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藤井聡太タイトル挑戦へ超異例日程。渡辺明棋聖「可能性は5割以上……」

棋聖 戦

棋聖と呼ばれた人物 [ ] 「棋聖」と尊称されるのは、歴代名手の中でも卓越した実績を残したの 前聖 と 後聖 である。 近年ではも棋聖の一人と数えられることもある。 また中国出身で日本で活躍し、全棋士を先相先以下に打ち込むなど輝かしい実績を残したは、「昭和の棋聖」と呼ばれている。 では代初期のに対して使っていたが、1988年にからに棋聖の称号が与えられた。 棋聖戦 [ ] 「棋聖」を冠する棋戦は世界にいくつかある。 日本 [ ] に 棋聖戦が創設される。 国内の3大タイトルのひとつ、賞金が最高額(現在、4500万円)で、タイトル 序列1位である。 またタイトル戦では現在唯一、2年に一回海外対局を行なう。 現在の棋聖はで、8連覇中。 また、女流棋戦にもが協賛するがある。 創設は1997年。 「」および「」を参照 棋聖戦の歴史 [ ] 以下の項目では、 日本国内で開催される棋聖戦について説明する。 棋聖戦が始まる前、読売新聞社は1957年からを開催し、1961年からは日本最強決定戦からの移行となるを主催していた。 しかし、当時「」とも呼ばれたのなか、1974年までからの契約金増額要請に主催者の読売新聞がほとんど応じなかったことから、日本棋院では名人戦のへの移管を進め、1974年末に契約打切りを読売新聞に通告した。 読売新聞はこれに反発し傘下メディアを通じて日本棋院の対応を批判し続け、1975年8月には日本棋院を相手にした訴訟を起こした。 同時に水面下の交渉を行い、日本棋院顧問岡田儀一による「名人戦は朝日と契約」「読売は序列第一位の新棋戦、最高棋士決定戦・ 棋聖戦を新たに契約」(岡田私案)とする斡旋案で、同年12月10日に和解した。 この経緯は「名人戦騒動」として知られ、契約にも大きな影響を与えた。 棋聖戦は、この「名人戦騒動」の渦中から生まれ、1976年にスタートした。 当時全盛のや一門の実力者たちを退け、第1期棋聖戦の最高棋士決定戦トーナメントを勝ち上がったのは、・の両ベテランであった。 決勝七番勝負では藤沢が70歳の橋本を4-1で降し、初代棋聖の座に就いた。 翌1977年の第2期は、四冠を保持する挑戦者・を迎え、藤沢はたちまち1勝3敗に追い込まれる。 このカド番・第5局で藤沢は、2時間57分という大長考を払って加藤の大石を全滅させ、気迫の勝利を挙げた。 最終局でも藤沢は半目差で逃げ切り、大逆転での防衛を果たした。 以降藤沢は超一流の挑戦者を迎えるも毎年ことごとく撃退、50代で棋聖戦6連覇を果たした。 しかし1983年の第7期、挑戦者のは3連敗から残り4番を連勝して棋聖を奪取、世代交代を果たした(藤沢はこの時期胃ガンが進行していた)。 1986年、3連覇を果たした趙は兄弟弟子 のを挑戦者に迎えるが、直前にで両足と左手をする重傷を負う。 不戦敗やむなしとの声もあった中、趙は車椅子で対局に臨み、逆境の中2勝を挙げるが力尽き、小林に棋聖を明け渡した。 以降小林は8連覇を果たし、碁界の第一人者として君臨する。 この間、加藤正夫は3度棋聖に挑み、奪取すれば趙に続くグランドスラム達成となったが、全て小林の壁に阻まれた。 1994年、小林の連覇を止めたのは、宿命のライバル・趙であった。 その翌年、が挑戦者として登場。 初挑戦にして趙を降して棋聖の座に就く。 しかし翌年には趙がすかさず奪回。 するとその翌年、再び小林覚が挑戦者となり、3年連続同一カードとなった。 趙はこの対決を制し、再び大三冠に君臨した。 2000年、趙の5連覇による名誉棋聖資格獲得を阻んだのはであった。 王の3連覇目、挑戦者にを迎えた第5局で、柳はダメ詰めの最中にを放置、王がこれを打ち抜いて逆転勝ちするという事態が生じた。 立会人裁定で王の勝利が認められたが、ルール・マナー・美学など様々なレベルで物議を醸すことになった。 2001年、推薦棋士枠の存在や、出場人数が年ごとに一定しないことなど、批判の声があった最高棋士決定戦方式を取りやめ、挑戦者選定はAリーグ・Bリーグに6人ずつ属する2リーグ制に変更となった。 2003年、が挑戦者として登場。 第4局のでの妙手を放つなど王を圧倒し、4-1で棋聖を奪取する。 しかし翌年はの粘りに屈し、1年で棋聖を明け渡した。 2005年にはが挑戦権を獲得、の棋士として28年ぶりの七番勝負に挑んだが、3勝2敗から後を連敗し、関西の悲願は成らなかった。 翌2006年は山下敬吾が4-0のストレートで棋聖を奪回、翌年の小林覚の挑戦も4-0で降し、実力を見せつけた。 2008年には「七番勝負の鬼」趙治勲を挑戦者に迎えたが、乱戦に次ぐ乱戦を制してフルセットで山下が防衛、翌2009年には、実力者をも4-2で撃破し、4連覇を達成した。 2003年から2010年まで、1期を除いて山下は毎年挑戦手合に登場しており、現代の「棋聖戦男」と呼ばれた。 2010年、山下が5連覇による名誉棋聖資格の獲得、挑戦者のがグランドスラムの達成、という対局者双方に大きな記録が懸かった勝負となった。 結果は張栩が4-1で山下を降し、山下の名誉棋聖資格獲得を阻むと同時に、史上二人目のグランドスラムを達成した。 2011年、前期にグランドスラムを達成した張栩と挑戦者・井山裕太によって争われた。 張栩が、3勝2敗で防衛に王手を掛けた第6局2日目の3月11日には、対局場となったのもに見舞われ、8分の一時中断後打ち切り、張栩が1目半勝で防衛に成功した。 翌2012年も高尾紳路の挑戦をフルセットの末に降して3連覇を果たすが、2013年には井山裕太の再挑戦の前に4-2で棋聖を明け渡す。 井山は23歳で史上最年少棋聖となると共に、史上初の六冠王、3人目のグランドスラム達成を果たした。 2014年からは、現行の4段階リーグにシステムが変更となった。 井山はこの年以降も防衛を続け、2020年現在8連覇を続けている。 「棋聖戦男」山下敬吾は2014~2016年、2019年と4度井山に挑戦しているが、全て退けられている。 第43期まで、棋聖を冠したのはわずか9人。 そのうち名誉棋聖の藤沢、小林光一、井山と、名誉棋聖にあと一歩まで届いた趙と山下の5人で通算35期を制している。 棋聖戦リーグ入りした棋士: 王立誠、 趙治勲、淡路修三、今村俊也、楊嘉源、石田篤司、柳時熏、石田芳夫、宮沢吾朗、長谷川直、彦坂直人、 張栩、三村智保、山田拓自、 羽根直樹、溝上知親、依田紀基、中小野田智己、 小林覚、 山下敬吾、王銘エン、結城聡、本田邦久、加藤充志、小松英樹、高尾紳路、山城宏、 井山裕太、片岡聡、河野臨、清成哲也、李沂修、秋山次郎、瀬戸大樹、 小林光一、村川大介、張豊猷、一力遼 現在の棋聖戦方式 [ ] ルール [ ] は1-27期は5目半。 28期からは6目半。 予選・リーグ戦は5時間の一日打ち切り、七番勝負は8時間、による二日制で行われる。 予選は第40期より棋聖戦4段階リーグ方式。 過去には最高棋士決定戦方式、棋聖戦2リーグ方式で行われていた。 棋聖戦4段階リーグ方式 [ ] 第40期 2014年12月11日- より、囲碁界初の4段階の リーグを創設。 S(定員6名、成績によりうち2名が降格)、 A(定員8名、同2名が昇格、4名が降格)、 B(1と2に分かれそれぞれ定員8名、各2名が昇格、各3名が降格)、 C(定員32名、6名が昇格、16名が陥落)の4段階のリーグおよび、次期のCリーグへの参加者を決めるファーストトーナメント予選(FT、約400名から16名が昇格)に再編された。 S、A、Bは総当たりリーグ戦で優勝を争う(B1とB2の優勝者はプレーオフを戦い、Bの優勝者を決める)。 Cはで原則5回戦を行い、5連勝した棋士が優勝、3敗した棋士はFTへの陥落が決まり対局打ち切りとなる。 リーグ 定員 対局数 昇格 降格 決勝T進出 備考 S 6名 5戦 総当り 2名 2名 A 8名 7戦 総当り 2名 4名 1名 B1・B2 各8名 7戦 総当り 各2名 各3名 1名 2リーグで行う C 32名 5戦 6名 16名 3敗で降格 1名 5連勝で優勝 FT なし 16名 トーナメント方式 挑戦者決定トーナメントでは、Sリーグ優勝者と準優勝者、Aリーグ優勝者、Bリーグ1と2の優勝者によるプレーオフ勝者、Cリーグの優勝者による で行われ、Bリーグ代表とCリーグ優勝者が1番勝負し、勝者がAリーグ優勝者と1番勝負を行う。 続いて前述勝者がSリーグ準優勝者と1番勝負を行う。 挑戦者決定戦は前述勝者とSリーグ優勝者によって行われ、Sリーグ優勝者には1勝のアドバンテージがある3番勝負を行う。 第40期リーグ出場棋士はSからAの6位までは39期棋聖戦A・Bリーグの出場棋士が成績順に並び、Aの残る2人とB1、B2は、過去3年間の棋聖戦の成績順に選ばれた。 またアマチュアも最上位のSAクラス4強入りでFTに出場ができるようになった。 第45期棋聖戦では、第6回ネット棋聖戦で優勝した栗田佳樹がFTを突破し、アマチュアとして初めてCリーグに進出している。 準々決勝 準決勝 挑戦者決定戦 1番勝負 Bリーグ決定戦勝者 - 1番勝負 Cリーグ1位 - - Aリーグ1位 - 1番勝負 - Sリーグ2位 - 変則3番勝負 - Sリーグ1位 - この方式により以前はリーグ入りしている棋士以外は1敗すればその期は終了だったのが、Cリーグに入れば最低 3局、A・Bリーグ入りすれば 7局の対局が行えることになり、棋士にとって 対局料の確保に繋がった。 また予選をトーナメント方式からリーグ方式にすることによりいくらか負けても残りの対局で チャンスが残る形式となった。 一方で上のリーグに昇格するのには時間が必要になる(ファーストトーナメント予選からSリーグ到達まで、順番に行けば3期かかる)が、各リーグ1位になれば挑戦者決定トーナメントに出場でき、挑戦者になれば一気に次の期からSリーグ入りすることが可能となっている。 昇段規定 [ ] 「」も参照• 六段以下の棋士が棋聖Sリーグ入りを果たした場合、七段へ昇段。 七段の棋士が棋聖挑戦権を得た場合、八段に昇段する。 八段の棋士が棋聖を獲得した場合、九段へ昇段する。 過去の棋聖戦方式 [ ] 最高棋士決定戦方式 [ ] 第1期から9期までは、各段戦、全段争覇戦、最高棋士決定戦の三段階によるトーナメント制であった。 まず初段から九段までの各段ごとのトーナメント 各段優勝戦を日本棋院と関西棋院の混合で行う。 続いて初段から六段までの優勝者による勝ち抜き戦と、七、八段戦の準優勝者以上、九段戦ベスト4以上によるトーナメントを組み合わせた 全段争覇戦を行う。 そして全段争覇戦のベスト8以上とタイトル保持者を加えての 最高棋士決定戦を行い、この優勝者が棋聖位保持者との挑戦手合七番勝負を行なう。 第1期は最高棋士決定戦の決勝七番勝負で棋聖位を決定、2期以降は決勝戦は三番勝負。 また、最高棋士決定戦の出場者には、棋聖審議会の推薦棋士という枠もあり、選考に恣意的な側面も残っていた。 第10期からは、全段争覇戦と最高棋士決定戦が一本化され、24期まで続いた。 棋聖戦2リーグ方式 [ ] 第25期から39期までは、棋聖戦リーグによる挑戦者決定方式が採用された。 まず日本棋院と関西棋院でそれぞれに院内予選を行い、それぞれの勝ち抜き者による最終予選での4名の勝ち抜き者と、前年の挑戦者(または前棋聖)、前年のリーグ戦の残留者の8人を加えた計12人をAリーグ・Bリーグ各6名に分けて、総当りリーグ戦を行う(AリーグとBリーグに優劣の関係はない)。 両リーグの1位同士が挑戦者決定戦一番勝負を行い、勝者が前年の棋聖位保持者と挑戦手合七番勝負を行う。 リーグ戦は各リーグの4位までが残留、下位2名が陥落となる。 リーグ成績が同率の場合は、前年順位で順位を決める。 予選は第28期までは日本棋院の院内予選は各段を4グループに分けて最終予選出場者を決定、関西棋院の院内予選は全棋士によるトーナメントで行われていたが、第29期以降は日本棋院東京本院と日本棋院中部総本部・関西総本部・関西棋院の2つに分けて最終予選出場者を決める。 六段以下の棋士が棋聖リーグ入りを果たした場合、七段に昇段する規定であった。 またリーグに優勝して挑戦権獲得が決まった時点で八段に、さらに棋聖位を奪取した場合九段へ昇段することとされていた。 名誉棋聖 [ ] 棋聖を 5連覇、または 通算10期以上獲得した棋士は、引退後または60歳以降に「」となる資格を得る。 第1期はトーナメント決勝七番勝負。 棋聖位は前期からのタイトルホルダー• 5期以上の七大タイトルを獲得した棋士の名前には着色している()。 歴代棋聖位獲得者・七番勝負出場者・Sリーグ参加者・挑戦者決定トーナメント出場者の一覧。 Sリーグ残留者・参加者・挑戦者決定トーナメント出場者は 第40期以降からの通算。 氏名配色は 金色が名誉棋聖・ 赤色が棋聖位獲得者。 背景 黄色は最多記録。 順序は通算在位数>通算七番勝負出場数>Sリーグ参加数>決勝トーナメント出場数。 棋士名は 七番勝負出場か、Sリーグ参加 3回か、挑戦者決定トーナメント出場 3回で追加。 氏名 棋聖在位 七番勝負出場 決勝T出場 棋聖在位含む Sリーグ残留 棋聖在位含む Sリーグ参加 棋聖在位含む 通算 連続 通算 連続 通算 連続 通算 連続 通算 連続 8 8 10 9 0 0 0 0 0 0 8 8 9 8 5 5 5 5 5 5 8 4 12 7 1 1 0 0 0 0 6 6 7 7 0 0 0 0 0 0 5 4 10 5 4 4 4 4 5 5 3 3 4 4 1 1 1 1 2 2 3 3 4 4 0 0 0 0 0 0 2 2 3 3 0 0 0 0 0 0 1 1 4 3 0 0 0 0 1 1 0 0 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 1 0 0 0 0 0 0 0 0 2 1 4 2 4 4 4 4 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 2 1 1 1 1 1 2 2 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 1 1 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 1 1 0 0 0 0 0 0 1 1 2 1 3 2 4 2 0 0 1 1 2 1 2 2 3 3 0 0 0 0 2 1 3 2 4 3 海外対局 [ ] 1998年までは毎年、1999年からは原則2年に一回、第1局は海外で行なわれている。 以下1997年(第21期)以降、海外対局の行なわれた国名(都市名)を挙げる。 1997年 アメリカ(ハワイ)• 1998年 中国(香港)• 1999年 フランス(パリ)• 2001年 台湾(台北)• 2002年 イギリス(ロンドン)• 2004年 アメリカ(シアトル)• 2006年 ドイツ(ベルリン)• 2008年 ブラジル(サンパウロ)• 2010年 台湾(台北)• 2014年 スペイン(アルカラ・デ・エナーレス) 参考図書 [ ]• 水口藤雄『囲碁の文化誌』(日本棋院)• なお、秀策の同時代人である、将棋棋士のも、段位は七段であったが「棋聖」とよばれた。 年齢は小林が上だが、木谷門下に入ったのは趙が先という関係。 読売新聞 2014年10月27日• 読売新聞オンライン 2020年2月13日. 2020年2月13日閲覧。 ちなみに第1期の推薦棋士は橋本宇太郎。 橋本は各段戦(九段戦)1回戦で敗退していた。 関連項目 [ ]• - 読売新聞社主催のの。 - 主催は。 外部リンク [ ]• 棋聖戦 1-3月 3-4月 5-7月 6-8月 9-11月 10-12月 10-12月.

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戦型は矢倉に 藤井聡太七段、最年少タイトルに王手なるか!?渡辺明棋聖と対局/将棋・棋聖戦五番勝負(2020年6月28日)|BIGLOBEニュース

棋聖 戦

Contents• 棋聖戦とは? 棋聖戦とは将棋界8大タイトル戦のひとつで、 正式名称を『ヒューリック杯棋聖戦』と言います。 タイトルの序列は最下位となる8番目。 主催は産経新聞社。 2018年からヒューリック株式会社が特別協賛に入りました。 タイトル戦五番勝負で行われ、勝者は『棋聖』のタイトル称号を得ます。 2020年6月 現在のタイトル保持者は渡辺明棋聖(棋王・王将) 1962年から開催されている棋戦であり、歴史はそれほど深くはありませんが、かつては竜王戦・名人戦に次ぐ序列3位であった時期もあり、また『棋聖』という言葉が将棋の世界では江戸時代の天才棋士『天野宗歩』を指すことからファンにとって馴染みの深いタイトルとなっています。 また、 現在将棋界における最年少タイトル獲得記録を保持している屋敷伸之九段が初戴冠し記録を打ち立てたタイトルとしても有名ですね。 賞金額・対局料 棋聖戦の賞金額は『 300万円』という説 がありますが、この金額は実態とは大きく異なると思われます。 棋聖戦は他のタイトルと異なり賞金額を推測できる要素が少ないため、正確な金額を予想することは難しいですが、 同じくヒューリックが主催する女流棋戦である『ヒューリック杯清麗戦』の優勝賞金額が700万円と公表されていることから、男性棋戦の金額を女流棋士による棋戦が超えることは考えにくいです。 上記の理由から、棋聖戦の優勝賞金額は清麗戦と同額の 優勝賞金:700万円 程度と想定されます。 ちなみに前述のとおり2018年度よりヒューリック株式会社が特別協賛に加わりましたが、タイトル戦の序列の変動がないことから賞金額は据え置きに近い状態であると想定されます。 開催時期 棋聖戦5 番勝負は毎年6~7 月に実施されます。 2020年度はコロナの影響で名人戦の日程が大幅にずれ込んだことから、名人挑戦者でもある渡辺三冠は厳しいスケジュールとなりそうですね。 五番勝負の特徴~概要と前期後期制~ 棋聖戦五番勝負は 1 日制で持ち時間は各4時間とタイトル戦の中では棋王戦と並んで 最も持ち時間が短い棋戦です。 棋聖戦が創設された当時は他タイトルが全て2~3日制であったため、唯一の1日制の番勝負だったのですが、一説にはこれは体調のすぐれなかった升田幸三実力制第四代名人のための措置であるとされています。 (ただし、升田先生は棋聖を取ることはありませんでした) 予選形式 一次予選、二次予選を経て16名による決勝トーナメントで挑戦者を決めるという極めてシンプルな形式をとっています。 ただ、本戦シードが8名と多いため、実力者が順当に挑戦者となるイメージがありますね。 前期後期制 棋聖戦は1995年まで『前期後期制』という将棋界でも唯一の形式をとっていました。 1年に2回タイトル戦があるという事でタイトル保持者が番勝負にかけることができる準備期間も短く、若手の活躍が目立った棋戦でもありました。 五番勝負は6~7月と12月~2月の2回行われていたという事で、トップ棋士は年中棋聖戦の対局をしていた印象があると言います。 棋聖戦の歴代記録・永世棋聖 永世棋聖 永世称号は「永世棋聖」で棋聖を通算 5 期以上保持した棋士に与えられます。 通算5期以上という他タイトルと比べ簡単な条件であることから、2020年現在永世資格を持つのは5名います。 永世称号の獲得順に並べると• 大山康晴• 中原誠• 米長邦雄• 羽生善治• 佐藤康光 このように、そうそうたる顔ぶれです。 基本的に永世称号は現役引退後に名乗ることとなるため、羽生善治九段や佐藤康光九段は永世棋聖を名乗ることはまだありません。 ちなみに永世棋聖というと、 『米長邦雄永世棋聖』が現役時から名乗っていた称号という事で米長先生のイメージが強い方も多いと思いますが、これは特例中の特例というか、 米永先生だから仕方ないという理由でご納得ください。 棋聖在位期間 棋聖位在位期間トップ5は以下のとおり• 大山康晴:16期• 中原誠:16期• 羽生善治:16期• 米長邦雄:7期• 佐藤康光:6期 歴代タイトル保持数トップ3が16期で並ぶという結果に。 羽生九段が再度奪取し単独トップに立つことができるのか注目ですね!! その他の記録 【最年少獲得】屋敷伸之九段:18歳 【最年少挑戦】藤井聡太七段:17歳 【最年長獲得】大山康晴十五世名人:54歳 【連続獲得】羽生善治九段:10連覇 藤井聡太七段が最年少獲得記録を打ち立てることが出来るか…まさに世紀の一戦です!! 棋聖戦はなくなるという噂 一時期ネットでは 『産経新聞社が棋聖戦を手放したがっているのではないか』 『棋聖戦は消滅し6大タイトルとなるのではないか(当時は叡王戦がタイトルでなかったため)』 という噂がまことしやかに囁かれていました。 主催である産経新聞の業績悪化や3位であった序列が最下位になるなど、一時の棋聖戦は存続が危ぶまれていたのは確かです。 しかし、2018年度より新規スポンサーであるヒューリック株式会社がついたこと、また藤井聡太七段の初めてのタイトル戦の舞台となったことから、 当面廃止の可能性はないと思われます。 いざという場合は規模を縮小してヒューリック株式会社に主催になってもらうなどの存続方法もありますし、しばらくは8大タイトル制が維持できるのではないでしょうか。 (若干叡王戦が怪しいですが…) まとめ.

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渡辺棋聖、藤井七段とのタイトル戦に意気込み「間違いなく将棋史に残る戦いに」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

棋聖 戦

Contents• 棋聖戦とは? 棋聖戦とは将棋界8大タイトル戦のひとつで、 正式名称を『ヒューリック杯棋聖戦』と言います。 タイトルの序列は最下位となる8番目。 主催は産経新聞社。 2018年からヒューリック株式会社が特別協賛に入りました。 タイトル戦五番勝負で行われ、勝者は『棋聖』のタイトル称号を得ます。 2020年6月 現在のタイトル保持者は渡辺明棋聖(棋王・王将) 1962年から開催されている棋戦であり、歴史はそれほど深くはありませんが、かつては竜王戦・名人戦に次ぐ序列3位であった時期もあり、また『棋聖』という言葉が将棋の世界では江戸時代の天才棋士『天野宗歩』を指すことからファンにとって馴染みの深いタイトルとなっています。 また、 現在将棋界における最年少タイトル獲得記録を保持している屋敷伸之九段が初戴冠し記録を打ち立てたタイトルとしても有名ですね。 賞金額・対局料 棋聖戦の賞金額は『 300万円』という説 がありますが、この金額は実態とは大きく異なると思われます。 棋聖戦は他のタイトルと異なり賞金額を推測できる要素が少ないため、正確な金額を予想することは難しいですが、 同じくヒューリックが主催する女流棋戦である『ヒューリック杯清麗戦』の優勝賞金額が700万円と公表されていることから、男性棋戦の金額を女流棋士による棋戦が超えることは考えにくいです。 上記の理由から、棋聖戦の優勝賞金額は清麗戦と同額の 優勝賞金:700万円 程度と想定されます。 ちなみに前述のとおり2018年度よりヒューリック株式会社が特別協賛に加わりましたが、タイトル戦の序列の変動がないことから賞金額は据え置きに近い状態であると想定されます。 開催時期 棋聖戦5 番勝負は毎年6~7 月に実施されます。 2020年度はコロナの影響で名人戦の日程が大幅にずれ込んだことから、名人挑戦者でもある渡辺三冠は厳しいスケジュールとなりそうですね。 五番勝負の特徴~概要と前期後期制~ 棋聖戦五番勝負は 1 日制で持ち時間は各4時間とタイトル戦の中では棋王戦と並んで 最も持ち時間が短い棋戦です。 棋聖戦が創設された当時は他タイトルが全て2~3日制であったため、唯一の1日制の番勝負だったのですが、一説にはこれは体調のすぐれなかった升田幸三実力制第四代名人のための措置であるとされています。 (ただし、升田先生は棋聖を取ることはありませんでした) 予選形式 一次予選、二次予選を経て16名による決勝トーナメントで挑戦者を決めるという極めてシンプルな形式をとっています。 ただ、本戦シードが8名と多いため、実力者が順当に挑戦者となるイメージがありますね。 前期後期制 棋聖戦は1995年まで『前期後期制』という将棋界でも唯一の形式をとっていました。 1年に2回タイトル戦があるという事でタイトル保持者が番勝負にかけることができる準備期間も短く、若手の活躍が目立った棋戦でもありました。 五番勝負は6~7月と12月~2月の2回行われていたという事で、トップ棋士は年中棋聖戦の対局をしていた印象があると言います。 棋聖戦の歴代記録・永世棋聖 永世棋聖 永世称号は「永世棋聖」で棋聖を通算 5 期以上保持した棋士に与えられます。 通算5期以上という他タイトルと比べ簡単な条件であることから、2020年現在永世資格を持つのは5名います。 永世称号の獲得順に並べると• 大山康晴• 中原誠• 米長邦雄• 羽生善治• 佐藤康光 このように、そうそうたる顔ぶれです。 基本的に永世称号は現役引退後に名乗ることとなるため、羽生善治九段や佐藤康光九段は永世棋聖を名乗ることはまだありません。 ちなみに永世棋聖というと、 『米長邦雄永世棋聖』が現役時から名乗っていた称号という事で米長先生のイメージが強い方も多いと思いますが、これは特例中の特例というか、 米永先生だから仕方ないという理由でご納得ください。 棋聖在位期間 棋聖位在位期間トップ5は以下のとおり• 大山康晴:16期• 中原誠:16期• 羽生善治:16期• 米長邦雄:7期• 佐藤康光:6期 歴代タイトル保持数トップ3が16期で並ぶという結果に。 羽生九段が再度奪取し単独トップに立つことができるのか注目ですね!! その他の記録 【最年少獲得】屋敷伸之九段:18歳 【最年少挑戦】藤井聡太七段:17歳 【最年長獲得】大山康晴十五世名人:54歳 【連続獲得】羽生善治九段:10連覇 藤井聡太七段が最年少獲得記録を打ち立てることが出来るか…まさに世紀の一戦です!! 棋聖戦はなくなるという噂 一時期ネットでは 『産経新聞社が棋聖戦を手放したがっているのではないか』 『棋聖戦は消滅し6大タイトルとなるのではないか(当時は叡王戦がタイトルでなかったため)』 という噂がまことしやかに囁かれていました。 主催である産経新聞の業績悪化や3位であった序列が最下位になるなど、一時の棋聖戦は存続が危ぶまれていたのは確かです。 しかし、2018年度より新規スポンサーであるヒューリック株式会社がついたこと、また藤井聡太七段の初めてのタイトル戦の舞台となったことから、 当面廃止の可能性はないと思われます。 いざという場合は規模を縮小してヒューリック株式会社に主催になってもらうなどの存続方法もありますし、しばらくは8大タイトル制が維持できるのではないでしょうか。 (若干叡王戦が怪しいですが…) まとめ.

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