きょん くま 活動 休止。 きょんがYouTubeを辞める!?一体なぜ?エイプリルフールは関係してる?【きょんくま】

きょんくま|活動休止!理由は?期間は?

きょん くま 活動 休止

「真面目にふざける」がモットーの、きょんくまチャンネル。 初めてこんなに大きい規模でのイベント。 100万人は最初で最後 一生に一度のイベントです。 みんな参加してくれたらめっちゃ嬉しい。。 (2020年5月現在) 2019年12月7日には、チャンネル登録者数100万人を突破しています。 遊びのプロ、きょんくまについて気になる点や噂について紹介していきます。 きょんくまの人気の理由・登録者数は? きょんくまのチャンネル登録者数は、現在113万人になります。 人気の理由は2つあります。 1つは、動画ジャンルの豊富さです。 【挑戦!ワクワク!】やってみた系• 紹介!いろんなグッズ集めてみた!• きょんくまハウスのペットちゃん• 〇〇を検証してみたシリーズ!• きょんくま 〇〇円企画!• きょんちゃんのアクロバット!• きょんくまのドッキリシリーズ!• YouTuberさんコラボ企画!〜いつもお世話になっています〜• 全力!きょんくまの寸劇!• VS!〇〇バトル!こだわり!きょんくま武器製作!• きょんくまのヘンテコ料理シリーズ• 【踊ってみた】プロダンサーが踊る!• 教室系集めて見たよ!• リアル脱出ゲーム〜謎解きしようぜ〜 かなり幅広いジャンルの動画作る事で、検索すると、ヒットしやすく視聴する人が増えます。 2つ目は、おもちゃで遊んでいる2人が楽しそうだからです。 最初は、きょんとえいじがメインでやっていました。 しかし、えいじが本業で忙しくなったため、きょんとくまで活動する事になります。 新しいチャンネル名として、きょんくまチャンネルになります。 名前の由来は、シンプルにきょんとくまを、合わせただけになると思います。 きょんは当時YouTuberという言葉が、世間に浸透していないため、恥ずかしいという事で、本名は出さずに活動していたようです。 開設当初は収益が出ず、きょんが1人で編集していたため、かなり大変だったようです。 「 毎日投稿した方がいいよ」と他のYouTuberの意見を参考にし、覚悟を決めたところで、YouTubeが軌道に乗ったそうです。 きょんくまが結成されたきっかけ きょんくまが結成されたきっかけは、きょんが将来についてふと考えた事がきっかけになります。 ダンスで収入を得られるようになってきた、きょんですが、「もしケガや病気になったら、どうなるんだろう?」と考えたそうです。 きょんは会社を設立する事を考えます。 まずは、えいじを誘い2人で会社を設立。 人手が足りない為、途方にくれていたくまを誘います。 誘った時の、くまのセリフが「 そういうの待っていた」です。 くまも同じことを考えていたのかもしれません。 会社の宣伝の為に、YouTubeを始めた事がきっかけになります。 本業で始めた訳ではないのですが、今では100万人を超える人気YouTuberになりました。 ここで、くまがキャベツを2個とった事が原因となっています。 そんなこと?と思う人もいると思うので、解説していきます。 きょんが最初に、キャベツを取ろうとして失敗しますが、失敗した際にキャベツが取りやすい位置になってしまいました。 くまは、キャベツを難なくGETします。 後半戦に入り、ボーナスチャンスで食糧を取りやすい位置に配置にします。 くまが2個目のキャベツを取ってしまった事が、炎上の原因です。 横取りしたように、見えてしまったのかもしれません。 くまの優しくて控えめな性格を考えると、いつもより悪い人に見えたようです。 企画のルールを、特別破った訳ではないので、炎上したのは少しかわいそうですね。 しかし、他の48時間企画では、炎上した事をネタにしています。 もちろん実際には、解散していません。 視聴者さんに報告の動画となっています。 内容としましては、解散ではなくチャンネル名を変えて、活動するかもしれないという報告です。 理由としましては、今までは、きょんとくまがメインで出演していました。 ここでサブメンバーの、えいじとちぇぬを加入する事に決めたからです。 サブメンバーの2人と、長い時間を共にするようになり、正式なメンバーとして迎えいれる事を、決めました。 新しい体制でスタートする事により、視聴者の事も考え、活動しながらチャンネル名は考えるとの事でした。 現在も、きょんくまチャンネルのままですが、メンバーが増え活動の幅が広がった新しいチャンネルになりました。 きょんの実家は母子家庭の4人兄弟!苦労人の幼少期 YouTubeでも成功し、輝かしい人生を送っているように見えますが、幼少の頃はかなり苦労しました。 きょんの家庭は、母子家庭ですが、4人兄弟のため生活はかなり苦しかったようです。 小・中学校と家に帰ってくると、水道、電気、ガスが止まっている事もしばしば。 中学生の頃からバイトをして、困った時は給料を前借りしていたそうです。 中学生ながらに、お金がないと大変という事に気付きます。 自分の家が貧乏すぎて、高校にいけないと焦りました。 体操部に入部し、特待で入学できれば学費がかからないで済むと考え、体操を猛特訓します。 結果、大会で推薦がもらえるくらいの成績を残し、推薦入試で高校へ進学します。 高校へ進学するも、ゴリゴリの体育会系でかなり厳しかったそうです。 しかし、1年の時に大怪我をしてしまい、完治するまでに2年半掛かると言われました。 その時は、絶望し学校の指導にも違和感があり、青森の高校からヒッチハイクで東京の家まで帰ります。 普通に辞めたかったのですが、学校からの威圧がすごくて、逃げ出したと語っています。 その後、沖縄の通信制の高校に通いますが、学費は全部自分で用意し、家にも10万円渡していたそうです。 沖縄の高校に通いながら、たくさんの友達もできたそうです。 卒業する時に、友達の女の子から「 私は自殺しようとした事があった。 だから海にいい思い出はなかったけど、きょんのおかげで海でいい思い出ができた」と言われました。 きょんは、みんなが楽しんでくれればいいと思ってやっていた事が、1人の人を救えた経験になったと語っています。 後にYouTube活動をするに当たっても、人に楽しんでもらいたいというのが、根本にあります。 たくさんの経験をした事で、明るく元気なきょんになったようです。

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きょんがYouTubeを辞める!?一体なぜ? 今回動画のタイトルとしてでた、「きょんがチャンネルを辞めます…」。 本当にきょんさんはYouTubeを辞めてしまうのでしょうか? 真相としましては、きょんさん自身に嫌なことがあったそうです…。 その嫌なことについては語られませんでしたが、アンチコメは来る気配がありませんし、予想することは少し難しいですね - - くまさんが言うにはきょんさんは 最近目が死んでいるとのこと。 いつもじゃれ合いで行っていたものもついにはやらなくなり、それほど嫌なことが大きかったことが伺えます。 これからは一体どうするのでしょうか? エイプリルフールは関係してる? 今回の概要にあった動画と、この記事を書いている日付は4月1日。 そうです。 エイプリルフールなんです。 そしてエイプリルフールということで、辞めるということは嘘には嘘なのですが、 「今のところは」ということが加えられていました。 ということでエイプリルフールは関係しているのですが、半分嘘で半分本当という感じでしたね。 我慢して体調を崩してしまうよりも、休んでくれた方がいいですよ。 一応、くまさんが元気づけてはいたのですが今後どうなるのでしょうか? YouTuberだからといって休んじゃいけない!というわけではありませんしね…。

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貧乏だった小中学生時代 小学校の頃に両親が離婚、4人の子供を母親1人で育てていたこともあって、きょんの家は「めちゃめちゃ貧乏だった」ようです。 電気やガスが止められることもあり、お年玉や近くの八百屋で働いたバイト代を生活費に充てていた小中学校時代。 当時は白いご飯にドレッシングをかけた「ドレッシングご飯」で空腹をしのいでいた、という貧乏エピソードも明らかにしています。 皆に笑ってほしかった 小中学校時代は周囲から「嫌われてた」と話すきょんですが、それでもちょっかいをかけたり、冬でもタンクトップで過ごすなど、目立とうと努力していたようです。 なんでか昔からみんなに笑ってほしくて、おもろがってほしくて、俺めちゃくちゃ頑張ってたのよ。 極度の寂しがり屋は子供の頃に作られたものなんだなと。 家には父親も母親もいない。 寂しいと思う部分を埋めるために人に見てもらったり、パフォーマンスしたり。 母親は一家を養うために働き詰めで、兄弟も遠くの学校に通っており、家では自分一人で過ごすことが多かった子供時代。 YouTuber「きょん」のルーツは、この時すでにあったようです。 「やらなきゃいけない」で高校進学掴むも… なんか俺の人生、やりたいで生きてこれなくて、やらなきゃいけないで頑張ってきた。 貧乏な家庭で育ったきょんは、高校に特待生として入学すべく中学3年生から体操を始めます。 するとわずか1年の間に大会で賞を獲得、見事青森の高校に推薦での入学を果たします。 ところがその高校の教育は超スパルタ。 体操部はさらに厳しく、現在では考えられないような厳しい指導も行われていたようです。 朝の早い時間に高校の寮を抜け出し、青森から東京の実家までヒッチハイクで帰ります。 実家まで帰ってきたきょんを襲ったのは「病む」という経験でした。 それまで励んでいた体操は選手生命を絶たれ、他の学生が学校に通うのを尻目に実家で過ごすきょんは「何しても楽しくなかった」と当時を振り返ります。 沖縄の通信制学校に入学 そんな折、きょんは勧められるがままに、今度はなんと日本の正反対、沖縄の通信制学校に入学します。 沖縄の学校が俺の中でターニングポイントになったんじゃないかなと思ってて。 沖縄の高校では、小中学校時代の目立ちたい、笑わせたいという性格が発揮され、クラスのメンバーの中心的な存在となったきょん。 ある日、クラスメイトの女の子から「海で自殺をしようとしていたのに、きょんのおかげで今度は海で楽しい思い出ができた」と感謝されたとき、こう思ったと話します。 今まで見返したり驚かせたい生きていかなきゃダメなんだって思ってた人生だったのが、誰かを楽しませたり笑わせたり笑顔を見るのってめちゃくちゃ楽しいんだ、幸せなんだっていうのにそこで気付いた。 高校を辞めて病んでいたきょんでしたが、「本当に(学校を)やめてよかったと思う」と話しました。 好きなことで生きていく、ではなく 波乱万丈な人生を生きて来たきょんは、「好きなことで、生きていく」というフレーズに思うところがあるようです。 好きなことを仕事にすると、嫌だったり疲れたりして、そのことが嫌になってしまったりする。 この発言の裏には、かつて体操で苦しい経験をしたこともあるのでしょう。 好きなことを仕事にするだけでなく、できることを仕事にして、それを好きになるという考えもあるのだと話します。 出来る事を仕事にするのもめちゃくちゃいいことだと思う。 何をもって好きかを勘違いせずに、ちゃんと勉強したり分析することってめちゃくちゃ大事だと思う。 夢に向け、新たな決意を表明 この動画の最後にきょんは、新たな決意を表明しました。 気付かせられる人になりたいってめちゃくちゃ今は思ってて。 良くないことは良くないこと、良いことは良いこと、こうすればもっと良くなること、頑張れば報われる、もっと楽しいってことってあるんだよ… 教えて伝えられて、気付かせられて変えられるインフルエンサーになりたいっていうのが本当に思えている「夢」なんだなって気づいて。 しかしきょんは、今のままのチャンネルではそれに気付いてもらうのは「無理」だと話します。 伝えたいことを伝えられるようになるため「今年でチャンネル登録200万人行きます!」と新たな目標に向けて頑張ることを表明し、活動再開を宣言しました。

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