エリザベート 王女。 シャーロット王女に続け!欧州のロイヤル・プリンセス図鑑

英王室に続け! 世界中から厳選した、美しきロイヤルキッズたち

エリザベート 王女

エリザベートは、兄にルイ16世、のちのルイ18世になるプロヴァンス伯爵、後のシャルル10世になるアルトワ伯爵、姉にサルデーニャ王カルロ・エマヌエーレ4世の妃になったマリー・クロティルドがいます。 肉親への愛情がとても深く、5歳年上の姉、マリー・クロティルドがお嫁に行ったときには、姉との別れを悲しみすぎて、病気になってしまったほどです。 マリー・アントワネットがヴェルサイユに嫁いできたとき、まだ15歳になっていませんでしたが、まだ6歳のエリザベートにとっては、マリー・アントワネットは頼もしいお姉さんであり、クロティルドがいなくなって悲しんでいるエリザベートを慰めていたのはアントワネットでした。 エリザベートは年の離れた兄夫婦が大好きで、親のようにも思い、食事もいつも一緒にとっていました。 エリザベートが年頃になると、たくさんの縁談が舞い込んできました。 見てくれも性格も良いのですからそれはもう大変なものだったらしいです。 昔は、王家に嫁ぐと、一生実家には戻れないというのが当たり前でした。 マリー・アントワネットも14歳でフランスに嫁いでからは、一度もオーストリアに戻っていません。 エリザベートも王女ですから、お嫁に行くのはどこかの国の王太子です。 ゆくゆくはその国に君臨しなければならない立場の人になります。 そうして自分がフランス人でなくなることをエリザベートは嫌だと思ったのです。 どこかの国の玉座に上るよりも、兄の玉座の足元にいた方がいいと、生涯独身でいることを選んだのです。 このとき、どこかに嫁いでいれば、革命が起こっても亡命して命を落とすことはなかったのですが、誰も先に起こることなど分かりません。 兄夫婦のことが大好きだったエリザベートは、いつもアントワネットのそばにいて、子供達の世話もよくしました。 国王一家と一緒にタンプル塔に幽閉されていからも、子供達の勉強をみてやったり、洗濯をしたりと世話を焼いていました。 頭がよく、幽閉された時点で、その先の運命がどうなるかなど、エリザベートなら分かっていたはずです。 そして、エリザベートなら、国王一家と行動を別にして逃げ出すことも可能だったのです。 けれどもエリザベートは、運命を共にする方を選んだのです。 マリー・アントワネットはコンシェルジュリーに移されてから、裁判にかけられ、刑が執行されたことを、エリザベートも知らされていませんでした。 アントワネットが最後にしたためた、長い長い手紙も、エリザベートの手に渡ることはありませんでした。 1794年5月9日、エリザベートはコンシェルジュリーに移されます。 宮廷政治に関わりがなく、有罪にしたくても口実すら見つからないエリザベートを有罪にしたてあげなくてはいけません。 結果、エリザベートは国王の脱走を助けた罪、王族、貴族の亡命に資金援助した罪で告発されました。 裁判官が言いがかりのような尋問をしても、しっかりと前を向き、理路整然と答えていました。 何を言っても利に叶ったことを答えるので、結局は、国王の妹に生まれたことが罪なのだとしか言いようのないものでした。 翌日、エリザベートは死刑判決を受けます。 一緒に同じ判決を受けた20人以上の人々を励まし、一切動揺することはありませんでした。 その中に、妊婦がいるのを見つけたエリザベートは、妊娠していることを申告するように言います。 妊娠していると、出産までの間、刑が執行されることはありません。 自分の刑が言い渡されたあとなのに、周囲に気を配るほど、気持ちが落ち着いていました。 エリザベートらは即日刑が執行されましたが、この妊婦は、出産前にクーデターが起こったために、刑が執行されることはなく、エリザベートに命を救われたことになったのです。 クーデターのあとは、エリザベートらを裁いた裁判官らが逆に裁かれました。 革命裁判の前に、判決文と死亡証明書が用意されていて、エリザベートらの裁判は、見せ掛けだけのものということが分かりました。 エリザベートに命を救われた女性も、自分の死亡診断書を手にして裁判でそれを証明しています。

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ストーリー

エリザベート 王女

最初の夫:オットーと 17歳の時に侯爵と出会い、1月にをする。 結婚と同時に皇位継承権の放棄の宣誓署名式を行い、皇室と公式に別れを告げたが、皇帝の配慮で皇族としての特権は残された。 に長男フランツ・ヨーゼフ、翌年に次男エルンスト・ヴェーリアント、に三男ルドルフ、に長女シュテファニー と3男1女に恵まれたが、いつの間にか夫との間には隙間風が吹き始めた。 離婚と政治活動 [ ] 中はの看護婦として兵士の看護に当たった。 に夫ヴィンディシュ=グレーツとの離婚調停が始まり、1924年に別居した。 法廷は子供全員の親権をオットーに与えたため、離婚調停後、エリザベートの元に警察が来て子供の引き渡しを求めたが、子供を取り上げられることに同情したの運動員たちが阻止した。 これをきっかけに、社会民主党の指導者 ()との同居が始まり、また社会民主党に入党して世間を驚かせた。 エリーザベトは世間から「 赤い皇女」と呼ばれた。 、によってオーストリアがドイツに併合された後、にペツネックは逮捕され、に送られるが、6月に解放されてエリーザベトの元へ戻った。 エリーザベトは中、で亡命者の援助などをしていた。 にオットー・ヴィンディッシュ=グレーツと正式に離婚し、ペツネックと再婚した。 、エリーザベトは79歳で亡くなった。 墓石には名前も碑文も記されなかった。 また、遺品や絵画はすべて国に寄贈するという遺言を残した。 ハプスブルク家のものは国に返すべき、という考えに基づいて行なった事だった。 関連作品 [ ]• 『エリザベート ハプスブルク家最後の皇女』:によるノンフィクション。 文藝春秋、1992年/文春文庫(上下)、2003年• 『エリザベート』:上記を原作としたのコミック。 文藝春秋、1996年/講談社漫画文庫、2002年 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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18歳になった未来のベルギー女王、エリザベート王女の歩み。

エリザベート 王女

10月25日、フィリップ国王とマチルド王妃の長女の誕生日を祝って、ブリュッセルの王宮で式典が催された。 ベルギーの王位継承者であるブラバント女公エリザベートの横顔をご紹介。 ブリュッセルの王宮で18歳の誕生日を祝ったベルギー王女エリザベート。 (ベルギー・ブリュッセル、2019年10月25日) photo : Getty Images 彼女の戴冠は、新しい時代の幕開けを告げることになるだろう。 ベルギーのエリザベート王女が10月25日、18歳の誕生日を迎えた。 彼女が即位すれば、ベルギー史上初の女性君主が誕生することになる。 2013年7月、祖父のアルベール2世が退位し、代わって父フィリップが国王となったことで、エリザベート王女はブラバント女公の位に就いた。 これにともない、身近な人たちから「リザ」と呼ばれる王女は、ベルギー王位継承順位第1位となった。 中世に制定された王位継承の規定を定めた法典「サリカ法」が1991年に廃止されたことで、女王が認められるようになったためだ。 王女としての第一歩。 エリザベート王女は、現在59歳のベルギー国王フィリップと46歳の王妃マチルドの長女として、2001年10月25日にアンデルレヒトのエラスムス病院で誕生した。 同年12月9日、シエルニョン城の礼拝堂で洗礼を受けている。 ガブリエル王子(現在16歳)、エマニュエル王子(同14歳)、エレノール王女(同11歳)の3人のこうだいとともにラーケン城で育った王女は、世間の好奇の目に晒されることなく、穏やかな少女期を過ごした。 それでも公の場に出る機会がまったくなかったわけではない。 2003年、幼いエリザベート王女は伯父のロラン王子(フィリップ国王の弟)とクレール・コームスの結婚式に参列している。 初めて公式行事に出席したのは、3年後の建国記念日の式典。 王女が5歳の時だ。 2007年には、エリザベート王妃国際音楽コンクールと、南極に設置された観測基地プリンセス・エリザベス極地研究所の模型展示会というふたつの公式イベントに出席し、王女としての第一歩を踏み出した。 2011年、10歳の時にはゲント大学病院の開院式に出席。 1年後、ベルギー北西部にあるエノー州のプロウグステエールで開かれた第一次世界大戦戦没者追悼式典で、王女は公の場で初めてとなる演説を行い、世界の人々に優れた能力の一端を披露した。 ベルギーの公用語であるフラマン語、フランス語、ドイツ語を完璧にマスターしており、追悼式では3つの言語で演説を行ったのだ。 国王フィリップをお手本に。 エリザベート王女は2017年までブリュッセルのマモル地区にあるサン=ジャン・ベルチマンス校に通い、模範生として学業に勤しんだ。 その後、16歳でイギリスに留学。 カーディフ近郊のアトランティック・カレッジに入学し、現在も同校でほぼ普通の学生生活を送っている。 ピアノに熱中するいっぽう、中途退学未然防止のための運動や、高齢者・障害者のための支援活動にも参加。 ちなみに高校の最終学年の学習テーマは「教育による平和」と「共同体への奉仕」だという。 現在は同じ年齢の若者たちと同様に、2020年の春に受験する国際バカロレア資格試験の準備に励んでいるところだ。 18歳の誕生日を前に、王女の生活は新しい局面を迎えた。 父のベルギー国王フィリップは、メディアの注目が集まる場に、彼女の出席を増やしてたいと望んでいる。 こうした国王の意向を受けて、王女は2019年5月4日のルクセンブルク大公ジャンの葬儀に参列。 また前月4月26日にも、ブリュッセルで行われた消防士の公開訓練に国王とともに参加しており、その数週間後には、ユニセフ・ベルギー支部名誉会長の母親のマチルド王妃に同行してケニアを訪問している。 いっぽう、王妃は娘の公務参加について国王ほど積極的ではないようで、「何事にもしかるべきタイミングがあります。 娘にはいまは学生生活を十分に楽しんでほしいと思っています」とケニア訪問の際に語っていた。 象徴的な祝賀式典。 10月25日、ブリュッセルの王宮は上を下への大騒ぎとなった。 エリザベート王女の18歳の誕生日を祝う式典が王宮の玉座の間で催され、その様子がベルギーのテレビで生中継された。 王女はベルトでウエストマークしたエレガントな白いコートに身を包み、晴れやかな表情で登場。 式典には学校の同級生や先生に加えて、王女の乳母、そして王女と同じ年齢の男女80人とベルギー王室メンバーが出席した。 ベルギーで最も権威のあるレオポルド勲章グラン・コルドン章を受勲したばかりの長女に、感激のあまり目に涙を浮かべて喝采を送るマチルド王妃。 それとは対照的に、エリザベート王女は動じることなく、「国のために使命を果たします」と誓いの言葉を述べた。 実際に王女が父の後を継ぐのはまだまだ先のことだ。 ---fadeinpager--- 写真で振り返る、エリザベート王女の歩み。 2001年10月25日、ベルギーのアンデルレヒトで誕生したエリザベート王女。 (ベルギー・ブリュッセル、2002年12月19日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 弟のガブリエル、エマニュエル、妹のエレノールとともに、ラーケン城で育った。 (ベルギー・ブリュッセル、2006年7月21日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 弟のガブリエルとエマニュエルに囲まれ、妹のエレノールを抱くエリザベート王女。 (ベルギー・アンデルレヒト、2008年4月18日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 王女はブリュッセルのマモル地区にあるサン=ジャン・ベルチマンス校で教育を受けた。 (2011年9月1日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 2011年、10歳の時にゲント大学病院の新病棟開院式に出席。 (ベルギー・ゲント、2011年9月7日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- エリザベート王女の後ろでふざけるのは、 ひょうきん者のエマニュエル王子。 エレノール王女、ガブリエル王子とともに。 (ベルギー・ラーケン、2012年9月2日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 王宮のバルコニーに一家勢揃い。 左から、エレノール王女、ガブリエル王子、マテチルド王妃、エリザベート王女、フィリップ国王、エマニュエル王子。 (ベルギー・ブリュッセル、2013年7月21日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 新学期を迎えた13歳のエリザベート王女。 (ベルギー・ ブリュッセル、2014年9月1日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 左から、アメデオ王子(フィリップ国王の妹、アストリッド王女の長男)、エリザベート王女、ニコラ王子(フィリップ国王の弟、ロラン王子の長男)。 パオラ元王妃の80歳の誕生日を祝う。 (ベルギー・ワーテルロー、2017年6月29日)photos:Getty Images ---fadeinpager--- ベルギー建国記念日の式典に出席するエリザベート王女とエマニュエル王子。 (ベルギー・ブリュッセル、2017年7月21日)photo:Getty Images ---fadeinpager--- 高校2年生の新学期初日、サン=ジャン・ベルチマンス校に通学するエリザベート王女。 (ベルギー・ブリュッセル、2017年9月1日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- マチルド王妃とエリザベート王女は、若手音楽家の登竜門であるエリザベート王妃国際音楽コンクールへの出席を毎年楽しみにしている。 (ベルギー・ブリュッセル、2018年5月12日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 王宮で開催される毎年恒例のクリスマスコンサートに出席するエリザベート王女とエマニュエル王子。 (ベルギー・ブリュッセル、2018年12月19日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 見習い消防士として訓練に参加。 (ベルギー・ブリュッセル、2019年4月26日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 一家揃って建国記念日の式典に参列。 左から、エレノール王女、ガブリエル王子、マチルド王妃、フィリップ国王、エリザベート王女、エマニュエル王子。 (ベルギー・ブリュッセル、2019年7月21日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 18歳の誕生日を迎えたエリザベート王女。 祝賀式典でダンスを披露したバレリーナたちとともに。 (ベルギー・ブリュッセル、2019年10月25日)photo : Getty Images ---fadeinpager--- 18歳の誕生日に、ベルギーで最も権威のあるレオポルド勲章グラン・コルドン章を受勲した王女。 フィリップ国王とともに。 (ベルギー・ブリュッセル、2019年10月25日)photo : Getty Images.

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