麻生太郎 祖父。 麻生太郎(あそうたろう)とは

麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀 (徳間文庫)

麻生太郎 祖父

ずばり、幼稚園から大学まで、学習院で一貫教育を受けたことが理由と言えます。 氏の最終学歴である学習院大学は受験業界では「G-MARCH」の一角とされ、企業の入社試験に於いても足切り水準以上となる、「ソコソコのレベル」と言われる大学です。 しかし、内部進学となると話は別です。 あの慶応ですら、内部進学組の学力は低く、模試を受けた場合、G-MARCH・関関同立であってもE判定となってしまう生徒が大半だそうです。 また、医学部は、附属高校の各クラスで1番の生徒が進むというシステムになっており、2番・3番の生徒は外されるそうです。 2番・3番と言えば、トップクラスと言って差し支えありません。 医学部推薦に漏れた生徒の中には、理工学部などへの推薦を辞退し、他大学の医学部を目指す生徒もいるようですが、そのような生徒は一般的な受験生の学力に達しておらず、理系でありながらチャート式の数学の問題にも歯が立たないそうです。 また、小生の知人で、明治大附属から他大に進学した人がいます。 彼の話によると、附属は勉強しない生徒が大半で、模試を受けても大半の生徒は偏差値40台とのことです。 学習院より上の慶応や同水準の明治の附属の話から察すれば、学習院高等科のレベルなど推して知るべしです。 学習院だけが特別などと言うことは、まずあり得ないと思います。 こういった人間が苦労もせずにコネだけで地位を高めていくのを見ると、腹が立って仕方ありません。 「怪我」を「かいが」と読んだり、「村山談話を『ふしゅう』し…」などと意味不明な発言をしたり…。 安倍内閣を「学力低下内閣」と揶揄するメディアはありましたが、麻生内閣は安倍内閣以上の「学力低下内閣」と呼んで良いと思います。 まあ、安倍氏も著名な憲法学者、芦部信喜氏を「そのような先生に私は習っていないから知らない」などと言っていた程度ですので、五十歩百歩と言うべきでしょうか…。 blog111. fc2. html 麻生太郎が、「日本の水道はすべて民営化する」と言い出しました。 このことは無条件に、日本人の命の糧を多国籍企業に差し出すことを意味します。 麻生太郎の祖父・吉田茂も日米安保のときに、「日本の国土を米軍さんの好きなように使ってください」と、八百万の神々が住む日本の国土をあっさり献上したのです。 以来、日本は苦しみ続けているのです。 「血は争えない」とはこのことです。 「日本の水道は国営だろうが、市営・町営だろうが、すべて民営化します」 4月19日、麻生太郎が、CSIS 米戦略国際問題研究所 で、「 安倍晋三首相に続いて 私も戻ってきました」と切り出し、「日本経済再生に向けた日本の取組みと将来の課題」というタイトルでスピーチを行いました。 その中で、「日本の国営もしくは市営・町営水道は、すべて民営化します」と発言。 相変わらず、この御仁、漫画以外は読まないようです。 通訳を置いて、隣にいたジャパン・ハンドラー、マイケル・グリーンは喜びを隠すのに精一杯です。 「新世界秩序」から日本に送り込まれたエコノミック・ヒットマン さて、安倍内閣は、その命の糧である日本の水を外資の獰猛な牙の前に、そっくり差し出しますよ、と言っているのです。 日本の生命保険会社のガン保険などの保険商品の認可凍結しただけでなく、今度は水までも売り渡そうというのです。 これほど重大な決定を議会に諮るでもなく、ましてや、日本ではなく、アメリカの、それもただの民間シンクタンクであるCFR 外交問題評議会 の下請け機関で真っ先に表明するのです。 おそらく、自分の思考力を持たない安倍晋三と麻生太郎が、グローバリズムに汚染された日本の売国官僚によって、「TPP同様、水ビジネスでも日本は後れをとってはなりませぬ」などと言われて、あっさり了承したに違いないのです。 07 ID:DGMciHD2 以下、4月19日のCSISでの麻生副総理の水道民営化に関する部分の発言、書き起こし。 今、色々なアイデアが実に多くの人から出されているが、その中でと思っているのは、いわゆる規制の緩和です。 規制の緩和、なかんずく医療に関して言わせていただければ… (中略) このロボットは一つの例ですが、例えばいま日本で水道というものは世界中ほとんどの国ではプライベートの会社が水道を運営しているが、 日本では自治省以外ではこの水道を扱うことはできません。 しかし水道の料金を回収する99. 99%というようなシステムを持っている国は日本の水道会社以外にありませんけれども、 この水道は全て国営もしくは市営・町営でできていて、こういったものを全て民営化します。 いわゆる学校を造って運営は民間、民営化する、公設民営、そういったものもひとつの考え方に、アイデアとして上がってきつつあります」。 副総理は産業競争力会議の議長代理。 kantei. ustream. msn. htm ------------------------------------------------------------------------- 政府の教育再生実行会議(座長・鎌田薫早稲田大総長)は6日、大学入試改革に向けた議論を始めた。 高校在学中に複数回挑戦できる「到達度テスト」の導入を視野に、1回の共通テストで合否が左右されるとして批判のある大学入試センター試験の廃止を含めた見直しなどを検討する。 今秋にも結論を取りまとめ、安倍晋三首相に提言する。 安倍首相は会議の冒頭、「大学入試に過度にエネルギーを集中せざるを得ないことが、わが国の教育の問題。 幅広い観点から議論してほしい」と語った。 到達度テストは、自民党の教育再生実行本部が先月、安倍首相に提出した教育改革案に盛り込まれた。 文部科学相の諮問機関、中央教育審議会でも具体的な制度設計を検討している。 到達度テストは年2〜3回の実施を想定して議論される見通し。 大学側には年1回のセンター試験に比べ、受験生の学力を正確に把握できるメリットがある。 一方、高校側には大学に進学せずに就職する高校生の間での序列化につながるとの指摘や、到達度テストの勉強に追われ部活動など学業以外の活動がおろそかになるなどの批判があり、導入には曲折が予想される。 幅広い観点から議論してほしい」と語った。 あほう太郎とは違いますが…。 附属上がりでロクに勉強をせず、親の威光だけで偉くなった安倍首相がバカなことを言ってますね。 このような発言が出て来ること自体、附属上がりの政治家は、ロクに勉強をしていないことの何よりもの証しです。 「受験勉強ばかりさせられて子供がかわいそう」などと主張していた左派陣営と、今日の保守派では言っていることが同じです。 以下に、保守言論人・政治家の教育に関する「トンデモ発言」を掲載したいと思います。 こんな発言が出て来る時点で、保守派は偏差値や受験勉強を目の敵にするサヨクと言っていることが同レベルになっていると思います。 ・昔の子供は日が暮れるまで外で遊び、社会性を身に付けた。 だが今の子供は塾通いばかり。 これだから子供の心が荒み「子が親を殺す」などと言う痛ましい事件が多発している。 平沼赳夫氏 ・ 杉並区の和田中学校がSAPIX講師を招いて行っている「夜スペ」の授業に関し 教員免許を持たない者が教壇に立つ事を許して良いのか。 こんな事を黙認すれば学校は塾の収入源と化し、受験勉強以外は何の素養もない人間が量産され、日本の国益は侵される。 土屋たかゆき氏 ・できんものはできんままで結構。 国際学力調査の平均点が下がらないようではどうしようもない。 国際比較をすれば、欧米は日本より平均点は低いがすごいリーダーが出て来る。 日本もそう言う国になっていかないといけない。 三浦朱文氏 ・人生で最も多感な高校時代を、受験勉強のみに費やすのはいかがなものか。 小堀桂一郎氏 ・今の子供は塾通いばかりで子供らしい色々な経験をする機会が減っている。 ・過度な受験競争が子供をオウムの様なカルトに追いやった。 以上2件、山谷えり子氏 ・ 東大に多数合格者を送り込んでいる灘高校校長に対し 一つの学校から一定の人数以上はある大学には入学させないという規制をつくってはどうか。 過度の独占は問題である。 西尾幹二氏 ・偏差値秀才がこの国を駄目にして来た。 渡部昇一氏・田母神俊雄氏 ・ゆとり教育のやり方は間違っていたが、偏差値競争や詰め込み教育から子供を解放すると言う事自体は間違っていない。 戸塚宏氏 ・日本の試験秀才型の官僚達が拉致問題の解決を遅らせて来た。 荒木和博氏 麻生さんが好きと言うコミュではないのですかね・・・? 政治はあたしには分かりません。 なぜなら卵が先か?にわとりが先か?で ズルズルズルズル論争している訳が分からないのです。 どんな政策も、きっと誰かが幸せになり、誰かが不幸せになる。 平等にはなりません。 ついてくか?ついてかないか?日本の夫を決めるだけですよね 国の夫が失敗しても、じゃあどおするの?に対して行動できれば ついていきます。 いろんな論争をしても、政界に届き何かを変えられる人が 述べられるのだと思います。 裏も表もなんの事情も分からないまま届かない声で 論争するのもどうかな?と思います。 口喧嘩して、何も変えられない歯がゆい自分にストレスたまりませんか? コミュ違いでこんなこと書いてたらすみません。 blog111. fc2. html 麻生太郎が、「日本の水道はすべて民営化する」と言い出しました。 このことは無条件に、日本人の命の糧を多国籍企業に差し出すことを意味します。 麻生太郎の祖父・吉田茂も日米安保のときに、「日本の国土を米軍さんの好きなように使ってください」と、八百万の神々が住む日本の国土をあっさり献上したのです。 以来、日本は苦しみ続けているのです。 「血は争えない」とはこのことです。 「日本の水道は国営だろうが、市営・町営だろうが、すべて民営化します」 4月19日、麻生太郎が、CSIS 米戦略国際問題研究所 で、「 安倍晋三首相に続いて 私も戻ってきました」と切り出し、「日本経済再生に向けた日本の取組みと将来の課題」というタイトルでスピーチを行いました。 その中で、「日本の国営もしくは市営・町営水道は、すべて民営化します」と発言。 相変わらず、この御仁、漫画以外は読まないようです。 通訳を置いて、隣にいたジャパン・ハンドラー、マイケル・グリーンは喜びを隠すのに精一杯です。 「新世界秩序」から日本に送り込まれたエコノミック・ヒットマン さて、安倍内閣は、その命の糧である日本の水を外資の獰猛な牙の前に、そっくり差し出しますよ、と言っているのです。 日本の生命保険会社のガン保険などの保険商品の認可凍結しただけでなく、今度は水までも売り渡そうというのです。 これほど重大な決定を議会に諮るでもなく、ましてや、日本ではなく、アメリカの、それもただの民間シンクタンクであるCFR 外交問題評議会 の下請け機関で真っ先に表明するのです。 おそらく、自分の思考力を持たない安倍晋三と麻生太郎が、グローバリズムに汚染された日本の売国官僚によって、「TPP同様、水ビジネスでも日本は後れをとってはなりませぬ」などと言われて、あっさり了承したに違いないのです。 html 父親から金権体質をそっくり世襲した政治家がいる。 他でもない、総理大臣の安倍晋三だ。 安倍首相の地元、下関にはその象徴ともいうべき場所がある。 下関市街を見下ろす高台にある首相の自宅。 そして、JR下関駅駅前のだだっ広い敷地に建つ、事務所だ。 このふたつはまったく離れた場所にあるのだが、どちらも元は同じ会社が土地、建物を所有していた。 会社の名前は東洋エンタープライズ。 下関で最大手のパチンコ業者で、親会社の七洋物産は福岡、山口で多くのパチンコ店を経営している。 創業者・オーナーの吉本章治氏(故人)は、2002年には韓国から国民勲章「無窮花章」を受賞するなど、在日韓国人社会の重鎮でもある。 実は、この東洋エンタープライズ、そしてオーナーの吉本一族は、安倍首相にとって父親の代から続く地元の有力スポンサーなのだ。 吉本氏が無窮花章を受賞した際、パーティに来賓として出席した安倍首相はこんな挨拶をしている。 その支援は小渕議員同様、政治資金収支報告書に記載されている政治献金だけではなかった。 冒頭で紹介したように安倍首相の自宅と事務所はもともと東洋エンタープライズの所有で、安倍家はそれを賃借する形だったのだが、その家賃について当時、同社は取材に対し「両方あわせて月に約二十万ー三十万円」と答えている。 いくら地方都市とはいえ、自宅は2174平方メートルの敷地に346平方メートルの建物。 事務所はJR下関駅前の449平方メートルの土地つき建物である。 あわせて20〜30万円というのはありえない安さだろう。 しかも、自宅のほうは1990年に東洋エンタープライズから安倍晋太郎に所有権が移転されているのだが、その際、抵当権がついた形跡がない。 そんなところから地元では「あんな豪邸を現金で買えるはずがない。 安く売ってもらったにちがいない」という噂が飛び交い、以来、安倍首相の自宅は「パチンコ御殿」と呼ばれるようになったという。 blog. fc2. blog. fc2. blogspot. html 統一教会が幕張で大集会、自民・次世代の現職国会議員も出席•

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吉田茂の家系図に麻生太郎!こんなに豪華な血筋だった

麻生太郎 祖父

概要 卒業、(学習院大学)を取得。 その後、麻生産業に入社し、麻生セメント(現、 )の社長や日本青年会議所の会頭などを経て、(54年)衆議院選挙に初当選。 以後(58年)の落選を除き、当選回数13回を数える。 相続した自宅は25億円など世襲議員として資金力を有する。 ()、()、、(・・)、(・)、を経てにより、第23代に選出され、第92代に就任した。 で兼兼として入閣した。 首相経験者の入閣は、、に続き戦後4人目。 (クレー、競技)日本代表 (41位)。 弟のは、やなどを傘下に持つグループ代表である。 また、実妹は皇族のにあたる。 信仰は()であり、名は「フランシスコ」。 経歴 生い立ち に、和子の長男として生まれる。 を経て、小学3年生の頃上京し、に編入。 世界での事業 産経の試験を受けたが海外留学を選んだという。 帰国後は、に実家の麻生産業(「」の初期の中核企業 後に清算)に入社し、1960年代後半に、に1年近く駐在していたことがあると本人は語っている。 その後、から2年間に渡ってにて、同国のダイヤモンド産業国有化政策実施後に地元有力者から鉱区の提供を受けた麻生家の現地駐在員として、採掘業に従事していたが、勃発で帰国した。 帰国後 にセメント事業の分社化の後にグループ中核企業となった麻生セメント(現、)の社長に就任。 業から業への転換を成功させた。 なお、麻生産業時代にまた、社長業の傍らで、にの日本代表選手として出場(結果は41位)している。 政界へ 10月、に(現:)から出馬、4位(定員5名)で初当選し政界入りする。 、局長に就任。 2期務めた後、いわゆる後に行われ自民党が過半数割れしたでに2600票余り及ばず次点となり落選する。 その後で2位の社会党候補に3万6000票余りの差をつけトップ当選し国政に復帰して以降、現在まで全ての総選挙で選挙区当選している。 に所属。 にはのに就任し、初入閣。 1月、党内で長年所属した宏池会を離脱、を会長とする大勇会(河野グループ)の旗揚げに参加。 1月、不祥事により引責辞任したの後任で、、担当大臣、担当大臣に就任。 4月、に出馬し、、、と戦い31票で3位。 その後発足した小泉政権では党を務め、その後はやなどを務める。 に、保険料未払い期間があったことが判明している(1996年11月から2000年9月までの3年10か月間。 経済企画庁長官就任時、国民年金への切り替えを忘れたため )。 後に自身も未納期間があることが発覚したの(当時)が「未納三兄弟」と呼称したうちの1人である。 詳細は「」を参照 9月、に立候補するも(当時)のに敗れる(安倍:464票 麻生:136票 :102票)。 安倍新総理の下、引き続き外務大臣を務め、12月、河野グループが解散し、新たに(麻生派)を結成、会長に就任する。 、衆議院議員在職25年を迎え、より院議をもって表彰された。 同年8月の内閣改造、党役員人事で、就任するも、ほどなく安倍が退陣を表明。 9月、に立候補し、党員票ではを僅差で上回ったが、133票差で敗れ(福田:330票 麻生:197票)、1ヶ月で幹事長の座を退く。 翌8月、再び幹事長に就任するも、またしてもひと月後に、総理、総裁の福田が退陣を表明。 同年9月のに4度目の立候補をし351票を獲得。 自民党総裁に就任する。 、第92代に就任。 をする。 首相就任の際、「日本を明るく強い国にする」と述べた。 、にがに拉致されたとされる内の現場周辺を、現職首相として初めて視察した。 2009年、で自由民主党が惨敗、衆議院第1党の座から転落。 同日夜に退陣を表明。 、を辞任。 同日の臨時にてを決定。 を最大党首で同選挙で300を超える議席を獲得したのに明け渡した。 麻生は終結以前に生まれた最後の内閣総理大臣となった。 野党時代のでは続投を表明していた谷垣禎一総裁に造反する形で出馬した幹事長のを批判して安倍晋三を支持した。 ので自民党が政権を奪還。 まもなく成立したでは兼兼として再入閣した。 首相経験者の入閣はにが財務大臣、が兼として入閣した時以来となる。 また、首相経験者が副総理として再入閣するのはの以来である。 また、内閣総理大臣退任後に財務大臣に就任したのは以来2人目である。 7月、為公会がなどと合流し(麻生派)が発足、会長に就任。 2020年7月16日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて各イベントが自粛を余儀なくされている中、3000人もの出席者を集めて政治資金パーティーを行った。 (15年) - に生まれる。 麻生塾小学校(現在は閉校)を経て、小学3年生の頃に上京し、学習院初等科に編入する。 (昭和34年) - 卒業。 (昭和38年)• 3月 - 卒業。 (昭和41年)• 8月 - 麻生産業株式会社に入社。 - 麻生産業株式会社のに就任。 (昭和48年)5月 - 麻生セメント株式会社の社長(1979年12月まで)。 (昭和51年)7月 - に日本代表として出場。 (昭和53年)1月 - の会頭に就任(1978年12月まで)。 (昭和54年)10月 - に(現)から出馬し初当選。 (昭和58年)• - 元首相の三女と結婚、後に一男一女をもうける。 - で3期目の当選を目指したが落選(75,412票)。 (昭和60年) - のの創設がから認可され 、へ国立大学を誘致する。 (昭和61年) - で返り咲き当選(3期目・134,179票)同区の同じ自民党候補の新人で後に旗揚げや結成参加する。 以降まで11回連続当選。 (昭和63年)12月 - に就任(6月まで)。 (平成2年)3月 - 自民党の文教部会長に就任(1990年12月まで)。 (平成3年)• 1月 - 衆議院石炭対策特別委員長に就任(1991年11月まで)。 - 衆議院外務委員長に就任(1993年5月まで)。 (平成4年)12月 - 党外交部会長(1993年8月まで)。 (平成8年)11月 - に就任(1997年9月まで)。 (平成9年)9月 - 第2代会長に就任(2003年9月まで)• (平成11年)3月 - 党副幹事長に就任(1999年11月まで)。 (平成13年)• 1月 - 、担当大臣、担当大臣に就任(2001年4月まで)。 - に初出馬。 投開票。 4人中3位(1位はだった)• 4月 - 党(2003年9月まで)。 (平成15年)• 9月 - に就任(小泉内閣)。 - 総務大臣に再任(小泉内閣)。 (平成16年)9月 - スポーツ担当大臣を兼任(小泉内閣)。 (平成17年)10月 - に就任(小泉内閣)• (平成18年)• - に出馬(2度目)投開票。 3人中2位(1位は)• - 外務大臣に再任。 - (麻生派)を設立し、会長に就任。 (平成19年)• - 在職25年となり、衆議院で永年在職議員表彰を受ける。 - においてに就任。 9月 - に出馬(3度目)投開票。 2人中2位(1位は)• 10月〜 - 自民党の要職やの閣僚に就かず、無役として全国300箇所を行脚する。 (平成20年)• - において再び自民党幹事長に就任。 - 会長に就任。 - 首相の辞任表明に基づくに立候補。 (4度目)(5名が出馬)• - の投開票。 351票で1位当選。 第23代に就任。 - 第92代に就任。 - 総理総裁後、初のをの前にて実施。 以後全国各地を遊説。 (平成21年)• - を開きを宣言。 - にてが歴史的敗北を喫し、自身の責任を取って総理総裁職を辞任する考えをTVのにて表明。 なお、麻生自身はより対立候補を破り当選。 - 第23代自由民主党総裁並びに第92代内閣総理大臣を辞職。 - に就任。 (22年) - (J-NSC)のに就任。 (平成24年) - 自民党の政権復帰を受けて、、、、に就任()。 (平成27年) - としての連続在任期間が876日となり、を超え、戦後歴代一位となる。 (平成28年) - (蔵相)としての連続在任期間が1354日となり、を超え、戦後歴代一位となる。 (平成29年)• - ・天元会との合流によりを設立、会長に就任。 (平成30年)• - 財務大臣(蔵相)としての通算在任期間が1875日となり、を超え、戦後歴代一位となる。 人物 表彰式にて 左:麻生太郎 中央:(勝利騎手) 右:(イメージキャラクター) 人物像 首相官邸プロフィールによると公称サイズは、身長175cm(ただし、『1975年度 日本体育協会スポーツ科学研究報告集』のモントリオールオリンピック大会クレー射撃男子代表選手の身長欄によると35歳時点で172. 2 cm)、体重70kg。 名門の一族に育ち、の元社長でもあるが、本人は「首相の家庭なんて幸せなもんじゃねえ」「両親にほったらかしにされて育った」「生まれはいいが、育ちは悪い」と語っている。 口の左端が下がり気味なため雑誌などの似顔絵ではへの字に描かれることが多い。 の軽妙な語り口と歯に衣着せぬ発言で、などで聴衆の人気を博した。 周囲からは、「明るく気さくな人柄で、親しく付き合えば一方で魅力が伝わる人物」と認識されており、その人柄を評して「半径2メートルの男」とも呼ばれる。 一方で、歯に衣着せぬ物言いが祟って・を中心に野党から失言が指摘されたり、問題視され、ときには進退問題に発展することが多々ある。 海外留学などの経験から、に堪能であり、海外などの公務で媒体の登場時はを介さずに自身の英語で直接スピーチを行っている。 内閣総理大臣就任後、とも2人で会談している。 2013年のでは襟元に毛皮がついた黒のロングコート、斜めにかぶった黒の帽、淡い水色のマフラー姿をして『』は「 ギャング・スタイル」と評した。 信仰 ()である。 はフランシスコ。 への参拝も行っている (総理就任時には参拝していない)。 また靖国神社の非宗教法人化を提唱している。 のではなく、春秋のに合わせて参拝している。 在任中の(21年)、に参拝した。 また、国会議員懇談会のでもある。 クレー射撃 大学時代からを始め、22歳の時全日本選手権を当時の日本新記録で優勝。 に行われた第2回メキシコ国際射撃大会に優勝。 に選出されるが41位に終わる。 それ以来クレー射撃は封印し、以後一度も引き金を引いていない。 5月には会長に就任した。 喫煙者であり、40歳の頃からを吸っている。 については「嫌な人がおられたらなるべくその人とつきあわないか、吸わないか」と述べている。 大臣執務室は麻生自身の判断でにしておらず、可能である。 総理大臣としての評価• 『』は、「あえてここで首相の肩を持ちたい。 」と前置きした上で、「麻生政権は外交・内政ともに政策面で大きな瑕疵はなく、少なくとも及第点は与えられるのではないか」とした。 『』誌は、「存在自体に華があり、その華が首相時代には「軽さ」と見られ、バー通いや些細な失言でメディアに足をすくわれた。 」としている。 は「党内では造反者が続出。 打つ手が悉く外れた政権だったとしか言いようがありません。 」と評している。 経済政策 、年次総会にて の主席研究員であるエコノミストのが「経済政策の理論的支柱」として麻生のを中心とする政策作りに協力していると朝日新聞で報道されている。 やを中心とするに積極的な意向を示しており、財政健全化よりも対策の優先を提唱している。 2008年になってからは、財政健全化を目指した路線を見直し、「(プライマリーバランス)の11年度黒字化目標」の延期に言及している。 第二次安倍政権では財務省の代弁者として消費増税を訴えたが最終的には首相判断に従い増税延期を了承した。 労働問題に対しては、「企業の生産活動で得られたの分配は個々の企業が判断する」と述べ、企業の給与体系に対して国家が介入することに否定的な見解を示した。 首都圏と地方の間の格差問題については、「地方の自立には、きちんと財政出動をやって、道路、交通網を整備しないといけない」として地方経済振興のためにが必要との考えを示している。 また、「(地方の)医療、介護が一番しんどいのではないか。 病院をつくるより病院と結ぶ道路を造った方が安い」と述べ、道路交通網の整備による緊急医療体制の充実を主張している。 一方で地方自治体に対し、地方公務員の給与削減を要請している。 内閣総理大臣就任後の主な景気対策 (20年)には、以降のと景気低迷への対策として事業総額26兆9000億円の追加経済対策を発表。 2度のと(平成21年)度予算の"3段ロケット"として、最終的には75兆円の景気対策を実施した。 主なものとして、• の支給(1人1万2千円、65歳以上・18歳以下は1人2万円)• 料金の普通車・で搭載車限定での、・・最高1,000円の• の料金を普通車800円に値下げ• 家電制度(・・)の実施• 減税(過去最高600万円の減税)• 出産育児一時金の増額(全国一律に4万円引き上げ)• への支援(緊急保処枠6兆円、保証・貸出枠30兆円に拡大)• 料の引き下げ(標準世帯で年額約2万円) などである。 や家電制度はにも引き継がれた。 定額給付金について 詳細は「」を参照 のとよく似た、2兆円を超える(「4人家族で6万円程度になる」としている。 実際は一人1万2千円を給付)を全世帯に支給した。 この政策については、以下の通り評価が分かれている。 否定的な評価としては、が過去の「地域振興券」が消費ではなく貯蓄に回ったことから、この政策も「景気を浮揚させる効果は期待できない」との見方を示し 、に開催された全国町村長大会では定額給付金を巡る不満が噴出していると報道した。 肯定的な評価としては、(OECD)経済局のシニアエコノミスト、ランダル・ジョーンズが「即効性がある最も有効な措置」 だとの見方を示した。 定額給付金の成果については、消費拡大に一定の効果を生み、家具や家電などの購買を促進させるなど、新たな消費を生むきっかけになったと麻生の総理大臣退任後に報道された。 第二次安倍内閣財務大臣として 法人税引き下げ慎重論 効果の期待できない法人税の引き下げではなく、投資減税により景気刺激を行なっていくべきとした。 これに対し、2013年7月ので、特任教授の委員からは、法人税収入に占めるの割合が26パーセント程度に低下しており、「製造業が日本の法人税を担う時代は終わった。 」とし、法人税のを35パーセントから30パーセントへ引き下げすべきとの主張が出された。 また、2014年5月16日には委員が座長を務める政府税制調査会法人課税ディスカッション・グループで、「法人税率の引き下げは避けて通れない」とする改革案の確認が行われた。 同年6月3日には麻生も「責任ある代替財源が示されるのであればいい。 」と、初めて実効税率引下げを容認し、にも盛り込まれることとなった。 公的年金の運用 2013年5月18日、麻生は札幌で次のように講演した。 「『株価が上がっても株は持ってないので関係ない』という人もいると思うが、年金は株式の運用で成り立っている。 7月に年金の運用状況が出てくるが、ウン兆円の黒字になる」。 (2009年2月24日) 「」を重視した。 特に、日本が非欧米圏でそれら価値の先駆者であることに着目した上で、北東アジアから、を経て、インド、中東、中央アジア、中・東欧にかけての「弧」上にある国との間で、日本がリーダーシップをとってこれら価値を共有し、「弧」地域全体の繁栄に貢献する、その結果として経済や安全保障などで日本も国益を享受するという「」を外交の基本方針としている。 著書「とてつもない日本」(新潮新書)では、民主化支援、法律の整備や法律家人材育成に日本の制度や経験を活かすなどのほか、自衛隊のPKO活動、の上級審裁判官としてのの派遣、自身の思い入れのあるも含めた日本文化を通じた交流も、その具体的施策として位置付け、重視する姿勢を示した。 の「自由と繁栄の弧」構想はやなどの価値を共有しているとはいえないの反発を招くとの批判もあった。 日本の国際的存在感の低下、に象徴される日中間の力関係の変化という新たな国際情勢のもと、との正面衝突を回避しつつ、アジアにおけるパワーバランスを適正に保ち、アジア及び世界の安定と発展に寄与する外交政策であるとの評価されている。 の副総理兼財務大臣としても、最初の外遊先として、民主化やを急速に進めるを選んだ。 この点、では、首相、麻生太郎副首相兼財務大臣に加え、元の企画・立案者とされる元外務事務次官も内閣官房参与となったため、「自由と繁栄の弧」が外交の基本方針として復活するとの指摘もある。 韓国 に対しては、の副会長も務めており、首相在任中は、日韓シャトル外交を定着させるなど日韓の親善に尽力した。 麻生が議長を務めるの「国づくりの夢実現検討委員会」を通じての実現に向けた政策提言を発表していることが2003年に自民党機関紙で伝えられた。 2007年1月26日に「日本と韓国は、互いにとって最も近く、基本的価値を共にする大切な民主主義国同士であります。 そのような間柄にふさわしい、未来志向の関係を打ち立てます」と述べている。 また、2005年12月25日の韓国の大手メディアである『』のインタビューで、「韓国に一年に2度ずつ計40-50回ほど行っているが、私が知っているかぎり今の両国関係が最も良いのではないかと思う。 それは韓国の生活水準が良くなり、自信をつけているためと思われる。 だけでなく、韓国製品が非常に良くなった」と発言している。 中華人民共和国 2008年10月24日、ので開かれた「日中平和友好条約締結30周年記念レセプション」に内閣総理大臣として参加し「『友好』というお題目のため遠慮する関係ではなく切磋琢磨して協力していくことこそ真の」と挨拶し、日中が競い合うことで「共益」を実現し、両国関係強化につなげる方針を打ち出した。 また、「日中韓の経済は・・の合計も上回る」として中韓との経済協力強化を打ち出し 、麻生の地元でかつ中韓からも近い福岡県太宰府市の九州国立博物館で第一回を開催して「三国間パートナーシップに関する共同声明」に署名した。 中華民国(台湾) 親台派として知られ、総理大臣辞任後も台湾政界に太い人脈を持つ。 で「民主主義が成熟し、経済面でも自由主義を信奉する法治国家であり、日本と価値観を共有する国」と発言し、中華人民共和国のマスメディアから「日本の外相が『は国家』と発言」と非難され、国内からは絶賛されたこともある。 インドとの安全保障協力共同宣言 麻生の内閣総理大臣就任後の2008年10月21日から23日にかけて、の首相が日本を訪れた。 麻生はシンとの首脳会談に臨み、外交と防衛における対話、船舶の安全航行などの協力について合意した。 その後、両者は国際問題に関する情報交換、船舶の安全航行、テロとの戦いを骨子とする「安全保障協力に関する共同宣言」、日本とインドのあいだで合意済みの諸事項の一層の促進を求める「戦略的グローバルパートナーシップの前進に関する共同声明」に署名。 麻生はこの会談で日本とインドの経済関係の促進に前向きの姿勢を見せ、 - 間の貨物鉄道建設計画に総額4500億円の円借款を供与することを伝えた。 麻生はシンに対し、に未加盟のインドに対する原子力協力分野での協力について慎重な日本の立場を説明した。 交渉については、早期妥結を目指すことで一致した。 麻生との共同記者会見の席でシンは、意見交換を行った22日の首脳会談を「非常に生産的で充実したものであった」とした。 シンは麻生に対して「古くからのそして非常に尊敬すべきインドの友人」と述べ、2年の間に首相として2度来日したことについて「2年の間に2度来日しているという事実が、インドが日本との関係をいかに重視しているかを表している」と強調した。 北方領土問題 2006年12月13日のにおいて、を解決するために、北方4島(、、、)全体の面積を2等分して、半分をに譲ることにより解決を目指す考えを示した。 これは元首相のから「北方領土の返還は党是だ。 党の基本問題として守るべきものは守ってきちっとやってほしい」と批判された。 また、2009年2月に州内のコルサコフ近郊で行われたサハリンプロジェクトの一つのLNG工場稼働式典に合わせ、日本の首相としてはかつての領有時代を含めて初めてサハリン州を訪問し、ロシアの大統領と会談した。 日本政府の公式見解では「所属未定地」となっている南樺太(サハリン南部)での会談には一部の有識者から批判が提起され 、日本では総務相が国会答弁で「正直、実に微妙な問題だなと思う」と感想を述べた。 これについては北方領土問題とは異なり、南樺太については、ロシアが実効支配していることについてロシア以外のいかなる国の政府も領有権の主張を行っておらず、領有権を放棄した日本政府も異議を唱える立場にはなく、2001年にはサハリン州ユジノサハリンスクに総領事館を設置して、ロシアの実効支配を前提とした日常業務を行っている事もあり、訪問への反対運動は広がりを見せなかった。 発展途上国への政府開発援助 ODA には積極的な姿勢を取っている。 2007年1月26日、「ODAは、我が国の重要な手段であります。 国際社会の一員としての責務を果たし、かつ、自らの繁栄を確保していくために、ODAを一層戦略的に実施します。 「自由と繁栄の弧」形成のためにも、ODAを活用していきます。 そのうえで、ODA事業量の100億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります」と述べた。 核武装論 2006年10月、自民党政調会長(当時)のが「も選択肢として考えておくべき」と発言したことで一部から非難を受ける。 麻生はの堅持を前提と明言しつつも、「隣の国が持つとなったときに、1つの考え方としていろいろな議論をしておくことは大事だ」「日本はされた国ではない。 を封殺するということに与しないという以上に明確な答えはない」と発言した。 この発言が原因で、12月に民主党、、ら4党から外相としての不信任決議案を提出された。 2009年11月23日、総理大臣時代に、日本に対するの「」堅持のため、米議会が中期的な核戦略検討のために設置した「戦略態勢委員会」に働きかけを行っていたことがわかった。 インテリジェンスのさばき方 諜報機関や国家運営に必要な情報収集能力を「」と呼ぶことがある。 麻生は英米のインテリジェンスを次のように比べた。 はMI6(現)との2つのインテリジェンスがある。 英首相は2つを競合させる、つまり真贋を見分けて最終判断を下す機会を持ち、判断の政治的責任を引き受けている。 他方、アメリカのインテリジェンスはだけであり 、米大統領はインテリジェンスを競合させたり政治的責任をとったりできない。 これは、イラク戦争の際にが存在すると誤認した構造要因だったと麻生は考えている。 このような事実から、インテリジェンスの吟味が大事だという。 この結論をは高く評価した。 日米貿易交渉 を勝ち抜いた大統領は、就任直後より日本を含むを抱える国々に対し貿易不均衡の是正を求めた。 以降、麻生太郎副総理と副大統領による日米経済対話が二回開催されたが、アメリカ側の交渉要求などを相応にさばいたためトランプ大統領は不満つのらせ、ととの へ移行した。 2019年、訪米中に行われた財務長官との会談の中で、新たな貿易協定に為替条項の導入するよう迫られるも「貿易政策と為替政策をリンクする議論には賛同しかねる」として反論したことが伝わっている。 歴史認識 、に対しては肯定的側面もあったとする発言をしている。 2003年、学園祭において「はが望んだ」 、「日本は普及に貢献した」と述べた(当該項目も参照)。 また、2006年のでの講演において、日本が植民地台湾のに力を入れたと指摘したうえで「台湾はものすごく教育水準が上がってなどが向上したおかげで今極めて教育水準が高い国であるが故に、今の時代に追いつけている」「我々の先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるなと正直そのとき思った」と述べた。 (19年)、で講演。 日本独自の中東和平外交として、の開発を進める「平和と繁栄の回廊」構想に触れ、「米国人にできないことを日本がやっている。 日本人というのは信用がある。 青い目で金髪だったら多分駄目よ」「われわれは幸いにしてをしている。 そこ(中東)で搾取をしてきたとか、ドンパチ、撃ったとか1回もない」と述べた。 (18年)、アジア各国の政府首脳や経済界リーダーを招いた国際交流会議「アジアの未来」において「近代の生んだ毒......。 それはすなわち『国民国家』であり、『自民族中心主義』という意味に規定される『』でした。 この2つは、地図に黒々と、太い国境を引く思想でした。 また時として、そのを外へ外へ、無理やりにでも広げていくのをよしとする考えでした。 (中略) 他人(ひと)のことは言いますまい。 日本人は一度、国民国家とナショナリズムという、強い酒をしたたかにあおった経験があります。 皆さんこれからのアジアは、国民国家の枠、ナショナリズムの罠に絡め取られるようではいけません」と述べた。 2008年10月2日には日本の過去のアジア支配に対する反省と謝罪を明確にした「」について、「いわゆる村山談話と17年8月15日の小泉純一郎首相の談話は、先の大戦をめぐる政府としての認識を示すものであり、私の内閣においても引き継いでいく」として麻生内閣でも、明確に堅持する方針を示した。 同年にはのが旧の侵略行為を否定する論文を執筆していたことが判明したが、麻生は記者団に対して「個人的に出したとしても、立場が立場だから適切ではない」と述べた。 「太郎ちゃんねる(2008年配信)」において、「12月にがで始まる」と書いたことについて、「1941年12月に始まったのは第二次世界大戦ではなくである。 この歴史認識は知性を疑われる恥知らずの間違い」として、のから国会での謝罪と訂正を求めるが提出された。 日本軍慰安婦問題 としてはを踏襲することを表明したが、に提出された問題をめぐるにある「日本軍による強制的な性奴隷化」といった記述について「客観的な事実にまったく基づいていない」と強い遺憾の意を示している。 麻生はまた、の自由権規約委員会が従軍慰安婦に対して日本政府に謝罪と補償などを行うよう勧告したときも、において、内閣総理大臣として「この勧告は、法的拘束力を持つものではなく、市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国に対し、当該勧告に従うことを義務付けているものではないと理解している」と述べ、慰安婦に対して謝罪や賠償をする意思がないことを表明した。 麻生個人の見解としては、慰安婦問題をめぐる対日非難決議案は、日本と米国が緊密な関係になることを良しとしない第三国による日米離間工作であると見なしている。 靖国神社問題 (平成18年)付のにて『靖国にいやさかあれ』という論文を寄稿した。 政治家のについては、が問われるなど一番の問題は靖国神社がであることだとしており、2006年の総裁選では総理になった場合に靖国神社を非宗教法人化(国が関与できるへの移行)し、国立追悼施設にすることを公約に掲げた。 2008年10月にも「神社という名前が問題なら、靖国廟でもでもいろんな形がある」として、非宗教法人化を支持する姿勢を示している。 2006年には、「になった際には靖国参拝を自粛する」という考えを示していた。 2008年に首相に就任した直後には「行くとも行かないとも答えることはない」として曖昧な姿勢を見せている。 外交問題に飛び火した小泉首相の参拝について「が(参拝を中断しろと)言えば言うほど行かざるを得ない」とし、「これはタバコを吸うなと言うと吸いたくなるのと同じだ」と述べた。 麻生本人は外相在任当時、外務大臣は個人ではないという理由で靖国神社には参拝しなかった。 のについては、「靖国神社に戦死者でない人が祭られていることが非常に大きな問題点だ」「(首相の参拝について)他の国々、国内からいろいろ言われないよう、英霊から感謝されるような形で参拝できる制度を考えるべきだ」との見解を示している が、靖国神社が宗教法人である限り政治の介入による分祀は厳に慎むべきであるとしている。 そのため、靖国問題の解決策に関しては、靖国神社の非宗教法人化を行い、国が関与できるようにしてをすることを「1つの方法」と発言し、「望ましい」として賛成している。 2006年、で行われた公明党議員の会合で、「は天皇陛下のために万歳と言ったのであり、首相万歳と言ったのはゼロだ。 天皇陛下が参拝(正確には「親拝」という)なさるのが一番だ」と述べ、「(天皇が)公人か私人かという論議のため参拝できなくなったが、解決の答えはいくつかあるはず」と付け加えたが、批判を浴びると「今の状況で天皇陛下に参拝していただきたいとは一切言ってない」と発言を修正し、釈明した。 日本と韓国の緊張関係について、「両国が靖国問題にあまりにも執着しているのが最も大きな問題だ。 当分はマスコミが靖国問題を書かないのが一番よさそうだ。 問題をあおって増幅させた」との考えを表明している。 2006年に都内のホテルで開かれた国際交流会議「アジアの未来」で講演し、「23日に自分がで中韓の外務大臣と会談したので関係改善の流れが出て来た」と発言。 これに対して韓国産業資源部長官は、「アジア共同体形成に関して各国間合意はできたが、韓中日の共同体構築努力が他地域に比べ足りない、原因は一部政治家の靖国参拝や歴史問題だ、ヨーロッパがいかにしてこれを克服したか考えて欲しい」と講演した。 首相在任中の2009年には「(靖国神社は)最も政治やマスコミの騒ぎから遠くに置かれてしかるべきものだ。 もっと静かに祈る場所だ」 として、に靖国神社参拝を行わない意向を示した。 には、首相在任中には参拝しなかった靖国神社に参拝した。 制度改革 義務教育の短縮 に関して麻生は、改正前の2002年に、「教育基本法には「国」という概念を明確に打ち出す必要がある。 〔…〕「愛国心」を持つことの大切さを明示すべきなのだ」との見解を示していた。 また、「思い切って中学の義務教育をやめてもいいのではないだろうか」として、義務教育を9年から6年に短縮する構想を示した。 これに対しては「11歳か12歳で自分の人生に見きわめをつけよというのですから無理な話です」と述べ、この構想を批判している。 憲法改正論議 2008年9月の国連総会での演説後、自衛隊のの行使について「できるようにすべき」と憲法改正もある程度は必要との認識を持っている。 ののアンケートでは「国民的合意が得られるものから適宜行うべきだ」と回答している。 詳細は「」を参照 選択的夫婦別姓制度 の『』のアンケートでは、選択的制度導入について、「結婚したら全員が夫婦同姓にすべき」としている。 一方、は麻生は選択的制度導入に基本的に賛成である、と述べていた。 また、政策CPプロジェクト衆議院選挙2005プログラムでは「選択的夫婦別姓を認めるか」に対し「認めるが子供の姓はどちらかに統一する」と回答している。 漫画の表現規制 漫画やアニメの強化を推進する立場を明確にしている。 によって『』に閉架措置がとられた問題について「(はだしのゲンを)出たころ毎週の連載を読んでいましたけど、もっと禁止したほうがいい成人向け漫画がある。 自民党でポルノコミックについて(規制を)やったときは「成人向けにすべきじゃない」とずいぶん反対があった。 そういうもののほうが、もっと問題なんじゃないかね」と述べた。 から発生したでは規制強化の立場からを代表して「子供向けポルノコミック等対策議員懇話会」の会長を務めたうえ、についても法規制の必要性を主張している。 健康増進法改正 自らも喫煙者であることから、防止を目的とした改正案について反対している。 2月20日の衆議院において、から「麻生氏といえば片手に葉巻をくゆらせる姿が印象的で、とてもかっこいい。 防止対策が進んでいくとシガーバーにも影響が出ると思う」と質問を受けたことに対し、「が吸えないシガーバーには行かないようにしたい」と答えた。 2月21日の衆議院において、「(の患者数)は間違いなく増えた。 ってそんな関係あんのって色んな人に聞くんです」として、防止の必要性について疑問を呈した。 また、についても、「で吸えるよう提案してみてはどうか。 イライラがずいぶん収まって、激論もちょっとは減るんじゃないか」と主張した。 政治的立場 派閥 詳細は「」を参照 主な役職等• JC 元会頭• 日伯国会議員連盟会長• 副会長• 会長代行• 九州支部顧問• 特別顧問• (J-NSC)• 公明党との関係 麻生の2008年自民党総裁選出馬表明の直後には、公明党支持母体の婦人部・公明代表代行のが異例のスピードで支持を表明した。 その後、2008年8月11日にまだ自民党総裁が決まってない段階で、公明党幹事長のも「日本の未来を考えたときにリーダーは明るさが必要だ」として明確な支持を表明している。 神道との関係 麻生の信仰宗教は()であるが、(関係者などのの)から支援を受けている。 (平成21年)には、神道政治連盟国会議員懇談会のに就任している(これはが政治活動をしないためであり、公職である政治家をや教会などが応援すると、カトリック教会の教義にあたる第285条に抵触する為である)。 麻生グループ 関連会社「麻生」(福岡県飯塚市)から、2002年4月30日付で麻生が支部長を務める自民党支部が総額650万円のを受けていた。 前年度中に「麻生」は国から補助金1458万円を交付されており違反の疑いを指摘された。 同社は県から間接的に受給していたので問題ないとの認識であった。 報道後に同社は返金を求めることを表明した。 電力会社からの献金 や関連企業が購入額の目安として、東京電力が政治家の電力業界での重要度を査定しランク付けしていた上位10議員の内の1人であったことが朝日新聞に報じられた。 政治資金パーティー 外務大臣だった2007年6月、大規模なを自粛すると定めたに反し、のパーティーを開催して約8470万円の収入を得ていたことが、で分かった。 衆議院議員初当選後 2001年以降• の麻生も同席したにおいて、「大勇会の会合で出身のに対する差別発言をした」と会合の出席者から聞いたとして、野中は麻生を強く批判した。 麻生は発言を否定している。 「」を参照• 在任中の、この日に開館したの開館記念式典での来賓祝辞の中で「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本のほかにはない」と発言。 同博物館はは異なるものの麻生の地元である内にあり、展示内容は「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」である。 2006年• 、で開いた集会で、で予定されていた日米豪閣僚級安全保障対話が延期されたことに関連し「(の)首相の容態が極めて悪く、会議途中でそのままおになると意味がないので延期ということになった」と述べ、配慮を欠くとの批判を浴びた。 2007年• 、内で講演会において、国内外の米価を比較する例えとして「7万8000円と1万6000円はどちらが高いか。 の人でもわかる」と発言。 これについては野党からの反発だけでなく、与党からもに悪影響だと懸念され、官房長官(当時)のからも「適格性を欠く」と批判された。 麻生は翌に謝罪したうえで撤回した。 、アルツハイマー発言の翌日にでの演説で「酒は『きちがい水』だとか何とか皆言うもんだから、勢いとかいろんなことありますよ」と発言した 2008年・内閣総理大臣就任前• 、首相(当時)のは国会審議で民主党の協力が得られず、支持率も低迷し行き詰っていたことでを行った。 その際、福田政権発足時には入閣・党役員就任を固辞していた麻生も、党の危機であることからに就任した()。 、参議院議長のを表敬訪問した際、ドイツで末期に、ナチスが台頭した経緯に触れて危機感を示した。 江田は麻生の見通しを否定し、互いにそうならないようにしなければならないと返した。 、前でのの街頭所見発表会の発言の中で、前月になど内で3人の死者を出したに関して、「岡崎の豪雨は1時間に140ミリだった。 や岡崎だったからいいけど、で同じことが起きたら、この辺全部洪水よ」と対策の不十分さに言及したが、これに対し被災地域を軽視しているとして岡崎・安城の両市と岡崎市議会は麻生側に抗議文を郵送。 同17日、麻生側は「不用意な発言で不快な思いをさせたことをお詫びし、復旧についてできる限りのことをする」との趣旨の謝罪文を、岡崎・安城の両市に送付した。 なお、の豪雨で、名古屋市は河川が氾濫して洪水となり、88万人に対する避難指示が出される事態となった。 内閣総理大臣在任中 2008年9月• 、『』が「とてつもない金持ちに生まれた人間の苦しみなんて普通の人には分からんだろうな」と発言したと報道した。 2008年11月• のワシントンでの同行記者団との懇談で、について「給付なんておれはいらない、というプライドもある人もいっぱいいる」と発言した。 多くの報道機関からは「定額給付金を受け取る国民はプライドが無いとも取れる」と解釈され、批判的な報道がなされた。 また、2008年で自民党長崎県連が主催した首相の演説会で演説し、定額給付金について「私はそんな金をもらいたくないという人はもらわなきゃいい。 (年収が)1億円あっても、さもしく1万2000円が欲しいという人もいるかもしれない」と発言した。 、全国知事会議で「自分が病院を経営しているから言うわけじゃないけれど、大変ですよ。 はっきり言って(は)社会的がかなり欠落している人が多い」「(医師不足の)責任はおたくら(医師)の話ではないですか」と発言した。 会議後、記者団に発言の真意を問われ、「まともなお医者さんが不快な思いしたっていうんであれば、申し訳ありません」と謝罪した。 のや、自民党のの、元副総裁の、会長のなどに苦言を呈されたほか、内閣官房長官のも不適切との認識を示した。 中でも山崎は「『社会的に非常識だ』と社会的非常識な人(麻生)に言われたくない」と強い口調で批判した。 翌日、会長のが、抗議のために首相官邸を訪れた。 これに対して麻生は「誤解を与えているようで、不適切であり、撤回する」と述べた。 日本医師会会員からは日本医師会執行部に対して「自民党支持をやめるべきだ」との抗議が続々と寄せられており、日本医師会は、次期衆院選への影響は避けられないとの見方を示した。 その他にも声明を発表し、「麻生総理は行政府の長として失格」と痛烈に批判。 医師会も「政治家として、いや社会人として持つべき常識すら欠如している」との抗議文を首相あてに送付した。 代表代行のからも「常識がないのは発言している総理の方では」と皮肉られた。 の経済財政諮問会議において「67、68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている、医者にやたらかかっている者がいる。 彼らは、学生時代はとても元気だったが、今になるとこちらの方がはるかに医療費がかかってない。 それは毎朝歩いたり何かしているからである。 私の方が税金は払っている。 たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金を何で私が払うんだ」と発言した。 この発言は「だから、努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティブがないといけない。 するとごそっと減る」と続き 、予防の奨励によっての削減が期待できるとしたが、前半部分が「病気になるのは本人の不摂生()のため」と受け止められ、また制度の概念を軽視する発言でもあるとして批判された。 後に麻生は「にある人のを害したなら、その点はおわびする」と陳謝した。 、税制調査会長の、前幹事長の、、などが苦言を呈した。 代表のは不適切な発言との認識を示した。 また、菅直人は「国民が、自国の首相を恥ずかしいと思う状況になっている」、のは「とは何かということを根底からわかっていない。 やっぱり太郎ちゃん、なっちゃいけなかったんだな」と批判した。 も「首相はああいう性格。 いろんな発言はこれからもあるだろう」と発言した。 、訪問先の・で、民主党代表のが、の党首会談で第2次案の審議・採決に応じる約束をほごにしたら「辞める」と発言したのに、後に否定したとして「この人の話、危ない。 信用できなくなった」と発言、今国会提出を見送る考えを示した。 小沢は「(会談後の記者会見で)『議員辞職するか』と聞かれたから『そんなことは言ってません』と言った」と説明。 党首会談では「党内を説得できずに結果が違ったとしたら、としての責任を取ると言った」と反論した。 さらに小沢は、麻生が「信用できない」と第2次補正予算案の今国会提出を見送る考えを示したことに対し、「僕の話で決めるレベルのことではない。 厳しくなっている国民生活を政府がどうするかの問題だ」と批判し、「本当に首相として情けないというか、あまりにレベルが低い」と述べている。 2008年12月• 、『毎日新聞』は()を視察し、「民間で銭にしちゃおう、『しのぎ』にしようというのがすごい」と発言し、暴力団の資金集めなどを指す時に使われることが多く品位に欠けるとの指摘もありうる問題発言として報道した。 、参院決算委員会で健康増進策に関する質問に対して、自身の朝の散歩を挙げ「いい年こいて朝歩いているなんて、徘徊老人と間違われたりする時代があった。 呼び止められたことが何回もありますから」と答弁したところ、に詰めている記者団から「配慮に欠ける発言ではないか」と質問を受けると「どうして? 何かよく分からない、言っている意味」と発言した。 、(東京都)を視察した。 この際、失業し、再就職の相談に来て、「とにかく六本木などで働きたい」と発言していた若者に「今まで何してたんだ?新しい仕事というのは『これがやりたい』と言わないと、相談される方も『何かないですか』と言われても困る。 何がやりたいか目的意識をはっきり出すようにしないと、就職というのは難しい」といったメッセージを送った。 首相がそういうことを言うのはどうかと思う」、「職があれば良いというレベルです、私の場合は」、「今の不況の中では仕事を選べないところもあるから」とインタビューで答えた ほか、鳩山由紀夫は麻生の言葉に対し、「誠に的はずれだ」「なかなか自分の思い通りの仕事が見つからない状況だからこそで探そうとしている」と批判した。 夜、で行われた閣僚とのの席で、「わたしの発言でご迷惑をお掛けした。 若干、発言に問題があったなあ」と照れながら陳謝したという。 2009年• の会見において、に関して「個人に給付されるものにもらえとかもらうなとか言えない。 ぜひみなさんに使っていただきたい」と、所得制限を設けず全国民に受け取ってもらいたいという趣旨の発言をした。 また、政府・与党としても「も積極的に受け取るべき」との見解を示した。 前年に「12,000円もらう人はさもしい」などと高額所得者は受け取りを辞退するよう呼び掛けていただけに、今回正反対の考えを示したことには「コロコロ意見が変わる」と批判の声が出た。 の予算委員会で「(小泉)内閣の一員として最終的に賛成したが、は賛成ではなかった」と発言し、野党だけでなく自民党内にも大きな波紋を広げた。 2009年 - 麻生の相次ぐ失言に対し、河村建夫が記者会見にて「医者や株屋の話もあった。 相手を傷つけない配慮はされるべきだ」 「バランス感覚を持って発言してもらうことは必要だ」 と批判した。 、での党勢の拡大を図り、麻生が各候補者への訪問や街頭演説を開始。 麻生は東京都議会議員選挙をに喩えて党への支援を訴えたが「には(元日本代表の)みたいなはいない」 「日本のスーパー(スター)はぐらい」 と発言。 には立候補予定者の事務所を訪れた際、立候補予定者の子息に対して「おまえも後を継ぐのか。 頑張れ。 親の後を継いで悪いことは何もない」 と発言。 の立候補予定者事務所での挨拶では、について「必勝を期して」と言うべきところを「惜敗を期して」 と発言し、驚いたの自民党支部長が「必勝です」 と指摘するが、訂正せず。 深谷が麻生に耳打ちするなど再三指摘したため「再び勝って、必勝を」 と発言内容を修正。 選挙では麻生側が党推薦候補に対し応援を申し入れてきたため、選挙対策本部がでの演説を打診したところ、麻生側がやなど人口の多い都市での開催を要求してきたため、選挙対策本部が麻生の来県を拒否した。 - 日本青年会議所の会合で「元気な高齢者をいかに使うか。 この人たちは皆さんと違って、働く事しか才能が無いと思って下さい。 働く事に、絶対の能力がある。 80歳過ぎて遊びを覚えても遅い。 働ける才能をもっと使い、その人たちが働けば、その人たちは納税者になる」と発言し、系のマスコミから高齢者侮辱発言として批判された。 - 学生との対話集会にて、結婚生活には多額の費用がかかるため若年層が結婚するのが難しくそれがの一因ではないか、との質問が出た。 その質問に対し、麻生は「金がないなら結婚はしないものだ。 うかつにしない方がいい」 と回答した。 麻生発言の真意を問われ、河村は「表現は直截(ちょくせつ)的だが、むしろ若者の就職対策を進めなければいけないという裏返しの表現」 と説明した。 またこの発言は 、 等の各国のマスコミに「失言」と報道された。 副総理在任中 2013年• 、社会保障制度改革国民会議第3回会合で終末期医療に関して、「チューブの人間だって、私は遺書を書いて『そういう必要はない。 さっさと死ぬから』と手渡しているが、そういうことができないと死にませんもんね、なかなか」「いいかげんに死にたいと思っても生きられる。 しかも、政府のお金で(終末期医療を)やってもらうのは、ますます寝覚めが悪い。 さっさと死ねるようにしないと」と発言し、すぐに適当でなかったとして発言を撤回した。 与野党から「TPOというものがある」「社会保障について本当に温かいまなざしで国民を見ているのか」などと批判された。 23日には全日本年金者組合京都府本部が「政府が自立・自助を唱えてすすめている本音がでた」などとして抗議と要請の緊急決議を行った。 、の開いた憲法改正についてのセミナーで、「最近は左翼じゃないかと言われる」と前置きした上で、「憲法改正なんていう話は熱狂の中で決めてもらっては困る。 ワァワァ騒いでその中で決まったなんていう話は最も危ない」という趣旨の発言を5度繰り返すなど、終始、改憲に消極的な発言を行った。 その中で改憲積極派に向けて、を引き合いに出し、「もいつの間にかナチス憲法 に変わっていた。 あの手口を学んだらどうか。 騒がないで、納得して変わっている。 喧騒の中で決めないでほしい」 と発言した。 セミナーでナチスに関連する発言をしたことを、読売新聞のWeb版 という見出し記事で報じた。 ただしその後、『改憲「狂騒、狂乱の中で決めるな」…麻生副総理』 と共同通信 が報じた。 ナチスに関連した部分のみを見出しにした報道を端緒に、この発言は海外の一部メディア・ユダヤ系人権団体らが一斉に批判することになった。 7月30日、ユダヤ系人権団体が『Which 'Techniques' of the Nazis Can We 'Learn From'"? (一体どんな手口をナチスから学べると言うのか)』と題した声明を発表し、発言の真意を説明するよう促した。 また、同日、韓国外務省報道官は定例記者会見で、「侵略の被害を受けた周辺国の国民にどう映るかは明らかであり、多くの人を傷つける」と批判した。 翌31日には中国外務省の洪磊副報道局長が、「日本がどこに向かおうとしているのか、アジアの近隣諸国や国際社会の懸念と警戒を引き起こす」と批判した。 これらの批判や報道を受け、セミナーの主催者兼司会者でもあったジャーナリストのは「が日本を国際社会の笑い物に…歪曲された麻生発言」(産経新聞2013. 5「美しき勁き国へ」) において、「朝日新聞はこのようにして事柄を歪曲していくのか。 麻生発言を朝日新聞が報じる手口を眼前にしての、これが私自身の率直な感想である」と述べ、「(麻生は)改正論議の熱狂を戒めたが、私はそれを、改正を急ぐべしという国基研と自分は同じではないというメッセージと受けとめた」とした上で、「有り体に言って一連の発言は、『ワイマール体制の崩壊に至った過程からその失敗を学べ』という反語的意味だと受けとめた」と述べた。 そして「憲法改正に後ろ向きの印象を与えた麻生発言だったが、は全く別の意味を持つものとして報じた」として、同紙天声人語が麻生が改憲に積極的だという前提で、「素直に聞けば、粛々と民主主義を破壊したナチスのやり方を見習えということになってしまう」と書いたことや、朝日社説が「ある日気づいたら(中略)あの手口に学んだらどうかね」の部分だけを引用し、「普通に聞けば、ナチスの手法に学ぶべきだと言っているとしか受け止められない」と書いたことなどを、「朝日は前後の発言を省き、全体の文意に目をつぶり、失言部分だけを取り出して、麻生氏だけでなく日本を国際社会の笑い物にしようとした」と朝日新聞を批判した。 ナチスに関連した発言は多くの国内外のメディアが批判することとなったが、桜井は「8月1日と2日、朝日の紙面は麻生発言で『熱狂』した。 日によって1面の天声人語、社会面、社説を動員し、まさに全社あげてといってよい形で発言を批判した」と朝日の報道のみに言及した。 8月1日、麻生は「同研究会においては喧騒にまぎれて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法に係る経緯をあげたところである。 私がナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである。 ただし、この例示が、誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい」 と述べた。 野党側はに閉会する臨時国会中に、予算委員会での集中審議を求めていたが、与党側は「一応の決着をみた」として審議を拒否した。 なお、ミュンヘンの公立現代史研究所のマグヌス・ブレヒトケン博士は「麻生氏の例えは驚くべき発言だ」と述べたうえで「ナチスが政権を握った1933年以降も、公式にはワイマール憲法は存続した。 だがこの年、議会承認を経ずにヒトラーが法律を制定できる全権委任法が成立し、ナチス独裁体制が固まったことで、ワイマール憲法は事実上の効力を失った。 ナチス自身は特に憲法を定めていない」と説明。 麻生による「ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた」との発言は事実誤認と述べている。 詳細は「」を参照 誤読 麻生はマスコミに対して「質問に乗ってまた言うと、それをまた挑発のネタにされる。 そっち(メディア)の飯の種になるかもしれないが、こっちはそういうことにならないから」と嘆いたが 、この発言も問題発言として紹介される状況であった。 妻・は「米国発の金融危機が来て主人は景気対策のため本当に頑張りました。 でも政策ではなく、政権交代という作られた流れの中で政局を問題視されました」「口が曲がってるとか、が読めないとか。 それと変な話をしたと。 全体を見ればきちんとした話でも一つの単語が極端だったり、不用意だったり、そんなことだけが取り上げられました。 のような印象すら作られ、私は本当に辛く、主人を可哀想に思いました。 」と述懐している。 「麻生前首相が資質を問われ始めたのはの誤読が発覚してからだ(論説副委員長・) 」といわれるように、麻生が国会答弁の中で、踏襲を『ふしゅう』と読み間違えたことをが報じた。 こうした報道について、自民党の幹事長は「麻生総理が字が読めないらしいと言って楽しんでいる。 日本国の程度を表している。 国民の程度かもしれない」と発言したが、この発言も非難の対象となり、細田は発言を謝罪した。 マスコミなどの報道機関は、麻生の原稿の読み間違いについて批判し 、2009年1月20日の参院予算委員会では、麻生の漢字力を質すため、民主党の副代表が『就中(なかんずく)』など12個の漢字を並べたボードを用意したが、麻生から「『窶し(やつし)』以外は普通に読める」と返された。 一方、2009年4月10日、麻生首相が皇室主催の祝賀会で読み上げた祝辞で「弥栄」を「いやさかえ」として読み上げたことが誤読としてマスコミ各社で報道された が、「弥栄」には「いやさか」「いやさかえ」と2通りの読み方があるため、マスコミ側の誤読ではないかと話題となり、新聞各社が慌ててネットの掲載した記事を削除する騒動となった(特に「歴史的な誤読」と報じたは、編集委員の吉岡弘行が謝罪文を掲載する事態にまでなった)。 (なお、麻生本人のブログでは、「弥栄」を「いやさか」と書いている。 ) 日常生活・金銭面に関する逸話 総理在任中の麻生は、マスコミから「感覚がない」と批判的な報道が繰り返し行われた。 麻生は政財界の要人とのバーなどで会合を行っていたが、メディアからは「庶民の感覚と懸け離れた贅沢をしている」と非難の対象となった。 自宅 に、敷地面積2400平方メートルの邸宅を所有している。 マスコミから「麻生御殿」と呼称されることがある。 麻生の自宅を非難する団体が無届デモを行い、逮捕される事件も発生した(不起訴)。 詳細は「」を参照 その他• 毎日新聞のは、が「今円高だから、を買っちまえ。 」と発言し、韓国から非難を受けた件 について、麻生が「こういう発想はとてもじゃないけど私には出てこない」と発言したことについて「もしかして麻生首相は、済州島の領有権を買うと勘違いしているのではないか。 だとすると、発言した方より勘違いした方のレベルが気になる。 レベルの常識もないのではないか」と批判している。 その他、逸話 漫画についてのエピソード• 好きであり、日本の漫画をはじめ、、などが、日本国の評価や国際地位の向上、更にや防衛にも繋がるとの持論がある。 麻生の事務所には、書棚に様々なジャンルの漫画の単行本が並べてあり、自分の車内には常に最新のを置いているという。 特に好きな漫画として『』を挙げている。 漫画好きであることは各国の首脳にも知られており、の外務大臣からは現地()版の『』を寄贈されている。 の「」では、麻生をモデルにした「麻生タロー」というキャラクターが登場している。 アニメ版のはが担当。 同作では実在政治家を模した多くのキャラクターが登場するが、麻生は6巻の帯に実物写真付きで登場しているなど、作中唯一の本人公認キャラクターとなっている。 ので『』を読んでいたという、2005年7月23日のの書き込みを根拠にしたが上で話題となった。 「少女漫画」「女の子が読んでいる」という発言を残している。 一部のを支持する層から「ローゼン麻生」「ローゼン閣下」と呼ばれるようになり 、2008年度版の『』には「ローゼン麻生」という項目が収録された。 (平成20年)に死去したのについて、「あの種のの草分け的存在で『』をはじめ、よく笑った」とコメントした。 に対し「海外での例を見ると、精神科医が対処できなかったオタク、自宅引きこもりが全部外に出てポケモンをするようになった」と語り「精神科医より漫画の方がよほど効果が出るのが一番大きいんじゃないか」とも評した。 学生時代• アメリカので大学院に在籍していた時、祖父の吉田茂が将軍の葬儀に参列し、その帰途にいる麻生の所に赴いた。 その時、(英国偏愛家)であった吉田は、麻生の訛りのが気に入らなかったらしく、東京に戻った際、吉田の娘であり、麻生の母にあたる和子に厳命し、直ちにから引っこ抜くように言いつけたという。 その結果、もうすぐ修士号を取得しそうだったにも関わらず、イギリスのLSE()へ送り出された。 イギリスに送り出されたために、カリフォルニア訛りのアメリカ英語が、の訛りに変わったという。 外務大臣時代• (平成17年)• 2005年に外務大臣就任後は・・を重視し、にはを創設した(後述)。 (平成18年)• 同年4月にで行われた政策スピーチでは、主人公が交渉人として世界を股にかける漫画であるについて触れ、「『勇午』を読んでない人は外交なんて語っちゃダメ」と論じた。 の際、での復興支援活動に『 Captain Majed・ 』のをに展開するのに貼ることを支援したこともある。 (平成19年)• 、麻生の肝入りで海外の漫画家を対象にしたを創設することを発表 、麻生は「今や世界各国に現れつつある若きマンガの旗手たちに、マンガの本家本元である日本から、権威のある賞、いわばののようなものをあげたい。 日本との絆を、それによって意識していただきたいものです」と述べ、には「マンガは愛。 マンガは友情。 マンガは人の成長。 マンガはすべてを表します。 得られる賞はプライスレス。 その人は、とこしえの名前をマンガ界に刻むことになります」と述べた。 同年から、で開催された NPT 運用検討会議の第1回準備委員会では、日本政府代表団がでのを描いた漫画『』の英訳版を加盟国に配布することになったが、これは麻生の肝入りで実現したものである。 が版30冊を出版社から譲り受け、今後も「漫画外交」を活発に展開させることを予定している。 同年にメキシコのを訪問した際、在校生からで人気が高い漫画「(原題:)」について質問された場面もあった。 (なお、『るろうに剣心』では麻生の高祖父にあたるが登場する) 内閣総理大臣就任前• (平成18年)• 、前でのでは、熱心な麻生の追っかけに対して「女の子ならともかく、男に追いかけられるのは初めて。 励みになるよ」と演説中に述べた。 翌18日にでおこなった街頭演説では、「」の文字をもじった『来た、見た、笑った! 麻生太郎』のを掲げた者もいた。 、外務大臣(当時)が太平洋戦争中におけるのを報じた際に「事実が確認出来ない」と応え、にもウェブサイトでその旨反論させた。 この反論はのちに、裏づけとなるまとめのがで発見された事を受け削除されている。 財務大臣(当時)のとの「に歯向かっても何もできない。 だからオレと組め。 その代わり、オレに総理を先にやらせろ」という会話があったと谷垣が述べたが、麻生はこれに対し、「こっちはまだ回答をもらっておらず、そういうこと(会話内容)を全然関係ないところでしゃべって、マナーとしていかがなもんか」と述べた。 (平成19年)• 、系列の情報番組であるでのインタビューで「に時々書き込みをしている。 新聞より核心を突いてくる」と公言。 これは2ちゃんねるユーザーの間でも話題になった。 2016年6月撮影• (平成20年)• 、「に入居するのはを行った後」としており、総理大臣任命後も自宅から通勤していた。 総理が自宅()から官邸へ通勤するのは、以来15年ぶり。 、総理総裁として初のでの後にで開かれた「秋葉原エンタまつり2008」の特別ステージに、と共にゲスト出演。 そして単行本も集めたんですが、単行本を買って集めた初めての作品ですね」と返答した。 『ゴルゴ13』については、「冷戦が崩壊したときには物語は終わってしまうんじゃないかと思ったんですが、新しいシナリオがあってサラリーマンの意識の先を行っているので、大人が読めるマンガになっていると思います」と述べた。 また、「いま、映画やドラマの原作はマンガ発のものが多くなってきていると思いますが、マンガのほうが発想が豊かだからでしょう。 そんなマンガ産業をもっと育てていこうと氏とも話していますよ」と述べた。 2008年11月に行われた日本とロシアの首脳会談にて、麻生はのにに登場する道具「」を贈っている。 メドヴェージェフは麻生の贈り物に喜び、「のはないのか」と尋ねたという。 (平成21年)• よりにて居住を始めた。 には総理総裁後初めて、駅前にて自身3度目のを行った際、2008年に起こったを取り上げ、「世の中が暗くなっている」と話し、「明るい世の中にしよう」と呼びかけた。 また、麻生は中小企業、零細企業、について触れ、のを上げることや、をにし、その際の負担はが賄うということを話し、就任当時から語っている景気対策の必要性を主張した。 、都内のホテルで開かれた私立の全国大会で挨拶した麻生は「でしつける力がなくなってきた」と指摘したうえで、「じいさん、ばあさん、やかましいおやじさんの存在が薄くなってきたせいもあって、で何とかしろと負担が掛かってきている。 しつけるべきは母親だ」と批判した。 麻生は大会を「幼稚園の教員による会合」と勘違いしていたとされ、会場に園児の母親が多数出席していることに気づくと、批判のトーンを弱めている。 日本のソフトコンテンツ産業の向上のために、平成21年に「」の構想を練る。 内閣総理大臣辞任後• (平成21年)• 麻生の盟友であるが死去した際、にでおこなわれた「哀惜の会」にて弔辞を読み、「昭ちゃん。 まさかあなたの弔辞を13歳も年上の私が読むことになろうとは…」と発言した。 には、に来賓として出席し、祝辞こそ述べなかったものの、ステージ上からをお祝いした。 (平成22年)• 放送のの「」に出演した。 、自民党党本部8階で行われた、(J-NSC)の設立総会に出席。 挨拶の際に『 アサ ナマタロウではなくて、麻生太郎』と発言した。 、で行われた、の一周忌「偲ぶ会」に出席。 式辞の際に「『に10兆円を出す』という決断が、後のを相当食い止めた。 良い仕事をした時はは評価すべきだ。 の様な、ふざけた話が起きた時()は、『のようなことは止めるべきだ』と大きな声で批判すべき。 中川氏が生きていたら、もっと大きな声で言っていたでしょう」と述べた。 、で行われた映画『 野望篇』完成披露試写会に、特別ゲストとして出席。 映画で登場したについて「あれだけ長時間追いかけられる人は、私に実際に付いた人たちの中でも中々居ない。 大したもんだなと思いましたよ。 警護術はきちんとしてたし、簡単にを抜かないし。 『オレだったらそこで撃ってしまうけどな』と、思う場面もありましたよ」と述べた。 (平成23年)• 、第36代、の大統領就任式に、政府特使として出席した。 (平成24年)• の際、当時総裁だった谷垣禎一が続投を表明していたが、これに造反する形で出馬した石原伸晃に対し、9月13日の会見で「とか平成の(という)、ありがたくない冠をこの人は当分頂くことになる。 私の人生哲学には合わない」「石原氏を支援する人の神経がよく分からない」と批判した。 12月26日、新たに成立した第2次安倍内閣に兼兼として入閣。 (平成29年)• 9月23日、栃木県宇都宮市内のホテルで講演中、朝鮮半島有事で日本に大量に押し寄せる可能性のある難民への対応について触れた上で、「武装難民かもしれない。 警察で対応できるか、自衛隊の防衛出動か、射殺ですか。 真剣に考えた方がいい」と発言した。 (令和元年)• 10月24日、前環境相のパーティーに出席した際、「きちんとしたことがはっきり言える。 票にならなくても言わなくちゃいけないことは言う。 これが大事。 」として評している。 その他• 「太郎ちゃんねる」を2008年10月2日から2009年まで配信し続けた。 (最終号は第44号)。 創刊号では対策の必要性を主張したほか、「麻生内閣の一員になったつもりで忌憚のない意見を」と呼びかけている。 内閣としては初の動画も用意した。 家族・親族 先祖• 六世祖父 - (第5代藩主)• 六世祖父 - (下)• 五世祖父 - (第6代藩主)• 五世祖父 - (薩摩藩士)• 高祖父 - ()• 高祖父 -• 高祖父 - ()• 高祖母 -• 高祖父 - (政治家)• 曾祖父 - (、政治家)• 曾祖父 - (政治家)• 曾祖父 - (実業家、政治家)• 曾祖父 - (政治家)• 養曾祖父 - (実業家)• 祖父 - (実業家)• 祖母 - 麻生夏子(の妹、子爵の子)• 祖父 - (政治家、第45・48・49・50・51代) 両親• 父 - (実業家、政治家)• 母 - (元の三女、の闘士、の孫、の元勲、元の曾孫) 兄弟• 次郎(、ヨット練習中に事故死。 詳細は「」を参照)• 雪子(の妻)• 旦子(の妻)• (の妃)• (会長及び社長) 同妻 - 和子(の元会長の娘) 同長男 - (取締役、社長) 同次男 - の 妻子• 妻 - (選出の政治家・の三女)• 長男 - 将豊(エクストーン)• 長女 - 彩子(を経て卒業) 他家• 従兄 - (の翻訳者として知られるSF作家、の生みの親でのモデル)• 従兄 - 野田玲二郎(昌宏の弟、・の娘婿) 菊池正士の父・はの次男であり 、麻生家は野田家・菊池家を通じてともつながる。 再従兄弟 - (・、麻生賀一郎) 遠縁の親戚• (麻生の祖母夏子の兄でのの孫久美子が龍太郎の妻)• (麻生の祖父の長女桜子の夫・吉田寛が(安倍の祖父)のとなるため)• (麻生の義父鈴木善幸の長男の妻が宮澤喜一のいとことなるため) 宮澤家はの石橋家と親戚であり、この石橋家を通して鳩山家ともつながる。 また従兄弟・野田玲二郎の義伯母がに嫁いでいるため 、麻生家は鳩山家と二重につながっている。 家系 麻生家の紋• によると、「麻生家は今ではの川島正恩寺が消失し、なども灰に帰したためその記録も残っていないのが残念だが、同家に伝わるところによると()で活躍したの血筋を引き、の流れをくんでいるといわれている。 そして麻生家の名前の由来をたどると先祖が遠賀郡麻生郷に花の屋敷を築いた縁からその地名をとり麻生姓を名乗ったという。 この地方には、のころから麻生の姓を名乗る一族がいる。 このように麻生家は古いの末裔であったが、いつのころからか村を治める(今でいう)になっていった。 」という。 鈴木幸夫著『閨閥 結婚で固められる日本の支配者集団』(1965年)58頁によると、「もともと麻生家は、福岡のである。 の祖父・の代に、祖父伝来の土地から、を発見、貝島炭鉱のから事業上の手ほどきを受けた。 また貝島の紹介で、候に接近、採掘権などの法的手続きを有利にした。 学問、毛並み、幸運に恵まれなかったは、もっぱらそのタフな心臓と、負けん気で、ついに九州三大石炭の一つにのしあがった。 は徹底したワンマン型のつわものであり、はその三代目である。 」という。 著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』 39頁によると、「もともと麻生家は、福岡の大で、の祖父・の代に先祖伝来の土地からが採掘され、九州三大石炭(他は貝島家、安川家)の一つにのしあがった。 は石炭のみならず、、電気、まで手を広げ、それらは後の、、の基となっている。 」という。 麻生太郎 父: 祖父: 曾祖父: 曾祖母: 麻生ヤス 祖母: 麻生夏子 曾祖父: 曾祖母: - 母: 祖父: 曾祖父: 曾祖母: 竹内瀧子 祖母: 吉田雪子 曾祖父: 曾祖母: 牧野峰子 野田勢三郎• 麻生産業から分社した麻生セメントは、麻生と社名変更している。 現在の麻生ラファージュセメントは、麻生から更に分社化した麻生セメント(2代目)が商号変更したもの。 ほかに首相として再度就任したとがいる• 2007年8月17日 2008年11月23日 -。 また、麻生太郎の従兄弟に当たる人物がブラジルに移民していたことも近年になって判明した。 [ ]VillageJapan 2008年12月31日• この採掘事業を開始したのは、麻生太郎の父親であると実弟で専務のだったと言われており、同国のダイヤモンド採掘を長らく支配していたイギリス人とレバノン人以外の人に掘ってもらいたい、という現地の意向から麻生家に鉱区が提供されたとは語っていたと言われる。 その後、同国での内戦勃発に伴って麻生家は事業から撤収した。 [ ] および、ダイヤモンド・ロードを行く 最首公司著 講談社 1970 より• 1月19日に日本記者クラブにて行われた でのダイヤモンド採掘業での経験について発言しているほか、当時製作されたニュース映画にも現地の事業を指揮する麻生太郎本人がインタビューに答えて登場している。 当時の毎日新聞では、「 華麗なる落選」という見出しで麻生の落選を報じていた。 『毎日新聞』 2008年11月27日 麻生のあいさつに「丸投げやめろ」とやじが飛んだとされる一方で「」を理由に事務をに委ねたことなどについて政府を批判した(当時)のは大きな拍手を浴びたと報道した• 正確には、、、、各軍の情報部、財務省情報部、エネルギー省情報部といったインテリジェンスからの情報を、CIAは独自調査とつき合わせフィルタリングしてから大統領に通している。 麻生はインテリジェンスを尊重することがインテリジェンスの開拓につながるとも考えている。 なお、出典中の「民主党のガセメール事件」とはであり、「シャドー・キャビネットの首相」とはを指す。 手嶋が提起したこの話題を受けて、麻生はインテリジェンスを相手を貶めるためには使わないことも大切だと述べている。 しかし、この問題がインテリジェンスの悪用だったことの論証は出典を読む限り見当たらない。 や日本国内で経済活動をするうえで朝鮮名が不利な場合があったという文脈での発言• ドイツのヒトラー政権はなどの制定によってワイマール憲法を死文化していったため、事実上破棄したに等しいが、同憲法そのものを形式上は破棄していない。 また、それに代わる新たな成文憲法を制定することもなかった。 したがって、史上「ナチス憲法」なる名称の成文憲法が存在した事実はない。 ただ、憲法は英国のように不文法の形で成立することもあり、当時のナチス体制および、全権委任法を始めとするナチス法全体をもって「ナチス憲法」への改変と表現する [ ]ことはできる。 japan. kantei. html• JIJI PRESSLTD Ltd.. 2019年11月26日閲覧。 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 79-80頁• 『加藤芳郎のまっぴら人生愛蔵版』. 225• 『』2004年5月14日 東京朝刊• 朝日新聞デジタル. 2017年7月3日閲覧。 - 産経ニュース• 「 2013年3月28日 - 」 MSN産経ニュース(産経新聞)の記事。 2013年2月9日配信、2013年3月15日閲覧。 「」 時事通信社の記事。 2008年9月22日配信、2013年3月15日閲覧。 2013年2月18日. の2013年2月21日時点におけるアーカイブ。 2013年2月21日閲覧。 産経新聞. 2009年10月20日. の2009年10月29日時点におけるアーカイブ。 2010年1月12日閲覧。 著書『』の著者紹介より。 2013年10月24日. 2018年5月5日閲覧。 テレ朝news. 2018年6月22日. 2018年6月23日閲覧。 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麻生太郎氏の出身大学・学部・経歴は?家系図がスゴイ?

麻生太郎 祖父

今回は、「日本銀行」がテーマです。 テレビや新聞で「日本銀行が量的緩和政策を実施した」とか「金融政策が云々」と日銀について様々なウソを垂れ流しています。 はっきりと言いますが、「日本銀行」は日本国民のために作られた金融機関ではありません。 「麻生太郎のボロ儲けのタネ」に過ぎません。 それについて、様々な観点から見ていきます。 まず、つい先日、「日本銀行の利益」が設立以来の過去最高額を記録したことが報道されました。 しかも、総資産は「日本のGDP並み」にまで膨れ上がっている、とのこと。 ————————————から転載 日銀は27日、2019年9月中間決算を発表した。 企業の純損益に相当する当期剰余金は9214億円(前年同期8279億円)の黒字となり、1998年の新日銀法施行後、上半期として最高を記録した。 増益は3年連続。 大規模な金融緩和の一環として買い入れている上場投資信託(ETF)の分配金が増えたことなどが利益を押し上げた。 9月末時点の総資産は、巨額の国債買い入れを続けた結果、569兆円と最高を更新。 増加は12年連続で、日本の名目GDP(国内総生産、18年は約549兆円)並みに膨れ上がっている。 ———————————— どうしてこんなに儲かっているのかというと、「日本銀行がたくさんの株を所有しているから」に他なりません。 2020年末には、「日本最大の株主」にまでなる見込みもあるとか。 ————————————から転載 株式市場で日銀の存在感が一段と大きくなっている。 日本経済新聞の推計では、日銀は2020年末にも公的年金を上回り、日本最大の株主となる見通しだ。 ———————————— アベノミクスで株価が上昇して、最も得をしているのは「日本銀行」だった訳ですね。 から転載 そもそも、アベノミクスの三本の矢の「金融政策」を担当していたのが「日銀」でした。 「マネタリーベース」を三倍にまで増やしたのは、日銀がたくさんのお金を印刷して、それを軍資金に日本企業の株を買って、株価を吊り上げるためだったと考えられます。 つまり、「アベノミクス」の目的は日銀が儲けるための経済政策に過ぎなかったわけです。 早くからRAPT BLOGでは「アベノミクス」はインチキだと指摘されていて、貧富の格差を増大させるだけのものだと、RAPTさんが暴いてくださいました。 今やまさに日本がRAPT BLOGで言及されていた通りの状況になりつつあります。 では、日本銀行が肥え太ることで、最も得をするのは一体誰なのか。 それが「麻生太郎」なのです。 日銀は「麻生太郎」とズブズブで、彼の儲けのためにこの金融機関が生み出されたとっても過言ではありません。 まず、日銀総裁は「黒田東彦」でした。 ————————————から転載 で、この「黒田東彦」は「黒田官兵衛」の末裔であり、現在では「天皇家」と親戚です。 黒田日銀総裁が三重県総務部長をされてた時に、藤岡和美氏が三重県久居(ひさい)市長をされ、奥さんも含めた家族ぐるみの付き合いをして、「ご先祖は戦国時代の智将、九州の黒田藩主・黒田官兵衛(後に如水)と伺っています。 」とブログでも書かれていますから。 それは間違いないでしょう。 ちなみに 黒田官兵衛の妹(虎:後に妙円)はWikipediaによると、福岡(筑前)の麻生家に再婚して嫁いでいますので、そのすぐ近くの飯塚市も支配していた麻生太郎氏一族も子孫だと思われます。 麻生太郎氏も2014年現在、副総理兼財務大臣、金融担当大臣ですから、日本の金融は黒田官兵衛の子孫で支配されてる、と言っても過言ではないようです。 ———————————— ここにある通り、黒田官兵衛の妹が「麻生家」に嫁いでいます。 黒田官兵衛ゆかりの地には「麻生大浦荘」もありました。 「麻生家の別荘」です。 から転載 つまり、戦国時代から「麻生家」と「黒田家」はすでにズブズブだった訳です。 麻生太郎と黒田東彦は一見無関係に思えますが、実は「親戚」の間柄なのです。 また、「黒田官兵衛」は「キリシタン大名」でした。 彼は「イエズス会」に遺産を分けています。 ————————————から転載 黒田 孝高(くろだ よしたか、旧字体: 黑田 孝高)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。 戦国の三英傑に重用され 筑前国福岡藩祖となる。 キリシタン大名でもあった。 (中略) 死の間際、如水は自分の「神の小羊」の祈祷文およびロザリオを持ってくるよう命じ、それを胸の上に置いた。 そして、 ・自分の死骸を博多の神父の所へ持ち運ぶこと。 ・息子の長政が領内において神父たちに好意を寄せること。 ・ イエズス会に2,000タエス(約320石に相当)を与え、うち1,000タエスを長崎の管区長に、1,000タエスを博多に教会を建てるための建築資金に充てること。 ———————————— 麻生太郎も「カトリック」で、「イエズス会」です。 ————————————から転載 「麻生太郎」は、この事実をひた隠しにして、カトリック教徒であると自称しています。 洗礼名はフランシスコ。 靖國神社への参拝も行っている(総理就任時には参拝していない)。 ————————————から転載 「渡部昇一さんの追悼ミサで、 麻生太郎は1人だけイエズス会の正式な礼拝を行いました。 麻生太郎にはフランシスコという洗礼名もありますから、当然です。 頭を垂れるだけではなく、足を一歩引いて胸の前で十字を切る正式なものだったそうですよ。 ———————————— 従って、「麻生家」と「黒田家」は「イエズス会」同士でも繋がっていたと考えられます。 さらに言うと、麻生太郎と黒田東彦は「藤原氏」の末裔でもあります。 RAPT理論では、「藤原氏」も現代日本を支配していると判明し、その子孫が「麻生太郎」だと暴かれました。 麻生氏は「藤原鎌足」の末裔だと「麻生百年史」にあります。 「藤原鎌足」は「大化の改新」を天智天皇と行った人物でした。 当時のNo. 2の権力者です。 ————————————から転載 以下は、「麻生太郎」の家系についてのウィキペディアの記事です。 (中略) 驚くなかれ。 「麻生太郎」は、なんと教科書に出てくるあの「藤原鎌足」の末裔なのです!! 「藤原鎌足」というと「大化の改新」を行った人物ですね。 学校では「中臣鎌足(なかとみのかまたり)」と習うかも知れません。 黒田家の家紋は「藤巴」で、「藤原氏」の藤を表しています。 黒田官兵衛の息子「黒田長政」も、本姓を「藤原氏」としていました。 「松方正義」も「ロスチャイルド家」と昵懇でした。 ————————————から転載 フランス滞在中に、 松方はレオン・セイの紹介により、 パリ・ロチルド家第二代当主アルフォンス・ド・ロチルドと面会していたとされる。 レオン・セイはアルフォンスの招きでロスチャイルド家の所有する北部鉄道会社に入社して役員となり、後に政治家・蔵相となって金融ブルジョワジーや鉄道会社の利益を代弁・擁護した人物であり、謂わば ロスチャイルド家の家臣であった。 ———————————— 日本銀行は「ロスチャイルド」ともグルだと言えます。 麻生太郎も、「ロスチャイルド」とはズブズブの間柄でした。 彼が抱えている「麻生セメント」は、「ラファージュ」と「麻生」が合併してできた会社です。 この「ラファージュ」がロスチャイルド家の企業でした。 ————————————から転載 麻生太郎副総理の一族が経営する 麻生セメントはスイスのセメント大手である ラファージュ・ホルシム社との合弁会社である。 この会社は、2015年に ロスチャイルド家との関係が深いフランスのラファージュ社と、スイスのホルシム社が経営統合して誕生した世界最大級のセメント会社である。 ———————————— また、麻生太郎の祖父は元首相の「吉田茂」です。 その養父「吉田健三」が、「ロスチャイルド」系列の「マセソン商会」横浜支店の支店長でした。 ————————————から転載 そして、この「吉田茂」が「麻生太郎」の祖父であることは皆さんもよくご存知のはずです。 で、この「吉田茂」の父親は「吉田健三」という人物なのですが、実はこの「吉田健三」。 「トーマス・グラバー」の勤めていた兵器会社「ジャーディン・マセソン商会」の日本の支店長だったのです!! そして、この 「トーマス・グラバー」は「ロスチャイルド」だったわけですから、要するに 「麻生太郎」の曽祖父は「ロスチャイルド」とグルだったというわけです。 --------------------(以下、こちらから転載) 吉田 健三(よしだ けんぞう、嘉永2年(1849年) — 明治22年(1889年))は、日本の江戸時代後期の武士(福井藩士)、明治期の実業家。 昭和期の内閣総理大臣・吉田茂は養子、英文学者・吉田健一は養孫に当たる。 1849年、越前福井藩士・渡辺謙七の長男として誕生する。 のち、絶家していた渡辺家の一門・吉田家を再興した。 1864年に脱藩して大坂で医学を、次いで長崎で英学を学んだ。 1866年にはイギリス軍艦でイギリスへ密航し、2年間、同国に滞在して西洋の新知識を習得した。 1868年に帰国。 一時新潟に居住するが、のち横浜に移って 英国商社・ジャーディン・マセソン商会横浜支店(英一番館)の支店長に就任し、日本政府を相手に軍艦や武器、生糸の売買でめざましい業績をあげる。 ————————————から転載 明治維新の英雄である坂本龍馬は、 ロスチャイルドがバックに控えるジャーディン・マセソン商会、そしてその代理人であるグラバーの操り人形であったと言う事ができると思います。 ———————————— また、吉田茂の妻は「吉田雪子」でした。 彼女は「キャボット・アリス」という「ロスチャイルド家」の親友から教えを受けています。 ————————————から転載 大久保利通の息子は牧野家に養子に入り牧野伸顕を名乗っていたが、 その娘・牧野雪子(大久保利通の孫)は年離れの親友アリスに「事実上、師事」し、国際情勢・政治経済の「教育」を受ける。 モルガン=ロスチャイルドの洗脳教育である。 牧野雪子は吉田茂の妻となり、吉田もモルガン=ロスチャイルドに寵愛され、出世街道を上昇して行く。 雪子は麻生太郎首相の祖母である。 ———————————— このように、「麻生太郎」は明治時代から現代に至るまで、「ロスチャイルド家」と表裏一体です。 従って、日本銀行に「ロスチャイルド」が関与していたという話は、結局のところは「麻生太郎一族」がこの銀行を立ち上げた、と読み替えることができます。 「天皇家一味」の儲け話として、「日本銀行」が作られたと言わざるを得ません。 日銀の出資者は55%が政府で、残りの「45%」は個人投資家だとされています。 この「個人投資家」は非公表で、「天皇家やロスチャイルド家」だと囁かれてきました。 その証拠に、設立当時の株主は「明治天皇」で、第二次世界大戦の終戦直後も、「昭和天皇」が日銀株を保有しています。 ————————————から転載 そもそも、日本でこの仕組みを最初に作ったのが初代総理大臣の伊藤博文政権であるわけです。 日銀の資本金は一億円で、当時から現在も変わっていません。 ところが、 スタート当時の株主の一人だけは判明しています。 それが明治天皇であるということです。 ————————————から転載 もともと 皇室と日銀株のつながりは深いものがある。 第二次大戦直後の段階で、皇室は29社の株式を所有していたが、とりわけ目を引くのが、 20万8000株(額面で2080万円分)を保有する日銀の株だった。 ————————————から転載 例えば日本銀行の場合、資本金1億円のうち55%が日本政府から、45%が民間からの出資である。 出資者には株式会社における株式に相当する「出資証券」が発行されるが、これはジャスダックに上場され、株式に準じて取引される。 この民間からの出資分のほとんどを担う存在こそ、 ロスチャイルド家と考えられているのだ。 ———————————— 「天皇家一族で、ロスチャイルドとも繋がっている人物」と言ったら、「麻生太郎」しか考えられません。 麻生太郎の妹の「麻生信子」は、「寛仁親王」の妻でした。 つまり、彼は皇族の義理の兄です。 ————————————から転載 見ての通り 「麻生太郎」の妹が、宮家の「寛仁親王」と結婚しています。 つまり、「寛仁親王」は「麻生太郎」の義弟になったわけで、これだけ見ても、「麻生太郎」が「天皇家一族」の中でもかなりの核心人物であることが分かります。 ———————————— もし非公表の「個人投資家」が「天皇家」だとすれば、結局は「麻生太郎」が儲かっているということになります。 日本銀行の資産と黒字が膨れ上がれば、日銀株の配当金が増加したり、株券の値段自体の価値が上昇して、日銀の株主の懐も潤います。 「財務大臣」として「日銀」に権力を及ぼす一方で、「日本銀行」の株主として、巨万の富を得ていた訳です。 整理してみましょう。 日本銀行を監督する「財務大臣」は麻生太郎で、天皇家の「藤原鎌足」の子孫である。 現在の日銀総裁「黒田東彦」も、藤原氏繋がりで麻生家と親戚。 そして日銀の生みの親も「麻生家の親戚」の松方正義で、日銀の株主も天皇家、ロスチャイルド。 彼らを繋げているのが、他でもない「麻生太郎」である。 ここまで来ると、「日本銀行の黒幕は天皇家と麻生太郎である」と、はっきりと言えます。 日本銀行は国民のために作られた金融機関などではなく、天皇家と「麻生太郎」の儲けのタネとして利用されている銀行に過ぎないのです。 未だに「藤原氏」を始めとした「天皇家」の連中が「麻生太郎」を中心に日本を支配している訳ですね。 投稿ナビゲーション.

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