の輸出が盛んであった明治時代、茶業界最大の課題は不正茶・粗悪茶の追放であった。 不正茶とは柳の葉やクコの葉を混入したニセ茶のこと、粗悪茶とは日干しや陰干しによる乾燥不良の茶である。 茶の貿易が発展するとともに茶価が高騰すると、不正茶や粗悪茶も増加することとなり、アメリカでは明治16年(1883年)に「不正茶輸入禁止条令」が発布されている。 日本では根本的な対策が迫られ、17年には茶業組合準則を発布して郡または町村単位に組合を設置して規制に取り組むが、20年には茶業組合規則に改めて罰則を設けるなど、不正茶・粗悪茶に対する制裁を一層厳重にしている(註4)。 ここで着目すべきは、釜炒り茶が粗悪茶の一つとして取締りの対象とされていることであり、明治26年(1893年)には静岡県茶業組合連合会議所が釜炒り茶を禁止している(註5)のである。 これに関連するかは不明であるが、明治時代の茶種別生産量をみると26年までは釜炒り茶が玉露やてん茶を大きく上回り3000t程度の生産量があった(図3)。 しかし、27年以降は釜炒り茶の生産が無いというより調査対象茶種に見つけることができないのである。 図3 明治の茶種別生産量 確かに当時は釜を用いる製法で、日干しや陰干し(釜炒日干茶や釜炒陰干茶)による生産もなされており、これらも釜炒り茶と呼ばれていた。 『熊本県茶業史』や『図説日本民俗誌・熊本』には、釜炒りして陰干しする製法の茶を釜炒り茶と呼んでいたという記述がみられる。 それでは釜炒日干茶や釜炒陰干茶がどの程度作られていたか、大正の終わりから昭和初期の食生活をまとめた『日本の食生活全集』によると、各地で日干しや陰干しのある釜炒り製法があったことが分かる(図4)。 図4 日干し・陰干しのある釜炒り製法の分布 また、谷阪智佳子氏は自家消費の規模ではあるものの、各地に日干し陰干しのある釜炒り製法がみられることを報告している(図5)。 図5 日干し・陰干しのある釜炒り製法 そして、今日でも釜炒日干茶や釜炒陰干茶を釜炒り茶と呼んでいる地域がある。 このような歴史的背景から、釜炒り茶イコール番茶という認識がなされているのではないだろうか。 番茶とは広辞苑によると、「番」は「ある語に冠して、常用の粗末なものに冠する語」とある。 番茶とは煎茶の対極にある品質の劣る茶、一般的には釜炒り茶がこのようなイメージとして捉えられていると思われる。 5 嬉野と青柳 釜炒り茶とは、蒸すかわりに釜で炒ることによって茶葉の酸化酵素を破壊するところに大きな特徴がある。 佐賀県嬉野市を主産地とする「嬉野」と、熊本県や宮崎県の山間地で生産されている「青柳」があった。 「あった」としたのは、機械化が進んで両茶種とも本来の特徴を失っているからである。 両茶種の違いは釜の設置方法に因る。 嬉野は釜が約45度に傾斜していた(図6)のに対して青柳の釜は水平に設置してあった(図7)。 図6 嬉野の釜炒り 図7 青柳の釜炒り 付け加えると嬉野の釜は製茶専用の釜であるのに対して、青柳の釜は豆を煮たり楮(こうぞ)や三椏(みつまた)を蒸す時、またタケノコを湯がく時にも使われていた汎用性の釜であった。 製法についても違いがあり、生葉の炒りは嬉野が重量減30〜35%に対して、青柳は40〜50%と著しく進めるところに特徴があった。 茶も違っており、嬉野は形状が丸形で珠状となり、色沢は黄緑色、水色は金色濃厚であるのに対して、青柳は形状が湾曲してやや伸び形であり、色沢は青緑色、水色は多少青味を帯びていた(註6)。 しかし、昭和初期から生産量の増加と生産費の低減などを目的に釜炒り茶の機械化の研究が始められた。 佐賀、熊本、宮崎等の釜炒り茶の産地では、手炒り製法を基礎に炒り葉機や仕上げ機などの試作や改善が行われた。 炒り葉機については回分式(図8)を経て、大型化・効率化が進められ、昭和30年代初めには連続式(図9)が開発されて今日広く普及することとなった。 図8 回分式炒り葉機 図9 連続式炒り葉機 50年頃になると炒り葉工程の後に粗揉機などの蒸し製の機械を活用するようになったが、このような機械化によって嬉野や青柳というこれまでの釜炒り茶の特性がみられなくなった。 6 多様な釜炒り茶 釜炒り茶工場は、蒸し製の工場に比べると生産能率が低いことが課題である。 そのため生産性や経済性の観点から煎茶等への茶種変更が行われたりして生産量は減少し、今日では九州の一部の地域で生産されている珍しい茶となっている。 また、工場毎に連続式炒り葉機の大きさ、揉捻工程や水乾工程の機械の種類や大きさが異なっており、当然のことながら生産される茶の品質の差異も大きいという特徴がある。 さて、蒸し製は煎茶、深蒸し煎茶、番茶というように分類されているが、釜炒り茶については地方の珍しい茶であるが故に、バラエティーがあっても釜炒り茶と一括りで認識されている。 しかし、釜炒り茶は多様性に溢れたものではなかったかと疑問を呈したい。 その一つは前述のとおり、釜炒り茶と呼ばれる茶に釜炒日干茶や釜炒陰干茶が含まれていること、そしてこれが釜炒り茶の評価を悪くした一因であったと考えている。 そのほかに、緑茶の枠にはまらない釜炒り茶があったことも考えられる。 例えば、「昔の釜炒り茶はプンプン香りがしていた」という茶商がいる。 かつての釜炒り茶の生産は昼間に摘採収穫して、陽が傾き始める頃から加工に取り掛かっていた。 茶葉は摘採されても暫くは木陰などに静置されていたし、茶工場に持ち帰る時は竹籠などに入れられて担いで運ばれた。 当然、生葉コンテナのような機械もなく、殺青までは茶工場でも籠や板の間に広げられていた。 茶葉は摘採されてから加工されるまでの間に萎れ、表面には傷が付いて酸化発酵してしまい、出来上がった釜炒り茶は「微発酵茶」または「弱発酵茶」とも言うべきものではなかったのではないだろうか。 プンプンした香りがあったと言われるのは、このようなことからと推測する。 今日、釜炒り茶は緑茶の一種として位置づけられている。 しかし、程度の差こそあれ、酸化発酵した釜炒り茶が全く無かったとは否定出来ないだろう。 否、むしろ酸化発酵した茶が主流であったと考える。 私たちが今日考える以上に、釜炒り茶は多様性に溢れたものであったことを指摘したい。 7 釜炒り茶の特徴 品評会出品茶の釜炒り茶について考察してみる。 釜炒り茶の特徴は、よく言われるのは外観では白ずれ、内質では釜香やいぶり、焦げなどである。 このうち釜香を除けばあとは欠点とされるものである。 釜炒り茶は欠点を特徴として把握されているところがある。 品評会に取り組むことで生産技術の向上が図られると、欠点とされるこれらが改善されることになり、つまり釜炒り茶の特徴とされるところが無くなるのだが、それを「釜炒り茶らしくない」と評価するのはいかがなものかと考える。 生産改善に取り組む農家の努力を否定してしまう一言である。 そして加えるなら、そもそもいぶりや焦げを捉えて釜炒り茶を認識していることが問題ではないだろうか。 釜炒り茶は蒸す代わりに釜で炒って作る茶であり、いぶりや焦げがあるのが釜炒り茶ではないのである。 さもなければ、いぶりや焦げという特徴をもった釜炒り茶もあると評価すべきではないか。 極端な例になるが、正露丸のような香りがするラプサンスーチョンという中国の紅茶がある。 あの香りを欠点としてしまえばラプサンスーチョンという紅茶はなくなってしまう。 釜炒り茶をラプサンスーチョンにしてしまえと言っているのではなく、ラプサンスーチョンが評価されているように、釜炒り茶の多様性を認識して評価していただきたいのである。 少なくとも釜炒り茶の中にも、煎茶に位置づけられるものと番茶に位置づけられるものがあることを認識していただきたい。 8 おわりに 釜炒り茶については産地と産地でないところで認識が異なっていること、その原因を歴史的な背景に求め、私なりの考えで述べた。 そして釜炒り茶らしくないという意見に対しては、釜炒り茶はバラエティーに富んでいたことを述べ、その多様性を認めてこそ釜炒り茶の可能性が広がるのではないかと主張した。 緑茶のカテゴリーに収まらない釜炒り茶があったという仮説を述べたが、熊本県内でも摘採した翌日に敢えて加工される農家もあるのは同じような考えを持たれているからである。 中国の緑茶は釜炒り茶、その魅力は多様性に溢れていることである。 日本茶は一つの基準に沿って評価がなされているが、釜炒り茶については基準を一つにすべきでないと考える。 その多様性を認めてこそ、消費者の側からすると選択肢が増え、茶を楽しむ機会も増すのではないだろうか。 本稿では釜炒り茶について日頃考えていることを述べさせていただいたが、不足する点や不適切な点は先輩諸氏のご指導・ご指摘をいただくとして、私の調査報告を終わりたい。

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日本のお茶 ~釜炒り茶~

釜 炒り 茶

緑茶のひとつ『 釜炒り茶(かまいりちゃ)』とは、どんなお茶でしょうか? 煎茶、玉露、抹茶、ほうじ茶などいわゆる緑茶は、摘み取った生茶葉に熱を加えて発酵(酸化)を止めて作る『 不発酵茶』です。 生茶葉は葉に含まれる酵素の働きで、そのままにすると発酵(酸化)が進み枯れて褐色になります。 発酵(酸化)を止めることで茶葉の緑色が残っているのが特徴です。 ちなみに、烏龍茶は半発酵茶、紅茶は発酵茶です。 『釜炒り茶』は、不発酵茶である緑茶の一つ。 正式には『 釜炒り製玉緑茶』といいます。 <緑茶の種類> 煎茶、深蒸し煎茶、玉露、碾茶(抹茶)、かぶせ茶、玉緑茶、 釜炒り茶(釜炒り製玉緑茶)、ほうじ茶、玄米茶、番茶 目次• 釜炒り茶は発酵(酸化)の止め方がちがう 生茶葉に熱を加えて発酵(酸化)を止める緑茶ですが、その方法として蒸気で蒸したものを『 蒸し製』、釜で炒ったものを『 釜炒り製』といいます。 この釜で炒る方法『釜炒り製』を使って作った緑茶が『 釜炒り茶(釜炒り製玉緑茶)』です。 中国の緑茶では釜で炒って作るのが主流の製法ですが、日本では 『釜炒り製』は稀少となり、煎茶、玉露、抹茶などの日本茶は蒸気で加熱する 『蒸し製』が主流です。 <釜炒り製緑茶> 釜炒り製玉緑茶 <蒸し製緑茶> 煎茶、深蒸し煎茶、玉露、碾茶(抹茶)、かぶせ茶、玉緑茶、ほうじ茶、玄米茶、番茶 九州で作られている『釜炒り茶』 釜炒り茶の生産は主に、九州の佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県や、四国の高知県でも作れています。 また、九州では、炒る時の釜を傾ける角度がちがいよって嬉野製、青柳製に分かれます。 <嬉野製(うれしの)> ・地域:佐賀、長崎 ・釜を45度傾けて炒る <青柳製(あおやなぎ)> ・地域:熊本、宮崎 ・釜を水平にして炒る 釜炒り茶の茶葉は、釜の中でかくはんしながら乾燥させるので、煎茶や玉露などの針状のものとはちがい、 くるっと丸まっているのが特徴。 釜を傾けて作る佐賀、長崎の嬉野製の方がより茶葉が玉状になります。 茶葉が丸まっているお茶というと、 玉緑茶や静岡のぐり茶もよく知られていますが、どちらも蒸して作る『蒸し製』の緑茶です。 香りが特徴であっさり 釜炒り茶は、釜で炒ることでつく『 釜香(かまか、かまこう)』という香りが特徴。 芳ばしい香りで、その香りは煎茶にはない少し独特でいい香りです。 水色は明るめの黄色で、 味わいは渋みや旨味がありますが、後味はとてもあっさりしています。 深蒸し茶を飲みつけていると、少し物足りなさを感じそうですが、日本茶と中国茶をコラボしたような香りや味わいは、釜炒り茶ならではです。 稀少な日本茶『釜炒り茶(釜炒り製玉緑茶)』の香りと味わいを愉しんでみてはいかがでしょうか。 今日もおいしいお茶で愉しい、一日を。

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小学生が茶摘みや手炒りなどお茶づくりを体験【佐賀県嬉野市】

釜 炒り 茶

日本のお茶 ~釜炒り茶~ 日本のお茶も台湾のお茶も、茶葉の酵素を止める過程 (発酵を止めるともいわれています)がありますが この手法は、日本と台湾で異なっています。 日本では、大部分が摘採した生葉を 蒸気で蒸すことによって行われていますが 台湾では生葉を釜で炒ることにより 酵素を失活させています。 とはいえ日本でも、この釜炒り製法によるお茶もあり 蒸し茶製法とは違った味わいを持っています。 日本における釜炒り茶とは どのような背景をもったどのようなお茶なのでしょうか。 釜炒り茶の歴史 日本に釜炒り製法を伝えたのは、中国大陸の人々でした。 中国でも、お茶の製法は時代によって様々あり 元の頃に蒸し茶製法から釜炒り製法に移り変わり 明の時代には釜炒り製法が確立したと言います。 日本への伝来も、大陸から最も近い九州の各地域で 同時発生的に行われました。 釜炒り茶の代表的な産地である 今の佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県 それぞれの地域にゆかりがあります。 例えば熊本県についてお聞きしたところでは 17世紀の始め、熊本城の築城のため 加藤清正が朝鮮半島から技術者を招へいしましたが その人々が住み着いて自作していたという説もあります。 またその少し前、16世紀末の文禄慶長の役の際 加藤清正が朝鮮半島から連れ帰った人々だった という説もあります。 いずれにしても、歴史は思わぬ物を残すものですね。 このように、15~17世紀に伝来した釜炒り茶製法ですが 1738年、蒸し製煎茶が始まったことや 明治以降、日本茶がさかんに輸出された際には 蒸し製煎茶が奨励されたこともあり 蒸し茶製法に主流を譲っていきました。 そのような歴史背景があるため現在でも 九州地方でほとんどが生産されています。 釜炒り茶の製法 現在では機械化が進んでいますが、手作業だった頃には 佐賀県の嬉野製と熊本県や宮崎県の青柳製 この両者で大きく異なっていました。 それは、嬉野茶は釜が傾斜して設置されており 製茶専用として使われるのに対して 青柳茶では水平に置かれており ほかの作物の調理にも用いられるところです。 また、茶葉の形状や水色にも違いが出ます。 手作業の場合には、熱いものに触れる 大変な労働だとお聞きします。 具体的には、300度以上にもなる鉄の釜の中に 生葉を入れて炒るという作業です。 釜自体に手が触れないようにすることはもちろんですが 葉も大変熱くなっているため 長時間釜の前で作業するには限界があり 一日に製茶できる量も必然的に限られてくるそうです。 釜炒り茶の味わい 釜炒り茶の茶葉はまっすぐではなく 自然に湾曲した形状をしているところが 蒸し製の煎茶とは異なるところです。 その茶葉の色は白みがかった緑色なのですが お茶を抽出すると、水色は透明な黄金色になります。 炒ることで生葉の青臭さが飛ばされて 一段と香ばしく甘い、釜香という香気があります。 味はさっぱりした風味で、身体にすっと入っていくようです。 蒸し製と比べて高温で抽出しても 渋みや苦みを感じにくいことも特徴です。 終わりに 釜炒り茶の生産量は全国的にみても大変限られています。 九州の産地付近や、特に釜炒り茶を扱うところを除いては 簡単に手に入らないのが実情ではないでしょうか。 茶舎 觀壽では、蒸し製煎茶では味わえない 香気や味わいを感じていただける釜炒り茶を取り扱い お茶の多種多様な味わいが織りなされることを 知っていただきます。

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