電車 つり 革。 電車のつり革がつかめない人に!グリッポンの口コミやレビューは?|LifeNews Media

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JR西日本の321系や207系に導入される新型の「吊り手」 画像提供:JR西日本 ところで、首都圏の電車だと「吊り手」よりも「吊り革」と呼ぶことのほうが多い。 「走行中は危険ですので、吊り革や手すりにおつかまりください」という車内放送もよく聞く。 でも実際のところ、「吊り革」は革製ではない。 輪の部分はプラスチックで、帯の部分はナイロン繊維を樹脂でコーティングしているそうだ。 そうは言っても、「吊り革」と呼ばれるくらいだから、昔は革製だったはず。 では、いつまで革製だったのだろうか? 筆者自身の記憶をたどっても定かではない。 子供の頃から革製ではなかった気がする。 戦時中には姿を消していた!? いくつか文献を当たってみたが、はっきりしない。 たしかに戦前の車両には、文字通り牛革製の「吊り革」が使われていたようだ。 だが戦時中、物資不足の影響で牛革が消えてしまった。 そこで代用品として荒縄などが使われていたらしい。 日本では戦時中からポリ塩化ビニールの生産が始まっていたため、戦後になっても吊り革は牛革に戻ることなく、そのまま合成樹脂製へ移行したと考えられる。 のモチーフにもなった旧1000形。 当時では珍しい全鋼製で、乗客が快適に過ごせるよう随所に工夫が 画像提供:東京メトロ ちなみに地下鉄の場合、1927 昭和2 年に東京地下鉄道が開業した当初から革製ではなかった。 旧1000形では、「リコ式」と呼ばれる金属製の吊り手を採用していた。 使用しないときはバネの力で網棚側に固定され、ぶらぶらしないので輪が網棚とぶつからず、静かな吊り手だと好評だったらしい。 その一方で、乗客が使い終わった後に吊り手が跳ね上がり、他の客の頭に当たるなどの理由で、苦情も多かったという。 革製を使わなくなった背景に、あの鉄道事故が 戦前の電車の吊り革に使用されたという牛革は、いまでは高級バッグにも使われている。 ならば、新しく牛革製の吊り革を採用すれば、通勤電車も高級感が出てくるかも……、と思ったものの、残念ながらそうはいかない。 吊り革はもう革製には戻れない。 そのきっかけとなったのが、1956 昭和31 年、当時の運輸省が、電車の火災事故対策に関する通達を出したこと。 その背景には、1951 昭和26 年の桜木町事故など鉄道火災事故が続いたことが挙げられる。 桜木町事故は架線工事のミスで架線が垂れ下がり、電車の屋根に接触し、火花が引火して電車が全焼。 死者100人以上の大惨事に。 当時の電車は油性塗料を使用し、内装もベニヤ板など木製の部分が多く、車両自体が燃えやすかった。 加えて、乗客がドアを開ける仕組みがなく、電車のつなぎ目に通路もなく、窓の開口部も小さかった。 そのため乗客が脱出できず、多くの犠牲者を出す結果となってしまった。 これらの事故と国からの通達を踏まえ、鉄道車両の素材は燃えにくいものへと移行していく。 吊り革も例外ではなく、燃えにくく加工された合成樹脂が使われるようになった。 大量生産でコストが下がったため、地下鉄だけではなく、すべての吊り革が同様の素材になっていった。 「吊り革」「吊り手」に代わる呼び名を考えてみた だからいま、「吊り革」という呼び名はふさわしくないかもしれない。 最近は「吊り手」のほか、「吊り輪」とも呼ばれているようだ。 あくまで個人的な意見だが、「吊り手」だと手がぶら下がっているような気がしないでもない。 「吊り輪」にしても、都心の電車には"三角型"もあるし、体操競技の名前でもあるので、ぶら下がって遊ぶ者がいそうな印象もある。 いっそのこと英語にしてみては? と思ったものの、吊り革を英訳すると「ストラップ」。 日本だと、なんだか携帯電話のアクセサリーみたいになってしまう。 ならば素材名を取って、「吊り樹脂」とか「つりプラ」とか……、それも変だな。 やっぱり、「吊り革」「吊り手」「吊り輪」あたりで手を打つとするか 笑。 予めご了承ください。 連載一覧 第124回 第123回 第122回 第121回 第120回.

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関西は丸形が主流な一方、東京圏では三角形が増加中。 その理由はどこにあるのでしょうか? Photo:PIXTA 電車やバスで誰もがお世話になる「つり革」。 つり革は電車やバス以外で見かけることはまずない。 逆に、画面の中につり革があれば公共交通機関の中にいることを表現できるほど、強い存在感を持つアイコンだ。 揺れる車内で体を支えられるのも、人波に押し流されそうになるのを耐えられるのも、つり革があってのことである。 ある意味、利用者に一番近い鉄道部品であり、最近ではハート型やネコ型のつり革など、遊び心を取り入れている鉄道事業者も珍しくない。 つり革の起源は、1870年頃のイギリスの鉄道馬車(レールの上を走る馬車)にまでさかのぼるといわれている。 長い歴史には違いないが、単純な構造の割には意外と短いと考えることもできるだろう。 それまでの乗り物は、定員が少なかったり、長距離移動用だったり、あるいは乗り心地が悪かったりと、いずれも座って乗ることを想定したものだった。 ところが、馬車鉄道のように、多くの人が乗り合わせる都市部の短距離交通機関が登場したことで、立ち乗り客が体を支えるための設備が初めて必要になったのである。 つり革という名称は当初、革のベルトがつるされていたことに由来する(革が用いられなくなった現在では「つり手」と称する鉄道事業者も多い)。 日本でも鉄道が開業して、短距離利用が増えてくると、つり革の設置が一般的になる。 大正時代に入ると、革のベルトの先に握る部分(手掛け)がついた、現在の形状に近いものが登場している。

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【電車の釣革】の例文集・使い方辞典

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あるいは気がついても関心を示さない。 しかし、徐行する電車の釣革にぶらさがっていて、ジムの中で自分の体を激しく痛めつけている若者の姿があるのに気づくと、僅かではあったが、軽い衝撃を受けたような表情を浮かべる者がいた。 釣革にぶらさがっているだけの自分を恥じるかのように、何度も眼をしばたたかせ、やがて眼を伏せて電車ごと遠ざかって行く。 … 沢木耕太郎『一瞬の夏』 より引用• 例えば海水浴へ行っても、何んと結構に美しい無数の足の動いている事だろう、われわれの展覧会の裸女は、それでも時々陳列を拒まれる場合もあるが、大体において観賞の自由が与えられて来た。 街路では洋装の 裾 すそから二本の足が遠慮なく出ている、電車の 釣革 つりかわから女の腕がぶら下る、足の美しさがグラビヤ版となって世界に 拡 ひろがる、そして娘の足は、太く長く美しさを増して来た、思えば日本の昔は窮屈であった。 昔、ある正月前の寒いころだった、私は千日前をあるいて海女の手踊の看板を見た、髪をふり乱して、赤い腰巻をした海女の一群がベックリンの人魚の戯れの絵の如く波に戯れているのである、それが頗る下品な、絵であったが、しかし遊心だけは妙に誘う処の絵であった。 … 小出楢重『楢重雑筆』 より引用• なお和服をシャツなしで、われわれ骨人が着用に及ぶと、かの痛ましくも細い腕がニョキニョキと現われるので、如何にも気兼ねであって、電車の釣革などは平気ではとても握っていられない気がする。 私はしばしば電車の釣革にぶら下る女の何本かの腕を観賞する事がある、時には私同様骨張ったいけないものもあるが、先ず大概はわれわれ骨人が 憧憬 どうけいしてやまないところの、充分な腕を並べていて、その陽気のために、 羨 うらやましくも悩ましい気に 打 うたれるのである。 … 小出楢重『楢重雑筆』 より引用• 私は日本服を着る以上は、正式にシャツ類を排斥したいと思う、ところでシャツなくては私の冬はあまりに残酷なのだからやむをえない、私は洋服を主として用いる、その洋服でもあまりの厚着はいけないそうだが、日本服の不体裁に比して遥かにましだと思う。 なお和服をシャツなしで、われわれ骨人が着用に及ぶと、かの痛ましくも細い腕がニョキニョキと現われるので、如何にも気兼ねであって、電車の釣革などは平気ではとても握っていられない気がする。 私はしばしば電車の釣革にぶら下る女の何本かの腕を観賞する事がある、時には私同様骨張ったいけないものもあるが、先ず大概はわれわれ骨人が憧憬してやまないところの、充分な腕を並べていて、その陽気のために、羨ましくも悩ましい気に打れるのである。 … 小出楢重『楢重雑筆』 より引用• たださへ夏は氣短になり勝なのに全身麻醉をかけられて、外科手術をした後の不愉快な心持は、病院を出てから一週間にもなるのに、未だに執念深く殘つて居る。 甚だ汚ならしい話だが、疾患は痔瘻なので、病院へ通ふのに、乘物に腰掛けて搖られるのが苦痛で、何時も電車の釣革につかまつて立つて居るのであるから、芝の端から築地迄小一時間もかかる道中は、たとへ囘復期にありとはいへ、衰弱した身體には隨分 堪 こたへるのである。 病院で患部を洗はれ、火照る程沁みる藥を忌々しく思ひながら、又同じ道を立ちづめの電車で家に歸ると、全く疲れ切つて何をする氣力もなくなつてしまふ。 … 水上滝太郎『貝殻追放』 より引用.

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