僕 は 何 年 経っ たら 君 に 会 いたく なっ て 歌詞。 あいみょんの歌詞一覧リスト

サビ部分が「きっと何年たっても~」という歌

僕 は 何 年 経っ たら 君 に 会 いたく なっ て 歌詞

『恋』の沸騰冷めやらぬまま『Family Song』も好調。 がブームではなく多くの人の心に住み始め、染み込みやすくなっている今こそ!まだまだ知ってほしい歌たちがあるぞということでまとめてみました。 源関連のまとめとしては第3弾です もちのロンで自分の好きなフレーズたちでもありますが、個人的好みだけでなく源イズムを意識してます。 いつか誰かの橋になりますよう! 『ばらばら』 "世界は ひとつじゃない ああ そのまま ばらばらのまま 世界は ひとつになれない そのまま どこかにいこう" これぞ「」と言えるような、のたるフレーズ。 自分と他人はひとつになれない。 ひとつはひとつ。 でもひとつとひとつでふたつになることはできる。 ひとつであることは悲しいことではない。 突き放していることではない。 ひとつになれない、だからこそ面白いのだ。 知らないことこそ面白いのだ。 の歌は全てここに繋がっているように思います。 『くせのうた』 "寂しいと叫ぶには 僕はあまりにくだらない" 「ばらばら」もそうだけど、これを初めて聴いた時の衝撃たるや。 癖を知りたいと思える相手がいるだけで、自分は救われているのかもしれない。 『くせのうた』に関しては、どのフレーズも自分にとっての生涯忘れることのないものだなあと思います。 『くだらないの中に』 "首筋の匂いがパンのよう すごいなあって称え合ったり" という人物は「むだ」の中に大切なものを感じ取るのが得意である。 何気ない日常の中に幸せってあるんですよね〜というある意味聞き飽きたいい話をこんな変態性を盛り込んで表現できるものなのかと。 しかもそれが悪口として伝わらず笑い合えるって。 くだらない日常でありつつハードルが高い。 当時高校生だった私はそんな熟成感に変態的カリスマ感とエロスを感じたものです。 『パロディ』 "明日へ 誤魔化せ" 辛い日々も画面の向こう側を想像して演じるのだ、笑いに変えるのだ、という考え方が好きです。 人はパロディが好きだよね。 いっそ本家よりも愛せるものもあるくらいで。 本物でなくたって、なれなくたって、その日笑えれば、いつかの誰かが笑えれば先に向かえるんじゃなかろうか。 『エピソード』 "どんな話でも大丈夫 15分もすれば次のエピソード" 「明けない夜はない」のジョン。 『パロディ』と同様に自分の時間を客観的に見たようなかなりの短い曲で。 実際、日常でかなりの頻度で思い出しては、「15分」を乗り越えさせてくれるフレーズです。 『布団』 "いってらっしゃいが 今日も言えなかったな 帰ってこなかったら どうしよう おはようが 今日も言えなかったな おかえりなさいは いつもの二倍よ" あああ、こんな人と生きていきたいんじゃああ。 家族でも恋人でも、日々の中であるあるの慣れや惰性やらすれ違いやら。 でも一人で玄関を出て仕事へ向かった日に、家にいる誰かがこんな風に考えていると知ったらさ。 「おかえりなさいはいつもの二倍よ」に含まれる気持ちが愛おしくて、吐きそうになります。 ハーーアア。 二倍って、なんだよ… 『営業』 "跪いて話するのさ 好きでもない物を売るのだ 心ない言葉に泣くのさ 気が狂いそうでも普通さ" 労働シリーズその1。 この曲を実際に生保のセールスをしている友人に教えた。 泣いていた。 『ワークソング』 "働け 心の中を覗け 零時まで 輝け この血の流れ照らして" 労働シリーズその2。 「働く」ってこういうことなのかあ(呆然) 実際自分の身を全て使ってここまでの思いで働いている人はどれだけいるのでしょう。 私には無理だ、いやだわあと思いつつも、救いや希望を持って待ち続ける人よりも、汗や血反吐を吐きながら世の隅を照らす人に無性に憧れてしまうのでした。 でもは少し休め。 『日常』 "みんなが嫌うものが好きでも それでもいいのよ みんなが好きなものが好きでも それでもいいのよ 共感はいらない 一つだけ大好きなものがあれば それだけで" 初めて聴いた時にはハッとし、それ以降人生で何度自分に自信をくれたことか。 私にとってやを好きでいた軸になってくれたフレーズです。 好きな物や人だからって全てを愛さなくてもいい、好きと言わなくてもいい。 嫌いな面を見つけたり感じてしまうことは悪ではないんだよ。 そう知ったことは私の中で何かを長く好きでいられる強さに変わった気がします。 全盛期の現代、他人からの承認や共感を食って生きることに精一杯になり自分の好きや嫌いを考えなくなってしまわぬように。 『予想』 "幸せになれ 僕は側でみてる 意外と近いんだ 遥か遠くても" ここが無性に聴きたくて再生することがよくがあります。 『化物』 "思い描くものになりたいと願えば 地獄の底から次の僕が這い上がるぜ" 強い。 物凄く力強い言葉じゃないですか。 ムクムクと湧き上がる恐ろしいくらいのエネルギーを持った知らない自分を発見する体験。 化物だと言われるならそれは誇らしく嬉しいことだと思うのです。 『生まれ変わり』 "生まれ変わりがあるのなら 人は歌なんて歌わないさ 笑い声 遠くの逃げて 子供の僕はさようなら" 何かを生み出すということは自分の生きた証を残すということだと思う。 「生まれ変わっても〜」なんてロマンチックな希望を切り捨てることは、同時に現実に力を与えるものでもあって。 先へ行く人の「背中」を引き止めることはできないけれど、その人と共にした「歌」は自分の中に残って続いていく。 こうでなくっちゃいけないわよ。 エロではない。 官能的。 手慣れ感。 夜中、暗くした部屋で一人の部屋でイヤホンを着けると堪らないくらい落ち着くのです。 夜が暑すぎる。 『Week End』 "さよなら 目が覚めたら 君を連れて 未来を今 踊る 週末の街角 朝まで 身体を交そう" 「未来」「今」「踊る」 聞きなれたフレーズに源イズムでありながらも、ここまで洒落感のある、こなれ感のある歌詞は『YELLOW DANCER』に辿り着いた源くんだからこそだと感じます。 休日出勤や残業や終電超えて働いている人にオススメ。 絶対気持ちよくなれます。 生死を彷徨う本物の地獄を経た人に「楽しい地獄」という言葉を使われてしまったら、我々はもうしょうがない。 愉快に思えるだけいいじゃないのよ。 地獄であることを楽しめたなら何にでもなれるはず。 距離感。 相手への執着。 変態性。 歌詞全体に漂う自然と変態の融合感が初期の源歌詞を彷彿とさせていて、それがの代表作として日本中の記憶に残り「好き」と言われるものになっていることに嬉しくてたまらなくなります。 『Continues』 "命は続く 日々のゲームは続く 君が燃やす想いは 次の何かを照らすんだ" 「未来をよろしく」と言われたへ贈った曲。 生きる理由と勇気が湧いてくるなあと。 という人物自信が決してと言えるわけではない日々を音楽や芝居という支えの元に生きてきたからこその言葉であって、その重みに、同じように敬愛し目指したいものがある私は胸が締め付けられる思いがしました。 『Family Song』 "出会いに意味などないけれど 血の色 形も違うけれど いつまでも側にいることが 出来たらいいだろうな" 『肌』 "どんなに近づいても一つにはなれないから 少しだけ せめて 触れ合うと言葉より 君のことを知れる気がした" 上記二曲は最近シングルの感想を書いててそれに足せることが思いつかなかったので、 よかったら見て見てほしいです。 手抜きではないんだぞ。 ジャニーズ事情通では全くないのですが、ってアイドルはまさに今爆進中、拡大中のグループだと思うんですね。 でも、割と長いことコツコツ頑張って活動していたのも知っていて。 「今」に辿り着くまでには笑い飛ばせない辛いことだって数多くあったことと思います。 そりゃに限ったことでも芸能界に限ったことでもなく、「夢を持ってしまった」人全てに当てはまることなんだけど。 「夢を持ってしまう」というのは自分では生まれてしまったらどうしようもない気持ちなんだけど、それを居心地の良い場所を捨ててまで追い求められる人と求められない人がいて。 でも彼らは持ってしまった側の人間なのだ。 水の底からなんとか手を伸ばして「君」の手を握れるまで、そのいつかまで、どうしようもない程の夢への想いを抱えて突っ走っていくアイドルのキラキラかつ切実な姿が「夢を見てしまった」というプラスとマイナスの組み合わせに映っているのかなーと感じました。 まあわかんないけどね() --------------------------------------------------------------------------------------- の生み出す歌詞は、決してあるあるを並べて共感を狙っている訳ではないんですよね。 直接的な言葉はなく、誰にでもどんな時にでも当てはまるものではない。 でもそれが今これだけ受け入れられとんでもない数の人の心に届いているというのは物凄いことで。 や好感度から今まで届かなかったものが受け入れられやすくなっているのもあると思うのですが、 彼にしか発信出来なかった言葉たちが、きっと世の中の多くの人の中にある、これまで触れていなかった部分を刺激しているの思うのです。 それってものすごく気持ちいい体験だよね。 そしてそれってとってもアーティストらしい仕事だと思うのです。 「歌詞が難しい」とよく言われているけれど、全部を解釈しようとか理解しようとか共感しようなんてことはする必要はなくて、自分の心が必要な時に引き出せればいいんじゃないかなあ。 いつか引き出したい言葉が源くんの歌詞の中にはたくさんあって、そんな言葉たちに出会えた私は幸せだと思っています。 そして、これからもたくさん出会いたいのです。 おしまい!.

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なっとく童謡・唱歌 岡野貞一の唱歌;朧月夜,故郷,春が来た,春の小川,紅葉 池田小百合

僕 は 何 年 経っ たら 君 に 会 いたく なっ て 歌詞

スマホで手軽に音楽が聴けるようになり、昔以上に音楽を聴くことが、日常の仕草に溶け込むようになった。 通勤の合間、昼休み、休日の散歩、ちょっとした時間の隙間で、音楽の世界に浸ることができる。 音楽には感情も乗せやすい。 あの日聴いた曲、あの人が好きだった曲。 音楽を聴くこと。 それはまさにタイムカプセルなのだ。 メールではなく「LINE」「スタンプ」というところが今の時代を感じさせる。 好きな人と一緒にいれば、眠気なんて気にならない。 1分1秒でも一緒にいたくて、次の日はつい寝不足になったり、恋人のことばかり考えたりするものだろう。 2人が過ごした時間は、どこにでもある平凡なカップルそのものだ。 そんな何気ない日常が愛おしく、堪らなく大切なものであったことに、失ってから気づくのが切ない。 しかし、たしかにあの日、あの瞬間、2人は愛し合っていたのだと、今さらながら思い出すのだ。 ずっと忘れていた愛しい人との思い出が、匂いが、3分30秒の曲を聴いただけで鮮やかに甦る。 胸の奥に閉じ込めていた記憶が、曲によって呼び起こされるところが感慨深い。 部屋着で会いに行けるほど気楽な関係で、でも会いに行かずにはいられないほどに惹かれ合っていた。 恋人同士なら、電話で話すことも多いだろう。 でもその電話を切れなくて、互いに押し付け合う。 これもまた、2人仲のよさを表している。 いつまでも声を聴いていたいからこそ、自分から電話を切るのはためらわれる。 その気持ちは互いに同じで、結局いつまでも切れないのだ。 2人が電話口で笑い合う様が目に浮かぶ、とてもリアルで等身大のカップル像が親しみやすい。 叶わなかった、2人の未来 ---------------- 若かった2人 「一生一緒」だなんて何度も語り ぶつかり合い 気まずくなる日々 今だったら違ったのか? まだあの頃は若かった…と振り返れば、それは苦い思い出だ。 未来のことなど知りもせず、一生一緒だなんて、夢のような言葉を口にして。 そんな未来を描いていたからこそ、叶わなかった時に辛いのだ。 その痛みを知りもせず、別れなど来るとも知らずに愛し合った日々が痛々しく、堪らなく愛おしい。 ---------------- 会いたいけど 会いたくない 行ったり来たりしてるよ 何気ない今日と 輝いた過去 元気なのか? 綺麗になったか? 今の僕はどうなのかな? 大切だった人は、心の中で当時の姿のまま輝いているものだ。 今も元気にしているのか、幸せなのか、好きな人はいるのか、結婚してはいるのか…。 気になることは山ほどあるだろう。 思い出のメロディーを口ずさみながら遠い日の彼女を思う時間は、どこまでもセンチメンタルだ。 今の自分とは比べものにならないくらい煌めいていた自分を思い返し、幸せだった日々を思い出し、胸が痛む。 それでも、感傷に浸ることをやめられないのは、その日々が堪らなく大切な宝物だからだろう。 もう2度と戻らないからこそ、いつまでも浸っていたいのだ。 あの日に帰ったような気持ちになっている内は、少しだけ幸せな気分になれるのかもしれない。 そして、過去から力をもらって、少し痛む胸を抱えながら、また歩き出す。 そうやって人生を紡いでいくのだろう。 遊助の等身大の歌詞は、どこにでもいそうなカップルの、どこにでもありそうな失恋を歌っているからこそ、聴く人の心に響くのだ。 この冬は、失くしてしまった大切な思い出と戯れてみるのもいいかもしれない。 TEXT 岡野ケイ.

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丘は花ざかり: 二木紘三のうた物語

僕 は 何 年 経っ たら 君 に 会 いたく なっ て 歌詞

『恋』の沸騰冷めやらぬまま『Family Song』も好調。 がブームではなく多くの人の心に住み始め、染み込みやすくなっている今こそ!まだまだ知ってほしい歌たちがあるぞということでまとめてみました。 源関連のまとめとしては第3弾です もちのロンで自分の好きなフレーズたちでもありますが、個人的好みだけでなく源イズムを意識してます。 いつか誰かの橋になりますよう! 『ばらばら』 "世界は ひとつじゃない ああ そのまま ばらばらのまま 世界は ひとつになれない そのまま どこかにいこう" これぞ「」と言えるような、のたるフレーズ。 自分と他人はひとつになれない。 ひとつはひとつ。 でもひとつとひとつでふたつになることはできる。 ひとつであることは悲しいことではない。 突き放していることではない。 ひとつになれない、だからこそ面白いのだ。 知らないことこそ面白いのだ。 の歌は全てここに繋がっているように思います。 『くせのうた』 "寂しいと叫ぶには 僕はあまりにくだらない" 「ばらばら」もそうだけど、これを初めて聴いた時の衝撃たるや。 癖を知りたいと思える相手がいるだけで、自分は救われているのかもしれない。 『くせのうた』に関しては、どのフレーズも自分にとっての生涯忘れることのないものだなあと思います。 『くだらないの中に』 "首筋の匂いがパンのよう すごいなあって称え合ったり" という人物は「むだ」の中に大切なものを感じ取るのが得意である。 何気ない日常の中に幸せってあるんですよね〜というある意味聞き飽きたいい話をこんな変態性を盛り込んで表現できるものなのかと。 しかもそれが悪口として伝わらず笑い合えるって。 くだらない日常でありつつハードルが高い。 当時高校生だった私はそんな熟成感に変態的カリスマ感とエロスを感じたものです。 『パロディ』 "明日へ 誤魔化せ" 辛い日々も画面の向こう側を想像して演じるのだ、笑いに変えるのだ、という考え方が好きです。 人はパロディが好きだよね。 いっそ本家よりも愛せるものもあるくらいで。 本物でなくたって、なれなくたって、その日笑えれば、いつかの誰かが笑えれば先に向かえるんじゃなかろうか。 『エピソード』 "どんな話でも大丈夫 15分もすれば次のエピソード" 「明けない夜はない」のジョン。 『パロディ』と同様に自分の時間を客観的に見たようなかなりの短い曲で。 実際、日常でかなりの頻度で思い出しては、「15分」を乗り越えさせてくれるフレーズです。 『布団』 "いってらっしゃいが 今日も言えなかったな 帰ってこなかったら どうしよう おはようが 今日も言えなかったな おかえりなさいは いつもの二倍よ" あああ、こんな人と生きていきたいんじゃああ。 家族でも恋人でも、日々の中であるあるの慣れや惰性やらすれ違いやら。 でも一人で玄関を出て仕事へ向かった日に、家にいる誰かがこんな風に考えていると知ったらさ。 「おかえりなさいはいつもの二倍よ」に含まれる気持ちが愛おしくて、吐きそうになります。 ハーーアア。 二倍って、なんだよ… 『営業』 "跪いて話するのさ 好きでもない物を売るのだ 心ない言葉に泣くのさ 気が狂いそうでも普通さ" 労働シリーズその1。 この曲を実際に生保のセールスをしている友人に教えた。 泣いていた。 『ワークソング』 "働け 心の中を覗け 零時まで 輝け この血の流れ照らして" 労働シリーズその2。 「働く」ってこういうことなのかあ(呆然) 実際自分の身を全て使ってここまでの思いで働いている人はどれだけいるのでしょう。 私には無理だ、いやだわあと思いつつも、救いや希望を持って待ち続ける人よりも、汗や血反吐を吐きながら世の隅を照らす人に無性に憧れてしまうのでした。 でもは少し休め。 『日常』 "みんなが嫌うものが好きでも それでもいいのよ みんなが好きなものが好きでも それでもいいのよ 共感はいらない 一つだけ大好きなものがあれば それだけで" 初めて聴いた時にはハッとし、それ以降人生で何度自分に自信をくれたことか。 私にとってやを好きでいた軸になってくれたフレーズです。 好きな物や人だからって全てを愛さなくてもいい、好きと言わなくてもいい。 嫌いな面を見つけたり感じてしまうことは悪ではないんだよ。 そう知ったことは私の中で何かを長く好きでいられる強さに変わった気がします。 全盛期の現代、他人からの承認や共感を食って生きることに精一杯になり自分の好きや嫌いを考えなくなってしまわぬように。 『予想』 "幸せになれ 僕は側でみてる 意外と近いんだ 遥か遠くても" ここが無性に聴きたくて再生することがよくがあります。 『化物』 "思い描くものになりたいと願えば 地獄の底から次の僕が這い上がるぜ" 強い。 物凄く力強い言葉じゃないですか。 ムクムクと湧き上がる恐ろしいくらいのエネルギーを持った知らない自分を発見する体験。 化物だと言われるならそれは誇らしく嬉しいことだと思うのです。 『生まれ変わり』 "生まれ変わりがあるのなら 人は歌なんて歌わないさ 笑い声 遠くの逃げて 子供の僕はさようなら" 何かを生み出すということは自分の生きた証を残すということだと思う。 「生まれ変わっても〜」なんてロマンチックな希望を切り捨てることは、同時に現実に力を与えるものでもあって。 先へ行く人の「背中」を引き止めることはできないけれど、その人と共にした「歌」は自分の中に残って続いていく。 こうでなくっちゃいけないわよ。 エロではない。 官能的。 手慣れ感。 夜中、暗くした部屋で一人の部屋でイヤホンを着けると堪らないくらい落ち着くのです。 夜が暑すぎる。 『Week End』 "さよなら 目が覚めたら 君を連れて 未来を今 踊る 週末の街角 朝まで 身体を交そう" 「未来」「今」「踊る」 聞きなれたフレーズに源イズムでありながらも、ここまで洒落感のある、こなれ感のある歌詞は『YELLOW DANCER』に辿り着いた源くんだからこそだと感じます。 休日出勤や残業や終電超えて働いている人にオススメ。 絶対気持ちよくなれます。 生死を彷徨う本物の地獄を経た人に「楽しい地獄」という言葉を使われてしまったら、我々はもうしょうがない。 愉快に思えるだけいいじゃないのよ。 地獄であることを楽しめたなら何にでもなれるはず。 距離感。 相手への執着。 変態性。 歌詞全体に漂う自然と変態の融合感が初期の源歌詞を彷彿とさせていて、それがの代表作として日本中の記憶に残り「好き」と言われるものになっていることに嬉しくてたまらなくなります。 『Continues』 "命は続く 日々のゲームは続く 君が燃やす想いは 次の何かを照らすんだ" 「未来をよろしく」と言われたへ贈った曲。 生きる理由と勇気が湧いてくるなあと。 という人物自信が決してと言えるわけではない日々を音楽や芝居という支えの元に生きてきたからこその言葉であって、その重みに、同じように敬愛し目指したいものがある私は胸が締め付けられる思いがしました。 『Family Song』 "出会いに意味などないけれど 血の色 形も違うけれど いつまでも側にいることが 出来たらいいだろうな" 『肌』 "どんなに近づいても一つにはなれないから 少しだけ せめて 触れ合うと言葉より 君のことを知れる気がした" 上記二曲は最近シングルの感想を書いててそれに足せることが思いつかなかったので、 よかったら見て見てほしいです。 手抜きではないんだぞ。 ジャニーズ事情通では全くないのですが、ってアイドルはまさに今爆進中、拡大中のグループだと思うんですね。 でも、割と長いことコツコツ頑張って活動していたのも知っていて。 「今」に辿り着くまでには笑い飛ばせない辛いことだって数多くあったことと思います。 そりゃに限ったことでも芸能界に限ったことでもなく、「夢を持ってしまった」人全てに当てはまることなんだけど。 「夢を持ってしまう」というのは自分では生まれてしまったらどうしようもない気持ちなんだけど、それを居心地の良い場所を捨ててまで追い求められる人と求められない人がいて。 でも彼らは持ってしまった側の人間なのだ。 水の底からなんとか手を伸ばして「君」の手を握れるまで、そのいつかまで、どうしようもない程の夢への想いを抱えて突っ走っていくアイドルのキラキラかつ切実な姿が「夢を見てしまった」というプラスとマイナスの組み合わせに映っているのかなーと感じました。 まあわかんないけどね() --------------------------------------------------------------------------------------- の生み出す歌詞は、決してあるあるを並べて共感を狙っている訳ではないんですよね。 直接的な言葉はなく、誰にでもどんな時にでも当てはまるものではない。 でもそれが今これだけ受け入れられとんでもない数の人の心に届いているというのは物凄いことで。 や好感度から今まで届かなかったものが受け入れられやすくなっているのもあると思うのですが、 彼にしか発信出来なかった言葉たちが、きっと世の中の多くの人の中にある、これまで触れていなかった部分を刺激しているの思うのです。 それってものすごく気持ちいい体験だよね。 そしてそれってとってもアーティストらしい仕事だと思うのです。 「歌詞が難しい」とよく言われているけれど、全部を解釈しようとか理解しようとか共感しようなんてことはする必要はなくて、自分の心が必要な時に引き出せればいいんじゃないかなあ。 いつか引き出したい言葉が源くんの歌詞の中にはたくさんあって、そんな言葉たちに出会えた私は幸せだと思っています。 そして、これからもたくさん出会いたいのです。 おしまい!.

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