名鉄 三河 線 事故。 名鉄 三河 線 事故

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名鉄 三河 線 事故

知立市に廃線跡がある。 と言うので行って来ました。 なかなかに物が残ってるそうなので、 期待できます。 ここは国道1号線が東側を通る場所にあります。 写真は三河知立駅近くから東を向いて 撮ったものです。 線路が2本並んでますが、 左端が名鉄三河線で、 手前の線路が今回の目的の廃線です。 この辺りは廃な雰囲気は いまいちありませんね。 では、廃線を辿って行きましょう。 駅構内の待避線みたいな雰囲気です。 一見、現役の線路に見えますが、 すでに架線はありません。 手前に積んである木製の物は トロッコの車体です。 ちょっと向こうには車輪が並んでます。 奥にある黄色い車体は ディーゼルの機関車でしょうか? 少し行くとブルーのフェンスでシャットアウト。 まごう事無き廃線の姿です。 つやの無くなった錆たレールと、 路盤を覆う雑草。 いいわね〜これ。 廃線のこのスペースだけフェンスで囲われて 資材置き場みたいになってました。 ここは隣の道路で迂回して行きます。 もちろん踏切り跡もばっちり残ってます。 電車が走らなくても、 道を走る車のおかげで、線路はピカピカ。 電車の車輪が通る隙間には土が詰まってます。 さて、左右の安全確認をして道路を渡ります。 廃線を横切るのは県道285号線ですが、 けっこう車が通るので注意して下さい。 県道を渡った先には、 名鉄の水色の柵が通行を阻んでます。 壊れてますけどね。 ここから見ると レールがゆっくりカーブしながら 奥に続いて行くのがわかります。 架線跡も残っていて雰囲気満点。 ではでは柵をひょいっと跨いで 廃線跡の探索といきましょう。 こんなトコロにトロッコの車輪が! さっきも同じような物があったけど、 これは打ち捨てられてます。 なんて勿体無い。 再利用は出来なかったのだろうか? でも、これはこれで廃線の雰囲気を 盛り上げてくれます。 このままでいいかな? いいよね? これは何? 「一時停止」ってあるけど、 電車に対しての物でしょうか? まあ、歩行者用だとは思うけど。 これはポイントのクロッシング部と 言われる所です。 少し先にはポイントの切り替えがあります。 なかなかよく保存されてて 来た甲斐があるってもんです。 ポイント部の横にあるこれは 手動のポイント切り替え装置です。 それに所々に歩行者用の踏切りがあった。 住宅地の中を通ってるのが実感できます。 廃線跡を歩いていると、 目の前を電車が通過して行きます。 今は特急電車が通過中。 パノラマDX、だったかな? 廃線は本線に寄り添う様に続いて行きます。 ここからは、廃線跡の架線は無くなってる。 それに枯れ草が線路を覆ってるので、 現役の軌道だと勘違いする事はないでしょう。 でもここ、名古屋本線に近いです。 廃線上を歩いていても問題は無いでしょうが、 何となく左側を歩きます。 ・・・いや問題はあるかも? ここって名古屋本線の敷地内ですよね。 堂々と歩くのは遠慮した方がよさそうです。 左の斜面をこそーりと行きます。 今度は各駅停車の列車だろうか? すぐ横を勢い良く通過して行きます。 ここは緩やかなカーブになってるので、 例の福知山線の脱線事故を思い出します。 ちょっと恐いです。 さて、廃線跡はここでお終い。 左下に見える白い杭が終点です。 ちなみにこの写真は 今来た方を振り返ってます。 進行方向を見るとこんな感じ。 廃線は途中でぷっつり、途切れてます。 それにすぐ手前には本線に向う ポイントが残ってます。 コンクリの架線柱が レールのすぐ隣に立ってるけど、 もう二度と使われる事が無いって訳ですね。 その架線柱を境にして、 廃と現役がくっきり分かれてる。 これは車止めの土盛りみたいです。 駅の構内にある四角い箱がのっかった 車止めとは違うようです。 何でこんな、飛び出したみたいな格好の 線路があるんだろう? 何かアクシデントがあった時に 電車がここに突っ込んで止まるため? それって映画の1シーンみたい。 これにて廃線跡探索は無事終了。 帰りは廃線の外から見てみた。 架線が残ってる所がありました。 ここは連絡線だったそうで、 名鉄三河線と名古屋本線を繋いでました。 廃線になっても三河線と名古屋本線は ちゃんと営業中なので、 寂れたような雰囲気はありません。

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三河線 人身事故に関する今・現在・リアルタイム情報|ナウティス

名鉄 三河 線 事故

120周年のきょう2014年6月25日、からにがはしるっていうしらせをきいた。 から(ちりゅう)までをはしってきた特急がやまがわのにはいって、(とよだし)までいくっていう経路で、リニアの開業にあわせて2027年から運行を開始する予定だっていう。 きょり40. 6キロ、所要時間40分以内で、内停車は土橋(つちはし)のみ。 名古屋からへは、きょりてきには地下鉄(つるまいせん)と(とよだせん)をつかっていく経路が31. 4キロとちかいだけど、おいこし設備がなくて急行運転ができんために、経由での特急をにのりいれすることにしただとおもう。 いや~、むかしはわが(にしおせん)のほうが1時間に1本のがあっただけどな~。 ほれもいまは1日に1往復だけになっちゃっとる。 かたや、はいま1時間に4本のふつう電車だけの運行なのに、特急がはしるようになるだね。 形勢逆転ってやつだ。 はクルマのまちでありながら、じつはこれまでコミュニティーバスの運行やらの一部区間での通勤時間帯のひんぱつ運行やら、市内主要駅での電光表示によるのりかえ案内やら、いろんな作戦で公共交通の充実にちからをつくしてきとるだけど、名古屋への速達化だけは、はたせんでおった。 ほれがこんかいのの運行で念願がかなうわけだ。 は 公共交通の充実をはかる一方で、まちなかへ施設を集中させ、駅を中心とした土地利用をすすめてきただけど、こうしたの努力がみとめられたともいえるじゃないかな。 (さんこう)• 〔ねたもと〕• は、リニアが開通する2027年をめどに、名古屋-間で直通の特急をはしらせる方針をかためた。 いまはかたみち1時間ちかい所要時間を40分以内にちぢめる。 2014年6月25日に創業120年をむかえるは、のの交通需要をとりこみ、のびなやむ本業のてこいれをはかる。 で名古屋からにいくには、とちゅうのでのりかえが必要。 ほのさきのは大半が単線で各駅停車だ。 はリニア開通にあわせ、のりかえなしの特急をはしらせる。 所要時間の短縮には、ほかの移動方法とくらべ不利な現状を解消するねらいがある。 高速道路をつかうと通常は40分前后ですむ。 名古屋地下鉄などをのりつぐと1時間弱だ。 は、リニア開通で豊田と東京方面のあいだで関係者らのいききがおおきくふえるとみこむ。 鉄道の利便性をたかめ、乗客をよびこむかんがえだ。 ほの準備として以前から、を段階的に複線化する準備をすすめてきた。 まあはい八橋(みかわやつはし)付近の工事が完了。 でも2023年ごろに完成する予定だ。 さらにさいきん、若林(やし)付近を2025年ごろに高架化、複線化することでとおおすじ合意し、の運行にめどがたったっていう。 は中核の鉄道がのびなやむ。 2013年度の乗客数は3億6千万人で、ピーク時の1991年度より1わりへった。 少子高令化のえいきょうもあるけど、へりかたはおおて私鉄のなかでおおきい。 リニア開通で東海地方のひとのながれがかわるのをとりこみ、成長につなげたいかんがえだ。

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【運転見合わせ】名鉄三河線(刈谷市~碧南) 三河高浜駅~高浜港駅で人身事故が発生・・・現地の状況がtwitterで拡散される

名鉄 三河 線 事故

名鉄三河線連絡線 名鉄三河線連絡線 東海道の宿場町知立 ちりゅう は東海道本線のルートからそれ、知立に鉄道がやって来たのは大正になってからのことでした。 名鉄三河線の前身三河鉄道が1915 大正4 年10月28日に刈谷新 現刈谷 〜知立 現三河知立 を、1920 大正9 年7月5日には知立〜土橋を開業させました。 両線は当初レールがつながっておらず列車の直通はできませんでした。 そこで知立信号所 知立〜牛田にあった と三河線知立駅を結ぶ連絡線がつくられました。 なお知立、新知立両駅は名鉄合併後に統合、知立駅となり長い構内連絡通路で結ばれました。 しかし連絡線の線形から名古屋方面から三河線への直通列車が運転できず1959 昭和34 年4月1日に現在の知立駅が開業、 旧知立駅は名古屋本線側が東知立、三河線側が三河知立と別の駅に戻ってしまいました。 連絡線は貨物列車用に存置されたものの、貨物列車の廃止により1984 昭和59 年4月1日に廃止されています。 現在は無人で側線は保線車両の留置場所となっています。 連絡線は三河知立より猿投方面、名鉄知立寮裏手で分岐します。 三河線と離れしばらくは保線車両や資材置き場となっており線路は現役(?)のようです。 分岐後しばらくなかった架線柱が現れます。 線路は一応複線です。 小さなホッパ車やパワーショベル(鉄道専用)があります。 線路には草が生え保線車両には蔦が絡んでますが最近使われたことはあるのでしょうか。 県道285号線との交差部分で現役部分(?)が終わりますが踏切のレールは残ってます。 少し前まで警報機も残っていたと思いますが・・・ 踏切より先にもレールは残り、一部には架線まで張られています。 旧知立信号所跡、名古屋本線側の分岐器が撤去され、連絡線側の架線柱がなくなってます。 番外編・三河線旧線 三河線 山線 が三河知立を出て名古屋本線をくぐってきたこの地点で手前の生垣へ線路が延びていました。 こちらはテニスコート 名鉄が経営 化して跡形もありません。 刈谷方面へ延びる三河線 海線 にすぐ合流します。 撮影日 2004.

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