国家総動員ブログ。 /);`ω´)<国家総動員報 : 西之島「大噴火!(画像」日本「噴火するたび領土が増えるね!」謎の勢力「アベに対する大地の怒りだ退陣しろ!」日本「支持しなきゃ(領土増え続ける」→

国民精神総動員運動を簡単にわかりやすく!背景の世界恐慌や標語のまとめも。

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「施設入所中の80歳の方で昨日少し食事のときむせこみました。 今日から発熱、痰がでるようになってます。 」 みたいなエピソードで救急搬送されてきます。 新型コロナウイルスが流行する前であれば、こんな症例 「あー、はいはい。 どうぞー」 と、 どこの病院でも受け入れていたと思います。 一旦禁食・抗生物質の点滴・加湿と痰吸入の指示出して 徐々に食事再開。 細菌性・誤嚥性の肺炎だったら、抗生物質がよく効きます。 呼吸状態も悪くもなさそうだし、研修医でも担当につけとくか ってな感じです。 退院も元の施設に戻れば良いだけだし、1-2週間の短期入院で 病院も潤う。 焦げ付きの心配もない。 (急性期病院の長期入院は病院が損するシステムになっています) 病院にとっては、オイシイ症例だったわけです。 新型コロナウイルス流行中の肺炎対応 介護施設内での新型コロナウイルスクラスター感染 の可能性もある昨今、 肺炎を受け入れる病院は非常に少なくなっています。 受け入れ拒否の理由としては、• 当院は新型コロナ対策に対する方針が、まだ策定中です。 肺炎は見ない方針となりました• 新型コロナウイルス用の個室が埋まっています。 (院内発症用に確保してある) といった理由です。 まあ、当直医師としては 断る理由があれば、断るのが楽です。 普段から、救急車の受け入れは医師の良心に任されています。 働いても給料がもらえるわけでないし なにかと理由をつけて、救急車を全く受けないクソ野郎も たまにいますが 今回はおおっぴらに断れるわけです。 病院は病院を守る 病院は、経営者があって従業員がいます。 このご時世で、医療従事者を 神格化する方もいるかもしれませんが、 病院は利潤を追求します。 (今どきでは大学病院もそうです。 ) 大学病院やいくつかの総合病院の新型コロナ対策を 目にしましたが、 いずれも共通して言えるのは、 「外来、入院患者から新型コロナ感染者を排除する」 方法が検討されています。 ボククボの病院でも 「入院適応の判断に際しては、細心の注意を払ってください」 「より慎重な判断が求められます。 」 っていう、 日本的な指示がありました。 総合病院には、 抗がん剤治療をされる方や手術を予定している方 関節リウマチなどで免疫抑制剤を使っている方 透析している方 など多くいますので、院内クラスター化するとすべての治療が ストップするので仕方ありません。 肺炎だけが医療じゃないし、病院の完全閉鎖は 避けたい事態なのです。 当たり前ですが、 病院にとって守るのは病院であって、 日本ではありません。 院内発症はもはや避けられないが、、 現在の流行状況をみれば、 病院内にいつ新型コロナウイルスが入ってきても おかしくありません。 都市部ではすべての病院で院内発症例が出るでしょう。 病院上層部もそれは覚悟していますが、 なんとか自分の病院に入ってくるのを遅らせてたい 順番を最後にしたい、と考えています。 遅れれば遅れるほど、その病院への被害は少なくなります。 感染者が少なくなるわけではないので、 他の病院に感染者が行くことになるわけですが、 少なくともその病院は守られます。 基本的には新型コロナウイルスの治療に 特別な治療は不要でしょうが、 感染のリスクがある状態というのはストレスですし 感染するのが前提のような状態です。 しかも、たまたま医局の派遣で勤務している医師などは 「たまたま、4月から感染症指定病院に回された」 「運が悪かった。。 」 といった気持ちもありますし、 新型コロナウイルス患者に限らず、 肺炎疑いがあれば、 周辺病院は診察すらしないので、 次々と指定病院に搬送されます。 「なんで俺ばっかり、、、」 という気持ちが常にあるでしょう。 感染による、自宅待機医師もでており、 一部の未感染医師の負担も激増します。 医師総動員でないと難しい? 労働力の偏在 正直、ボククボの病院は現在かなり暇です。 仕事がありません。 手術は緊急性の高いものだけに絞っていますし、 外来の数も減っています。 不要な受診も減りました。 内科医も、入院患者が減って時間はありそうです。 ICUで人工呼吸器管理を得意とする麻酔科医も 手術がなくて自宅待機しています。 大学病院も、新型コロナウイルス患者も基本的には 排除していますが、 感染症内科専門医が何人もいます。 臨時感染症指定病院化? 都市部では、人口に対して 感染症指定病院が足りていません。 ホテル借り上げと同様に、 現在活動をほぼ休止している ICUや中小規模病院を借り上げ、 強烈なニンジン(お金)作戦で短期派遣医師を募集してはどうだろうか? 経営が苦しい病院の首脳陣も検討を始めるだろう。 医師派遣の中止でバイト先を失った医師だとか 怖いもの知らず独身医師など 集まりそうなものだが、、、 まとめ• 医者はいるところにはいるし、多くの医師が今暇• 感染症指定病院が足りない 以上です。 よろしければコメント、SNSで拡散お願いします。

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こんにちは。 本宮貴大です。 この度は記事を閲覧していただき、本当にありがとうございます。 今回のテーマは「【】人々の暮らしはどうなってしまったのか【】」というお話です。 東京の皇居のすぐそばに帝国議事堂(現・国会議事堂)が完成しました。 鉄筋コンの建物ですが、意外にも日本産の資材のみで造られており、17年の歳月を要して建設されました。 その外観は近代国家にふさわしいものでした。 しかし、この中では軍部が主導権を握り、戦争遂行のために国民を苦しめる様々な法律が作られていくのでした・・・・。 そのうえで、人々の暮らしは変わってしまったのかについても書いていきたいと思います。 の可決によって、戦争遂行のために人と物資を統制する法律が議会の十分な審議をせず、次々に成立させることが可能となりました。 国民の負担は大きくなり、 切符制や が導入されるも、人々の暮らしは圧迫されていきました。 戦況の悪化とともにネズミや、そしてヘビまでも食糧とするようになっていきました・・・・。 において、ヨーロッパの国々は戦場での戦いばかりでなく、後方の国民達も戦時体制を支える戦争となりました。 つまり、4年半に及んだは国力すべてを注ぎ込む国家総力戦だったのです。 大正時代末期にヨーロッパを訪れた軍人たちの中には、やらを中心に日本も同じ体制を構築するべきであると考えた者が少なくありませんでした。 彼らは1934(昭和9)年に国防の本義と其の強化の提唱(別名:陸軍パンフレット)を発表しました。 それによると、総力戦をするにあたって、従来の資本主制を見直し、へと移行する必要があると提唱されていました。 と聞いて、気づいた人もいるかもしれません。 とは、のことです。 陸軍は当時、の先進だった(以下、)の仕組みを見本としており、国家による生産計画やや切符制の実施によって人々に物資が平等に行き渡るようにしていました。 後述しますが、このと切符制が今回の大きなキーワードとなります。 1937(昭和12)年6月、内閣が成立して1か月後、が勃発しました。 「国民政府を対手(あいて)とせず」という第一次近衛声明に基づき、戦線が泥沼化していく中、の法律は着々と作られていきました。 この法律は戦争に伴い、労働・物資・資本の統制、価格の管理、言論出版の規制などが盛り込まれており、陸軍の軍人と企画院の官僚が手を組んで作成されました。 資本主義は事実上廃止され、が徐々にはじまっていくのです。 資本主義とは資本家にとって都合の良い経済システムなのですが、それを見直すというこの法律は、三菱や三井などの大手財閥やそれと手を組む政党から猛烈な反対意見が出ました。 しかし、陸軍と近衛首相は、そうした反対派を押し切る形で1938(昭和13)年3月、に法案を提出、審議にかけました。 審議の質疑応答では、陸軍を代表して(さとうけんりょう)中佐が対応しました。 佐藤中佐は法案について延々と演説をし、議員の間からの声があがりました。 業を煮やした宮脇長吉(みやわきちょうきち)議員は怒りを爆発させ、「もういい。 黙れ!」と怒号が響き渡りました。 そんなアクシデントがありながら、は同1938(昭和13)年3月16日にあっさり可決されました。 が可決されたことで、戦争遂行のために人と物資を統制する法律は、議会の十分な審議をせず、国民に負担を強いる法律や条例を次々に成立させることが可能となりました。 地獄の始まりです。 まず、制限されたのは、燃料などの動力源です。 と同時に制定された 電力国家管理法では、電力が統制下に置かれるようになり、民間の電力会社は単一の国策会社に一挙に統合されました。 これによって稼働時間を制限された工場を持つ民間企業は大打撃を受け、中小企業などは強制的整理も進められました。 また、電気の他に石炭の使用も制限されました。 そのため、機関車や電車は運行本数を減らされ、人々は行列を作って待たされ、駅は激しい混雑となりました。 ガソリンの消費を抑えるため、ガソリン車に替わって木炭車が現れました。 木炭車は木炭を燃やすことで、ガスを発生させてエンジンを動かす仕組みです。 当時、ガソリン車はあまり普及しておらず、バスを中心に出回るようになりましたが、ガソリン車に比べて燃費が悪く、なおかつ故障しやすいものでした。 次に、物資や食糧ですが、これまで一般に流通していた衣類や食糧は軍需品として回されるようになります。 また、民間企業の工場の生産計画はすべて企画院によって作成され、軍需品を優先的に、品の生産は後回しにされていきました。 このため、国民は衣類や食料を十分に買うことが出来なくなり、深刻なインフレを引き起こしました。 これに対して政府は、翌1939(昭和14)年10月に価格等統制令を出して公定価格制を導入しました。 「ぜいたくは敵だ。 」 「欲しがりません、勝つまでは」 こうしたスローガンは街中に貼られるようになり、人々は消費を切り詰めることを強要されました。 人々の楽しみである娯楽にも、国の厳しい規制が及びました。 それまでもにより、国が出版物や映画についてチェックをし、不都合なものを排除する検閲を行っていましたが、戦争下において、それは一層厳しいものとなりました。 また、男性の長髪や女性のパーマネントを禁止するなど、慎ましい生活態度も要求されました。 翌1939(昭和14)年早々、に基づいて 国民徴用令が制定されました。 これは青年男子の徴兵による労働力不足を解消するもので、一般国民はへの就労を強制されました。 また、同年9月にはヨーロッパでドイツがに侵攻したことをきっかけにが勃発。 それを機に原材料などの輸入品が減少しました。 翌1940(昭和15)年、ぜいたく品の製造・販売の禁止( 七・七禁令)が敷かれ、生活必需品に対しては 切符制が導入されました。 切符制とは、例えば国から支給された1000ポイント分の切符を使って、砂糖10ポイント、味噌15ポイント、マッチ20ポイントなどの生活必需品を購入していくことです。 最初はタバコなどの嗜好品から。 続いて砂糖や味噌などの調味料、そして木炭やマッチなどの燃料、そして衣類までが切符制となりました。 しかし、そんな切符制ではある問題が生じます。 それは、国民たちが米をはじめとした食糧の購入に偏ってしまうこと。 つまり1000ポイント全てを米の購入につぎ込んでしまうことです。 そうなると、大混乱になってしまいます。 そこで導入されたのが、 です。 これは全ての国民に平等に与えられるもので、米をはじめとした「命の食糧」はとなりました。 米の配給は1941(昭和16)年4月に始まりました。 当初、一般青年(11歳~60歳)は1人当たり1日2合3勺(約330グラム)が割り当てられましたが、戦況の悪化に伴い、2合1勺(約300グラム)まで減られました。 人々の暮らしはどんどん圧迫されていきました。 そして同1941(昭和16)年末、日本とカによる 太平洋戦争が勃発しました。 戦況の悪化に伴い、米が不足し、配給も減らされ、代わりにイモ類や大豆などが配給されるようになりました。 戦争末期になると、人々は深刻な食糧問題に苦しめられました。 当時のには「かうして食べれば・・・」という見出しの記事に栄養源ごとに食用可能な材料とその加工法が紹介されていたようです。 の中には、ネズミ、もぐら肉、ヘビ肉などが挙げられ、肝心の加工法については「消毒して食用とする」とだけ書かれていました。 バッタやカマキリを串刺しにして焼いて食べたり、淀川などの河川敷の雑草を根こそぎ食べるなどその状況は深刻なものとなっていきました。 直前の1945(昭和20)年7月7日(七夕)の笹のつるしには、カルピス飲みたい、あんぱん、エビフライ、ショートケーキなどが書かれていました。 本宮貴大でした。 参考文献 の秘蔵写真が語る戦争 「写真が語る戦争」取材班 出版 風刺漫画で日本近代史がわかる本 =著 今さら聞けない 日本の戦争の歴史 中村達彦=著 motomiyatakahiro.

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総力戦体制の構築~国家総動員体制と国民生活

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「施設入所中の80歳の方で昨日少し食事のときむせこみました。 今日から発熱、痰がでるようになってます。 」 みたいなエピソードで救急搬送されてきます。 新型コロナウイルスが流行する前であれば、こんな症例 「あー、はいはい。 どうぞー」 と、 どこの病院でも受け入れていたと思います。 一旦禁食・抗生物質の点滴・加湿と痰吸入の指示出して 徐々に食事再開。 細菌性・誤嚥性の肺炎だったら、抗生物質がよく効きます。 呼吸状態も悪くもなさそうだし、研修医でも担当につけとくか ってな感じです。 退院も元の施設に戻れば良いだけだし、1-2週間の短期入院で 病院も潤う。 焦げ付きの心配もない。 (急性期病院の長期入院は病院が損するシステムになっています) 病院にとっては、オイシイ症例だったわけです。 新型コロナウイルス流行中の肺炎対応 介護施設内での新型コロナウイルスクラスター感染 の可能性もある昨今、 肺炎を受け入れる病院は非常に少なくなっています。 受け入れ拒否の理由としては、• 当院は新型コロナ対策に対する方針が、まだ策定中です。 肺炎は見ない方針となりました• 新型コロナウイルス用の個室が埋まっています。 (院内発症用に確保してある) といった理由です。 まあ、当直医師としては 断る理由があれば、断るのが楽です。 普段から、救急車の受け入れは医師の良心に任されています。 働いても給料がもらえるわけでないし なにかと理由をつけて、救急車を全く受けないクソ野郎も たまにいますが 今回はおおっぴらに断れるわけです。 病院は病院を守る 病院は、経営者があって従業員がいます。 このご時世で、医療従事者を 神格化する方もいるかもしれませんが、 病院は利潤を追求します。 (今どきでは大学病院もそうです。 ) 大学病院やいくつかの総合病院の新型コロナ対策を 目にしましたが、 いずれも共通して言えるのは、 「外来、入院患者から新型コロナ感染者を排除する」 方法が検討されています。 ボククボの病院でも 「入院適応の判断に際しては、細心の注意を払ってください」 「より慎重な判断が求められます。 」 っていう、 日本的な指示がありました。 総合病院には、 抗がん剤治療をされる方や手術を予定している方 関節リウマチなどで免疫抑制剤を使っている方 透析している方 など多くいますので、院内クラスター化するとすべての治療が ストップするので仕方ありません。 肺炎だけが医療じゃないし、病院の完全閉鎖は 避けたい事態なのです。 当たり前ですが、 病院にとって守るのは病院であって、 日本ではありません。 院内発症はもはや避けられないが、、 現在の流行状況をみれば、 病院内にいつ新型コロナウイルスが入ってきても おかしくありません。 都市部ではすべての病院で院内発症例が出るでしょう。 病院上層部もそれは覚悟していますが、 なんとか自分の病院に入ってくるのを遅らせてたい 順番を最後にしたい、と考えています。 遅れれば遅れるほど、その病院への被害は少なくなります。 感染者が少なくなるわけではないので、 他の病院に感染者が行くことになるわけですが、 少なくともその病院は守られます。 基本的には新型コロナウイルスの治療に 特別な治療は不要でしょうが、 感染のリスクがある状態というのはストレスですし 感染するのが前提のような状態です。 しかも、たまたま医局の派遣で勤務している医師などは 「たまたま、4月から感染症指定病院に回された」 「運が悪かった。。 」 といった気持ちもありますし、 新型コロナウイルス患者に限らず、 肺炎疑いがあれば、 周辺病院は診察すらしないので、 次々と指定病院に搬送されます。 「なんで俺ばっかり、、、」 という気持ちが常にあるでしょう。 感染による、自宅待機医師もでており、 一部の未感染医師の負担も激増します。 医師総動員でないと難しい? 労働力の偏在 正直、ボククボの病院は現在かなり暇です。 仕事がありません。 手術は緊急性の高いものだけに絞っていますし、 外来の数も減っています。 不要な受診も減りました。 内科医も、入院患者が減って時間はありそうです。 ICUで人工呼吸器管理を得意とする麻酔科医も 手術がなくて自宅待機しています。 大学病院も、新型コロナウイルス患者も基本的には 排除していますが、 感染症内科専門医が何人もいます。 臨時感染症指定病院化? 都市部では、人口に対して 感染症指定病院が足りていません。 ホテル借り上げと同様に、 現在活動をほぼ休止している ICUや中小規模病院を借り上げ、 強烈なニンジン(お金)作戦で短期派遣医師を募集してはどうだろうか? 経営が苦しい病院の首脳陣も検討を始めるだろう。 医師派遣の中止でバイト先を失った医師だとか 怖いもの知らず独身医師など 集まりそうなものだが、、、 まとめ• 医者はいるところにはいるし、多くの医師が今暇• 感染症指定病院が足りない 以上です。 よろしければコメント、SNSで拡散お願いします。

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