稲荷 神社 お祭り。 切通稲荷神社梵天祭り

ホーランエンヤ(松江城山稲荷神社式年神幸祭)

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松江の城山稲荷神社(御城内稲荷)で10年毎に行われる式年行事です。 同神社のご神霊を船渡御によって松江市東出雲町の阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)にお運びし、7日間の祈願ののち、城山稲荷神社にお還りになる船神事です。 初日の渡御祭は、神輿船を囲んで約100隻の船行列が壮観です。 ホーランエンヤというのは、櫂伝馬船が櫂を漕ぐ時の掛け声から名づけられたとも、また「豊来栄弥」から生じたことばとも言われています。 城山稲荷神社は松平直政が寛永15年 1638 松江に入国した翌年、藩内の平穏を祈って稲荷神社を創建し、後に築城時からあった若宮八幡宮を合祀し、現在にいたっています。 祭りは直政公が入府してから10年目の慶安元年(1648)の凶作により、五穀豊穣を祈って御神霊を船渡御によって阿太加夜神社に移したことに始まります。 櫂伝馬船が、曳船を努めるようになったのは、文化5年(1808(直政の入府から170年後・第八代斎恒))の御神幸の折、大橋川から中海にでる馬潟沖で風雨が激しくなり神輿船が危険になったのを馬潟の漁師が助けにでて阿太加夜神社まで無事にお送りしたことに始まります。 船行列は、城山稲荷神社から堀川を通り、大橋川へ出たが、現在は、堀川の水深が浅いこと、堀川に掛かる橋の架け替えや添架物により橋の通過が難しいこと、櫂伝馬船の大型化により狭隘区間の通過が危険であることから大橋川で御神輿をお待ちし、船行列を編成し阿太加夜神社に向かいます。 祭りの第1日目、御神霊が大橋川まで運ばれ、神輿船に移されます。 船行列は、阿太加夜神社氏子船団を先頭に、清目船、櫂伝馬船、神器船、神輿船、神能船、両神社氏子船などが連なり、延々1キロに及ぶ大船団です。 いずれも色とりどりののぼりや旗をひるがえし、「ホーランエンヤ」とはやしながら、賑やかに漕ぎ進みます。 5隻の櫂伝馬船には、十数名の漕ぎ手、舳(へさき)に立つ剣櫂(けんがい)、艫(とも)では采を振ります。 これは、代々口伝によって受け継がれてきたもので、馬潟、矢田、大井、福富、大海崎、の5地区の人たちが奉仕します。 行列は見物人の見守る中を、大橋川から中海へと進み、夕刻、阿太加夜神社へ着き、御神霊が安置されて、初日の行事を終えます。 翌日から7日間、阿太加夜神社で祭事が営まれ、中日には櫂伝馬船の乗り手も加わり、中日祭があります。 9日目は還御祭で初日と逆のコースで大橋川をさかのぼり、御神霊は城山稲荷神社にお帰りになられます。 先人積み重ねてきた文化、大衆の信仰によって支えられ、370年余りも伝承されたホーランエンヤは、厳島の管弦祭、大阪の天満天神祭とともに日本の三大船神事の一つに数えられる国内最大級の船神事で、最近では令和元年 2019)5月に開催されました。 2012年に松江城の近くにホーランエンヤ伝承館も開館しました。

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○○稲荷神社とは??お稲荷さんとは?ゼロから学ぶ稲荷神社

稲荷 神社 お祭り

もくじ• お稲荷様はどんな神様なの? もともとは農業の神様(五穀豊穣)として農民に信仰されていました。 その後、江戸時代になり商業や工業が盛んになってくると、 今度は「商売繁盛の神さま」として祀られ、大人気になります。 すると、町人や大名にも親しまれるようになりグイグイ増えていったそうです。 江戸時代、至る所に稲荷神社があることを揶揄して 「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」と言われるようになったとか。 (どこでも見かけるという意味) お稲荷さん=キツネなのか? 以前の僕は 「お稲荷さんってキツネのことだよね?」と思っていた訳ですが、 キツネさんはあくまでも「 稲荷神の使い 」 稲荷神の正式なお名前は 「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」といいます。 そのお米の「稲成り」「稲生り」という言葉の意味から、 「稲荷」の字があてられるようにたとか。 お米が取れるか取れないかで 生活が大きく変わるわけですから稲が成るかどうかは超重要。 五穀豊穣をもたらす神さまも超重要だからこそ、 厚く信仰されてきたそうです。 ところで、なぜキツネが神の使いなのか? なぜキツネさんが神さまの使いになったのか? これには様々な説があってハッキリわかってる訳ではないようです。 その中でも代表的な説を紹介すると・・ 昔の農家の皆さんは神さまは 神さまは春になると山から降りてきて「田んぼの神さま」になる。 そして、秋になって収穫が終わると山に帰って「山の神」になる。 と考えていたそうです。 そんな神さまの行動と同じ行動をする動物がいました。 キツネさんです。 春になると山から人里に下りてきて、 田んぼを荒らしちゃうネズミ等を捕まえてくれる。 そして秋になって収穫が終わると田んぼで見かけなくなる。 そんなキツネさんの行動から 「稲荷神の使い」として捉えられるようになったという説です。 お稲荷さんのお祭りはどんなの? お稲荷さんといえば、 2月になると各地の稲荷神社で行われる、 初午祭(はつうまさい)が有名です。 (はつごさいじゃないのね・・) なぜ2月最初の午の日に行われるかというと、 伏見稲荷大社(稲荷山)に稲荷神が鎮座された日だからだそう。 稲荷神社といなり寿司との関係は? 初午祭の時に、縁起の良い食物とされるのが「いなり寿司」 そもそもの始まりはお供えする時に 「くさりにくい食物」として「油揚げ」が使われたのが 始まりだそうです。 そこから農家のみなさんが 「お陰様でお米できましたよ~」という 感謝を込めて油揚げにお米を詰めるようになり、 「いなり寿司」や「お稲荷さん」と呼ばれるようになっていったという説。 ちなみに稲荷神社の総本社、伏見稲荷大社のお膝元は 日本一、「いなり寿司」が消費される地だそうです。 そりゃそうか・・・ 同様にキツネうどんに「油揚げ」が 入っているのも伏見稲荷大社が由来なんだとか。

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穴守稲荷神社

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もくじ• お稲荷様はどんな神様なの? もともとは農業の神様(五穀豊穣)として農民に信仰されていました。 その後、江戸時代になり商業や工業が盛んになってくると、 今度は「商売繁盛の神さま」として祀られ、大人気になります。 すると、町人や大名にも親しまれるようになりグイグイ増えていったそうです。 江戸時代、至る所に稲荷神社があることを揶揄して 「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」と言われるようになったとか。 (どこでも見かけるという意味) お稲荷さん=キツネなのか? 以前の僕は 「お稲荷さんってキツネのことだよね?」と思っていた訳ですが、 キツネさんはあくまでも「 稲荷神の使い 」 稲荷神の正式なお名前は 「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」といいます。 そのお米の「稲成り」「稲生り」という言葉の意味から、 「稲荷」の字があてられるようにたとか。 お米が取れるか取れないかで 生活が大きく変わるわけですから稲が成るかどうかは超重要。 五穀豊穣をもたらす神さまも超重要だからこそ、 厚く信仰されてきたそうです。 ところで、なぜキツネが神の使いなのか? なぜキツネさんが神さまの使いになったのか? これには様々な説があってハッキリわかってる訳ではないようです。 その中でも代表的な説を紹介すると・・ 昔の農家の皆さんは神さまは 神さまは春になると山から降りてきて「田んぼの神さま」になる。 そして、秋になって収穫が終わると山に帰って「山の神」になる。 と考えていたそうです。 そんな神さまの行動と同じ行動をする動物がいました。 キツネさんです。 春になると山から人里に下りてきて、 田んぼを荒らしちゃうネズミ等を捕まえてくれる。 そして秋になって収穫が終わると田んぼで見かけなくなる。 そんなキツネさんの行動から 「稲荷神の使い」として捉えられるようになったという説です。 お稲荷さんのお祭りはどんなの? お稲荷さんといえば、 2月になると各地の稲荷神社で行われる、 初午祭(はつうまさい)が有名です。 (はつごさいじゃないのね・・) なぜ2月最初の午の日に行われるかというと、 伏見稲荷大社(稲荷山)に稲荷神が鎮座された日だからだそう。 稲荷神社といなり寿司との関係は? 初午祭の時に、縁起の良い食物とされるのが「いなり寿司」 そもそもの始まりはお供えする時に 「くさりにくい食物」として「油揚げ」が使われたのが 始まりだそうです。 そこから農家のみなさんが 「お陰様でお米できましたよ~」という 感謝を込めて油揚げにお米を詰めるようになり、 「いなり寿司」や「お稲荷さん」と呼ばれるようになっていったという説。 ちなみに稲荷神社の総本社、伏見稲荷大社のお膝元は 日本一、「いなり寿司」が消費される地だそうです。 そりゃそうか・・・ 同様にキツネうどんに「油揚げ」が 入っているのも伏見稲荷大社が由来なんだとか。

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