巨人 優勝 ビール かけ 放送。 巨人ビール掛け会場の様子 選手インタビュー

放送予定(一軍)

巨人 優勝 ビール かけ 放送

原辰徳監督(61)のもと5年振りのセ・リーグ優勝を果たした巨人の祝宴で大ひんしゅくを買った人物がいる。 「5月に山口寿一オーナー(62)の肝いりという触れ込みで就任した春川正明国際部長(58)です」 こう語るのはスポーツ紙の巨人担当記者だ。 「優勝後のビールかけは、巨人ではフロントスタッフのいわゆる背広組は参加しないのが伝統。 ところが春川部長がその禁を破ってビール片手に大はしゃぎして、一部のフロントが苦虫を噛み潰したような表情で眺めていました」 春川部長は関西大学出身で大学まで野球部に所属。 関大卒業後に日本テレビ系の読売テレビに入社し、社会部などで活躍した。 米ロサンゼルス支局勤務なども経験したエリートで解説委員時代には人気情報番組「情報ライブ ミヤネ屋」等にコメンテーターとして出演。 就任直後は「ヤンキースとの提携強化」を掲げニューヨーク事務所を中心に活動という触れ込みだったが、就労ビザが取れずに当面は日本でチーム帯同となった。 『ミヤネ屋』に出て自分が有名人という意識が強く、マツダスタジアムでは球場入りするなり、まったく面識のない緒方孝市監督にいきなり挨拶に行って『だれ、あの人?』と訝られるなど、珍行動で周りをハラハラさせていました」(同前) ビールかけは、選手と選手を支えた打撃投手やブルペン捕手ら裏方さんのお祝い行事というのが球界の常識だ。 過去にはソフトバンクが日本一になった際に孫正義オーナーがビールを頭から浴びてはしゃぐ姿が話題となったが、それはオーナーの特権。 となれば春川部長の行動は孫オーナー並みの権力者と勘違いしていると言われても仕方ないもので、良識派が眉をひそめるのも当然だった。 肝心の国際部長としては6月に獲得したルビー・デラロサ投手が守護神として優勝の原動力となりひと安心というところだが……。 「春川部長は『僕が獲ってきたデラロサ』と胸を張りますが、就任前からリストアップされていた選手なので、これも春川部長の功績なのかどうか……。 チーム内では早くアメリカに行って欲しいという声が大勢を占めています」(同前) これほど米国行きを期待された男もいないはずだ。 (「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年10月17日号).

次の

ビールかけ:neo sports アナウンサーブログ 相内優香:テレビ東京

巨人 優勝 ビール かけ 放送

セ・パ交流戦は2019年6月25日、全日程を終え順位が確定した。 今年はパ・リーグ首位のソフトバンクが圧倒的な力を見せ2年ぶり8度目の交流戦優勝を果たした。 ソフトバンクは今シーズン初のタイトル獲得となったが、球団主催の祝勝会はなくナインはそれぞれ個人的に祝杯を挙げたことだろう。 シーズン半ばに開催される交流戦では、優勝してもビールかけなど大々的な祝勝会を行う慣習はない。 美酒に浸るのはリーグ優勝、日本一までお預けとなるが、そもそも優勝時になぜビールかけで祝うのか。 J-CAST編集部はその起源や理由を調べてみた。 1949年のシーズンオフ、日本プロ野球界は大きな転換期を迎えた。 球界がセントラル・リーグとパシフィック・リーグに分裂し、現行の2リーグ制となった。 これに伴い、50年からセ・パの優勝チームによる日本一決定戦「日本選手権シリーズ」(現日本シリーズ)が開催されるようになった。 2005年にはセ・パ交流戦、07年からはクライマックスシリーズ(CS)が導入され、現行の形となった。 南海日本一で監督が洗礼受ける 日本選手権シリーズが開催されるようになった当初、日本一に輝いたチームは祝勝会でビールなどのアルコールで祝杯を挙げるのが通例だったという。 50年代前半の新聞や書物を調べてみても、優勝してビールかけを行ったという記述は見当たらない。 ビールかけの起源を追跡してみると、元南海ホークス監督の鶴岡一人氏が62年に発表した著書にビールかけが行われたとみられる記述がある。 鶴岡氏の著書によると、ビールかけが行われたのは南海が59年の日本シリーズで優勝を決めた夜だったという。 南海は巨人に4連勝で日本一を決め、都内の宿舎で選手らによる「祝勝会」が行われた。 選手はアルコールが入ってテンションが高かったのか、鶴岡氏は著書の中で、当時南海の主力選手だった杉浦忠氏や野村克也氏らに頭からビールを浴びせられたことを振り返っている。 ビールかけの起源には諸説あるものの、これが日本プロ野球のビールかけの始まりだといわれている。 この新たな「祝杯法」を日本に持ち込んだのが、南海の選手であったカールトン半田氏だったといわれている。 半田氏は日系米国人二世として米ハワイに生まれ、58年から南海でプレー。 59年、60年には連続でオールスターに出場する活躍を見せ、南海の日本一に大きく貢献した。 当時、MLBではシャンパイで祝杯を挙げる「シャンパンファイト」という風習が定着しつつあり、これを知っていた半田氏が「シャンパンファイト」を真似てビールかけを行ったようだ。 MLB「シャンパンファイト」、起源は100敗阻止... ちなみにMLBで「シャンパンファイト」が行われたのは、51年のセントルイス・ブラウンズ(現ボルチモア・オリオールズ)が始まりだといわれている。 当時、弱小チームだったブラウンズは毎年のように黒星を積み重ね、51年はなんとか100敗を逃れた。 これを祝してオーナーが選手らにシャンパンを送り、そのシャンパンで祝杯を挙げたのが起源とされる。 これがMLBで広がり現在の「シャンパンファイト」になったわけだが、その始まりは優勝の祝杯ではなく、100敗阻止を祝うというユニークなものだった。 なお、MLBは2015年に「シャンパンファイト」の規定を一部改訂し、祝勝会に用いられるシャンパンはノンアルコールに限り、1選手につきシャンパンは2本までとされた。 そのシャンパンも、選手同士で掛け合うだけで飲むことは禁じられている。 アルコール類で持ち込みが許されているのはビールのみで、MLBのスポンサーとなっているメーカーのものに限られている。 日本球界でも近年、未成年の選手を配慮してノンアルコールを用いるチームも見られるが、やはり日本一を決めた暁にはビールかけで祝いたいという選手も多いようだ。 MLBの「シャンパンファイト」から独自の変化を遂げた日本球界のビールかけ。 今年、その美酒を浴びるのはどのチームになるのか。 今後のペナントレースから目が離せない。

次の

広島優勝とビールかけ

巨人 優勝 ビール かけ 放送

セ・パ交流戦は2019年6月25日、全日程を終え順位が確定した。 今年はパ・リーグ首位のソフトバンクが圧倒的な力を見せ2年ぶり8度目の交流戦優勝を果たした。 ソフトバンクは今シーズン初のタイトル獲得となったが、球団主催の祝勝会はなくナインはそれぞれ個人的に祝杯を挙げたことだろう。 シーズン半ばに開催される交流戦では、優勝してもビールかけなど大々的な祝勝会を行う慣習はない。 美酒に浸るのはリーグ優勝、日本一までお預けとなるが、そもそも優勝時になぜビールかけで祝うのか。 J-CAST編集部はその起源や理由を調べてみた。 1949年のシーズンオフ、日本プロ野球界は大きな転換期を迎えた。 球界がセントラル・リーグとパシフィック・リーグに分裂し、現行の2リーグ制となった。 これに伴い、50年からセ・パの優勝チームによる日本一決定戦「日本選手権シリーズ」(現日本シリーズ)が開催されるようになった。 2005年にはセ・パ交流戦、07年からはクライマックスシリーズ(CS)が導入され、現行の形となった。 南海日本一で監督が洗礼受ける 日本選手権シリーズが開催されるようになった当初、日本一に輝いたチームは祝勝会でビールなどのアルコールで祝杯を挙げるのが通例だったという。 50年代前半の新聞や書物を調べてみても、優勝してビールかけを行ったという記述は見当たらない。 ビールかけの起源を追跡してみると、元南海ホークス監督の鶴岡一人氏が62年に発表した著書にビールかけが行われたとみられる記述がある。 鶴岡氏の著書によると、ビールかけが行われたのは南海が59年の日本シリーズで優勝を決めた夜だったという。 南海は巨人に4連勝で日本一を決め、都内の宿舎で選手らによる「祝勝会」が行われた。 選手はアルコールが入ってテンションが高かったのか、鶴岡氏は著書の中で、当時南海の主力選手だった杉浦忠氏や野村克也氏らに頭からビールを浴びせられたことを振り返っている。 ビールかけの起源には諸説あるものの、これが日本プロ野球のビールかけの始まりだといわれている。 この新たな「祝杯法」を日本に持ち込んだのが、南海の選手であったカールトン半田氏だったといわれている。 半田氏は日系米国人二世として米ハワイに生まれ、58年から南海でプレー。 59年、60年には連続でオールスターに出場する活躍を見せ、南海の日本一に大きく貢献した。 当時、MLBではシャンパイで祝杯を挙げる「シャンパンファイト」という風習が定着しつつあり、これを知っていた半田氏が「シャンパンファイト」を真似てビールかけを行ったようだ。 MLB「シャンパンファイト」、起源は100敗阻止... ちなみにMLBで「シャンパンファイト」が行われたのは、51年のセントルイス・ブラウンズ(現ボルチモア・オリオールズ)が始まりだといわれている。 当時、弱小チームだったブラウンズは毎年のように黒星を積み重ね、51年はなんとか100敗を逃れた。 これを祝してオーナーが選手らにシャンパンを送り、そのシャンパンで祝杯を挙げたのが起源とされる。 これがMLBで広がり現在の「シャンパンファイト」になったわけだが、その始まりは優勝の祝杯ではなく、100敗阻止を祝うというユニークなものだった。 なお、MLBは2015年に「シャンパンファイト」の規定を一部改訂し、祝勝会に用いられるシャンパンはノンアルコールに限り、1選手につきシャンパンは2本までとされた。 そのシャンパンも、選手同士で掛け合うだけで飲むことは禁じられている。 アルコール類で持ち込みが許されているのはビールのみで、MLBのスポンサーとなっているメーカーのものに限られている。 日本球界でも近年、未成年の選手を配慮してノンアルコールを用いるチームも見られるが、やはり日本一を決めた暁にはビールかけで祝いたいという選手も多いようだ。 MLBの「シャンパンファイト」から独自の変化を遂げた日本球界のビールかけ。 今年、その美酒を浴びるのはどのチームになるのか。 今後のペナントレースから目が離せない。

次の