君が代 歌詞 の 意味。 「君が代」の歌詞の意味とは?全歌詞をご紹介、【さざれ石/こけのむすまで】

君が代の歌詞の意味とは?いつから歌われているの?実は恋の歌だった?

君が代 歌詞 の 意味

>バジル・ホール・チェンバレンは日本の国歌をこう翻訳した。 A thousand years of happy life be thine! Live on, my Lord, till what are pebbles now, By age united, to great rocks shall grow, Whose venerable sides the moss doth line. 汝(なんじ)の治世が幸せな数千年であるように われらが主よ、治めつづけたまえ、今は小石であるものが 時代を経て、あつまりて大いなる岩となり 神さびたその側面に苔が生(は)える日まで 意味は合っているけどウィキペディア丸写しじゃないの回答者さん!(呆) 国歌となった「君が代」は、宮中の音楽(律旋法という雅楽の旋律様式)を使って「天皇陛下ヲ祝スル」為に作曲されたものです。 つまり歌意は「天皇陛下を誉め称え、今上陛下の長寿と万世一系(天皇制の永続)を祝い祈ること」になります。 また、学校式典における「君が代」の斉唱は、明治時代に「忠君愛国の精神を涵養」する目的で小学校の祝日大祭日儀式から始められました。 ですから国歌斉唱の本来的な意味は、今で言えば「天皇制国家日本への忠誠心を一同で誓い合うこと」であり、また「その儀式でもある」と言えまます。 >歌う時にどんな意味としてとらえてるのか教えてください。 個人的に歌う時は、日本の歴史(天皇制)と文化(歌詞が和歌で、旋律が雅楽調)を認識し、噛みしめ、誇りを感じる時間、という意味としてとらえて(感じて)います。 一同で斉唱するなら、上述した本来的な意味に立ち返ります。 そして変声後の男声が入ると野暮ったくなるな(この曲の旋律の持つ神々しさを損なう)とか、ピアノ伴奏だとしょぼいなと、感じる時間になります。 >itibansukinakisetuさん 毎度です。 いま気づいたのですが、 >「君が代は」日本が、 >「千代に八千代に」1000代も8000代も続きますように。 「さざれ石の、いわおとなりて」細かい石が 集まって固まって 岩になり 「こけのむすまで」苔が生えるくらい遠い未来まで、いつまでも続きますように。 ゆっくりとおごそかに歌われる「君が代」の意味は、ただただ「この日本の平穏がずーっといつまでも続きますように」だと思います。 象徴である天皇とともに日本人の子々孫々が続くということで、「君が代」とは日本(の未来)を表してると思います。 「君が代」の歌詞は、 約1000年前の古今和歌集に収められた歌が元になってますが、 その時すでに「よみ人知らず 作者不明 」なので、それより以前からある古い歌です。 後の日本人にも好まれて、江戸時代まで「君」は天皇に限らず相手へのお祝いの歌として残りました。 明治になって国歌を決める時に、この歌を選んで曲をつけてます。 この時は「君」は天皇です。 よまれたのは平安時代ですが、国歌に選んだのは明治時代です。 当時の情勢を考えると、もっと「強いぞ日本、西欧諸国に負けないぞ!」みたいな歌でも作りそうなところを、 「君が代」を国歌に選んだってことは、日本人には「強いこと」より「永く続くこと」のほうが、価値があったんだなと思います。 そう思うとしみじみします。 この歌詞について思うのは、強く華々しいものを良しとする文化なら「輝く太陽、きらめく星」「雷鳴とどろき万物ひれふす」みたいな美辞麗句連ねそうなところを 「石」「岩」「苔」って、地味ですよね。 この地味さ、おとなしさ、脂っけの無さで、悠久なる「時」を讃え、最大の価値を置くところが、日本だなあと思います。 日本らしいと言えば「苔」の一言にしても、 日本なら、水があったり木が繁ってる涼しい場所で良いイメージが思い浮かぶと思いますが 気候が違う外国の人が聞けば「苔って石の汚れ?」みたいな感じかも知れません。 人の一生に比べれば、永遠の存在に思われる「苔むした岩」に、 天変地異も争乱もない永遠なる平穏を投影したんですね。 1000年前の誰かが歌ったときも、「お~、苔が生えるほど永くとはいい歌だ」とみんなに感心されたんだろうと想像すると、 日本の地味さ、おとなしさは筋金入りで、そこが切なくも何だか好きですね。 国歌には、それぞれの国々の気候風土歴史などによる国民性が現れてるのが面白いと思います。

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国歌「君が代」の歌詞の本当の意味を教えて下さい。

君が代 歌詞 の 意味

卒業式やスポーツの授賞式などで おなじみの 君が代。 古そうな歌だし ずっと昔から、あったに違いない そう思い込んでいました。 ところが、 日本の国歌として、 法律により、正式に制定されたのは、 実は、1999年になってからのことです。 昔からなじみのある 君が代の歌詞の起源を調べると ほかにもいろいろと、興味深いことがでてきました。 君が代の歌詞の意味について 調べてみた結果、、、 平安時代から邪馬台国まで いろいろな時代や、場所へつながりました。 歴史や文学好きなら、今日の記事は ぜったい楽しめるはずです。 君が代は誰が作ったの? 君が代の 作者は不明です。 歌詞は、 『古今和歌集』からとの説が有力です。 古今和歌集の元の歌をみてみましょう。 我が君は 千代にやちよに さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで ー古今和歌集巻七賀歌巻頭歌 最初の部分は、君が代ではなく 我が君となっています。 それ以外は、まったく同じです。 歌詞だけみてみても、 これが、君が代の起源と言ってもよさそうです。 君が代の歌詞の意味は? 和歌というだけあって、 現代に生きる私たちには ちょと意味がわかりにくいですよね。 君が代の歌詞を、まず、見てみましょう。 君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて こけのむすまで それぞれの単語の意味を 細かくみてみましょう。 千代とは? 千年のことです。 つまり、非常に長い年月をさします。 八千代とは? 八千年になります。 千年より、さらに長い年月なので 永遠のことをさすことが多いです。 さざれ石とは? 漢字で書くと、細れ石になります。 漢字をみてわかる通り、小さな石のことを指します。 もともと小さな石が、炭酸カルシウムなどの 自然の働きによって、1つの大きな岩のように なったときも、さざれ石と呼ぶようです。 いわおとは? いはほを指します。 いはほとは 高くそびえる大きな岩のことです。 上記をふまえて、現代風に訳すと、 君が代は 千年も八千年も(永遠に続くほど) 小さな石が大きな岩になり、 さらに苔が生えるくらい 長く長く続きますように。 君が代とは、「 あなた様の寿命」の意味です。 あなた様を誰を指すのかで いろいろ議論されているようですね。 今回は、それは横においておき、 違う視点からみてみましょう。 この歌は、 賀歌(がか)の なかのひとつになります。 賀歌(がか)とは? もちろん、レディ・ガカのことで、 、、、はなくて、 お祝いの気持ちを表した歌のことです。 賀の歌(がのうた)とも呼ばれるようです。 古今和歌集では、長寿を祈る歌が この賀歌のなかに、たくさん収められています。 それを考えると、君が代は 長寿や長年の繁栄を祈る気持ちが こもった歌詞と解釈できます。 私の解釈では、好きな人や肉親などの 身近なひとの長寿を祈って、ささげた歌のように 聞こえますが、みなさんどうですか? 君が代の2番や3番はあるの? 君が代は、じつは 2番や3番があるという説があります。 歌詞の意味と一緒に、これも調べてみました。 発見しました! 2番 君が代は 千ひろの底の さざれ石の うの居 ゐ る磯と 現はるるまで 3番 君が代は 千代ともささじ 天 あめ の戸や いづる月日の 限りなければ これらの歌詞は、 明治時代の文献でみつかりました。 最初から、2番と3番があったわけではなく、 どうも、あとで付け足した印象です。 明治維新になり、日本が開国したとき 諸外国にはある『国歌』が日本にはない。 そんな理由で、国歌を作ろう! という動きがありました。 新政府は、イギリスから音楽の講師を 招き、君が代を国歌として発表しました。 最初のころは、私たちの知る君が代とは まったく違う、イギリス風のメロディだったようです。 国歌を国民に浸透させるために、 まずは、 小学校の唱歌として、 文部省がひろめようとしました。 そのときの文献として、2番と3番の 歌詞が残っていました。 また、明治14年の文部省の資料では、 さらに長い歌詞のバージョンがありました。 1番 君が代は ちよにやちよに さざれいしの 巌となりて こけのむすまで うごきなく 常磐 ときハ かきはに かぎりもあらじ 2番 きみがよハ 千尋 ちひろ の底の さざれいしの 鵜乃ゐる磯と あらハるるまで かぎりなき みよの栄 さかえ を ほぎたてまつる 君が代の歌詞に関しては、 明治の新政府が右往左往と いろいろ迷っていたのが感じられますね。 新しく国歌を作り、国民に浸透させようと きっと、試行錯誤していたのでしょう。 しかし、現在では、2番や3番の存在さえ 知られないところを見ると、明治時代の 国歌の浸透作戦は、失敗したと言えるのでは? 君が代の起源 これまでをまとめると、君が代の起源は、 古今和歌集の説が有力です。 古今和歌集は平安時代です。 しかし、平安時代よりさらに 古い起源を唱える説もあったのです。 九州王朝説です。 邪馬台国伝説というやつですね。 九州王朝は、まだ歴史として 認定されていません。 君が代(だい)は 千代に八千代に さざれいしの いわおとなりてこけのむすまで あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸(みがい)に 命(いのち)千歳(せんざい)という 花こそ 咲いたる 沖の御津(おんづ)の 汐早にはえたらむ釣尾(つるお)にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや 志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたる あの吹上の浜 千代に八千代まで 今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良(いそら)が崎に 鯛釣るおきな — 山誉め祭、神楽歌(かぐらうた) この神楽歌の、最初はまったく 君が代と同じ歌詞です。 志賀島では年に2回、 山誉め祭が行われています。 この神楽歌は、山誉め祭の後半に 披露される、鯛をつる翁(おきな)の話です。 大漁になることを願う=豊漁祈願 がこの歌に込められています。 志賀海神社は、この島のなかにあります。 この神社では 海の神様を祭っています。 そんな神社で 大漁を祈る祭りは理解できますが、 山を誉める祭りとは、不思議ではないですか? 突っ込んで、調べて見ると、 この祭りの趣旨がみえてきました。 いにしえのころから人々は 海の恵みを得るには、山をめでることが 大切だと知っていました。 山が育てば、その養分が海に流れて 海の恵みにつながると、自然の摂理を理解して それに従い、生きていたのです。 海の民が山を称えるのは、 そんな理由があったのです。 この神楽歌が、君が代の起源だとすると、 君が代とは誰なのでしょう? 歌詞には、阿曇の君という単語がでてきます。 阿曇の君=阿曇磯良(あづみのいそら) あづみのいそらは海の神様です。 海の神様にずっとずっと長生きして もらえますように! そんな願いが込められているのかもしれません。 それとも、君が代=志賀島のあたりを収めていた君主 のことを指すのかもしれませんね。 君主が長く、長く繁栄して、争いもなく 長く、この地で漁業ができますように! そういう願いがあったのかもしれません。 どちらにしても 君が代が長く繁栄して、豊漁を願う そんな気持ちがこもっていますね。 最初に戻りますが、古今和歌集の 君が代の本歌(もとうた)は作者が不明です。 もしかしたら、誰かが、この神楽歌を子孫に伝え、 それが平安時代までずっと残っていたのかも? なんて、想像もできます。 君が代は、本当に短いシンプルな歌詞です。 しかし、調べてみると、奥が深く 古今和歌集から、邪馬台国まで 古代ロマンにひたれそうです。 こちらもどうぞ! 相続税なんて、お金持ちだけに 発生するから、私には関係ないや! そう思う人は、多いはず。 スターバックスのレジの前あたりに 飾られているスタバカード使ったことありますか? スタバカー 女性にとって、冬のおしゃれアイテムに 欠かせないのが、マフラーですよね。 派手なマフラーをア 毎年、12月に売り出される 新春恒例のルピシア冬の福袋。 楽しみにしている人も多いのでは? みなさま、2015年の運勢はどうでしたか? このブログではお財布風水について いくつかの記事 忖度(そんたく)という言葉を聞いて、なんとなく悪いイメージ。 そもそも、それは本当なのでしょうか? ファミリアの創業者の一人である 坂野惇子(ばんのあつこ)さん。 彼女をモデルにしたテレビドラ 朝の歯磨きで 「オエッ」とえずく。 そんな経験ありますか? ない人はラッキーですね。 浄水器を買ったのはいいけれど、 カートリッジを、ずっと交換してない。 カートリッジを交換せず 2016年、あなたにとってどんな年でしたか? 時間が経つのが早く、私にとっては あっという間 「君が代 2番」のキーワードで検索して辿り着き、とても興味深く拝見させてもらいました。 君が代は、大変シンプルですが、調べれば調べるほど、奥が深いですよね。 ところで、日ユ同祖論という議論があるのはご存じでしょうか。 その中でよく語られていますが、君が代の発音はヘブライ語によく似ていて、意味が通じるというのです。 君が代自体が、時代と共に変化してきていますので、単なるこじ付けなのかも知れません。 私自身は、ヘブライ語なんてチンプンカンプンなので、「へーそうなんだー」と思うくらいで、他にも有力な説か何かないものかといろいろ探しているうちに、こちらにお邪魔した訳ですがw 信憑性はともかく単純にロマンがありますね。 こういうの嫌いじゃないです^^ 君が代の資料の一つとしてブックマークします。

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君が代の歌詞の意味とは?いつから歌われているの?実は恋の歌だった?

君が代 歌詞 の 意味

日本の国民、誰もが歌う国歌「君が代」ではありますが、一種の違和感を訴える人が少なくありません。 その理由のひとつが、不可解な歌詞です。 君が代で使われている言葉の表現はわかりづらく、子どもたちがその意味を全く理解できないだけでなく、大人でも首をかしげてしまうのです。 「細石の巌」や「苔のむす」など、およそ言葉の意味は理解できるものの、一般的には使われることのない難しい表現が随所に含まれています。 それ故、学校教育現場においても、その歌詞の意味をきちんと教えることがないようです。 「君が代」の意味は、少なくとも2通りあるということも、物議を醸し出す要因です。 「君」という文字には、「あなた」という意味と、「君主」という意味があります。 それゆえ「君が代」は、一般庶民を背景に想定して「あなたの代」と理解することができます。 また、天皇は国家の象徴であることから、日本の君主である天皇の存在に重きを置き、「天皇の御代」と解釈することもできるのです。 いずれにしても、「君が代」の歌詞を書かれた作者の意図は不透明なままです。 また代々にわたる繁栄を言い表すために用いられたと考えられる「苔のむすまで」という独特の表現が、 果たして「天皇の御代」の永続性を語るに相応しい美しい言葉の響きを持つかどうかについても疑問が残ります。 天皇を誉め歌うのに、「あなたの御代は苔に例えることができます」と言えるのでしょうか。 さらに「千代」がなぜ「万代」ではなく、 それよりも短い年数の「千代」とされ、しかも「センダイ」ではなく「チヨ」と発音されたのでしょうか。 続く「八千代」も、同様に「ヤチヨ」と発音されています。 何故、九千代 くちよ 、七千代 ななちよ 、八万代という言葉が選ばれず、「八千代」になったのでしょうか。 疑問は募るばかりです。 「君が代」の歌詞には、口ずさむだけで不思議と伝わってくるヘブライ語の響きがあります。 ヘブライ語で神を意味する「ヤ」「ヨ」という発音が「千代に八千代に」というフレーズに繰り返されているだけでなく、そこに含まれる「チヨニ」という言葉の発音は、ヘブライ語では「シオンの民」を意味する言葉と全く同じ発音なのです。 また、ヘブライ語で救いを意味するYesh イェシ、イシ や、イスラエル人にとっては神を意味する「岩」「巌」という表現が含まれていることも気になります。 ある日、「君が代」がもしかしてヘブライ語で書かれているのではないかと考え、ヘブライ語の発音表記と仮定して幾度となく読んでいると、驚くことに、一見日本語で書かれた「君が代」の歌詞が、最初から最後まで一貫してヘブライ語の詩としても読めることがわかったのです。 「君が代」は、元来ヘブライ語で書かれた歌であり、 その歌詞に日本語がオーバーラップされ、巧みに組み合わさって完成した古代の賛歌と言えます。 折句の真髄を極めた天才的な作品である「君が代」には、古代、日本に移住してきた神の民、ユダヤ人の神に対する熱い思いと、その信仰告白とも言える大切なメッセージが秘められていたのです。 君が代の意味を正しく理解することにより、古代日本の歴史観が塗り替えられることになります。 「君が代」の歌詞は、「きみがよは」から始まります。 このフレーズは、ヘブライ語で読むと、「クム・バ・ヨワ」という3つの言葉に分けられます。 「クム」はヘブライ語の kum、クム が語源であり、「立つ」または「起き上がる」ことを意味します。 「が」はヘブライ語で「来る」「来た」、すなわち英語の「come」と同義語である baah、バ です。 すると、ヘブライ語で「キミガ」の意味は、その発音が多少訛った「クムバ」、すなわち「立ち上がり、来てください!」となります。 続く「ヨワ」は、神を意味する yhwh、ヤハウェ というヘブライ語の子音に、母音をつけて発音したものでしょう。 YHWHという神聖な神の名を意味する言葉は、人間が発音することのないよう、古代から正式には 母音が付けられことはありませんでした。 つまり神の名前を発音することが禁じられていたのです。 よって今日、イスラエル人は神の代名詞として、「ハシェム」と呼ばれる仮の名を使用しています。 また、「ヤ」という発音が「神」の意味に解釈されていることは、ヘブライ語の子音であるヨッド 一文字だけでも「神」を言い表す言葉とされてきたことからもわかります。 YHWHは、母音の付け方によっては、「ヤハウェ」と酷似した「ヨーワー」「ヨーヴァー」と発音することも可能であり、それが「君が代は」「よわ」の語源になったと考えられます。 「君が代は」の語源はヘブライ語であり、「クンバヤハウェ」「クンバヤワ」と発音する言葉が多少訛り、「キミガヨワ」という日本語になったと考えられます。 それは、「神よ、立ち上がり、来てください!」という切なる祈りの言葉だったのです。 「クンバヤ」という黒人霊歌が今日、キリスト教徒を中心に世界各地で歌われていることを御存じでしょうか。 当初、アメリカ東海岸沿いの諸島に住むアフリカ系の人々が英語で「Come by here」と歌い、それが訛ったものではないかと言うのが歌詞の背景に関する定説です。 また、太平洋諸島をアメリカからの宣教師が訪れた際に、そこで現地の島民に「Come by here」と祈ることを教えた結果、その言葉が訛っていつしか「クンバヤ」と歌われるようになったという話も伝承されています。 「クンバヤ」の正確な発祥の地は不明のままですが、黒人霊歌として親しまれてきたこの歌の語源も、「君が代」と同様にヘブライ語の「クンバヤ」と考えられます。 これは「君が代」という歌のルーツが世界各地で歌われている「クンバヤ」に結び付いているだけでなく、多くの島々に古代、イスラエルの民が渡来し、そこで「クンバヤハウェ」、「神よ、立ち上がり、来たまえ!」と神を祈り求めた結果ではないかと考えられます。 「キミガヨ」の後に続く tsiyoni、チヨニ は、ヘブライ語でシオニストを意味します。 今日、シオニストはイスラエル文化の復興を強行するユダヤ人の運動を意味することが多いのですが、遠い昔その言葉はイスラエル神殿の丘、聖地を意味する「シオン」、そして「シオンの民」の意味で使われていたと想定されます。 だからこそ、「君が代」では、「チヨニ」に続いて神を意味する「ヤ」を付加し yahtsiyoni、ヤチヨニ と歌い続け、「神の シオンの 民」にスポットをあて、「神の選民」に対する神の恩寵を語り継いだのではないでしょうか。 つまり「千代に八千代に」とは、ヘブライ語で「シオンの民、神の選民」を意味していたのです。 次に「サザレ」ですが、これはヘブライ語で sasah、サッサ と sarid、サリー ド 」と発音する 2つの言葉が合成された言葉です。 「サッサ」は喜ぶこと、「サリード」は、「残りの民」「生き残る」を意味します。 古代、国家を失ったイスラエル人にとって「残りの民」という言葉の意味は重要でした。 祖国が崩壊する最中、生き残った民が神の憐れみにあずかり、再び「神の選民」としていつの日か、立ち上がることが信じられてきたのです。 その約束が果たされたのが、日本列島だったのではないでしょうか。 国家を失った「残りの民」の中には、古代、日本の島々に船で渡来し、新天地にて新しい国家の建設に取り組み、神の社を随所に建立し、神を祀ったイスラエルの民が存在したのです。 だからこそ、残りの民が滅びることなく日本列島に定住することができ、大いなる恵みが訪れたことを「サッサ・サリー」「サッサリー」、「残りの民は喜びます!」と歌いつつ、神を誉めたたえたのでしょう。 そしていつしか日本語で、「サッサリ」は、「さざれ」と読まれるようになりました。 「サッサリ」の次に詠われる「石の」という言葉は、古代、「イシュノ」と発音されていたと想定されます。 そのヘブライ語ルーツは人類を意味する enosh、エノシュ の可能性があります。 この「エノシュ」の発音が反転して「エシュノ」に転化したと想定すると、「サッサリ・エノシュ」となり、「残りの民と人類は喜ぶ」という意味のヘブライ語として普通に読むことができます。 また、「イシノ」の「イシ」は、「救い」を意味する yasha、ヤシャ yesha、イェシャ と、「お願いします!」を意味する祈りの言葉、 na、ナ を合わせた言葉としても理解することができます。 「ヤシャ」という言葉をルーツとして、 Hoshia、ホシア 、 Yeshua、イェシュア など、「救い」を意味する言葉が複数存在します。 これら「ホシヤ」「イェシュア」「ヤシャ」「イェシャ」が訛り、日本語では「イシ」と発音する救いを意味する言葉になった理解すると、文脈を自然に解釈できます。 そして「イシ」の語尾に、祈りの願いを込めた 感嘆詞として使われる na、ナ を加えて「イェシャナ」「イシャノ」、または「イシノ」とすれば、「助けてください」という救いを求める祈りの言葉となります。 新約聖書にはイエスキリストがエルサレムの街に入られた際に、大勢の人々が「ホサナ」と喜び歌ったことが書かれています。 ギリシャ語で書かれた「ホサナ」の語源は、ヘブライ語の hoshia-na、ホシアナ です。 前述したとおり、「ホシア」は「救い」を意味し、「ナ」はお願いする気持を表現する言葉であり、2つが合わさると、強い祈りの思いが込められる言葉になります。 よって詩篇118編25節では、「私たちに救いを!」という祈りの言葉として用いられています。 「ホシアナ」と同様に、救い意味する「イシ」に祈りの言葉となる「ナ」が語尾に付けられた言葉が「イシナ」です。 その「イシナ」が「イシノ」「石の」となり、「救いたまえ!」「救いを!」という意味で詠われたのです。 「細石 さざれいし 」の後には、「巌となりて」という歌詞が続きます。 一般的には、小粒のさざれ石が長い 年月を経て堆積し、いつしか大きな岩に変貌する意味であると解釈されていますが、実は、このフレーズもヘブライ語で綴られた信仰に関する熱いメッセージです。 「巌となりて」は、「イワ・オト・ナリテ」という3つのヘブライ語に分けられます。 まず、「イワ」は、神を意味する YHWH、ヤハウェ というヘブライ語の子音に任意の母音を付け、「神」の呼び名として、「イワ」という発音であると考えられます。 イスラエルの民にとって、岩は神、そして神の象徴であったことから、多くの渡来者がイスラエルから訪れた日本社会においても、古代から岩は「神」として崇められてきたのです。 それ故、日本流のハシェムとして神を意味する言葉となるべく、YHWHの文字の「Y」には「イ」、「W」には「ア」の母音を付けて、「イワ」と発音する言葉が生まれ、岩、そして神を意味するようになったのです。 イスラエルの民の間では、古代から「岩なる神」というコンセプトが語り継がれてきていますが、その背景を「岩」という言葉は見事に反映していたのです。 また、ヘブライ系ユダヤ人のことをアラム語では「IWARAA」「イワラ」、神の民を「YEHUDI」「イフディ」「イワデ」と呼び、そこに「イワ」という発音が含まれるのも、それらの言葉の背景に「神」の意が含まれているからに他なりません。 岩は神であることの証として、新約の時代では、イエス・キリストが「救いの岩」と呼ばれることになります。 次の「オト」は、ヘブライ語で「私に」を意味する oti、オティー が語源と考えられます。 そして「ナリテ」は ヘブライ語で「見せた」を意味する Niratah、ニラタ が多少訛った言葉です。 NRTという3つの子音から成る「ニラタ」は、母音を多少変化させると、「ナリタ」「ナリテ」と言う発音にもなります。 すると、 「イワオトナリテ」がヘブライ語では、「神が私に見せてくださる」という意味となることがわかります。 では、何を見せてくださったのでしょうか。 旧約聖書では、随所にイスラエルの民が、神の御顔を求めて祈ったことが記されており、その思いは今日まで引き継がれています。 前後の文脈の流れとヘブライ語での祈りという背景から、「ニラタ」には「神の御顔を見せる」、または「主を見せてくださる」というニュアンスが含まれていることがわかります。 つまり、神が見せてくださるのは、神ご自身の御顔であり、それがイスラエルの民の祈りに対する答えだったのです。 最後に、「苔のむすまで」という締めくくりの文章をヘブライ語で解釈してみましょう。 この言葉の響きは異様であり、君が代の限りない繁栄を詠う言葉にしては、今ひとつ理解しづらいと思う方も少なくないでしょう。 しかしながらヘブライ語で読むことにより、これまでの歌詞の流れに沿って、歌全体の文脈を理解することができるようになります。 「コケノ」の原語はヘブライ語で「コル」「カノ」という2つの言葉から成り立ち、実際の発音は「コ ル カノ」です。 ヘブライ語で kol、コル は、「すべて」「全部」を、そして kano,カノ は「基礎」「台」を意味します。 ふたつを合わせると、「コカノ」「コケノ」という言葉となり、「すべての基礎」を意味するだけでなく、「全地」をも示唆する表現と言えるでしょう。 最後の歌詞となる「ムスマデ」には、2つの解釈があります。 まず、「語られる」「鳴り響く」という意味を持つ mushma、ムシュマ をルート語とする mushumaat、ムシュマット という言葉が、「ムスマデ」の語源であると想定してみました。 すると、「コ ル カノ・ムシュマッ ト 」はヘブライ語で「全地に鳴り響く」という意味になります。 すると、「君が代」の最後の文は、民の祈りに応えて「神が御顔を見せてくださり、全地が鳴り響く」という意味に理解することができます。 もうひとつの解釈は、「ムスマデ」をヘブライ語で、「破壊」「破滅」を意味する mushumad、ムシュマッド として読むことです。 すると、「コ ル カノ・ムシュマッ ド 」は、「全ての基礎、全地が滅びる」を意味することになります。 一見、無茶な解釈のように聞こえますが、2つの理由をもって後者の解釈の方が、にわかに信憑性を帯びてくることがわかります。 まず、旧約聖書の最後となるマラキ書の3章24節に注目してみましょう。 旧約聖書の最後を飾るこの節には、「彼は父の心を子に、子の心を父に向けさせる。 私が来て、破滅をもってこの地を撃つことがないように」と書かれています。 古代、イスラエルの預言者は、この世のもの、つまり天地は、いつしか滅び去るというメッセージを一貫して語り続けてきました。 予言の内容については、聖書の中でも預言書と呼ばれる書簡の随所に収められています。 しかしながら、信仰によって生きる民は、それらの災害から救われ、神によって贖われることも語られています。 そして多くの民は、その教えを信じたのです。 それ故、天地が滅びても、神が御顔を見せてくださり、救いの手が差し伸べられるから民は喜ぶという、証にも聞こえる言葉は、まんざら思いすごしではなく、君が代の最後の文脈にヘブライ語で綴られた、信仰告白のようなのです。 2つめの理由は、「ムシュマッ ド 」という言葉に、キリスト信仰に関連する特殊な意味が含まれていることです。 「ムシュマッ ド 」の元来の意味は「破壊」です。 しかしながら、イエスキリストの時代以降、キリストを信じるものと、その教えを否定してユダヤ教に徹する者とが激しく敵対していく最中、ユダヤ人の中でもキリスト教に改宗した人はいつしか、「ムシュマッ ド 」、すなわちユダヤ人でありながら「破壊された者」として差別されるようになったのです。 こうしてキリストを信じる「ムシュマッ ド 」は、ユダヤ人から蔑視され、完全に仲間外れにされるようになりました。 もし、「君が代」の作者がイスラエルからの渡来者の末裔であり、キリスト者、つまりイエスキリストを信仰する 民の集団であったとするならば、「ムシュマッ ド 」という言葉が極めて重要な意味を持つことになります。 すると、「コ ル カノ・ムシュマッ ド 」が表面的には、「全地が滅びる」の意味に聞こえるものの、その真意としては、「全ての基礎はキリスト者」「全地はキリストにあり」、という本質的な信仰告白の意味が含まれていたことになります。 この2重の意味こそ、「君が代」が語ろうとする真髄であり、「苔のむすまで」と歌うことにより、「全てはムシュマ ド 」、「全てはキリストにあり」という熱い信仰の思いが告げられていたのです。 「君が代」の歌詞とは、神の選民であるイスラエルの民が、自らに託された使命を明文化した、力強い信仰 告白のメッセージだったのです。 「君が代」は、「神よ、立ち上がって来てください! 」という祈りの叫びである 「君が代は」 クムバヤハ 、という掛け声から始まります。 そして「千代に八千代に」 チヤニ・ヤチヤニ と呼ばれた「シオンの民、神の選民」は、神の大いなる恵みを受ける「残された民」として喜び、神の救いを祈り続けたことが、「細石の」 サッサレ・イシュノ の意味です。 その結果、「神は私に御顔を見せてくださった」という思いが、日本語では「巌となりて」 イワオティーニラタ と語られたのです。 そして、例え全地が滅びても、全ての基礎は キリストにある故、大丈夫という強い証の思いが、「苔のむすまで」 コルカノ・ムシュマデ という言葉をもって表現されました。 そこには、「全てはキリストにあり」という信仰告白の思いが込められていたのです。 「君が代」は、ヘブライ語で書かれた信仰の賛歌です。 そこには、日本人、そして世界中の人が知るべき、素晴らしい救いのメッセージが記されていたのです。 神よ、立ち上がって、来てください シオン、神の選民! 残りの民は喜び、救いを待ち望みます! 神が御顔を見せてくださる すべての基はキリストにあり•

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